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十九話 友情

「……は?」


 え、今なんて言った、この人。テンセイシャ──って、転生者? それってつまり、この人も私と同じってこと?


「あなたも知ってるんでしょ、『朱眼の姫 〜朱玉を貴方に捧ぐ〜』って漫画。まさか知らないとは言わないよね?」


 エンジェラの口から、普通であれば知るはずのない名前が飛び出てきた。確かにエンジェラは私と同じ前世を持つ、転生者のようだ。

 でも、一体なぜ。なぜ彼女は私が転生者だと知っているのか。こうして、私に突っかかってくるのは何故なのか。明らかに、同類を見つけて喜ぶ顔ではない。

 分からないことが多すぎるから、とりあえず私はとぼけることにした。


「……テンセイシャって、なんですか?」


 不思議そうな顔を作って聞くと、エンジェラは眉を上げて、はぁ? と言いたげな顔になった。


「とぼけないでよ! 分かってるんだからね、私! だって原作に登場しないはずなのに、変に色々と登場して原作のあれこれを改変して回るキャラは転生者って相場が決まってるんだよ!!」

「……え?」


 ちょっと待って欲しい。それだけで私にお前転生者だろ特攻を仕掛けてきたの? 私の言動とかから証拠を得たわけでもなく?

 ……いや、あながち間違ってはいないけどさ。なんというか、あまりにも思い切りが良すぎるというか、後先考えなさすぎというか。

 あっけに取られていると、エンジェラはびしっと私に向かって指さした。


「まあ、あなたがなんて言い訳をしようが、どうでもいいんだけどさ、それより! あなた、自分が悪いことをしてるって自覚、無いの!?」

「……悪いこと?」


 全く話についていけない私が聞き返すと、エンジェラは顔をしかめて、はぁ、と大きくため息をついた。ため息をつきたいのはこっちだ。


「原作を読んでるなら分かるはずだよ。自分のしていることがどういうことなのか、もう一度よく考えた方がいいよ。言っておくけど、私、絶対にあなた達の思う通りにはさせないからね!」


 一息でまくしたてて、エンジェラはくるりと踵を返し、すたすたと扉へと向かう。扉を開けたところで振り向いて、私を睨みつけた。


「もし自分のしてることに気づかずに、それ続けるんだったら、私、許さないから」


 バタン、と音を立てて扉がしまった。


「えぇ……」


 マジでなんだったの、今の。私がしてる悪いことって、何だよ。さっぱりわからない。

 私がしている、悪いこと。少しだけ考えてみる。

 過去のことなら人を殺したり他人の魔力を盗んだり、悪いことはたくさんやってきた。けれどそれは過去のことで、今は国の治安を守るために働いてるわけだし。

 学院に潜入して、周りの人を騙していることとか? でもそれをエンジェラが知るはずはない、というか「原作を読んでるなら分かるはず」というのとまったくつながらないし。

 ──ひょっとして、原作を改変していること? エンジェラの近くにいるはずだったヴィヴェカとシグムンドがいないことに、エンジェラが気づいていないはずはなく、多分ウィスティが今私の近くにいることも知っているだろう。としたら、私が改変した、という事実は彼女にとって自明なはず。


 私がこの世界に来て変えたことは、私にとっては必要不可欠だったと言っても過言じゃないけど、もしかしたらエンジェラにとっては悪だったのかもしれない。

 そうだとしたら、非常に厄介だ。


 私が変えたことは、もう元の形に戻ることはありえない。そんなことがあってたまるか。でも、それがエンジェラにとって「原作を改変し続けること」だとしたら? 最悪、私のすること全てを、邪魔しようとするかもしれない。……まあ、今の時点ではただの憶測にすぎないけど。

 頭が痛い。エンジェラが原作通りに何も考えずに学院生活を満喫してくれていれば話は早いのに。ここに来て、こんな厄介な話が来るとは。


 これ以上ないほど大きくため息をついたとき、ギィと静かに医務室の扉が開いた。


「あら、怪我人? 病人?」


 私を見て目を丸くしたのは、灰色の髪を後ろでぎゅっと束ね、光を受けて違う色味を映す不思議な瞳をしている、背の高い初老の女性だ。

 オパールのような、この不思議な瞳──通称虹色の瞳(オパール・プピレ)は、治癒魔術が使える証。つまりこの人はおそらく、先ほどハインリッヒの言っていた治癒師のクーア先生だ。


「怪我をしている人がいて、連れてきました。今は意識を失っています。治癒師のクーア先生ですか?」

「そうさ。あんたは見たことないね……あら? いや、やっぱり見たことあるかも」

露ノ月(九月)に編入してきて、医務室に来たことは初めてなので、見たことはないと思いますが……」

「いーや、あるわ」


 ぐっと顔を近づけてこられ、思わず仰け反る。オパールのような瞳が、きらりと光ってみえた。


「あんた……そうだ、国治隊でしょ! 去年の、三年に一度開かれる王都での大魔術祭で大事故があっただろ。そのとき、怪我人治療であたしも応援に」

「あっ、あの!」


 慌てて遮ると、クーア先生は目を丸くした。

 そうだ、大事故現場には治癒師が多く集まる。学院に勤める治癒師といっても、そういう現場には駆り出されるものなのだ。仕事柄上、私と先生は何度か会っていても不思議ではない。正直なところ私はこれまで直接お世話になることはなかったし、何人も集まる治癒師の顔なんて、いちいち覚えてないけれど。

 ただ問題は、それをここで大きな声で話されることだ。


「そうです、そうなんですけど、」


 声を小さく、というのを手振り身振りで表すと、クーア先生は私の方に身をかがめてくれた。


「吸魂具対策のために、編入生として極秘潜入中なんです。なので、私のことは他言無用でお願いします」


 医務室の扉は分厚いから、多分外に人がいても気づかれていないはず。一応ベッドで寝ている栗毛くんの方も見るけれど、起きている気配はない。

 クーア先生は納得した色を浮かべた。


「そうか、ようやく理事長も動いたんだね。まあ、言いふらすなんて馬鹿な真似はしないから安心しな」

「ありがとうございます、よろしくお願いします。それにしても、よく気づきましたね」

「あのとき、あんた一気に怪我人浮かせて運んでて、目立ってたからよく覚えてるわ」

「それは知りませんでした」

「仕事に真面目ってことだね。いいことさ」


 クーア先生は私の前を通り過ぎると、持っていた鞄を置いて羽織っていた外套を脱ぎ、壁際の外套掛けに掛けた。治癒師らしく白衣をまとい、奥のベッドで寝ている栗毛くんの元へ歩いていく。

 治癒師の先生が来たなら私はもう退室しようかと思った時、クーア先生は驚いた声を上げた。


「あら、この子」

「どうかしましたか」

「ああ、いやね、この子だよ。吸魂具の被害にあった子」

「……もしかして、私が編入した日の」

「あんたが編入した日は知らないけど、この学院では二人目の被害者だね」

「では、多分そうです」

「編入初日に吸魂具があったのかい? それは大変だったね」

「それが仕事なので。むしろ、一日前とかでなくてよかったです」

「見上げた志なもんだ」


 クーア先生は栗毛くんの怪我の具合を見始めた。

 治癒師と呼ばれる人たちの魔力は、生まれつき不思議な質をしている。時空にさえ干渉できる特別なもので、だからこそ怪我を治したり、体の機能を回復させたりすることができる。原理は分かっていないらしいけれど、治癒魔術は奇跡の魔術と言われている。集中力がいるとよく聞くので、私は邪魔しないうちに医務室を出ることにした。


「そろそろ行きますね。失礼しました」

「了解。ちなみに、あんたの名前は?」

「リラ・モーガンスです。第四学年の(リーラ)クラスです」

「ん、ご苦労さん」


 医務室を出て、静かに扉を閉める。

 寮の部屋に帰ろうとして、学舎の入口まで来た時だった。


「あっ、モーガンス先輩!」


 後ろから声をかけられて振り向くと、空色の髪のヒューロンと、隣にウィスティの姿があった。


「やっほ、ヴィヴェカ、あとヒューロンくん」

「ヒューロンでいいっすよ」

「わかった、ヒューロン。二人も今から帰るの?」

「うん」

「今日、実践授業で習った魔術が難しくて、クラスのみんなで練習してたんです。そしたらヴィヴィ、めっちゃ教えるの上手で、びっくりしてました!」

「別に、指南書の通りにすればできる」

「褒め言葉は素直に受け取んなよ、ヴィヴェカ」


 ウィスティをはさみ、三人で並んで話しながら歩く。


「先輩はこの時間まで何してたんですか?」

「私はねぇ、校舎周り散歩してたら怪我人が落ちてたから、医務室に届けてきたって感じ」

「今落ちてたって言いました?」

「そうそう。そういえば、二人はもしかして知ってるのかな。私たちが転入してきた日に、中庭で倒れていた栗毛の髪の男の子だったらしいんだけど。ヒューロンが医務室まで連れて行ってくれた子」

「えっ、アイセル?」


 驚いた声を出すヒューロンを見て、ウィスティも目を丸くしていた。この反応を見るに、ウィスティは知らなさそうだ。


「アイセルくん? 知り合いなの?」


 尋ねた私に、ヒューロンは友達です、と頷いた。


「と言っても、知り合ったのは最近で、あいつが倒れた日なんですけどね。俺らと同じ学年で、(三番目)クラスのやつです。後日、俺が医務室まで運んでやったことにお礼を言いに来てくれて、そこから仲良くなりました。最近は、俺が入ってる魔道具研究会に興味持ってくれたみたいで、よく来てくれるんですよ」

「そうなんだ。……ここだけの話、あの子、クラスの人からにらまれてるみたいだったよ。今日の怪我もそれっぽい感じだったし。私が言うのも違うけど、友達なら気にしておいてあげた方がいいかも」

「ホントっすか! ……俺が同じクラスなら、絶対辛い思いさせないのに」


 小さく呟いたヒューロンの顔は曇っている。

 新しい友達──それも、クラスの違う友達のために、こうして怒ったり気遣ってやれるのは情に厚いからだろう。素直に、ウィスティはいい友達を得たな、と少し嬉しくなった。


「それじゃあ、俺こっちだから。ヴィヴィ、また明日!」


 女子海寮の前でヒューロンは別れ、男子海寮の方へ歩いていく。

 その後ろ姿を見送りながら、ウィスティがポツリとつぶやいた。


「ねぇ、ライラ」

「なに、ウィスティ」

「立場が弱い人と進んで仲良くして、いいことあるの?」

「……人間、そんなに打算だらけで動くわけじゃないんだよ」


 ルゥーも含めた私達三人はもはや友達というよりも家族で、三人の中でウィスティは唯一、友達という存在がどんなものなのかを知らない。だからこそ本当に、ヒューロンみたいな子に、ウィスティが心を許す親友になってほしいと思う。


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