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十四話 原作との違い

23-3-16

サグアス王子の口調を修正しました。

「ふむ……それで、イザークはクラインさんの特訓に付き合っている、というわけか」

「はいっ! イザーク様のためにもちゃんと頑張らなきゃって決意したばかりで、まだ全然なんですけど……イザーク様は教え方も丁寧で、感謝してもしきれません!」


 編入から二週間が経ち。暖かい空気が段々涼しくなる、実ノ月(じゅうがつ)に入った。

 ところで、私が今何をしているかというと、ズバリ、盗み聞きである。


 学舎の裏庭。中庭と違い人気は少ないけれど、綺麗に手入れされた場所だ。

 そこでちょうど、昔何度も読み返した、エンジェラ・クラインとメインヒーローことサグアス王子の出会いのシーンが、目と鼻の先ほどの距離で繰り広げられていた。


 朱眼姫(シュガヒメ)の物語は、エンジェラが第四学年に進級した時に、突然クラスが二つも上がる所から始まる。

 (三番目)クラスと言えどクラスの大半は貴族で、(一番下)から突然上がってきた平民(よそもの)を歓迎するはずもない。しかも、エンジェラの魔術の成績は(一番下)クラスの中でも下の方で、(三番目)クラスの中では馬鹿にされ放題だった。

 あからさまにいじめられこそしないものの、クラスの人達に遠巻きにされる日々。そこでエンジェラに声をかけたのは、同じクラスの生徒会役員──イザーク・ドランケンスだった。眼鏡に敬語の典型的な真面目キャラである。

 しかし実はイザークは侯爵令息、つまり上流貴族でありながら(三番目)クラス。出来損ない同士でお似合いだ、などとクラスの他の生徒に陰口を叩かれているのを、エンジェラは聞いてしまう。

 そこで彼女は、自分に友好的にしてくれたイザークのためにも、陰口を叩いた生徒を見返すためにも、魔術の特訓を決意する。

 その特訓に付き合うのはもちろんイザークで、その特訓最中、生徒会関連の用があったサグアス第二王子がイザークを探しに来たところで、二人は出会うのだ。


「私は、自分に出来ることをしているだけですので。一番すごいのは、自ら努力をしようとしているクラインさんです」

「そんなことないです、イザーク様! 努力しているイザーク様を見て、私も頑張らなきゃって思ったんですから。イザーク様がどれほど努力しているのか知らないくせに、イザーク様を下に見るようなことを言う人なんて、ハゲちゃえばいいのにっ」

「っく、はっはっ、その通りであるな。イザークほど使える奴は他にはおらぬ」


 サグアス王子が笑う。それを見たイザークは、目を丸くしていた。それもそのはず。サグアス王子は普段、笑うことなどほとんどないキャラなのだ。


 イザーク、エンジェラ、サグアス王子の三人が和やかに話している一方で、私はすぐそばの木にはりついて息を殺していた。

 ちなみに、万が一にも見つからないように、『姿隠し』魔術をつかっている。体の周りの空気を操り、光の見え方を変えて周囲の景色に同化する魔術だ。難点は静止している時にしか使えないこと。


「ところで、邪魔をして悪いが、イザークに用があるのだ。今から生徒会室に一緒に来てくれぬか」

「分かりました。クラインさんは……」

「あっ、私も今日はそろそろ終わりにしようかなって思ってたんです。イザーク様、今日もありがとうございました」


 屈託ない笑みを浮かべてお礼を言うエンジェラに優しい表情を向けた後、イザークはサグアス王子に連れられて去っていった。

 それを見送ったエンジェラは、私がはりついている木の根元に置いてあったかばんを取り上げ、寮の方へ歩き出した。


 彼女の姿が見えなくなった後、私は『姿隠し』を解く。そのままそこに座り込んで、思考をはっきりさせるために目を閉じた。


 原作と、大きく変わったことが二点。

 まず、悪役令嬢アイオラ・エーレンベルクがおらず、代わりにクロエ・レイヴン侯爵令嬢がその地位を務めていること。原作でリュメルの幼馴染だったのはアイオラだったはずだから、多分アイオラのポジションを丸々代わっているのだろう。

 それから、原作でエンジェラの友達だったシグムンドとヴィヴェカが、いないこと。でも。


「シグムンドとヴィヴェカの代わりは、いない……」


 原作では、先ほどのシーンの後、シグムンドたちがエンジェラを迎えに来て、三人で寮に帰っていたのだけれど。

 ひょっとしたらシグムンドたちにも代わりがいて、その人たちがひょっとしてラスボス、つまりはムスタウアだったりしないか──なんて考えたのだけれど、流石に考えが甘すぎたようだ。


 原作から得られる、ムスタウアに繋がりそうなヒントはもう無さそうだ。

 吸魂具も、ここ一週間は一度も発見されていない。

 実はレイヴンさんからの呼び出しがあった日の翌日に、また吸魂具が発見されていた。見つかったのは女子海寮の談話室。早朝に学院敷地内をランニングして、戻ってきたら談話室から変な魔力を感じたので向かったら、吸魂具があった。まだ人はいなかったために、見つかることなく処分できた。先生を呼ぶやら後始末やらで、一時限目の授業に遅れてしまったことは大した問題ではない。

 しかしあまりにもあっけなく吸魂具が処分されてしまったからか、警戒されているのか、それ以降吸魂具は仕掛けられていない。良いことと言えばそうなのだけれど、それは同様に調べる手がかりがないとも言える。

 吸魂具から得られた情報も、ほぼ無し。相変わらず吸魂具の魔力はどこか変質している感じがして、今回はなぜか結界も張られていなかった。結界の魔力から、犯人の魔力を少しでも感じ取れないかなと期待していたからこそ、少しばかり残念だ。


 要は、手詰まり。ルゥーに、平民の生徒の情報を全部調べて送ってもらおうか、なんてぼんやり考える。けれど、まだアイオラについての連絡も来ないから、忙しいのかもしれないし。


 通話すべきかすまいか、悩みながら手の中の魔信具を弄んでいた時だった。魔信具から突然漏れだす、ルゥーの魔力。

 なんてナイスタイミング。


「もしもしルゥー、ちょうどかけようか迷ってたとこだった。私たち運命かもしんない」

『おう、そりゃよかったな。ところで、遅くなったけどアイオラ・エーレンベルクのこと、ようやく見つけられた』

「スルーすんな、ルゥーの意地悪」


 突っ込みながらも、鼓動が僅かに早くなるのを感じた。私、緊張してる。


『はいはい、わりぃわりぃ。それでな、前言ってたの、当たりだった。ただ箝口令が敷かれてて、通常の資料庫にはなくてな。特別資料庫にあったから閲覧申請が必要で、時間がかかったんだ。悪いな』

「いやもう、そこまでたどり着けただけでルゥー天才だって。ありがとね。で、早く詳しく教えて」

『ああ。エーレンベルク公爵令嬢、アイオラ・エーレンベルクはお前の言う通り、お前と同い年だ。稀にしかみないほどの多量魔力の持ち主で、王家を超えるほどだったんだとよ』

「……え? そんなはずない。確かにアイオラは(リーラ)クラスだけど、一般的な上級貴族程度だったはず」

『分からねえけど、一旦聞け。それで生まれた時にかなり噂にもなったそうで、魔力を目当てに誘拐されたってのが当時の国治隊と魔術騎士団の見解らしいな。彼女が誘拐されたのは丁度二歳になった日の真夜中だそうで、昼間に盛大に開かれたアイオラの誕生日パーティ中に、公爵邸に不審な男が一人忍び込んでいたようだ。アイオラの眠る横では乳母が寝ずに見守っており、彼女の部屋の入口と屋敷の門では当たり前ながら衛兵が警備していた。しかし、気づけば彼女は忽然と消えていて、乳母が気づいて大騒ぎしてから屋敷中に伝わったが、屋敷中を探し回ってもアイオラは発見できなかったらしい。そこでアイオラの部屋の警備をしていた衛兵に話を聞いたところ、ぼんやりと見知らぬ男を通したような覚えがある、みたいなことを供述したみたいだ。それは屋敷の門の衛兵も同様だったそうだが、その男の特徴に関しては誰一人として覚えておらず、赤ん坊を抱えていたかどうかも不確かだった、ってなところだ』

「……『精神操作』か」

『ああ、そうだろうな』


 精神操作はその名の通り、他人の精神に働きかける魔術だ。精神を乗っ取ったり、暗示をかけたりするもので、禁忌の術とみなされ法律で禁止されている。


『でも、パーティ中に忍び込んだとはいえ、公爵邸には公爵本人によって常に結界が張ってあったらしい。入るにしろ出るにしろ、結界を破らなきゃ逃げられねえんだから、それをたった一人で破った犯人は只者じゃない』

「只者じゃないなんて言われなくてもわかってるよ。それで、その後アイオラは結局見つからず?」

『そうだ。国治隊と魔術騎士団総出で探索に当たったが、半年かけても犯人の男の行方も分からなければ、アイオラの生存も確認できなかったらしい。それで捜索は中止。泣く泣くエーレンベルク公爵一家は長女の存在をあきらめ、公爵家の体面を守るために、国中に娘を誘拐された事実ごと消す忘却魔術をかけることを国王陛下に嘆願したんだとよ』

「忘却魔術を? なんで、ルゥーは覚えてるの」

『国中といっても、対象は十歳以上の貴族のみだったからだ。俺は当時五歳だから、かけられなかったんだよ』

「なるほどね」


 ちなみに忘却魔術も、精神操作の一種ではあるんだけれど、色々と便利ではあるから、王族のみに使用が許されている。


『わかったことはそれだけだ。他に、何か聞きてえことはあるか?』

「いや、大丈夫。ありがと、ルゥー」

『おう。じゃ、そろそろ切るな』

「うん、バイバイ」


 通話を切って、立ち上がった。そろそろ帰ろう。

 エンジェラたちの話を盗み聞きしていた時からかなり時間がたっているから、もしかしたらウィスティが部屋で私を待っているかもしれない。


 アイオラ・エーレンベルク誘拐事件の詳細を知れたのはよかったものの、どうもスッキリしない。とはいえ、胸の底で漂うこの得体のしれない不安は、何をしても消えないのは分かっていた。

 きっと、気にしすぎだ。原作とどう違うのかは分かったから、これで一件落着ということにしよう。切り替え大事。


 ウィスティが待っているかなと思うと、つい早足になってしまう。

 寮の入口まできたところで、ふと何かが頭をよぎった。


「あ」


 ルゥーに、平民の生徒の情報調査お願いするの、忘れてた。


リラはルゥーに限り人使いあらめ。

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