表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/82

十一話 魔術決闘

戦闘シーンは雰囲気で読んでください。詰め込んだので少し長め。


23-3-11 魔術の設定、戦闘描写を修正・加筆しました。

「キースリング様から始めてくださって結構ですよ。どこからでもどうぞ」


 魔術決闘とはその名の通り、魔術を使った決闘のことだ。自分自身の魔力を使った魔術である限り、何をしてもいい。魔力を『実体化』させた剣を使うも良し、その他の武器を使うも良し。ただし魔術ではない本物の武器を使うのは言わずもがな、魔力に頼らないただの体術もタブーだ。ちなみに魔力による体力強化も可能だが、体力強化して直接拳で殴る、などと言うのは魔術としては認められない。


 試合は相手が死ぬ、もしくは再起不能になるまで──というのは大昔の形式で、今はどちらかが降参するまでだ。しかし、それでも大怪我を負うことはある。

 適当に手加減して負けてもリュメルは納得してくれない気がするし、もっと言うなら、二度目が来ないように、再戦しても意味が無いと思うくらいに圧勝しなければならない。

 どうすれば、怪我をさせずに勝てるだろうか。


「そんなに余裕をかましていてもいいの? 僕の実力も知らないくせに」


 ふんっと鼻を鳴らしてリュメルは私の方に掌を向けた。蜂蜜色の光が指先から広がった、と思った瞬間、視界が白い靄で埋め尽くされる。

 『霧隠し』だ。魔術の基本レベル、二。

 視界が奪われて、リュメルの姿が確認出来ない。

 瞬間、私は体をひねった。耳のすぐ側の空気を、剣の鋭い切っ先が切り裂いていく。『実体化』の剣だ。


 今更ではあるが、『実体化』とは高密度の魔力を押し固めて、物理的に触れる物にしてしまう魔術だ。基本レベル三段階目に位置する。

 魔力はあくまでもエネルギーに過ぎず、物理的には触れないのに対し、実体化したものはエネルギーが安定して揺らがず、物理的性質を持つようになる。

 魔力のまま扱うよりも遥かに集中力と魔力量を必要とし、結界などと同じように魔力干渉は出来ない。


 私を逃したことに気づき、剣が軌道を変え再び迫ってくる。真っ白な霧越しでも、リュメルの魔力の蜂蜜色の光がうっすらと見えた。

 反射で右の掌に小さな盾を『実体化』させる。その右手を顔の前にかざした瞬間、ガキン! と派手な音を立てて剣と盾がぶつかった。『実体化』の長剣を構えたリュメルと、至近距離で目が合う。


 隙あり。


 膝を彼の腹をめがけて突き出す。『空気膨張』、基本レベル二。察知したリュメルが結界を張るよりも一瞬早く、私の膝と彼のお腹の間の空気が爆発的に膨張する。勢いよく、リュメルは後方に吹き飛ばされた。

 私は魔力で周りの空気を温めた。視界を悪くさせていた白い霧はたちまち消え失せる。

 ようやく見えたリュメルは、空中で一回転し、床に着地した。


「相手の視界を奪っておいて自分も相手が見えなくなるのでは、本末転倒ですね」


 挑発するように笑ってみせると、リュメルの額に青筋が浮かんだ。それでも、美しい笑みは崩れない。


「言うね、君」


 次どこから攻撃が来ても分かるように、神経を研ぎ澄ます。右手に『実体化』させていた盾を消しながら、酷い痺れを感じた。さっき、直接剣を受け止めたせいだ。これは、少しの間動かないかもしれない。


 右手をぎゅっと握りしめた時、突如、赤い何かが目と鼻の先を走り抜けた。思わず仰け反る。

 ──『火龍かりゅう』だ。火を長く連ね、幻の生物、龍をかたどらせて操る魔術。まるで生きた本物の龍のように身をくねらせた『火龍』は向きを変え、再び私に突進する。それを最小限の動きでかわしながら、思わず笑顔になってしまった。


 面白い。

 さすが、リュメル・キースリング。

 龍の全長こそ私の身長ほどしかないけれど、下手な魔術騎士団員や国治隊員よりも、よっぽど強い。体を作る炎の威力も、その俊敏さと動きの繊細さも、その美しさも。

 『火龍』自体の基本レベルは二だ。でも現れた火は自然現象のものだから、直接あやつれる魔力よりも実は扱いが難しい。


 さて、どうしようか。所詮は火の塊にすぎないから、水をぶっかけたら『火龍』は消えてしまうけれど、それではつまらない。もっと、この人と遊びたい。

 どこまで抗えるかな。

 私は軽く左手を前に突き出した。手から地面に向かって溢れ出る魔力を、私とリュメルの足元に広く広げる。それを回転させると、空気をがかき混ぜられる。渦が生まれるように、段々速く。風が生まれた。より速く動かして、風がどんどん強くなる。まだ足元だけだが、立派に吹き荒れる風。制服のスカートか大きくはためいて、バサバサと音を立てる。

 『火龍』は形を崩しそうになっている。そのコントロールに手一杯になっているリュメルの顔を盗み見、わたしはにんまりと笑った。

 ──さぁ。空気をかき混ぜるように足元で動かしていた魔力を、一気に頭上に引き上げる。擬似的に上昇気流が発生し、風の回転半径がぐっと小さく、速度も一気に上がる。

 『竜巻』の完成だ。本物みたく雲は無いけれど、私の魔力の青紫の光が雲のよう。基本レベルは一、けれどその威力はあなどれない。私の身長の二倍ほどの高さまで大きく作り上げたそれは、やたらめったら突風を撒き散らす。

 痛いと感じるほどの風が顔に当たり、思わず自分の周りに結界を張ってしまった。ちなみに、結界は実体化と同じレベル三に位置する。

 そんな凶暴な程の風を撒き散らす『竜巻』に、以外にも『火龍』は善戦していた。体の一部が消し飛ぼうと、すぐに元の形を取り戻す。『火龍』は口をぐわっと開き、大きな炎を吐き出した。ゴォォ、と音がしてきそうな巨大な炎は、しかし私の竜巻によって呆気なくかき消される。

 さぞ悔しそうな顔をしているだろうと思ってリュメルの顔を見やれば、意外にもそうではなかった。私同様、風から身を守る結界も張っていて、大して害は無さそうだ。それどころか、楽しそうに笑みまで浮かべている。なっまいき。


「まだまだ余裕そうですね?」


 言いながら、追加で魔力を空気中に広げる。『温度操作』で一気に温度を下げれば、そこら中に水蒸気から生まれた無数の雹ひょうが現れた。すべてを操り集め、一つの大きなまとまりにする。ついでにリュメルの『火龍』と同じような見た目にしてみる。雹龍のできあがり。

 それを見たリュメルは、苛立ったように口の端をひきつらせた。模倣魔術(イミテーション)は、相手を下に見ていると喧嘩を売るようなもの。この場合火と氷で魔術そのものは違うけど、まあ、似たようなものだ。


 雹でできた龍を、リュメルの『火龍』に襲い掛からせる。二頭の龍は互いに身を絡め合うようにして、競技場を飛び回り暴れ回る。

 そこに私が生み出した『竜巻』が吹き荒れ、競技場内は火事と大雪と嵐が同時にやってきたような感じになっていた。

 『火龍』と身を絡めていた雹の龍を、敢えて雹を維持するのを止めてみる。瞬く間に『火龍』の熱で溶かされていった。

 リュメルはそれに気づき、悔しそうな顔になる。溶けた雹龍は、今度は水の龍となって直接『火龍』を消しにかかるが、『火龍』に水を蒸発させるほどの火力は無い。

 私の気分ひとつで、簡単にリュメルの方が不利になったのだ。


 もっと抗え。かかって来い。私を楽しませて見せろ。

 一度に操れる魔術は、結界も含めて二つが限界かな? それなら、もう一つ何かを追加してみようかな。

 水出てきた龍に触れたところから、火が消える。最初はそれでもすぐに形を持ち直していたけれど、未だ強く吹き荒れる『竜巻』の突風もあって、段々と火の勢いも弱くなっていく。

 リュメルはそろそろ、かなり疲れてきたようだ。もう終わらせられるかな。

 風が強すぎて邪魔な『竜巻』を消し去り、私達の頭上に巨大な水の球を作り出す。このまま落としてしまえば、『火龍』は全部消えてしまうだろう。

 リュメルはチラッと頭上を見上げ、巨大な水の球を認めると少し目を見開いた。

 ──その瞬間、ボワァッ! と、『火龍』の頭が激しく爆発した。突然増大した火力に、一気に水が蒸発する。水龍だけでなく、頭上の水の球さえも、すべて。


 制御を失ったのか? リュメルと目が合う。楽しそうに笑っている。違う、わざとだ。


 小さい刃物が飛んできた。『実体化』のナイフ。今まで周りに張っていた結界を消し、ナイフを避ける。と同時に、リュメル本人も飛びかかってきた。手には、蜂蜜色の光を帯びた美しい長剣。まだ、『実体化』できるほど魔力が残っていたのか。

 一瞬で私も短剣を『実体化』させる。振り下ろされる剣に刃を当て、軌道をずらす。リュメルの剣筋が僅かに浮いた。しかし無駄な動きを一切見せず、また攻撃に転じてくる。美しい剣さばきだ。


 もう一度短剣で受け流そうとした時だった。

 あっ。剣と剣がぶつかった衝撃が、手に走る。まだ残っていた痺れに、握りが緩くなる。そのまま短剣の柄が手から抜け出した。

 リュメルがにやっと笑うのが見えた。今度こそ私を降伏させようと、剣を振り上げてくる。そうはさせるか。手を離れた『実体化』の短剣を操る。空を舞う短剣。その刃が薄く、伸びる。それはしなやかさを得て、リュメルの長剣に巻き付いた。


「はぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げるリュメル。そんな素直な反応がおもしろくて、つい口角が上がる。『実体化』した魔力はエネルギーを失った安定した形だ。しかも結界などと同様に自分の制御下から一度外れているため、消すことは容易でも、変形させるのは段違いに難しくなる。

 手元に戻ってきた短剣の柄を今度は両手で掴み、グッと下に引っ張った。巻きついたリュメルの長剣ごと。勢いを失った、長剣の剣先が目の前に降りてきた。

 それを見つめながらどうすればこのままリュメルは降参してくれるだろうかと考えを巡らせる。


 ふと、昨日の光景が脳裏によみがえった。


『リラほどの実力なら、可能だと思わないかい?』


 グレゴールの言葉を思い出す。

 気づけば、剣先に私は手を伸ばしていた。


「え、ちょっと!?」


 リュメルが慌てた声を出す。気にせず、私はそっと自分の魔力をリュメルの剣の中に浸透させた。


 今日、実は考えていたのだ。自分のでない『実体化』魔術を、ただの魔力の状態に戻す魔術。ただ破壊するのとは違う、魔術において未知の領域。安定を不安定に戻す──すなわち、過剰なエネルギーを注ぎ込む。しかし、他人同士の魔力は普通、混ざったりしない。反応したりもしない。

 だから、なるべく魔力の揺らぎを消して、個性をなくして。リュメルの魔力に同化させて。長剣に私の魔力を、ふんだんに含ませて。


「ねぇ、モーガンス、なにを──」


 同化させていた魔力に一気にエネルギーを込める。

 その瞬間、バチバチバチィッ! と派手な音が鳴った。激しい火花と共に、巻き付いた私の剣ごと、リュメルの長剣が弾け飛ぶ。すぐさまリュメルと私、両方に結界を張る。


 まもなく、火花は収まった。うっすら残った蜂蜜色と青紫色の光は一瞬ゆらめいた後、消えた。

 ほっとして結界を解くと同時に、深い後悔が襲ってきた。


 やってしまった。つい楽しくなって、本気になってしまった。その上、安全の保証もないものを、一般生徒相手に仕掛けて。本当は、ウィスティに相手をしてもらって試そうと思っていたのに。

 その上、『実体化』魔術を本当に消せてしまった。試した事が成功したことで、余計リュメルを使ってしまったことに後悔の念が襲ってくる。


「はぁ……?」



 呆然とした顔で、リュメルが声を漏らす。


「君今、一体何したの?」

「……何でしょう。私にも分かりません」

「なにそれ」


 はぁー、とため息をつき、リュメルは脱力したように床に座り込んだ。


「悔しいけど、僕の負けだ。認めるよ。もう、これ以上は続けられない」


 あぐらをかくリュメルを見て、侯爵令息のくせに行儀が悪いな……とひそかに思っていると、リュメルはこちらを見上げて首を傾げた。


「というか、君疲れていないの? あれだけ魔力を使っていたのに」


 久々に魔力を結構消費したから、疲れてはいるけど。心地いいくらいの疲労感だ。


「それなりに。まだあと一戦くらいなら、相手できますが」

「本気で言ってる? 冗談でしょ?」

「嘘じゃありませんよ」


 ぎょっとした顔になったリュメルの目をしっかり見つめて、だから、と続ける。


「このようなことは、これっきりにして下さい」


 私には勝てないでしょう? という意味を込めてにっこり笑ってみせると、リュメルは口の端を引きつらせながら、「……わかったよ」と言った。ご理解頂けたようで。


「君、化け物なの? 規格外すぎない? 魔力量も魔術もさ。そりゃためらいなくクロエ嬢相手に魔力干渉使えるわけだよね。髪色、もしかして変えていたりする?」


 問われて、思わず髪に手をやる。平凡な茶色だ。それも、黒からは遠くかけ離れた薄い色。


「変えていませんよ。よく聞かれるんですけどね」


 魔力量が多ければ、それは瞳の色、髪の色に現れる。髪は黒ければ黒いほど、瞳は赤ければ赤いほど、魔力が多いということになる。黒髪と赤い瞳を併せ持つ人は限りなく少ないけれど、王族や上位貴族は大抵、どちらかを持っているものだ。リュメルだって、美しい黒髪をしている。

 私の場合髪も黒くなく、目だって赤とは正反対。瞳の色は魔力の色と同じだから、見た目だけ変えても魔力の色を見ればすぐに分かってしまうけど、髪はそうでもないからそんなことを聞かれるのだろう。逆に、国治隊内でも一位、二位を争う魔力量の私が黒髪でも赤目でも無いのが、自分でも不思議だ。


 ふうん、と興味深そうに私を見上げていたリュメルは体力が回復したのか、おもむろに立ち上がり私の前に来る。

 ぐっと顔を近づけられ目を覗き込まれる。至近距離にある蜂蜜色の瞳に、思わず仰け反った。


「……なんですか」

「……君、さっきと瞳の色が違う気がする」

「さっきとは?」

「僕の剣を弾き消したとき。すごく美しく、輝いていた──気が、したんだけど。今はそうでもないね」


 首を傾げながら離れてくれたので、ほっとする。至近距離に芸術作品のような顔があると落ち着かない。


「……気のせいじゃないですか?」

「違うとおもうんだけど。本当に綺麗だったよ」


 行こうか、と競技場出口に向かうリュメルの後ろに私は続いた。いつも彼が言う褒め言葉にしては、わざとらしさがない気がした。それが、本心で褒められているような気がして、居心地が悪い。どうせ、見間違いか何かだろうに。


「光ってたんだよ。宝石──そうだ、それこそアイオライトみたいだって思ったんだ」


 アイオライトの名前を出されて、少しだけ身構える。


「気のせいでしょう」

「……じゃあ、そういうことでいいよ。でもさ」


 歩きながらリュメルはちらりとこちらを見やる。


「アイオライトの魔術師はこんな瞳なんだろうなって、想像したのは本当。……ねぇ、まさかとは思うけど君、アイオライトの魔術師の親戚だったりしない?」

「そんなこと、ある訳ないじゃないですか」


 親戚どころか、本人だっての。


ちなみに魔術競技場は完全予約制ですが、リュメルは金と権力で急遽貸し切りにしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ