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十話 魔術狂い君とアイオライトの魔術師

「ねぇ、モーガンスさん。あたし、ヴィクトリア・シュヴァルツァーっていうの。気づいてたかもしれないけれど、このクラス唯一──あっ、でもあなたが来たから変わったわね。平民よ。ヴィクトリアって呼んで。よろしくね」

「あ……どうも。私も、リラって呼んでくれれば。よろしく、ヴィクトリア」


 翌日、放課後。


 おそらく昨日の実技授業でのやらかしが原因だろうが、ビシビシと周りから伝わってくる怯えと敵意に対して、まあ特段何も思うことなく一日を過ごし、私は帰ろうとしていた。

 一人ぼっちで何か不都合があるとすれば、昼食が寂しいということだけだ。困りはしていない。

 ちなみに、ひそひそと周りから聞こえてくる話を聞く限り、昨日の警備用魔道具のこともとっくに話は広まっている。もちろん、『編入生が学校の備品を初日からぶっ壊した』みたいな話でだけど。


 そんなところに、声をかけてくれた女の子がいた。

 その子は、昨日の自己紹介のときに、私に敵意のない視線を送ってきていた人物だと思い当たる。


 ヴィクトリアと名乗った彼女は深緑の癖のあるセミロングヘアに、よく動く蜜柑(みかん)色の瞳をしていた。


「分かったわ、リラ。三年間ずっと(リーラ)クラスで平民は私一人だったから、あなたが入ってくれて嬉しいの。仲良くしてね」


 嬉しそうに言うヴィクトリアに、なんだか騙しているようで申し訳ないな、と思いながら笑い返す。

 友達を作るために来ている訳ではないものの、友好的にしてもらえるのは素直に嬉しかった。


「この後、寮に戻るのなら、あたしも一緒していい? 海寮(かいりょう)でしょ?」

「あ、うん、もちろん」

「じゃあ、早く行きましょ。あたし、気兼ねなく話が出来るクラスメートが欲しかったの! よければ、寮の談話室ででも少しおしゃべりしない?」


 今日は部屋でゆっくり考え事でもしようかと思っていたけど……ま、別に今日じゃなくても問題は無い。

 いいよ、と頷こうとしたときだった。


「ねぇ」


 とろりと溶けるような、甘く柔らかい声が響いた。──昨日も聞いた声、けれど全然昨日と違う声色。

 なぜかその声色にぞくりとしながら、恐る恐る振り向く。

 やはり、そこにはリュメル・キースリングがいた。


「シュヴァルツァー、申し訳ないけど、僕もモーガンスに用があるんだ。今日は譲ってくれないかな?」


 知らないけど分かる、この声絶対女の子を落とす時に使う声だ。こんな、クラスのど真ん中でそんな声出して一体何がしたいの、この人。

 めちゃくちゃ視線が痛いんだが、主にリュメルに甘い声を向けてもらいたい女子達からの。


 断ってくれないか、ととっさにヴィクトリアの方を見たものの、残念ながらその思いは届かなかった。


「あれ、もしかして先約でしたか? じゃあ残念だけどまた今度ね、リラ」


 先約じゃないんだけど!?!?

 去っていったヴィクトリアを見送りながらちらりとリュメルを見やると、なんの悪気もないようなきらきらした笑みを向けられた。

 なんかムカつく。


「じゃあ行こうか、モーガンス」


 手をさしのべられる。

 うわ、この声で名前呼ばれるとなんか背中がゾクゾクする。流石は女の子を意のままに操る声。


「……どこに行くんですか?」

「いいから、ついてきて」


 差し伸べられていたリュメルの手は、私が一向に手を取る気配がないことを悟ると、私の手首を問答無用で掴んだ。

 教室中の女子から送られる冷たい目線に見送られながら、私は半ば引きずられるようにして教室を出た。


 *


 連れてこられたのは、魔術競技場だった。

 大きな体育館のようなそれは内側全体にどんな魔術も外には漏らさない特別な結界が張られており、魔術の練習や魔術決闘の場として使われる。

 中に人はおらず、がらんとしていた。

 こういうのって誰でも使っていいものなのかな、ときょろきょろあたりを見回しながら入る。

 国治隊本部にも似たような訓練場があるけれど、それよりも段違いに大きい。さすが国立学院なだけある。


「ここが、我が学院の魔術競技場だよ。有名だから、聞いた事はあるでしょ?」

「はい。本当に大きいですね」


 ところで、リュメルは一体ここに何をしに来たのか。とてつもなく嫌な予感がするんだけど。


「それで……ここへは、何をしに?」


 リュメルは、私の質問に答えることなく私に向き直ると、含みのある笑みを浮かべた。


「君、本当は高位貴族の隠し子とかじゃないの?」

「……はい?」


 いきなりの言葉についていけない。質問の意図が理解できていない私の方へ、リュメルはすっと手を伸ばした。ごく自然な風に頬に手を添えられる。ぞわりと鳥肌が立った。


「顔立ちに気品を感じる。平民が不細工というつもりは微塵もないけれど、やはり顔の造形には血筋が現れるじゃない。編入で(リーラ)に入れる魔力量もあるわけだし」

「……質問の意図が理解できません」

「意図なんてないさ、僕が君を知りたいだけだよ。それとも僕に興味を持たれるのは嫌?」


 おどけた風にリュメルが笑う。嫌です、とは流石に言えない。

 一歩後ろに下がり、リュメルの手から逃れて、私は微笑んだ。


「恐れ多い限りです、キースリング様。私など生まれてすぐに捨てられた孤児ですから、何も面白いことなどございません」

「そうなんだね」


 別に気にならないのか、そもそも興味などないのか、あっさりと流される。いっそのこと、孤児なんて、と距離を取ってくれたほうがよかった。


「まあいいや、本題に入ろう。僕と決闘してよ」


 あまりにも軽くぶっ込まれた本題に、やっぱりかと頭が痛くなった。魔術競技場にくるなんて、他に理由が思いつかない。


「お手合わせできる機会を頂けるのは光栄ですが、恐れながらご遠慮申し上げます」

「なぜ?」


 リュメルが不思議そうに首をかしげる。


「失礼でなければ、なぜキースリング様は私と決闘なんてしたいのかお聞きしても?」


 問い返すと、リュメルは笑みを浮かべた。いつものニコニコとは少し違う、不敵な笑み。


「君が昨日、クロエ嬢に使った魔術。僕、見たことがなくて驚いちゃったよ。それで、昨日は図書館で文献をいっぱい探したけれど、なかなか見つからなくてさ。やっと見つけたときには、にわかには信じられなかったよ。──魔力干渉、で合ってる?」


 熱意がすごすぎる。学院の教師でも全員は知らないはずの魔術で、まだ比較的新しく難易度も高いから載っている文献もごく僅かなはずのに、昨日一日で見つけ出すとは。

 若干引いていると、リュメルは私が怒られることを恐れているとでも勘違いしたのか、にこりと笑った。


「安心してよ、君が悪くないのは分かっているからさ。多分皆気づいていなかったけど、クロエ嬢が先に君に手を出して、君が反撃したんでしょう?」


 何も言えずに頷くと、リュメルはわくわくした様子でその内容を(そら)んじて見せた。


「『現在公表されている魔術の中でも最高難易度といわれる、四年前、アイオライトの魔術師によって公表された魔術。熟練の魔術師でも一発で成功させることは非常に難しい。

 まだ制御下にある魔力は持ち主の体に繋がっており、その魔力に沿って自らの魔力を這わせて辿ることで、魔力の持ち主の体を探り当てる。

 つながった魔力を探り当てる敏感な察知力と、自分の魔力を添わせる繊細な技術を要する。

 また、魔力干渉を行うとき、自分の魔力と他人の魔力が繋がった状態になるため、相手の魔力量が自分より少ない場合、相手の魔力をも制御下に置くことが可能。

 ただし、自分より多い量の魔力保有者が相手の時、干渉し返される危険性がある。干渉返しの難易度は高くなく、熟練の魔術師ならば反射的にできるため、自分より多い魔力量を持つ相手には使用しないように注意が必要』──だったっけ」

「……よく覚えていらっしゃいますね」


 リュメルは楽しそうな笑顔を崩さぬまま、もちろん、と歌うように言った。


「だって、たくさん気になるところがあったからね。そもそも、熟練の魔術師でも簡単にはできないものを、なぜ僕たちと同い年であるはずの君にできるのか。僕、書いてあった難易度を見て流石にあり得ないだろうって思って、最初は読み飛ばしていたからなかなか見つけられなかったんだよ。でも、何回さがしても当てはまる魔術は魔力干渉だけだったから、そうかなって思ったわけだけど」


 一息ついて、リュメルは続ける。よくしゃべるなぁと思いながら、私ははぁ、と相槌を打った。


「それから、昨日君が使った相手は、クロエ嬢だ。仮にも侯爵令嬢だよ? 魔力量も豊富なはず。なのになぜ魔力干渉が使えたのか──いや、ためらいもなく使おうとしたのか。学院の生徒なんて熟練の魔術師とは言えないから干渉返しなんてないと考えたのか、はたまた君には自信があったのか。クロエ嬢よりも、君の魔力量の方が多いと」


 まあもちろん後者だけど。今まで魔力干渉を使って干渉返しなんてされたことないし。

 私が黙ったまま、リュメルの話は続く。


「でも、一番驚いたのは──()()()()()()()()()()が公表した魔術、ってところだね」


 一段と明るくなった声に、正直頭を抱えたくなる。


「……はぁ」

「何、その反応。君、知らないの? ()()アイオライトの魔術師だよ? 四年前、巨大犯罪組織アイーマを一人で滅ぼしたっていう! 組織員たちが軒並み倒されていくなかで、青紫の光が舞う様は幻想的だったと、僕の父上も(おっしゃ)っていた。ずっと国民の平穏な生活を脅かしていた組織を倒してくれた彼に、国民はどれほど感謝していることか。残念ながら、アイーマ壊滅以降姿を現していないらしいから、謎の存在ではあるけれど、きっと誰よりも強いんだろう。僕の憧れの魔術師さ」

「もちろん、存じ上げてはおりますが」


 結論から言うと、私のことである。アイオライトの魔術師というのは私の通り名で──その話はこれ以上ないほどに誇張されまくっている。第一アイーマを倒したのは一人でじゃなく、ルゥーとウィスティ、それに国治隊と魔術騎士団も応援に来てくれている。確かに、私が中心になっていたのと、幹部の大半を捕まえたのは私だというのは事実だけど。下っ端組織員は捕まる前に逃げ出した人も多かったし、多くの人の称賛を浴びるようなものじゃない。

 しかも、名前の由来はアイオライトのような輝く美しい菫青色(きんせいしょく)の瞳を持つから、というものらしいけど、実際私の瞳はそれほど綺麗なものではないと思うし。

 正直、この誇張されきったアイオライトの魔術師の話を聞くたびにいたたまれなくなる。


 いまいち気分の乗らない様子の私を気にすることもなく、リュメルはだから、と私に指を向けた。


「アイオライトの魔術師が発見した最高難易度の魔術が使える君と、手合わせしたい」


 魔術狂いと私が称するリュメルは、魔術に関してだけは恐ろしく高いプライドを持っている。同年代の人に絶対に魔術で負けるものかと、思っている。

 しかも、魔術に関する欲求があれば途端に自己中になって何が何でもそれを優先しようとする。ちょうどさっき、ヴィクトリアを追い払ったように。


 魔術決闘なんて一歩間違えれば大けがをさせかねないから、本当にしたくなかったんだけど。仮にも生徒は守る対象だし。

 けれど、この感じじゃ絶対に逃してくれなさそうだ。


「分かりました。手加減は一切しませんので、私が勝ってもよろしいのであれば、その勝負、お受けしましょう」


 私の言葉に、リュメルは上等、と初めて年相応の無邪気な笑みを浮かべた。


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