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九話 夜の報告会

『それで、ライラはやっぱり、ムスタウアの狙いは例の主人公ちゃんだと思ってるってわけか』

「うん。エンジェラに容姿が似ていること以外に、ルガール男爵令嬢が標的にされた理由は今のところ見つからないし。根拠は何もないから、まだ上には報告できないけどね」


夜、寮の食堂で夕食を食べた後、私たちは寮室でルゥーに連絡し、報告会をしていた。

 鏡面にルゥーの顔を映し出すのは、遠隔通信魔鏡──魔信具同様、魔力でビデオ通信的なものができる魔道具だ。


「一応ウィスティも、エンジェラ・クラインの周りにムスタウアらしき人が接近しないか、警戒しておいてほしい。エンジェラへの直接接触は無しで」

「わかった」

『けど、エンジェラ・クラインは平民なんだろ? 狙ってるなら、わざわざ上級貴族用の天寮になんか仕掛けるか?』

「……名前も身分も何も分かってなくて、容姿だけ把握してる可能性はあるからね。とは言っても、少し調べれば魔力が急に増えた子なんてレア中のレアだし、すぐに分かりそうだから疑問には思うけど」


 実際、原作のヴィヴェカとシグムンドはかなり早い段階からエンジェラに接触していたから。


 今日の吸魂具処理の下りから、理事長から聞いた、それぞれの件の詳細についての説明。大方話し終えた後、私は二人にムスタウアの標的について、自分の予想を話していた。

 それは、エンジェラ・クライン──朱眼姫(シュガヒメ)の主人公であり、原作のアイーマの狙いでもあった。


 原作で、エンジェラ・クラインがアイーマに狙われた理由。それは、アイーマに所属していたとある予言者の予言だった。


『××年後、オノラブル国立魔術学院で、伽羅(きゃら)色の髪と水色の瞳を持つ少女が、朱眼に目覚める』


 朱眼とは、真紅の瞳、濡羽色の髪を併せ持つ状態を言う。溢れんばかりの光をたたえた赤い瞳は、非常に濃い魔力の証。黒の髪は、多量の魔力を表す。

 つまりは何らかのきっかけで覚醒した少女が、膨大な量の魔力──今の王族の数百倍の魔力を持っていたと言われる、オノラブル王国の始祖に並ぶ量らしい──を得るという予言。

 その爆発的に増えた魔力をアイーマは手に入れようと、シグムンドたちを学院に送り込んだのだ。


 この予言の少女こそ、エンジェラだ。

 そして、予言は多分、今私が生きるこの世界でも当てはまる。その前兆として、エンジェラは魔力量が(一番下)クラスレベルから(三番目)クラスレベルまで上がったのだ。

 ちなみに魔力とは生まれ持ったものだから、成長に伴い少し増えることがあっても、普通は突然大量に増えることなどない。


 もしこの予言者が、現在ムスタウアに所属しており、原作内と同じ予言をしていたならば。そしてムスタウアが原作でのシグムンドとヴィヴェカよりも手際が悪く、預言の内容に出てきた『伽羅(きゃら)色の髪と水色の瞳』という情報しか持っていないのならば、十分有り得る話だ。

 吸魂具に吸い込まれた魂の行く末は分からないけど、きっとエンジェラの魂ごと全ての魔力を手に入れようとしているのではないか。


『なるほどな……』


 鏡面の向こうでルゥーは腕を組み、唸った。


 ルゥーとウィスティには、私の前世の話、朱眼姫(シュガヒメ)の話の大筋、全てを伝えてある。全てを信じてくれているかどうかは定かではないけれど、いつも馬鹿にせず耳を傾けてくれるのは事実だ。


「……でも、容姿しか分かってないのに吸魂具しかけるの、ダメ元にも程がある、気がする」

「そうだよねぇ……大きく外れてはないと思うんだけど、やっぱわっかんないなぁ」


 ウィスティの指摘はその通りとしか言いようがなくて、私はため息をついた。


『まあとにかく、実際問題奴らの狙いが何かは明らかにはなってねぇんだから。エンジェラ・クラインが目的である可能性は高いけど、確定じゃねぇってこと念頭に置いて調査すればいい。確定じゃなくても、大きなヒントにはなり得るだろ。まだ初日なのによくやってるよ、お前ら』


 切り替えるように、明るい声でルゥーが言う。


「全部ライラの功績だけど」


 ウィスティが小さく返した。いつにも増して無感情な声色に顔を覗き込んでみると、少しだけ拗ねた顔をしている。

 可愛いなぁ、と思わず笑みがこぼれた。


「ウィスティが吸魂具見つけてなかったら大惨事だったよ、私先生に呼ばれてたからさ。私なんか、知識でズルしてるだけなんだから」


 ウィスティの頭に手を伸ばし、ルゥーがよくしてくるみたいに、ぐしゃぐしゃと乱雑に撫でてみた。ウィスティは顔をしかめて、避けようと頭を動かす。


『そうだ、ウィスティ。クラスで上手くやってるお前に比べて、生徒に対して魔力干渉使っちまったライラなんて、ただの馬鹿じゃねーか』

「うっさいルゥー。不可抗力だったって言ったでしょ? それ以上言ったら今度の魔術手合わせでまたぶちのめすから」

『おーおー、かかって来やがれ。お前が呑気にいらねぇ授業受けてる間、俺は特訓しとくからさ』

「仕事しろ、仕事」


 ルゥーと言い合っていると、隣でぷっとウィスティが吹き出した。

 私とルゥーは顔を見合せ、ほっとして笑みを交わす。私たちは二人とも、ウィスティには弱かった。


「それじゃ、そろそろ切ろっか。私達、まだ荷物片付けてもないし」

『だな。今日の吸魂具については、俺からギードさんに伝えておくよ』

「よろしく。じゃあね」

「バイバイ」


 魔力を使った通信を切る。鏡面に映っていたルゥーの顔が消えた。最後の瞬間まで、じっと鏡面をみつめていたウィスティに声をかける。


「もうそろそろ湯浴みもしなきゃね。ウィスティ、先する?」


 寮の部屋には、備え付けの浴室がある。

 私の問いかけに、うんとウィスティは頷いた。


「じゃ、入っといで。私は先に自分の荷物片付けておくから」

「分かった」


 ウィスティが着替えを持って浴室に向かってから、私は朝運び込んでそのままだったトランクを開けた。

 魔術で、敷き詰められていた服や渡された教科書ノート等を動かし、部屋備え付けのクローゼットに片付けていく。

 大した時間をかけず、トランクの中はほぼ空っぽになった。


 一つだけ、どこにしまうか決めきれずにぽつんとトランクの底に残ってしまった。かがんで取り出せば、長い間使っていないにも関わらず手にしっくりと馴染む。

 荷造りの時に何も考えずに放り込んでいたそれは、ダガー──真っ直ぐな刀身をした細身の短剣だ。


 いつも、武器が必要な時は実体化の剣で事足りたけれど、これはお守り代わりに常に身につけていた。

 でも学院で、制服の下にこれを付けていくのは流石にどうかと思うし。


 (さや)から抜けば、手入れを欠かさない刀身は光を受けて輝く。(つか)は私の手に合っていて、ちょうど握りやすい大きさだ。

 (つば)には一つ、小指に満たないほどの大きさの透き通った菫青色(きんせいしょく)の石が埋まっていて、美しく輝く様は目を引く。吸い寄せられるように石を撫でると、不思議と魔力が湧いてくるような気がした。


 少し眺めた後、鞘に戻し、クローゼットの一番奥にしまい込んだ。

 しばらくは、使うことは無いだろう。


 こうして、私は学院生活一日目を終えた。


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