プロローグ
初長編連載です。よろしくお願いします。
23/2/10 プロローグを大幅に書き換えました。
遠い昔、誰かが言った。
「命あるものは、尊いものです」
一体誰が言ったのか。
覚えていない。今の今まで、そんな記憶が私の中に眠っていたことも知らなかった。
「他人を尊重し、人として正しく生きましょう」
「生きていることは奇跡です。ですから、命を大切にしましょう」
「他人が奪っていい命はありません。殺人は、犯罪です」
耳の奥で、至極真っ当な言葉が響く。今の私を全否定する言葉だ。
立ち尽くす私の足元に、男が一人。もう焦点の合うことのない目を見開き、倒れている。その体は、子供の私より圧倒的に大きい。
さっきまで生きていた。私が殺した。心臓を握りつぶした。死んでいる。
「──っは、あは」
乾いた笑い声が口を突いて出た。
高いビルの数々。人が大量に行き交うきらびやかな街。数々の映像が脳裏に浮かんでは消える。そうだ、これは私の、
「人殺したら前世思い出すとか、ふざけてるのかな」
──前世の記憶。
気持ち悪い。さっき潰した心臓の感触が、まだ右手に残っている。服に手のひらを擦り付けてみる。とれない。擦る。
もういいや。さっさと帰ろう、湯浴みをして寝よう。もう深夜だ、早く寝ないと明日がもたない。
もしかしたら、仲間が部屋でまだ起きて私を待っているかもしれない。仲間と思っているのは私だけかもしれないけど。
同部屋の二人の仲間の顔を思い浮かべて、私は止まった。
待って、待って、待てよ。二人の顔を、私は知っている。どこでだ? 誰だ?
思い出したばかりの前世の記憶を漁り、気づいた。
そうか、ここは。
大好きだった漫画の世界の中だ。
そして二人は、 その漫画に出てくる敵キャラだ。私の知っている彼らより随分幼いけれど、間違いない。
「……救わないと」
ぽつ、と呟いた言葉は、私以外生きるもののいない空間の中で頼りなく響いて消えた。
手のひらを擦る。
救わないと。
彼らを救わないと。
敵役ではあるけれど、大好きだった二人。
擦る。
偶然、今世で仲間である二人。
彼らの未来を知っている。
だから、変えないと。
「……帰ろう」
かえろう。二人が待つ部屋へ。
擦りすぎた手のひらが、ヒリヒリする。
大丈夫。前世の記憶があろうが無かろうが、私は何も変わらない。
人を一人殺したくらいで動揺するような、そんなヤワな人間じゃない。
大丈夫。
口角を意識して上げ、誰もいない暗闇に向かって、ぎこちなくも笑みを作ってみる。
こうして笑えば、この心の内はきっと誰にも気づかれまい。
大丈夫。
踵を返してその場を立ち去る私を、死体の光のない目がじっと見つめていた。