2章-32話 教主の謎
「こちらの部屋です……」
広間での儀式は一時中断となり、大立ち回りを見せた侵入者の全員を捕縛。元々捕まっていたクロエはオーグスの暴走が発覚した為、他の独房へと移された。
記憶を戻された村人とシンヤとリュート、ノエルはさらに地下の牢へと入れられ、セラはグライストにとある部屋へと案内される。
「入れ」
「……失礼します」
グライストがノックをすると、中から男の返答があり、彼は静かに扉を開く。
中は高級感溢れる執務室のような部屋、窓の無い部屋の突き当りには大きな机が据えてあり、そこに一人の男が座っていた。
「下がっていいぞ。……二人にしてくれ」
「危険では?」
「これは頭の良い女だ。この場で儂をどうこうしようなどとは思わんだろう」
「……わかりました。では私は職務に戻ります」
扉の前で頭を下げると、グライストは部屋を出ていく、その間も男はセラを見据えたまま目を逸らしもしない。
「お久しぶりです……お父様……」
「挨拶はいい。……せっかくお前とあの皇女をオーグスに差し出したというのに、正直あんな事ができるとは思わなかった」
「あの男に媚を売って今度は何をなさるおつもりだったのですか?」
グライストが出ていくのを確認したセラは、男の前迄歩みを進め男に話しかける。
十年ぶりに顔を見る父は、身形こそ小綺麗にまとめてはいるものの、セラの知っている頃よりも肉が落ち、目には深い隈が出来ていて、とても健康そうには見えない。
「死んでいたと思っていたからな。まさか、お前とこんなところで会うとは思っていなかった。……だが、生きていたのなら儂の為に働くのは当然だろう?」
「……あの時から、お変わりないようですね」
「話を聞く限り、随分と強くなったようではないか。……先にわかっていれば他の使い道があったというのにな。……まあ、これからは儂の為に働け」
女は男への贈り物そういう考えでしかないから、母親もセラを生んですぐに死んでしまったのではないのか、そう彼女は昔から思っていた。
だからこそ眼前の実の父が大襲来で死んだと内心で安堵していたのだ、そう簡単に死ぬほどこの男の欲望は甘くなかったとセラは心の中で落胆する。
「なぜ……。私が従うとお思いなのですか?」
「儂はお前の父親だ。儂が地位を、名誉を、金を手にする為、お前が全力を尽くすのに理由が必要なのか?」
娘が父の命令を聞くのは当然と、疑いもせずにセラの眼を直視する。その顔を見た彼女はバレないように口の中だけでため息をつく。
今の破滅した世界になっても私利私欲のみで行動する目の前の男は、何をしても変わらないのだろうと、そう思ったのだ。
「本当に勝手な人ですね。あの時も、十年前もそう言って私を貴族に売り渡した。リュート様達が手を回してくださらなければ、私はここに居ないというのに……」
「ああ、あの時は正直失敗したと思ったよ。お前を買った男はすぐに皇帝に処分されてしまったからな……。だが、そのおかげでお前を皇室へと送ることができた。結果を見れば上々、大襲来さえなければ儂はもっと上に行けたものを……」
「……今度は私に何をさせたいのですか?」
「さすが儂の娘だ。……お前はこの聖都に籠るばかりで先を見ないマグルスをどう思う?」
「……何を仰りたいのかわかりかねます」
出来うることならばこの男とは長く話していたくない。
誰の事も映さないこの男の眼は、幼い頃の嫌悪感を蘇らせてくるからだ。
幸いな事にセラは母親に似た為、姿見を見ても普段思い出す事すらなかったのだが、まさか生きて会う事になるとは思ってもいなかった。
「この聖都を造るのには、儂の魔石や資材があったからこそっ。……なのにあいつは名ばかりの役職しかよこさずに、未だにこの街の核心を教えもしないっ。こんな馬鹿な話があるかっ!」
「……」
「この街をさらに大きくし、魔族どもに対抗する為には、儂が指導者になった方がいいのだ。……だが、マグルスは儂を疑っておってな」
たまたま生きていたから使う。
きっとセラの事はその程度にしか考えていないのだろう。
それは彼女が生まれてからずっと、今も同じで変わることは無い。
再会してからアリオンは彼女の眼を見ているようで見ていないのだ。
そこにあるのは、自身の地位を上げる方法をいかにして完遂するかだけ。
「……殺すのですか?」
「いや、それも考えたが、聖都を覆う結界は特殊、引き継ぎが出来なければ意味が無い。それに……マグルスは、あの男は死なない」
この男に父親として期待してはいけない事をセラは理解している。だからこそ、ここで情報を集めれるだけ集めておかなくてはならない。
「死なないとは比喩かなにかですか?」
「……心臓を刺されたのを見たが、何事も無かったように動いていた。本人が言うには、身体さえ治れば絶対に死なないとのことだ。聖女の治癒があればほぼ不死だ」
「……っ!?」
マグルスは元々女神教団の司教でしかなかった男。
そんな男がこの街で新たな教主として君臨していられるのには、理由があるのだろうとセラは考えていたのだが、それは想像以上によくないものだった。
全員が捕まってしまっている今の現状。
頭を潰せば、教主を殺せば組織は瓦解して、救出も楽になるだろうと思っていたが、アリオンの話が真実なのだとすればそれもかなわない。
「屍人よりも質が悪い。……わかるだろう? それではいつまでたっても儂がここの指導者になれん。だからセラ、お前にはこれからやってもらうことがある」
「……わかりました。お父様の仰る通りにいたします」
まず優先すべきことはクロエ達を逃がす事。
それを前提に考える。
どこか焦点が合っていないようにも見える父親の欲のおかげで、セラは拘束されずに動くことが出来る。
この街と教主の謎を解かなくてはならない。
反抗すればセラも牢に繋がれる事になるだろう。
だからこそセラは笑顔を造る。
殺したいほどに憎んだ男に、今一度従う為に心を殺すのだ。




