2章-27話 抜け道へ
牢を出て通路を進むと、すぐに螺旋状の階段になっていた。クリスの後を追って上るが、人の気配がしない。
クシュナが上層部にある部屋のいくつかに火を放ったのだと、シーナに教えてもらった。
軽い小火程度なので、脱出の通路に影響はないとのことだ。
順調に階層を上に上がれるが、もし聖都の人間に見つかれば、逃げ切るのは難しい。今一緒に行動している中に戦力と呼べる人間はいないのだから。
アウラの反応が無くなり、強化の出来なくなったシンヤは素人に毛が生えた程度の力しかなく、クリスは子供、シーナも戦うことなど出来ないだろう。
「それでも、おれがしっかりしなきゃな……」
聞かれない程度の声でシンヤは一人呟く。
アウラもいない、武器もない、その上一緒にいるのは非戦闘員。螺旋状になっている階段は長い、一段上るごとにシンヤの心には不安が渦巻いて行く。
焦る気持ちを抑えるように足を動かしていると、終点が見えてきた。
「あそこを出ると居住区だよ。外に出るにはそこから別の階段で上に行くんだけど……」
「居住区って誰かしらいるんじゃないのか?」
終点には頑丈そうな扉が一枚、扉の前に辿り着くとクリスが足を止め、振り返り声をかけてくる。居住区と言うからには、信者達が住んでいるのだろう。そんなところを通って見つからないのかとシンヤは問いかけた。
「就寝時間は過ぎてるから僕達が来たときには誰もいなかったよ。それに、起きている人達も上の階の消火の手伝いをしてるから……もし見つかっても戦える人は少ないはずだよ」
「……最悪、シーナとクリスはおれに脅されたって話すんだ」
クリスが言うように見つかる確率は低いのだろうが、ゼロではない。もし見つかった場合、シーナとクリスまでひどい扱いを受ける事は許容できなかった。
「ダメだよお兄さん。僕は、僕が考えてお兄さんを助けるんだから、もし捕まっても絶対にお兄さんを助けるのを止めない」
「そうですよシンヤさん。私達は覚悟を持ってシンヤさんを助けに来たのですから」
「……っ!」
二人の言葉に目頭が熱くなる。
シンヤにしてみればシーナもクリスも出会ったばかりの人間なのに、どうしてこうも優しいのだろう。仲間が皆捕らえられ、アウラさえも反応が無い状況で、戦う力の無い人がシンヤを助けてくれるのだ。
ただ牢から救われただけではなく、心が救われる気がした。
「じゃあ行くよ。お兄さん……」
そう言うとクリスが重い扉を開き外へと出る。
居住区と呼ばれるだけあって地下だというのに、通路は広くその土壁には等間隔で扉がついている。ところどころに魔石の明かりが灯され周囲を見渡すには十分だった。
辺りは静まり返っていて、誰も扉から出てくる気配は無い。
先ほどと同じようにクリスが先行し、その後を二人が追いかける形で足を進める。通路が広いのだが、その分隠れる場所は無い、誰かが出てくればすぐに見つかってしまうだろう。
緊張を感じながら静寂の中を進む。
「なあ、このままここの入口まで進んだら、見つかっちゃうんじゃないのか?」
「大丈夫だよお兄さん。この聖都の地下には昔掘られた抜け道がいくつもあるんだけど、鳥のお姉さんに僕も知らなかった抜け道を教えてもらったんだ」
ふとシンヤはこの地下に入った入口を思い出したが、記憶が確かなら入口のある上層部は一本道。
このままそこに向かえば、逃げ出す事は難しいのではないか、先を進むクリスに小声で話しかけるとすぐに答えてくれた。
「グライスト……さんは、どうして教主に協力してるんだ?」
「……わからない。ここに来る前までの父様は騎士の鏡って言われるくらい人に優しくて、僕の自慢の父様だったけど……」
シンヤの何気ない質問にクリスは足を止め地面を見つめる。名が広まるほどの騎士、広間でのリュートとのやり取りを聞く限りでも、悪い人間には見えなかった。
「母様が死んで、僕ともあまり話してくれなくなって、鳥のお姉さんに教えてもらうまで、こんなことをしてるなんて知らなかった……」
「……ごめん、言いたくない話だったよな……」
聖都の歪な人達の生活を時折目にし、変わってしまった父親との生活、まだ十歳程度のクリスが、今までどれだけの不安の中を生活してきたのだろう。
そしてクシュナに現実を突きつけられ、それでも自分の殻に籠らずに行動を起こした彼をシンヤは驚きと共に尊敬すら感じていた。
「ううん。大丈夫、きっと父様はあの教主って人に操られてるんだよ。だから僕がきっと助け出すんだ」
「強いんですねクリスさんは……」
顔を上げたクリスは、自身に言い聞かせるように強く言葉を出す。そんな姿を見たシーナはその小さな男の子の頭を優しくなでて声をかける。
「行こう。止まってると誰かに見つかっちゃうかもしれない」
「ああ」
本当に強い子だとシンヤは思う。
自身が同じ年のころには、親族にたらい回しにされ、そのことで世間を恨んだりしていたのだが、足を動かしたクリスにはそんな負の感情が微塵も感じられなかった。
「あの角を曲がれば、隠し通路のある壁があるんだ」
クリスが指差す角で一旦止まり、静かに近づくとその先を覗き見る。今まで誰もいなかったのだから、このまま何事も無ければと思っていたが、シンヤの視線の先には見知った人間が佇んでいた。
「セラさんっ! 良かった。無事だったんですね」
紫の髪のメイドを目にしたシンヤは、壁の影から出てすぐに駆け寄る。アウラの話では別の部屋に連れて行かれたと聞いていたのだが、ここで合流出来たのは嬉しい誤算だ。
「……」
「クロエ達はどうしているか知って……がぁっっ!!」
「シンヤさんっ!」
「お兄さんっ!」
無言でいるセラに問いかける。直後、彼女が右腕を振り上げると、シンヤの顔を衝撃が襲う。
遅れて背後の二人が声を上げた。
殴られたのだ。
突然の事に訳も分からず吹き飛んだシンヤは受け身も取れずに地面を転がる。
「申し訳ありませんがシンヤ様……ここを通すわけにはいきません」
「っ……。な、んで……?」
ひどく痛む頬を抑えながら、身体を起こして困惑の表情のまま眼前を見据える。そこには今までシンヤが見てきた顔とは全く違う、冷めた瞳をしたセラが立っていたのだった。




