2章-17話 強襲
能面のような笑顔を浮かべているリネットは、教主に促されるままに壇上の中央迄やってくると、広間全体を見渡すように顔を動かす。その動作一つとっても、今までの彼女を見てきたシンヤには、自分の意思で動いているようには思えなかった。
「精神操作……?」
シンヤにはその様子に見覚えがある。森の村を襲撃してきた魔族に、心を囚われたクロエが似たような状態だったのだ。
「そんな魔法的なものじゃないわ。……わたしが初めてあの子に会った時と同じ」
「でも、明らかに様子がおかしいだろ」
「あれは、洗脳よ。あの教主と呼ばれている男は、リネットの育ての親で、元女神教団の司教マグルス。あの子を自身の都合の良いように育て、利用していた男」
魔法ではない。
シンヤの言葉を否定したクロエが発したのは、祭壇の上で話を続けている男の正体。
リネットの様子がおかしいのも、あの男が原因だというのだ。
「ここでは教主とか呼ばせている見たいだけど、当時は帝国に派遣された司教の一人だったわ。……リネットが三歳の時、サンリアル公国で見つけたあの子の素養に目を付けたあいつは、育ての親として神殿に引き取り、自分にしか従わない従順な人間として教育したの……」
檀上の男を睨みつけているクロエは、震える声で話してくれる。
まだ物心ついたばかりだったリネットを引き取ったマグルスは、教団へは偽りの報告をし、自身の教区でのみリネットの力を使い、その権力を増やしていったのだ。
「……わたしがリネットに出会ったのは八年前……あの子がまだ八歳だったころ、公務の一環でたまたまサンリアル公国に立ち寄った時だったわ。……初めて見たあの子の顔は今みたいに感情の無い笑顔を浮かべていたのよ」
八歳と言えばまだ小学生、両親から引きはがされ、洗脳するための教育を毎日のようにされたのなら、人間はどうなってしまうのか。想像するにも難しい悲惨な幼年期を過ごしたリネットを、それでも笑顔を見せてくれていた彼女を思い、シンヤは悲しみに心が震える。
「それから、あの男の悪事を暴く為に兄さんとアルも協力してくれて、助け出せてからもしばらくの間、リネットは心を開いてくれなかった。けど、何年も一緒に暮らして、少しずつ笑い合えるようになっていたのに……。またあいつが……」
唇をきつく噛みすぎてクロエの口元に血が流れる。
飛び出して行きたい気持ちを押さえつけているのだろう。その痛みも苦い血の味も気にならない程に、彼女は檀上の男を見据え続けた。
祭壇ではマグルスが、いかに聖女が素晴らしい力を持っていて、この先の聖都が繁栄していくのに必要な存在なのだと、力説している。
ここに居るローブの人間達は、シンヤのように記憶をいじられているわけではないのか、顔が見える者達には、教主の言葉に心酔する惚けた表情が見え、正常な狂気が感じられていた。
「あの時もたくさんの人々があいつらみたいな顔をしていたわ。あの男の事を疑いもせずに熱狂して……捕らえに行った時もたくさんの犠牲者がでたの。きっと今回も、リネットと逃げようとすれば、自分の命も捨てる覚悟で襲ってくるわ」
「殺し合いになったってこと?」
「はい。かつての騒動も多数の死傷者がでました。正直野盗やごろつき、国同士の戦と比べても異常な光景でした……。ですからここにいる全ての人間が死を顧みずに攻撃してくると思っていて下さい」
「ここにいる全員が……っ」
人同士の大規模な殺し合い。
シンヤはそんな光景等見たことが無い。
実感は持てないが、最悪を思い描くことは出来る。真剣な表情で答えてくれたセラを見て、思わずシンヤの喉が音を鳴らす。
この場には数百人のローブを来た人間がいるのだ。
その全てが襲い掛かってくるとしたら、逃げ切ることすら不可能だろう。
考えている内にも教主の話は進む。聞く限りではこの後、テクタを含めた村人全員に儀式を行うとのことだが、彼等は縛られているわけでもないのに項垂れたまま大人しく椅子に座り続けている。
シンヤ達にはここから逃げ出す算段が思いつかなかった。椅子に座っている彼等がもし動けないのだとしたら、全員を担いで逃げる事等出来ない。
『どうするのじゃ?』
「今は様子を見る事しか……っ!?」
アウラの問い掛けにも打開策は思い浮かばず、祭壇を見据えたままのシンヤ言葉を返すが、それは爆音に中断させられる。
シンヤは音のする方へ視線を移す、視界に入ったのは広間の入り口の扉が二枚とも凄まじい勢いで吹き飛ぶ瞬間。扉はローブ姿の信者達を巻き込んで吹き飛び、次の瞬間には壇上へと向かう二つの影が映った。
風のように疾走する影は、進行方向にいた信者を蹴り飛ばし、一息の内に教主の傍まで辿り着くと剣を抜き放ち、その首元に突きつける。
「久しぶりだなマグルス」
「これはこれは、リュート様ではありませんか」
首元に剣を突きつけられた状態でありながら、襲撃者であるリュートに平然と言葉を返す。薄皮が切られ血が首を流れるが、その眼に恐怖は無く、先ほどとなんら変わりない表情で言葉を続ける。
「まさかこんなところ迄ご足労頂けるとは恐悦至極でございます。せっかくです、この後の儀式にも参加していってください」
「黙れっ。その口を開くな。首を落とすぞっ」
「それは怖い。……では何が望みなのですか?」
「お前らも動くなっ! 動けばこいつの命はないっ。……マグルス、リネットとここにいる村人を全員解放しろっ」
飄々と話す教主に苛立つリュートは声を荒げ、時を露に動こうとする信者達を牽制し、切っ先をさらに押し付け村人の解放を迫る
効果は覿面だった。
教主を盾に取られた信者達は動くことが出来ず、見ていることしかできなくなったのだ。
「クロエっ。いるんだろう。今のうちに村人を解放するんだっ」
「うん……」
リュートに呼びかけられ、柱の影から出るクロエ達は祭壇まで向かう。
すぐに壇上に登ると、椅子で項垂れているテクタ達に声をかける。どうやら眠らされているようだったが、身体を揺さぶるとすぐに目を覚ます。
「……う、うん。……あれ? ここは?」
「良かったテクタ、無事か? ちょっと待ってろ他の皆も起こすから……」
「……なあ」
目を覚ましたテクタを立たせ、シンヤは隣で眠るノイに近づくが、背後から困惑したような声が聞こえる。
「……あんた、誰だよ」
かつてシンヤが助けたテクタから、最悪な言葉がシンヤの心臓を鷲掴みにしたのだった。




