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2章-14話 回帰


 いきなり頭の中に響き渡った怒声にシンヤは驚き、周囲を見渡す。だが、部屋の中には自身と二人の女性、そして気絶している男しかいない。

 

 改めてクロエの持つ箱を覗き込む。箱の中には指輪が納められていて、彼女はそれを取り出し、シンヤの手に乗せてくる。綺麗な琥珀色の宝石を収めたその指輪は、掌で主張するように淡く光っていた。


『このばかもの、どあほ、とうへんぼくっ。言ったじゃろう油断するなと。それなのに簡単に捕まり、あげく洗脳されるとは、呆れて言葉も出んわいっ』


「っ……!!」


 またしても脳に直接響き渡る罵声の嵐に、シンヤは指輪を取り落とそうになるが、慌てて落ちかけたそれを空中で掴むと、既視感を覚える。


 前にも同じ事があったような……。


 しかし、思い出そうとしても、別の記憶ばかりが流れ出てくるばかりだ。


 困惑するシンヤを余所に、指輪からの声は延々と言葉をぶつけ続けてくるが、その話の半分も頭に入ってこない。 


『……だいたい、お主は弱いのじゃから、警戒心くらいは人よりも強く持っておらねばいかん……』


「アウラそろそろ許してあげて……」


『……ふむ、そうじゃの。このばかものの説教は後回しじゃ。シンヤ、わしを指に嵌めろっ。その阿呆な頭にかかった術を解いてやる』


「これって、指輪から聞こえてるのか……?」


 興奮冷めやらぬ声は指輪から流れてくるもののようで、シンヤは状況が飲み込めず、未だ理解できぬ表情のままその場で立ち尽くしている。


「シンヤ。わたしを信じて今はその指輪を嵌めてみてほしいの」


「でもおれは……」


『……大丈夫じゃ。記憶は戻る。その不快感も、頭痛も、ずれた記憶を思い出そうとして起きておるもの。じゃから術が解かれれば治まるのじゃ』


「……」


 初めて会ったはずだが、シンヤを見つめるクロエの瞳には信頼の色を感じる。頭の中の声にもどうしてか、安心感を覚え、手に持つ指輪を右手の人差し指に嵌めた。


「うあああぁぁっっ!!」


 瞬間、身体の内側から溢れる魔力が全身を駆け巡り、堪え切れない痛みをもたらす。頭の中の何かを無理矢理引きはがすような激痛に、シンヤは身体をのけぞらせ声を上げた。


 ぶちっ!


 その何かが千切れるような音が聞こえ、堰き止められていた記憶が溢れてくる。頭を抱えたまま崩れ落ちるシンヤを、クロエが駆け寄り抱きとめた。


「シンヤっ!」


「おれは……」


「大丈夫? わたしの事……わかる?」


「ク、ロエ。ごめん、君の事守るって誓ったのに、忘れるなんて……」


「いいの。無事だったならいいの。……シンヤこそ、助けてくれてありがとう」


 先ほど迄失っていた心にたてた誓いも、決意も、忘れていた大事な記憶が次々と甦ってくる。それと同時に記憶をなくす直前の、酒を飲み油断し、クロエを危険に晒したという罪悪感が漏れ出てきた。


 そんなシンヤの頭を、瞳に涙を溜めたクロエが優しく抱きしめる。彼女の鼓動は耳に心地良く、心を落ち着けてくれるのだった。


「シンヤ様。改めてありがとうございます。おかげで大事なく済みました」


 不意に声がかけられる。クロエの胸から顔をずらすとセラが頭を下げていた。


「ですがそれはそれとして、クロエ様の胸がそれはもう居心地が良いのはわかりますけれど。そろそろ話しをさせて頂けたらと……」


「あ、ちがっ……ごめんっ」


 顔を上げたセラが言いづらそうな顔で言葉を続けると、クロエに抱きしめられ、その胸に顔をうずめている状態に気いたシンヤは、勢いよく身体を起こしクロエに謝る。


「いいのですよシンヤ様、先ほどの事も不可抗力でした。いくらクロエ様の裸体をその眼に収めたからといって、シンヤ様が悪いわけではないのですから……それはクロエ様もわかっていらっしゃいますし、怒っていませんよ」


「……っ!!」


「……っ! セラっ!」


 セラの発言に先ほどの光景と感触を思い出し、シンヤはその場で硬直すると顔を赤くして言葉を無くし、クロエもまた赤面して声を上げる。


「大丈夫です。リュート様には内緒にしておきますから……」


「そういう問題じゃないからっ!」


「そうよっ。シンヤは助けてくれただけなのよっ!」


『……のう? そろそろ行かぬか?』


 真っ赤な顔の二人の焦る姿が嬉しいのかセラは微笑む。そのやり取りにアウラが呆れたように声をかけるのだった。  

 

「アウラもごめん」


『もうよい。それよりも、このあとどうするのじゃ?』


「……まだ、わからない」


 ようやく落ち着きを取り戻したシンヤはアウラに謝罪の言葉を出す。


 記憶を取り戻したシンヤだったが、わずかな時間だが、一緒に過ごしたシーナのことや、与えられた偽りの記憶も覚えている。


 それでも、さっき見た死体の山の事も、街の住人達の事も、リネットや子供達の居場所も、わかっていない。


 分からないことがまだ多すぎるのだ。


 もっと情報を集めなければ、逃げる事すらままならないだろう。


「……この男はどうするんだ?」


「この人は聖都の司教オーグス。ここの教主の部下で、実効支配している三人の内の一人よ……」


「起こして、情報を引き出しましょう」


「そう簡単に答えてくれるものなのか?」


 シンヤの問いにクロエが心底嫌そうな顔で教えてくれ、セラは部屋の中にある棚を漁りながら答えた。


 醜悪な身体を俯せにして気絶する男。


 聖都の幹部だという男が、簡単に口を割るとは思えずシンヤは疑問を口にする。


「……大丈夫ですよ。私、聞き出すのがとても得意ですので……」


「……っ!?」


 疑問はすぐに解けた。


 振り返ったセラの手に持つ物を見て、彼女がどうするのか想像がついたからだ。それは、この男が他の女達に使ったであろうそういう道具達。


 本でしか見たことの無い危険な道具と、冷めた笑顔を作るセラを交互に見て、青ざめた顔で言葉に詰まるシンヤだった。



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