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1章ー7話 心の洗濯

長くなったので書き上がった分投稿します。



 大きな月がある為か、地球に比べて夜でも明るく、その上街燈があるので、周囲をしっかりと把握することができる。見える範囲だけでも数十件の家が見え、そこに至るまでにも数多くの田畑があった。


 森の中にあるとは思えないほど大きな村だ。


 田畑を抜け、通りと思われる道を言葉も出さずに進む、先を歩くリュートは民家を越え、長い坂の上にある一軒の大きな屋敷の入り口で止まる。扉の戸を2度ほど叩くとほどなく1人の男が出てきた。


 筋骨隆々、出てきた男の体格はシンヤよりも二回りは大きい。


 口の周りを髭で覆い、右目には大きな傷、剃っているのか頭髪がない。見る限り年齢的には50代ほどだろう。

 

「リュート様、帰られましたか……。クロエ様っ、どうされましたっ?!」

 

「大丈夫、寝ているだけだ安心してくれ。それよりもクロエを寝かせたい、用意してくれるか?」

 

「はい、すぐにっ。……だれかっ!」


 男はうやうやしく声をかけるが、リュートの背に目を止めると動揺を隠さず声を荒げる。簡単な説明をすると、慌てた様子の男は家の中に向け大声を出す。すぐに数人の女性達が走ってきて、寝ているクロエを丁重に運んで奥へと消えていった。

 

「それでリュート様、そいつは……?」


「クロエが拾った。あいつに見てもらったが悪さができるような奴ではないらしい。部屋を用意してやってくれ」

 

「わかりました。クロエ様がそう仰るなら間違いはないでしょう。儂の名はオルステイン、お二方に代わりこの村を仕切っておる、お客人の名前は?」


「……おれはシンヤと言います。二人には行く当てがない所を助けてもらいました」

 

 男はクロエがいなくなるとすぐに、シンヤの方を訝し気に睨みながら問いかけたが、リュートの一言で即座に態度を改め、シンヤに向き直ると気さくに話しかけてくる。


 目の前にいる2メートル近い身長の大男に気押されるが、シンヤはなんとか口を開き答えることが出来た。その間にもリュートは羽織っていたマントを脱ぐと、家の奥に行ってしまう。


 見知らぬ大男と二人にされ恨めしそうにシンヤは屋敷の階段を上るリュートを見つめていた。

 

「それじゃあシンヤ、まずはそのひどい状態をなんとかしないとな。今から湯を沸かすから流してくるといい。その間に部屋を用意する」


「はいっ!……すみません。こんな状態で家の中に入るなんて失礼ですよね……」

 

 意識をはずしていたオルステインに声をかけられ、驚きに声を上げるが、シンヤの自分の身体を、上から下まで見ると言われる通り悲惨な姿なのに気が付く、それもそのはず、その姿は頭からかぶった血が固まってしまい、全身赤黒く、異臭を放っているのだ。


 気にならなくなっていたが、改めて意識すると血生臭さがシンヤの鼻を衝く。

  

「すみません、こんな状態で家の中に……」

 

「いい、気にするな。ただその手であちこち触るなよ」

 

 口元に笑みを浮かべながら注意するオルステインは、通りかかった女性に風呂の準備を頼むと、奥へと消えて行ってしまう。シンヤは女性が呼びに来るまでの間、どこも触らないように、その場で直立したまま待つしかなかった。

 


    ◆     ◆     ◆



 風呂場に案内され、脱衣所で汚れた服を脱ぐ、用意してあった布を取り浴室に入る。そこは周囲を石壁で囲まれた広々とした空間で、中央に大きな石で削って作った湯舟が置いてあった。


 湯舟には並々と湯が張られていてシンヤは置いてある桶を掴むと、お湯をすくい頭からかぶる。足元に身体に染み付いた血がお湯と混ざって流れ落ちていく。


 人の血液……。


 ほんの数時間前迄生きていた人間の血が、未だ頭にこびり付いているのだ。シンヤは何度も湯舟からお湯をすくい頭にかけるが、こびり付いた血液はそう簡単に落ち切らない。


「ぐっ……ううぅ……」 


 自然と涙が流れ出る。どうしてこんなことになったのだろうか。


 いつしか、流れる湯に赤は滲まなくなってくる。それでもシンヤは置いてあった石鹸で、さらに頭や身体を洗う。染み付いた血とその匂いを、削り取るかのように。


 まるで血とともに記憶すらも洗い流すかのように時間をかけて何度も……。


「はぁ……」

 

 一時間以上かけて洗い終えると、ようやく満足して湯船に浸かる。


 淡い光を放つランプの明かりの中、4、5人は同時に入れそうなほど大きな湯船で足を伸ばし、ようやく落ち着くことができたとシンヤはゆっくりと息を吐いた。

 

「異世界……か」


 元の世界に未練はない。身内もおらず、生きる為に好きでもない会社務めをしていたのだ。むしろ、気持ちが昂るような出来事のはずだろう。


 化け物さえいなければ……。


「殺し合うんだよな……あんなのと……」 


 異形の生物達を目にし、人の死を間近で見た。この世界では当たり前のことなのだろうが、シンヤにとっては違う。


 望んで生き物を殺したことなど、どれ程あっただろうか? 


 ……場合によっては人を殺す日が来るのかもしれない。


 そう思うと心が怖気立つ。不安と恐怖で落ち着かずにいると、不意に扉を開ける音がした。


 誰かが入って来たのだ。


 湯気のせいで誰が入ってきたのかは分からないが、知り合いのほとんどいない状況で、誰が入ってきたのかとシンヤは緊張して入口を見やる。物音をたてなかったせいか、入ってきた人物は誰もいないと思ったのか、そのまま湯船の方に近づいてきた。


 湯気の中見えたのは、女性特有のしなやかな肢体だ。


 シンヤが少し視線をあげるとそれがクロエだとすぐにわかる。


 ただ、クロエもシンヤに気が付いた瞬間でもあった。

  

「きゃぁぁぁぁっ」

 

「……っ!!」


 大きな悲鳴とともにクロエはその場でうずくまり、シンヤもすぐに後を向くと首まで湯船に浸かった。

 

 しばし静寂が浴室内を包み、沈黙に耐え兼ねたシンヤが謝ろうと口を開けた時、外から慌ただしい足音と共に声が飛び込んでくる。

 

「どうしたっ、クロエっ!」

 

「大丈夫よ兄さん、なんでもないから入ってこないでっ。滑って転んじゃっただけだから」


 リュートだ。クロエの叫びを聞いて飛んできたのだろう。その声を聞いたシンヤは背筋が凍り付く。昼間の彼の言動を見ていれば、妹をどれだけ大事にしているか容易に想像ができたからだ。

 

 だが、ドアの前にいるであろう兄に、すぐさまクロエは入らないように釘を刺す。

 

「……本当に平気なのか? 誰か呼んでくるか?」

 

「ほんとに大丈夫だから」


「……そうか、気をつけるんだぞ」


 返答に悩んだのかドアの向こうにいるリュートはしばし間を置いて問いかけてくる。クロエの返答を聞き安心したのか、注意するように声をかけると、納得したのかリュートは脱衣所から出て行ったようだった。


 一連の話を後ろを向いたまま聞いていたシンヤは、生きた心地がしなかった。今の状況をリュートに見られていたらまず間違いなく、無事では済まなかっただろう。

 

「ごめんなさい、誰もいないと思って」


「……こっちこそごめん、まさかクロエが入ってくるとは思わなかったんだ」


「今出ていくと兄に鉢合わせになっちゃう。こんなこと兄に知られたらシンヤが殺されちゃうかも。……ごめんね、もう少ししたら出てくから」

 

 リュートの気配が消えたのち、先に口を開いたのはクロエだった。シンヤがちらりと様子をうかがうと、彼女は後ろを向き蹲った(うずくま)った態勢のまま話しかけてきていた。


 ただでさえ女性になれていない上に、見たことのないほどの美少女が裸体を晒し、目と鼻の先にいるのだ。シンヤの心臓は、耳元で脈動しているかのように大きく打ち鳴らしている。


「あの……さ。その、身体は大丈夫? 倒れて村に着くまでずっと眠っていたから心配してたんだ」

 

「大丈夫、大きい魔法を使ったから魔力切れだったの。でも眠ったからもう平気よ。魔力回復に一番良いのは睡眠だから…」

 

 長く風呂場に居たため時間の流れが分からなくなっていたシンヤだったが、先ほど見たクロエの顔色はだいぶ良くなっているように見えた。魔力の事などわからないが、状況的に考えて魔力と使い切ると動けなくなるもののようだ


「それとその、そんな格好でそこにいたら体調悪くなるし、湯船につかったらどうかな」


「うん……。あっち向いててね」

 

 未だ鼓動は、身体中で暴れ回っているようなのだが、湯にも浸からずに裸でいたら、それこそ風邪をひいてしまう。なんとか平静を保ちつつ言葉をかけると、さすがに寒かったのだろう。シンヤの提案に素直に従うクロエはゆっくりと湯船に足を入れた。


 静寂の中、彼女が湯の中に入る水音が聞こえ、水面に起こった小さな波が背中にぶつかった。さらなる緊張に妙な声が出そうになるのを、シンヤがどうにか飲み込んでいると声がかけられた。

  

「ねぇシンヤ。あなたの住んでいた国ってどういうところ?」

 

「ぁ……」


 唐突にかけられた質問に、別の事を考えていたシンヤの思考は中々帰ってこない。シンヤはゆっくり息を吐き、頭を振るとなんとか思考を正常に戻す。

 

「あ、うん。そうだね……。平和な、国かな。さっきの化物なんかいないし、おれの住んでいた国は長く戦争とかもなくて。魔法とかなかったけど、代わりに科学、からくりとかっていったらいいのかな、機械がたくさんあってあまり飢えもない国だよ」

  

 森の外での残酷な光景と、日本とを比べるとその生きやすさは、あまりにもかけ離れている。刺されて死んだシンヤが言うのもおかしいが、いかに平和がありがたいか、言葉にすることで実感できた。

 

「いいなぁ、魔物も戦争もないんだ。シンヤの世界の神様はどうしてるの?」

 

「神様? ……おれのいた国では神様ってすごくたくさんいるんだけど、概念的な存在で直接なにかをしてくれたりとかは聞いたことないかな。最近まではおれも信じてなかったし……。でも昼間も聞いたけど神様がいなくなったとか、身近に居たみたいに言ってたけど?」

 

「5年前まで居たわよ。わたしも会ったことあるし」


 羨ましそうな声色で神がいるのが当たり前のように聞いてくるクロエに、気になっていた質問をしてみる。それは日本で聞けば鼻で笑うような答えだったが、今のシンヤは信じるしかなかった。


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[良い点] 異世界に放り出されたら普通こうやって狼狽してしまいますよね そういった当たり前の感覚をしっかりと描いていることで作品に奥行きがでています また最序盤からどろどろとした悪夢のような展開です…
[良い点] TwitterのRTからやってきました。 あっという間に7話まで読んでしまいました。 語り口が丁寧かつテンポがさくさくしているので場面転換にも違和感なく読めました。 ブクマして続きを読ませ…
2020/07/19 02:44 退会済み
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