2章-5話 浜辺の出会い
その少女は額をノエルの腹に押し付けていて、シンヤ達はそれを見て言葉を無くしていた。
「ノエルひどいぞっ! 勝手に出てったら駄目だろうっ」
「クシュナ、言っただろう。私にはやるべきことがあるのだと。いろいろと教えてもらったのはありがたかったが、あまり迷惑をかけるべきではないと判断したのだ」
「そんなの関係ないっ。迷惑なんて思ってないっ」
その少女は前にノエルが話していた獣人なのだろう。
空から降ってきたのも頷ける、彼女の腰からは、鳥のような翼が生えていて空を飛んできたのだ。
腕に大きめのグローブを嵌めて、服装はへその辺りを大きく出したぴっちりとした服にショートパンツという軽装、綺麗な橙色の短い髪は、肩のあたりで外にはねている。見たところ年齢は十二歳前後、身長は百五十もなさそうだった。
「……ノエル。その娘は?」
「……ああ、この子は、クシュナ。見ての通りの鳥人だ。前に話したこの世界に来て、最初に出会って助けてもらったのだよ。すまないクシュナ、そろそろ離してくれると助かるのだが……」
いつまでもノエルのお腹に額を擦り付けたままの姿を見て、痺れを切らせたシンヤが問いかけると、少女を引き離そうとしながら答えてくれた。
「嫌だっ。離したらどっかいっちゃうだろ? それとノエルっ。こいつらだれだっ。お前の敵なら僕の敵だぞっ」
「今のやりとりでどうしてそうなるんだよ」
クシュナと呼ばれた少女は抱き着いたままの体勢で、シンヤ達に敵意の言葉を向ける。それを聞いてシンヤは呆れたように声を溢す。
「いい加減に離してくれ。……クシュナ、私はどこにも行かないし、彼らは私の仲間だ」
嫌がる彼女の身体を引き離すことに成功したノエルが、脱げかけたコートを直して、その肩に手を置き、優しい声音で説明する。
「絶対だぞっ。約束したからなっ。……それで、この人達はノエルの味方なんだな。……なら僕の仲間だ。僕はクシュナ、よろしく」
「あ、ああ、よろしく。おれはシンヤだよ」
「わたしはクロエ」
「リュートだ」
「あーっ! ノエルが探してたなんとかシンヤって、あんたの事なんだ。……なんか思ってたのと違って……パッとしないね」
ようやく落ち着いたのか、クシュナはシンヤ達に向き直ると、敬礼をするような姿勢を取り自己紹介をしてくれた。
シンヤ達が名乗ると、シンヤに近づいてその顔をじっくりと見据え、眉間に皺を寄せて言葉を洩らす。
「なあノエル、この子失礼だぞ」
「すまない、あとで言って聞かせる。……ところでクシュナはどうしてこんなところにいるのだ?」
「どうしたもこうしたもないよっ。ノエルを探してたんじゃないかっ。せっかく手伝ってやってたのにどっかいっちゃうんだから。ずっと探してたんだぞっ」
前に話しを聞いた時に別れてきたと言っていたが、どうやらノエルは何も言わずに出てきたようだった。
「ノエルさん。こんな小さな子を置いてくるなんて、さすがにひどいと思うの」
「ノエル……お前こんな世界にちっちゃい子を置き去りにして、心は痛まないのかっ」
「いや、待ってくれ。彼女はこうみえて十六、鳥人である彼女は一人の方が危険は少ないのだ」
「そうだぞっ、小さくないっ。僕はもう立派な大人なんだ。ノエルの仲間でも怒るからなっ」
どこかずれているようなやり取りをするクシュナが、十六歳と聞いてシンヤは目を丸くして驚く。拳を固めてすごんでいる彼女は、どうみても小学生、がんばって中学生といった程度にしか見えなかったからだ。
「クシュナ、今から向かうところは危険がある。一緒には連れていけない」
「嫌だっ。僕はノエルについていく。絶対に行くからなっ」
「命の危険もあるのだ。わかってくれ」
「言ったじゃないか。ノエルは僕と一緒にいてくれるって。また約束を破るのか?」
「そうじゃない。だが、君を危険に晒すわけにはいかないんだ」
ノエルはしゃがみ込むとクシュナの両肩に手を置き諭すように話しかけるが、彼女に聞き入れる様子は無かった。
「天使殿。連れて行けば良いだろう? 確かに危険はあるが、その子は鳥人、最悪何かあれば飛んで逃げる事も可能だろう」
「しかし……」
「ここで押し問答していても始まらないだろ。それに、早く聖都に行かないと……」
一向に引く気配のないクシャナに、リュートが助け船を出す。このままここで時間をかけすぎては、聖都に入る前に死の刻限になってしまう。
「ノエル達は聖都に行くのか? あそこの人達は皆変だぞ。一度空から入った事があるけど、あの中だけ普通なんだ」
「普通?」
「うん。普通に商売をしてて、普通に暮らしているんだ」
「それならそれでいいんじゃないのか?」
シンヤの言うように普通に生活しているという意味であれば、なんの問題も無いのだろうが、どうやらクシャナが言いたいのはそういう事ではないようだった。
「違うんだよ。皆、外の事を知らないみたいだし、大襲来の事も覚えてないみたいだった」
「大襲来はほんの五年前の事だ。覚えていないなんてありえないだろう?」
「まるで全員記憶を失ったみたいに、外の事を知らない。その上教えようとしても、その部分だけ切り取ったみたいに話を聞かないんだよ。その時は怖くなってすぐに逃げたんだけど……」
説明するクシュナにリュートが疑問で返すが、どう表現していいかわからないというように、彼女は言葉を選び直して話を続けた。
「集団催眠とかにかかってるとか?」
「わからない。だけど、普通過ぎて気持ちが悪いんだ」
「どちらにしても行ってみるしかないだろう」
現状、結界外ではもう通貨も使えない、当たり前の生活も送ることは出来ない。いくら結界の中にいるとはいえ、外の危険性や現状を忘れることなどないだろう。だからこそおかしいのだとクシュナはそう言うのだ。
「正面から行っちゃダメだっ。聖都の門を超える時に何かされてるみたいで、暴れてた人があの門を潜った瞬間、別人みたいに大人しくなるのも見たから、きっと門に何か細工がしてあるんだよ」
「ありがとう。でも、そうなるとどうやって侵入するかだけど……」
「そこは任せてっ。抜け道があるのを知ってるんだ。案内するよっ。前に入った時は監視とかないみたいだったし、中に入っちゃえば大丈夫だと思うから」
「クロエ……」
「うん、大丈夫。この娘の言っていることは本当よ」
情報を聞いたリュートが小声で声をかけると、クロエは魔眼でクシュナの言葉に嘘が無いかを確認する。
元々穏便に中に入ることは出来ないと思っていたシンヤ達は、偽りの話では無い事に安堵した。最悪正面から攻め入らなくてはならないと思っていたからだ。
「だが、君を連れて行くわけには……」
「この際、彼女に助けてもらおう。それが一番安全そう」
「僕はノエルに助けられたんだから、助けるのは当然だ」
「……わかった。だが、もし危険になりそうなら、一人でも逃げてくれ」
それでも躊躇しているノエルに、シンヤが最後の一押しをする。周囲からの反対を受け、さすがに折れたのか、諦めたように声をだした。
「それは約束できないかなぁ。ノエルには責任を取ってもらわなきゃいけないし」
「責任っ!? ノエルいったい何をしたんだよっ」
「やましい事はなにもしていないっ! クシュナも適当な事は言わないでくれ」
「あはははっ、冗談だよ。……それじゃあ行こう。聖都はここからだと歩いて一時間くらいで着くはずだから」
「はぁ……」
同行を許されたクシュナは、嬉しそうに砂浜の上を、軽い足取りで先に進んで行く。からかわれたノエルはため息を一つ着くと、顔を隠すように掌を顔に押し当てていたのだった。




