1章ー42話 絶体絶命
「クロエっっ!」
飛び跳ねるように身体を起こすと彼女の肩を揺らす。
「クロエっ、クロエっ!」
抱き起こし、シンヤが必死に声をかけるが反応が無い。
「なんでっ?」
「あ~あぁ。順番逆になっちまったかぁ」
ナンデ目の前の男が生きている?
ナンデ、クロエが倒れている?
ナンデ、ドウシテ?
「わかんねぇって顔してんなぁ。俺様好みの良い顔だ。教えてやるよ。俺様は他の奴とは違って特別でなぁ、ここに俺様の核が残ってる限り、死なねえんだよっ。残念だったなぁ」
見上げてくるシンヤを、高笑いして見据えるクラプスは自身の頭を指差し、したり顔で解説してくる。先ほど首を断ち切っただけでは駄目だったと、頭を潰さなければしなないと、そう言うのだ。
『落ち着くのじゃっ! その小娘はまだ生きておるっ!』
頭に響く怒声でシンヤは我に返り、腕の中のクロエの顔を見ると浅くだが呼吸をしていた。だが、背中から出血をしていて意識が無い、傷は浅くないのだろう。
クロエを抱き寄せると、彼女の手から何かが零れ落ちる。リネットからもらったブローチだ。
「なんだ生きてやがるのか。ちっ。ならやっぱり最初はてめえから……」
クラプスが何かを喋っているが耳に入らない。シンヤはブローチを手に取るとそれを握りしめてみる……が、何も起こらない。
『それは魔力を通さねば発動せぬっ。お主では無理じゃ』
「貸せっ」
呆然としているシンヤに背後から倒れこむようにして来たリュートが、ブローチを奪い魔力を籠め、地面に叩きつける。すると、半径数メートルに結界が広がり、中にいたクラプスは結界の外に弾き出された。
「今度はなんだぁっ?! 次から次へと……」
いきなり飛ばされたクラプスは身体を起こすとシンヤ達を睨みつける。
「忌々しい結界かぁ。こいつのせいで蟻の巣を駆除できねぇんだよなぁ」
近づいてきたクラプスが結界を殴りつけるが弾かれていた。結界の効力は強力な魔族にも有効なようだった。
「よく聞け、この結界は長く持たない。せいぜい数分だ。……お前はクロエを背負って城に行けっ。キロロを捕まえたらすぐにここから逃げるんだっ」
「待ってくれっ。リュートはどうするんだよっ」
「俺は……ここに残る」
「それならおれがっ……」
『無理じゃシンヤ。想像以上に筋組織へのダメージが大きい。もう一度使ったとして、1秒も持たぬじゃろう……』
「……っ!」
「その顔では先ほどの力は使えないんだろう?」
喉が渇き、全身の血が引いていく。入ってこれないクラプスを余所にリュートが真剣な物言いでシンヤを見つめて言葉を並べる。
逃げろと、リュートをここに置いて二人で行けと、なんて残酷な事を言うのだろうか。だが、アウラに言うように先ほどの力が使えないシンヤが残っても意味は無い、内心でも他に手がないのだということは理解していた。
泣きそうな顔でリュートを見る。少しでも癒してもらえたシンヤと違いリュートは血も止まっていない状態だ。
それでも、シンヤより長く時間を稼げるのだろう。
「でも……」
「お前らが逃げるまでの足止めくらいはして見せる。……クロエを頼むぞ」
納得しきれないシンヤは口を開きかけるが、リュートの瞳に写る決意の光を見て口ごもる。
「くそがっ。壊れねぇっ。……けどよぉ、こんなものいつまでも続かねえだろ? そらっ、見ろよっ、殴る度に薄くなってるんじゃねえかっ?」
ただでさえ短時間しか使えないと言われていた結界だったが、あまりにも短い。クラプスによる執拗なまでの攻撃でさらに時間が短くなっているのだ。
「あと少し、覚悟しろよぉ。くはははっ」
覚悟を決めなくてはならない。
今。
リュートを置いて逃げる覚悟を……。
「早く行けっ。結界が持たないっ」
『逃げるのじゃっ』
リュートとアウラ、二人の声が躊躇しているシンヤを責め立て急かすが、決断できない。
腕の中にいるクロエを見つめ、意を決して抱きかかえると結界を殴り続けるクラプスを見る。
徐々にヒビが入っていく結界を見て立ち上がり。
そして。
シンヤの覚悟を待たずに結界は砕け散ってしまった。
「クハッ、クハハハハハハハッ!」
絶望が顔に張り付いてるかのようなシンヤを見て、悪魔のような笑みを満足そうに浮かべ、クラプスは大きな声で笑いだす。
「行けっ……!」
「逃がすわけねぇだろっ!」
右手に握る剣でクラプスを牽制しながらリュートが叫ぶ。
「てめぇもいい加減邪魔だっ、これでおわ……がぁぁああっぁぁっ!」
それは光だった。
大きく振りかぶるクラプスの身体が光に包まれる。
空から眩いばかりの光の柱がクラプスの言葉を中断させ悲鳴に変えた。
圧倒的な熱量を発しながらクラプスの頭上に降り注ぐ光は、足元の地面すらも焼き焦がしていく。
「あああぁぁあぁぁぁっぁあああああっ!」
再生する身体をさらに焼き焦がし続ける光の柱は、クラプスの身体が炭になるまで続き、やがて細くなり消えた。
「上野木シンヤだったな」
あまりの眩しさに目を細めていたシンヤは、唐突に自身の名前を呼ばれ、声の方に顔を向ける。
最初に会った時と同じように疲労感のある青白い顔の男がそこに立っていた。
「ノエルっ?!」
「やはり君もこちらにきていたのか……」
驚きの声を上げるシンヤに、見知った天使が聞き覚えのある抑揚の少ない声で返事をした。




