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1章ー28話 天使の所在


 

 興奮が冷め、我に返ったクロエは、ゆっくりとその身体をシンヤから離した。


「ごめんなさいっ」


「いや、いいんだよ。気にしないで」


 頬を若干赤らめて謝るクロエに、もう少し抱き着いていてほしかったと思うシンヤだったが、両手を振って自身の焦りを隠す。


「ねぇシンヤ? そのノエルって天使。ここにきていると思う?」


「わからない。でもおれが見たのはその人が焦っている姿だったから、何かに巻き込まれてって考えが正しければ、おれがここにいる以上、ここに来ていてもおかしくないと思うんだ」 


 天界で最後に見たノエルの顔は、驚いているように見えた。アクシデントで二人が巻き込まれたのであれば、

同じところに来ていると考えてもよいのだろう。

 

「さっきも言ったけど、儀式の材料で手に入れるのが無理かもって思っていたのは天使の血なの。他の物も難しいけど情報はあったから」


 希望的な意見ではあるのだが、クロエにとってはその希望が大事なのだ。


「どんな人なの?」


「うーん、おれも少し話しただけだけど……。見た目はサラリーマン‥‥‥じゃわかんないか。えーっと30歳半ばくらいの見た目で、髪は短め、目の下にクマがあって、疲れたような顔をしていたよ。服装は変わってるかもしれないけど、おれみたいにここでは見ないような恰好だったと思う」


「よくわからないわね。服装が同じなら見分けられるのだけど……」


 シンヤは記憶を辿るように思案し、ノエルの姿を伝えようとするのだが、うまく伝わらないようだ。


「シンヤは‥‥‥結界のこと、覚えてる?」


「……ああ。覚えてるよ」


 いきなり話が飛んだのでシンヤは困惑するが、つい先日の話だ、魔物に襲われ、右腕を食われたのだ。あまり思い出したくはないが忘れるはずもない。


「あれは結界が消えたんじゃなく、小さくなってしまったの」


「小さく? 狭まったってこと?」


「そう。結界を維持するのには魔石が必要。今、村の結界に使われてる魔石は、まだ10年以上もつものだったの。理由はわからないけど急に劣化が始まったのよ」


 結界に守られている聖域といっても条件付き、当たり前といえば当たり前のこと、無条件で使い続けれるなら苦労などしていない。


「じゃあ、今も結界が狭くなり続けてるの?」


「大丈夫。リネットとセルバが調整してくれたから、まだ1年近くはもつみたいだけど、早めに代わりを用意しないといけないのよ」


「外に出て探すって事か。そういえば普段から探しに出てるって言ってたね」


「見つかっていないわ。魔石は希少な物なの。特に村を覆っている結界に必要な大きさは、それ相応じゃないとダメなのよ」


 シンヤが森で襲われたのは結界の不調によるもの、タイミングが悪かったと思うしかない。が、今後結界が切れるとなると、理の研究どころではなく、村が無くなるのだ。


 あと一年程で想像は現実になってしまう。シンヤは顔を青くしてクロエに問いかける。


「その……魔石は、見つかるの?」


「場所はもうわかってる。遠いから中々行けなかったのよ。でも、さすがにそうも言っていられなくなったしね」


「遠いって、どれくらいかかる場所なの?」


「ここから鳥車で6日ほどの帝都にあるわたしの住んでいた城、その宝物庫にあるのよ。荒らされていなければ、だけど……」


「……城。……っ?!」



 短い痛みが頭を走り、シンヤの脳裏に、夢の一部が思い起こされる。


 『城に行ってくれっ、そこに行けば……。』


 それは少女が城に行くようにと言っていた場面だ。夢のことを考えるシンヤは浮かんでくる映像に困惑する。



「シンヤ?」


「あっ。ごめん、その城の宝物庫にいかないといけないんだよね」


「うん、それで、できればシンヤについて来てほしいの。ごめんね、怖いのはわかってるんだけど、天使の姿を知っているのはシンヤだけで、遠出になるから道中で見つけられるかもしれないし……」


「‥‥‥わかってる。……大丈夫だよ。ついていく」

 

 シンヤが思っている以上に早く外に出なければならなくなった。わかっていたことではある。ノエルのことも、この世界のことも、先ほどの夢の一部も、きっと外に出なくては知ることが出来ないのだから。


「ホント? 平気‥‥‥じゃないよね」


「大丈夫だよ。……すぐに行くの?」


「ううん。準備もあるから一ヵ月くらい先を考えているの」


 一ヵ月、その短い期間で何が出来るのかはわからないが、明日からの訓練で自分がどれだけ変われるのか、シンヤは恐怖を押さえつけ期待を胸に込める。


「わかった。明日からロ二キスさんに稽古をつけてもらうから、それまでに少しは足手まといにならないようにするよ」


「ふふっ 無茶はしちゃダメだからね。ちゃんとわたしが守ってあげるから」


「そうならないように鍛えるんじゃないか」


 今は守られるだけでもいい、少しでも役に立てるように……。



        ◆      ◆      ◆


 シンヤとの話を終え、自室に戻ったクロエは、部屋にかけてある額に入った一枚の絵を手に取る。


 そこには幼いクロエと兄と弟、そして両親の絵が描かれていた。


「アル……。光が見えたの。貴方に似た子が希望をくれたんだよ」


 家族が揃った唯一の物だ。それを目にしたクロエの瞳から一粒の涙が流れ、頬を伝って絵に落ちる。


 世界の理を元に戻す。


 そう誓ったのに、一年以上進展が無かった。


 今も数人、村の戦士達が外で探しているが、未だ必要な物は一つしか入手できていない。


 なにより封印された天使の血など、天使が封印されている以上、どこを探しても無いのかもしれない、クロエは諦めかけていたのだ。


 現状で考えれば村の中は平和だ。魔石さえ維持することが出来れば、生きていくことは出来るのだろう。


 だが、いずれそれも限界がくる。このままでは人類に未来は無い。


 5年前の大襲来を境に、クロエは自分を追い込み初め、さらに没頭するようになったのは、3年前に母と弟を無くしてからだ。


 絶望する村人を励まし、村の開拓に取り組み、理を戻す為の研究を進めた。


 その全ての行動で心配されまいと、不安にさせまいと笑顔を作る。


 うまく笑えていないのではないか? 作り笑いが見透かされているような気がしていた。


 そんな時、不意に現れたのは、見た目こそ似ていなのになぜか弟と似た雰囲気をもっている稀人の青年。 


 誰が見ても怪しい青年をクロエは助けることにした。荒事に慣れていない反応に、見たことのない服装、野盗ではないと思ったのだ。


 野盗に母を殺され、野盗のせいで弟を失った。だから兄は人を疑うことに重きを置いている。


 今思えばあの時止めれて本当に良かった。


 この世界にいなくなってしまった天使の情報、それを持ってきたのは稀人の青年だったのだから。

 

 まだ成し遂げたわけではないが、彼のおかげで希望を持てるようになった。


「お父さん、お母さん、アル、見ててね。絶対にこの世界を元に戻して見せるから」


 クロエは手に持っていた家族の絵を元の場所に戻すと、椅子に座り本を開く。少しでも早く世界を救えるようにと。

 



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