1.いばらの蕾
1999年、満月の夜。霧中の現世は〈世界樹〉の夢幻に抱かれた。
これは、神秘の〈種子〉を胸に宿し〈アスラ〉たちの、どこかの世界線の物語――。
満月が星空の中央で黄金に輝いている。
その光は地表に垂れ込める霧を淡く照らし出していた。
霧の中から満月に向かって一本の樹が生えている。童話に出てくる豆の樹のようにどこまでも高く、ねじくれたそれは〈世界樹〉と呼ばれていた。
〈世界樹〉は満月の晩、それぞれの認識によって顕現と消滅を繰り返す。姿を変え、時には侵蝕し合いながら……。
「すっかり混じってねじれちまったな。……さぁ、剪定されるのはどっちの〈世界樹〉かな?」
男はため息とも嘲笑とも取れる息を吐いて夜空を見上げた。
「や、やめて……ください……、争い……は……、嫌い、です……」
身をこわばらせ、震えながら女が懇願する。
「んなこといってもよぉ。俺様の〈世界樹〉が侵食されてすっかり変形しちまったんだけど?」
「それは……私の、せいじゃ……」
「……ま、俺様の奴隷になるっていうなら許してやってもいいぜ?」
「そ、それで……、争わなくて……いいのであれば……」
下品な笑みをたたえて男が女を値踏みするように眺めた。アイボリー色のタイトスカートのシルエットに現れる女性的な丸みに唇が緩む。
「……いい体してんじゃねぇか。やっぱり気が変わった。喰わせろ!」
男は女につかみかかると、乱暴にシャツを引き裂く。白い肌と小ぶりだが健康的な乳房が露わになった。
大きく開いた男の口から伸びた舌は異様に長く、象の鼻のようにうねっている。そのまま一心不乱に女の首筋にしゃぶりつくと、男の唇から伸びた舌が女の乳房に向かって波打って這っていった。
長い髪を振り乱し、女が悲鳴とも嬌声ともつかない声を上げた。その肌は段々と紅く上気していく。
「へっへっへ。やっぱり若い女はいいなぁ。やめらんねー」
低俗な風刺画を思わせる形相に変わり果てた男が喜びの声を上げる。
――と。
不意に、男の体が、びくん、と震える。
ぶちぶちっ、と何かが千切れるような音がしばし続き、愉悦に歪んだ男の首が腐った果実のように、ぼとり、と落ちた。
「……だから、〈アスラ〉同士の争いは嫌だって……言ったのに」
男から噴き出した鮮血に濡れた女の長い髪が、役目を終えて普通の髪に戻っていく。
夜空を見上げた女の視線に映った〈世界樹〉は男の認識から解放され、いつもの姿に戻っていった――。