継承
西日の眩しさに目を細めながら握ったハンドル。
日中に比べて涼しさをまとった夕方の市街地、赤信号をぼーっと見つめながら交差点の先頭で信号が変わるのを待っている時に。たまに思うのだ。
ブレーキペダルを踏んだ右足、この足をペダルから外せば緩やかに死へと向かうことができるのではないかと。
信号機は青へと変わり、鳴らされたクラクションに慌てて前へと進んだ。
「駄目だなぁ」
何も考えない空白の時間ができてしまうと、どうしても今の自分の不甲斐なさや、かつて夢見た目標と今の自分との差異に悩んで悔やんで現実逃避してしまうのだ。こんなことは誰でもあって、自分だけが特別ではないのだが、どうも夏という季節は自分の中で特別なようだ。
「遺品整理ですか?」
始まりは一つの電話から。刀剣趣味の愛好家が無くなって、自宅に遺された刀を処分したいという相談の連絡だった。ご遺族は趣味に理解があり、大切にしていたものだから変な人には任せられないからと、以前から交友のあった佐藤さんを頼ってきた。
今は佐藤さんに変わり自分が営んでいることを伝えたが、佐藤さんが見込んだ人ならと快く訪問を受け入れてくれることに。
「お父さんがいろいろ集めてたんだけど、私は殆ど触らせてもらってないからねぇ」そう話す奥さんは当時を思い返しながら、いろいろな話を聞くことが出来た。刀の収集よりも資料や本を数多く所有しており、自分なりに論考を書いたりしていたようだった。
愛好家同士での売買で、店から購入することはなかったとお聞きするコレクションは個人の趣味が詰まっていた。
三善長道や大和守元平、中には偽銘と思われる作品もあったが、全てに当時の鑑定書が付属している。一枚一枚の登録証が鑑定書と一緒にファイリングされ、大切に扱われてきたのが伝わる。
「家族に興味のある人はいないから、好きな人がいたら譲ってあげて」
刀剣店に査定に出さなかったのはご主人の大切なコレクションを、金額でどこに売却するか考えるようなことはしたくなかったようだ。
これだけ家族の理解があり、所有者が亡くなってもなお大切にされ続けていることに唯々頭が下がるばかりだ。
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