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白煙  作者: 藤科慎一
2/5

歩出

プロットも何もなく思い付きで進めているのでふわふわしてます。

辻褄が合っていなかったり、説明がすぎたりします。すみません。

片田舎の骨董屋、それほど忙しくないと聞いていたし、これは毎朝ゆっくり寝ていられるぞ!と舞い上がっていたが、なんのことはない。只々規則正しく7時には目を覚ましてしまうほどには身に染みている会社員時代の杵柄であった。


買い付けである程度の知識はあるとは言え、初めての自営業でやることは多く、前職で知り合った会計士をはじめ、いろいろな人にお世話になりながら手探りで進めていくことにした。


自宅兼店舗は意外と便利で、朝の時間をゆっくりとれることや軒先の番犬が来客を告げてくれること、商品を管理する倉庫は敷地内の蔵があるといったことが挙げられるものの、明確に休みという区別がなく自宅に来客があると対応を迫られるということだけは難点に思われた。


一日の業務の流れとしては、倉庫整理→目録確認→手入れ掃除が主だったもので、まだ把握しきれていない商品の確認と、紙で管理されていた目録をPCに入力しなおして整理したり商品の状態を確認しつつ手入れをするのが毎日の日課だ。今日も今日とてホコリに塗れ乍ら蔵の整理と虫干しの予定。


業者の市に行くこともあるが、新しく商品を仕入れるよりも佐藤さんがため込んだ品々を整理するほうが断然先だろうと、呆れるほどに蔵には物が溢れかえっていた。


湿度の高い日本の夏、とくに湿気に気を付けなければならない物の一つが日本刀だ。

日本の工芸を愛している佐藤さんのコレクションは焼き物や軸、浮世絵などがあったが、中でも多くを占めていたのがこの刀であった。金額的に上位の物は家の中の防火金庫に入れてあるようだったが、入りきらないものはまとめて桐の箪笥に入っており、中々一人で手入れするのが大変だと聞いていた。


「よし、今日は一日手入れするか」

買い付けの業務をしているころは本当に嫌だった。業者市は早さが勝負。物の位や状態であったり、付属する拵えなどの評価ではなく、純粋に長さだけ見て決まった金額で買い付ける。あとは少しでも高く売れればいい世界だった。仮に数百万の価値の刀を十万で仕入れても十五万で売れればいいという乱暴な話だ。


元々祖父の骨董好きから影響されて入ったこの世界、じっくり丁寧にという信条の自分にはあまり合っていなかった。それが今は自由に時間を使えるのだ。これほど幸せなことは無かった。


箪笥の中から湿度に注意する刀と、適度な湿度が無いと割れてしまう漆塗の拵えなどを分別していく。目録と見比べながら一振りずつ並べて鞘を払っていく。錆止めに塗られた古い丁子油を拭う。

金庫に入っている刀は良く知られた有名な作が多かったが、こちらの箪笥に入っているのは御国物と呼ばれる地元、郷土の職人の作品ばかりだった。


「佐藤さんらしいなぁ」

誰からも評価される名品よりも、自分が見つけて惹かれた逸品を大事にする。そんな気持ちが伝わってくる。陽光に照らした地鉄は決して綺麗に詰んだ目の細かい肌目ではないが、板目に杢目を交えて荒れず、互の目の刃文と相まって調和が取れていた。

短刀 銘兼延、一見直江志津系統かと思ったが二つ互の目や沸の付き方、飛び焼きからもおそらくは志賀関だろうか。

あまり市場では人気とは言えないが、状態も良く研ぎ減りも無い生ぶの名品だ。一体どこからこういった物を仕入れてくるのか疑問である。こうした地元の作品はあまり市場では見かけず、地元の好事家が死蔵していることが殆どなので、そうした人脈もまだまだ敵わないなと実感する。


他にも寿命や兼先や兼常、氏善や正全など珍しい刀に目を捉われつつ手入れを進めていった。

およそ三分の一程度の手入れを終え、残りはまた明日以降にすることにする。じんわり滲んだ汗を拭う。とても一日でやりきるには多すぎたのだ。ひんやりした蔵の中とはいえども、音沙汰のない軒先の風鈴が暑さを物語る。


ワン!

玄関から来客を告げる銀の鳴き声が聞こえる。

ガラガラと玄関の引き戸を開けた先に立っているのは、隣の家の八屋優香と尻尾をブンブン振る犬。

「お母さんが朝採れた野菜持って行けって。」そういってカゴにたくさん入った夏野菜を渡してもらう。

「こんなにたくさん、本当にいつもありがとね。」

お隣さんには大変お世話になっており、引っ越し後の片付けや慣れない古民家の生活面で、何かと気にかけてもらっていた。

優香は隣町の大学に通う大学生。夏休みでだらけていたところ、引っ越しの荷ほどきを母親の瞳さんに手伝わされ初めはぶつくさ言っていたが、根付などの細々した品を見つけると目を輝かせており、「手伝いのお礼にあげるよ」と伝えると、瞳さんの呆れた視線を気にせず現金に張り切って働いてくれた。


まるで我が家のように上がり込んで麦茶を飲んでいる。はて、ここは我が家では無かったろうか。

「え、何その顔。早く帰れってことかな?せっかくお野菜たくさん持ってきたんだけどなー。」

見た目可愛いものの、性格はちょっとめんどくさい。初対面で見惚れた自分に今なら伝えたい。


「見ていても面白くもないだろう?」

手入れを終えた商品を片付けつつ問いかけても「うーん」と気のない返事。

「全然詳しくないけど、綺麗っていうのは分かるからね、面白くなくはないよ。」


ヘラヘラ笑う優香を横目に、何だそれと思いながら自分も麦茶を流し込んだ。




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