合言葉は前へ前へ
「もう無理ですぅ!」
彼女と出会って何度このセリフを聞いただろうか?最初から数えていたわけではないから正確な数はわからないが、少なくとも二桁は超えているだろうと感じた。
そんな言葉を聞いた私に浮かんだのも、皮肉にも「もう無理じゃね?」という言葉だった。
幽霊の少女―――イズミと出会ってまだ一週間しかたっていないのだが、私は彼女の育成に限界を感じていた。
イズミは端的に言って才能のない人間だった。
しかし、私からしたら才能なんてものはあったほうがいいくらいのものとしか見ていなかった。もっと大切だと思っていたのは本人のやる気、意志だ。
彼女からは強くなりたいという思いは伝わってくるが、強くなろうという意思は伝わってこなかった。
結果、私がこの一週間特に冒険に行くわけでもなしに稽古をつけてみたが成果というものは得られなかった。
イズミ、今尚兵士級である。それも下の方だ。
だが、あきらめてはいけない。どうして自分がこんなに頑張っているのかは甚だ疑問に思うが、一度引き受けてしまったのだ。やれるところまではやってみようと思っていた―――――の、だが、私より先に一番弟子がキレた。
「あなた、あなた無理無理って、大して努力もしていないのにそればっかりで恥ずかしくないの?」
大きな声ではなかった。しかしその声ははっきりとこの訓練場に響く。そしてその声は陽さんの苛立ちをそのまま取り出してぶつけたかのような底冷えするものだった。
イズミは一瞬だけひるんだが、少し怖いと思うだけにとどまったようで反論を始める。
「私だって頑張ってるんです! でも、練習メニューが難しいものがおおくてとてもじゃないけど私みたいな凡人には難しいんです!!」
「あら? とてもじゃないけど、ってことはやろうと思えばできるってことでしょ? なら、やりなさいよ。無理無理無理無理でメーフラさんの時間を浪費させるのは失礼にもほどがあるのよ」
「だから、やってもできなかったんです! なんでも少しやればできるような天才たちと一緒にしないでください!」
「天才? 私は天才じゃないわ。でもそんな私ができているんだからあなたにもできるよね?」
「才能がある人はみんなそういうんですよ!!」
「その主張を通すならあなたは天才ってこと? じゃあ、できるでしょ? うだうだ言っていないで早くやりなさいよ」
口論は激化する。
2人の弟子の言い争いを私はおろおろしながら見守ることしかできなかった。どちらの味方をしていいかわからなかったからだ。
ちらりと隣を見てみるとアスタリスクさんも静観の構えだった。
彼に関し言えば、この言い争いの行く末なんてものに興味がないのかもしれない。
彼からすればどちらも他人だからね。
「もう我慢なりません! 私はもうここには来ませんから!! それではさようなら!」
「あら? またそうやって逃げるの? まぁ、そうなればメーフラさんの時間を浪費させないで済むから賢明な判断かもね」
ちょっと陽さん? そういう言い方はあんまりじゃないかな? 私はイズミちゃんに剣を教える時間が無駄だとは思っていないよ。
そう言おうとしたがそれより先にイズミちゃんが動いた。吐いた唾は呑まないといわんばかりに有言実行、訓練場の出口に向かって走り始めた。
陽さんはその後姿を見るだけで追いかけるようなそぶりは見せない。ふんっ、と一度鼻を鳴らしただけだった。彼女は相当ストレスが溜まっていたのだろう。
そして私は動くタイミングを見失い、アスタリスクさんは静観の構えだ。つまりイズミちゃんを追いかけるものは誰もいない、と思われた。
しかし、イズミちゃんの走り始めと同時にその後ろを追いかける小さな影があった。
その小さな影は私の足元から発射されるように飛び出したその影は、瞬く間にイズミちゃんの背中をとらえて訓練場の出入り口への道をふさいだ。
その影とは―――――――
「くぅ!!」
この空間唯一のNPCであるヒメカだった。そういえばヒメカ、ステータスの数値的な話をすればかなり高いんだよね。ゲーム始めたてで低いステータスを晒しているイズミちゃんより圧倒的に足が速い。
というか、逆だ。AGIの低いイズミちゃんは動きが重い。私の体感で悪いのだが、AGIのステータスが100を超えないとどこか体が重いと感じるのだ。
ヒメカは訓練場の出入り口に立ち塞がり通せんぼの構えだ。
「なんですかこのクマ、馬鹿にしているんですか?」
イズミちゃんはヒメカを無視して立ち去ろうとした。だが、ヒメカはそれを許さなかった。イズミちゃんがヒメカとあと少し、という距離になった時にヒメカが跳躍、見事なドロップキックでイズミちゃんをこちらに押し返した。
ただし、【断絶】のおかげかダメージを与えた様子はない。ただこちらに吹き飛ばされただけだ。
しかしその一撃はイズミちゃんの精神にダメージを与えたみたいで………
「なんなんですか! あなたたちも私をそうやっていじめるんですか!! 初めからそのつもりだったんですね!!?」
顔を真っ赤にして怒り始めた。
彼女は吹き飛ばされた先で座り込みわめいている。その発言の中に聞き捨てならない言葉があった。
私は座り込んでいるイズミちゃんのもとに歩み寄った。
私の接近を察知した彼女は顔をそらしながら大きな声で「来ないでください! 私に近づかないで!」と叫んだ。
だが、何をするべきかを把握した私の歩みは止まらない。
どんどんと私の足は前ヘ進み、すぐにイズミちゃんの前までたどり着いた。
先ほどまで激昂していたイズミちゃんであったが、いつの間にか鎮火して今度は逆にうつむき気味になっている。
「何か?」
次に彼女の口から出てきた言葉は、今にも泣きだすのではないかというほど震えたものだった。
彼女はおびえていたのだ。
先ほど彼女は「あなたたちもいじめるのですか?」と言っていた。つまりは普段彼女をいじめる存在がどこかにいるということだ。
そもそも、おかしいと思ったのは彼女をはじめにこの場所につれてきた時だった。
彼女からは強くなりたいから弟子にしてくれと頼まれた。だが実際連れてきてみるとすぐに音を上げた。強くなりたいという割には、強くなるための努力をする気はなかったように思えた。
何というか、強くなることが目的なのではなく、強くなって何かやりたいことがあるんだろうなと感じた。
しかしそれ以上はわからなかった。イズミちゃんは自分のことはまったくと言っていいほど語らない人間だった。
しかし今日、彼女の中のストレスが爆発してくれたことで彼女がどんな思いで日々を過ごしていたかが少しだけだけど見えてきた。
「私はあんまり言葉で語るのは得意ではないので、端的に言いましょう。あなたに足りないもの、それは勇気だと」
「はい? いきなりなんなんですか? 新手のいじめですか?」
「いいえ、違います。あなたが普段、どんな境遇で過ごしているのかは私にはわかりません。それゆえに的確なアドバイスは与えられないでしょう。ですが、今までのあなたの剣を見てきてこれだけは言えます。あなたに一番足りていないのは勇気だと」
剣を向けられたとき、イズミちゃんはいつも後ろに逃げていた。先手を取ってもこちらが剣を振るそぶりを見せたらすぐに後ろに回避して間合いの外に出ようとした。
これはイズミちゃん自身に自信と勇気が足りないからだと私は思っている。
ちなみに、同じシチュエーションを陽さんに与えた場合、陽さんは迷わず私の首を狙いに来る。相打ち以上ならオッケーとでも思っているのではないかというくらい前に出てくるのだ。
「あなたに私の何がわかるんですか?」
「私にはイズミちゃんがあっちの世界でどのような境遇にあるのかはわかりません。しかし現状に不満を持っているというのだけはわかりました。だから強さを求めたのだということも。ですが、今を変えるのに本当に大切なことは強さではなく、前に出ようとする意志です。あなたがどれだけ強くとも、行動を起こさなければ変わらない。あなたがどれだけ弱くても、行動を起こせば何か変わるかもしれない。あなたに足りないのは自分から動こうという意志です」
「自分から動く意志………」
私の言葉を聞いたイズミちゃんがこぼすようにつぶやく。何かを考えこんでいる様子であったが、私はお構いなしに続けた。
「現状に不満があるみたいですね。しかしそれを誰かに相談しましたか?」
「…してない、です。きっと誰も助けてくれないから」
「本当にそうですか? 両親は助けてくれないのですか?」
「……無理、ですよ。お父さんやお母さんに、迷惑を掛けれないですし」
「親は子供の助けてって声を迷惑だなんて思いませんよ。ダメもとでも相談してみてください」
「でも私、今まで学校ではお友達いっぱいだからって、嘘をついてきたし、今更」
「大丈夫です。きっと気にしません。何だったら私たちがそのお友達ってことでいいじゃないですか?」
「でも、………」
「さて、言葉で語るのはこのくらいにしましょう。そもそもあなたに足りないのは勇気です。私の言葉ではありません」
私はイズミちゃんの前に一振りの剣を落とした。
下を向いていた彼女は突如として視界に現れたその剣に驚きながら私のほうへ目を向ける。その目はどこかおびえていた。
私は一言「手に取ってください」と促してから、自分用にもう一つ剣を取り出してイズミちゃんから距離を取った。
彼女は混乱しながらもおずおずといった様子で剣を手に取りゆっくりと立ち上がった。
「今から一本だけ、試合をしましょう。私ができることはそれだけです」
「…無理ですよ。私があなたに勝てるわけがありません」
「本当に? やってみないとわかりませんよ。あなたがその手に握っているのは可能性です。急所に当てることができれば相手を倒せるという可能性、それはだれを相手にしても変わりません」
「………」
「いいからかかってきてください。もしかしたら適当に振りまわしたその剣が、実はものすごい一撃で私を断ち切るかもしれない。剣を握ってその腕を振ればその可能性が出てくる。でも、そうやって突っ立っていては絶対にその時は来ません。ダメもとで、一振りだけでも試してみなさい」
「………じゃあ、一回だけ」
イズミちゃんの右手に力が込められたのがわかる。彼女は剣の柄に左手を添えてまっすぐと私に剣を向ける。
それに対して私は剣を腰だめに構えて待ちの体勢を作り迎撃の構えだ。
近寄れば斬る。その圧を込めてイズミちゃんを見据える。
すると先ほどまでは無気力にも私に切りかかろうとしていたイズミちゃんの動きが止まる。
「イズミちゃん、ここで止まったら同じですよ。何かを成し遂げるための魔法の合言葉は『前へ、前へ』です。過去という名の後ろには戻れません。だから未来という名の前に進むしかないのです。どんなときにも、退路は前にしかありません」
足を止めて、いつものように後ろに下がろうとしたイズミちゃんに発破を掛ける。
後ろに下がっても斬る、その意思を込めて放った叫びは彼女の足をその場にくぎ付けにする。あとは本人次第。ここで前に出て斬られるか、後ろに下がって斬られるかだ。
私はその決断の時をじっと待つつもりでいた。だが、意外にもその時は早かった。
私の言葉を聞いたイズミちゃんがこちらに向けて突っ込んできたのだ。
「うわあああああああああああああああああああああああああ!! うるさいうるさい!! 私だって、私だってえええええええええ!!」
どこかで何かが切れたのだろう。その声は彼女の魂からの叫びだった。
今までどこか自分を殻で覆って本心を全く見せなかったイズミちゃんの本当の声、その声の気迫に私は少しだけ驚き、そして笑った。
「なんだ。できるじゃないですか」
イズミちゃんの剣はお世辞にもうまいといえるものではなかった。私がこの一週間教えたから、素人に毛が生えたくらいにはなっていたが、それでも本気で取り組まなかったせいかへたっぴな剣だった。
だが、がたがたなフォームから繰り出されるその剣は、前に進むということにすべての力を注がれているみたいで力強かった。
イズミちゃんの一撃は私の剣に抑えられながら少しずつ減速し、やがて静かに動きを止めた。
イズミちゃんは全力を出し尽くしたかのように下を向いて大きく肩で息をする。
彼女の荒い呼吸使いだけがこの場にある音だった。
私は先ほどの力強い一撃を放った余韻に浸っているような彼女を見ながら一言だけ言い放った。
「ほら、届いたじゃないですか」
私の言葉にイズミちゃんが顔をあげる。疲れ切った表情だったが、どこかやり切ったという達成感も見て取れた。
そして彼女のその目には―――――――――――切っ先が私の首筋に触れている剣が映った。
「………わざと……絶対わざとです」
「でも、これが結果です。絶対に斬られると思ったけど勇気を出して突撃したら案外斬られなくて剣が届いた。過程はどうであれ結果は出ています。あなたが前に出た結果はちゃんとこうして出ています」
「………これになんの意味があるんですか」
「この結果に大した意味はありませんが、そうですね。意味のある結果を出すために、別のことで前に出てみません? 例えば、誰かに相談してみるとか」
私がそう言うとイズミちゃんは呆れたようにため息をついた。
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後日談というか今回のオチ
あの後イズミちゃんが私たちに学校でいじめを受けているということ、そしてそれをどうしたら解決できるかを相談してくれた。
正直、私はそういう話に明るくないからどう答えたものかと悩んでいたら、意外なところから助けが出た。
「………俺の知り合いに、そういう話に詳しいやつがいる。今から呼ぼう」
そう、あのアスタリスクさんだ。彼はそう言って一度ログアウトすると十分ほどで戻ってきて人を呼んだといった。
それから待つこと2時間、やることも無いので剣の特訓をしながら待っていた。
イズミちゃんの中で何か心境の変化があったらしく、もう「無理」とは言わなかった。そうして待っていると一人の男が現れた。
赤と白のピエロ服でその身を飾った斧の神。三神一王の1人でありアスタリスクさんのお友達のテルさんだった。
驚いたことに彼の現実での職業は教師だという。本人は島の小さな学校で働いているって言っていた。テルさんの務める学校ではいじめなんてものは存在しないのだという。
ない、と何故言い切れるのかは疑問に思ったのだが、テルさん曰く「見つけたら俺っちがお仕置きしてっからな!」だそうだ。
要するに恐怖政治的な何かだそうだ。しかし不思議と生徒からの評判はいいらしい。
そうやっていくつかのいじめ問題を解決してきた彼は今回の話にも真摯に取り組んでくれた。
私たちは本職であるテルさんにすべて丸投げして結果を待つことになった。
そこから一週間ほどたったある日、それ以降ほとんどログインしてこなかったイズミちゃんがログインして私たちのところに挨拶しに来た。
私たちの前に姿を現したイズミちゃんはどこか晴れやかな雰囲気を身に纏っていた。
悲報:スマホで書いていた方がモチベーションが保たれることが判明
Q、イズミさんは普通の人なんですねー
A,堅護、栞、イズミはこの作品の一般人枠。中でもイズミは群を抜いて一般人
Q,57部のディープラーニングの定義がおかしい
A、確かにおかしいけど文章的には間違いではないため修正はしません
ブックマーク、pt評価、感想を待ってます。





