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夏の終わり

GW前半に少し里帰りするから更新できない旨を伝え忘れていつも旅先のスマホから感想でどちゃくそ言われないかとびくびくしながら過ごしていました。

みなさん、そんなことおっしゃらなかったので杞憂だったんですけどね

今日は待ちに待った…というわけではないがMOHでの夏休み最後のイベントである夏祭りの日だ。


今回私は生産部門をメインにいろいろ準備を整えてきた。

まずは今、私の目の前に建っている屋台。私の周りにはこれと同じようなものを前に何やら操作をしているプレイヤーの方々の姿。

ここは魔族の街ということもあってその中に一人も人間はいない。

おそらく、私が一番人間に近い姿をしているのだろうなと思わせるような光景が目の前に広がっていた。


この屋台、そのままアイテムを並べることもできるが実は倉庫としての役割も担っている。

一応この屋台は9月の初めに運営に回収されるからずっと使うことはできないが、ここ3日だけは持ちきれないアイテムを保管しておくという機能も兼ね備えている。

そして屋台に入れているアイテムはそのままほかのプレイヤーに販売可能だ。その場合、直接売却先のプレイヤーのアイテムボックスに放り込まれることになるので接客が苦手なプレイヤーでも気軽にお店を開くことができる。


私としてはそんなもったいない、風情のないことはしたくないので直接手渡しをするつもりだ。

私は屋台の台に見本となる商品を並べ始める。






周知の事実ではあるが今一度確認すると、私のサブクラスは【裁縫士】だ。

だから今回の売り物は裁縫によって作られたものである。

正直、こういう屋台が並ぶようなお祭りに服とかを売るのはどうかと思った。だが、私にはこれしかないのだ。

そこは仕方ないことだと思って割り切ることにした。

一応、少しその違和感を緩和するために服よりもぬいぐるみやら人形やら、そういった置いていてもおかしくないものを多く作っておいた。

その数は何度も倉庫と屋台を往復して運び込まなければいけないほどの量だ。


そんなに作って売れるか?と問われればわからないが、たぶん大丈夫だろうと思っている。

なにせ、私のぬいぐるみは人気商品だからね。

いつも委託販売所に流すと次の日には全部なくなっている。だから今回も買ってくれる人はいるだろうと予想していた。

まぁ、一つ気になることがあるとするならば、特に大した効果もないぬいぐるみが普段なんであんなに売れているのかが謎だということくらいだ。


そんなこんなで陳列の作業をあらかた終えた私は再び街並みに目をやった。

普段はこんなにプレイヤーが営む店は並ばない。だからこそ、今日はお祭りなんだなと魅せられる光景がそこにはあった。

先ほども言及したようにここには人間がいない。

だから人間に合わせた屋台は少しだけ不釣り合いに見える。だが、そこは創意工夫するプレイヤー。


もし仮に、そのプレイヤーが鳥であったなら、虫であったなら、トカゲであったなら、ネズミであったなら、各々が自分たちの特徴を最大限活かせるような屋台の改造を施している。

実はこの屋台、UIから追加料金を支払えば改造が可能なのだ。


「やっぱり、お祭りっていいものですよね?」

私は陳列台の一角を占拠してお利口に座っているヒメカにそう声をかける。

ヒメカは私の思いをうまく受け止められなかったのか「くぅ?」とかわいらしく首を傾げた。


私が活気溢れる街を和やかな気持ちで見ていると、ふと、見知った…ような気がする顔がこちらに近づいてくるのが見えた。

彼はその大きな体で屋台を引っ張りながらこちらに近づいてくる。


その男は、青い一つ目の巨人だった。

巨人といっても何十メートルとかではなく、三メートルほどの高さだ……


「よう、久しぶりだな。っていっても俺のことを覚えているかしんねえけど」

「覚えていますよ。一つ目小僧の料理人さんですよね?」

「おっ、俺も有名人に名前を覚えてもらえるくらいにはなったってことか」

「有名人ですか?」

「ああ、不快に思うなら申し訳ないが、あんたは立派な有名人だよ」


自分がどこでどう有名になっているのかわからなかったが、有名人だといわれて少しだけ気恥ずかしくなった。

私はその気持ちを誤魔化すように一つ目さんに別の話題を振る。


「一つ目さんは料理を売るのですか?」

「ああ、今回はすげえぞ。攻城戦の時は野菜の国までしか手を付けられなかったが、今回はついに鶏肉の国の食材が手に入ったからな!! 期待して待っていてくれ!」

「それは楽しみです」

「あ、それでそのことで相談なんだけど、あんたの隣のスペースってそれ空いてるのか?」

「ええ、空いていますよ? それがどうかしたのですか?」

「じゃあ俺がそこで店を開いても問題ねえか?」

「問題はありませんよ」


私のものと違って一つ目さんの屋台は自前のものだった。

これが生産職をメインに活動しているプレイヤーと私のような戦闘メインのプレイヤーの違いだろう。

それにしても、どうして一つ目さんはそんなに念を押して「いいのか?」と聞いてくるのだろうか?

それが気になった私は彼に理由を聞いてみた。


したら「有名人の店の隣だと宣伝の必要がねえからな。店の種類も違うみたいだし客の取り合いも少なそうだ」だって。

それを言うなら私のほうがおいしい料理屋さんが隣にできて人が集まりそうで助けられているような気がする。

そのことを言うと一つ目さんは「俺なんかあんたのネームバリューの足元にも及ばねえよ」と笑っていた。

あの、私そろそろ自分が裏で何て呼ばれているのか気になるのですけど?

私の裏での評判もそれとなく聞いてみたが、一つ目さんは笑ってごまかすだけだった。



そんな雑談をしながら屋台の準備をしていたら、私たちプレイヤーの耳に音が響く。

『プレイ中のプレイヤーに連絡します。ただ今の時刻を持ちましてイベント『夏祭り』を開催いたします。詳しい情報はUIのイベント欄より確認いただけます』


これと同じアナウンスが世界に三回響き渡った後、祭りを楽しむ魔族の声が響き渡る。

あるものは飛び回り、あるものは街中で魔法を使って衛兵に追いかけられ、あるものは食べ物の店を片っ端から回り始める。

私もいつ客が来てもいいように屋台の中でその時を今か今かと待ち続けた。





初めのお客さんは、かわいい黒猫さんだった。


「情報通り、ここにメーフラさんのお店があったわね。私が一番乗りかしら?」

「ええ、あなたが初めのお客様です。」

「それはうれしいわ。あ、私に似合いそうな服はあるかしら?」


店頭に並べていたぬいぐるみを完全に無視した服の注文。

まさか一発目で猫から服の注文があるとは思わなかった。しかし、慌てることなかれ!!

メーフラ服飾店 (仮)は準備の良さには定評があるのだ。


「ええ、少しお待ちくださいね。ちなみに、私が今見ている在庫表と同じものはそこの屋台UIから見れますので、ご自分でも選んでみてください」


私は屋台のUIを開いて中身を吟味した。

確か四足歩行動物用の服は結構作っていた記憶があった。なにせ、売れ残ってもヒメカに着せて遊ばせることができるからね。

私は屋台から一着の服を取り出した。


「これはいかがでしょうか?」

私が取り出したのはちょっと暗めの赤の服。

首元には大きなリボンがついており付属品として魔女のような帽子がついてくるのが特徴の逸品だ。


「あら、これはいいわね。でももうちょっと派手なのが好みなのよね」

「あ、でしたらーーーーーー」


と、このように応対して初めのお客さんにはこの前、ヒメカがもらったマントに似せて作った服と王冠を購入してもらった。

初めて直接売れたそれが手から離れて新しい主のもとへ行くとき、私は充足感に見舞われる。


「ありがとう。気に入ったわ」

そう言って屋台に背を向ける黒猫さんを見たとき、私の作品が認められたんだなとうれしくなる。

だが、そんな感傷に浸っている暇はなかった。なぜなら黒猫さんの応対をしている間に次のお客さんが来ていたからだ。


「小生に似合う服を選んでほしい」


………次の客は雪だるまだった。

雪だるまって服を着ると暑くて溶けてしまうような気がするけど、それはどうなんだろう?

というか、屋台のアイテム欄に入っているアイテムは別に並ばなくても購入手続きに移れるから勝手に買っていけばいいと思うんだけどそうはいかないのかな?

私はそんなことを思いながら雪だるまさんに鍋つかみのような手袋とベストを売却した。


そして次のお客様はーーーーーーー


「俺が女性にモテモテになる服を頼む!!」


……似合う服、とかではなくモテるようになる服をご所望だ。

ちなみに、その男の種族はトマトの頭に人間の体だった。よくわからなかったので黒のスーツとネクタイを薦めておいた。

後でモテモテになれなかったとかいうクレームをつけてきたらどうしよう。

そんなことを考えながら、次の客。


「土の中に潜っても汚れないような服を…」


沼人間という種族の人だ。

こういう要望はかなり楽だ。なぜなら服の追加効果で汚れなくなるようなものを売ればいいのだから。

私はその効果を持つ服の中で一番上にあった服を薦めてみた。

沼人間の人は迷うことなくそれを購入して隣のお食事処へ。


そんなに即断即決できるなら自分で選べばいいのでは?と思ったのは内緒だ。


そんな感じでなぜか服ばっかり買いに来るお客様たちをさばいていると見知った顔もちらほら現れた。

初めに私の前に姿を現したのはダームさんとラストちゃんだった。


「調子よく売れているみたいですね」

「ええ、お隣の一つ目さんの店に惹かれた方がついでにと買ってくださっているみたいなんです」

「いや、それはあるだろうけど逆も結構あると…」

「ねぇねぇメーフラさん、ここって服を売っているんだよね!!?」

「ええ、あくまでメインは人形ですけどね」

「ならさ、ダームが私にメロメロになるくらいセクシーな服が欲しい!! ある!!?」

「ちょっ、ラスト!?」

「ええ、まぁ一定数取り揃えておりますが……」

「じゃあちょっと見せて!!」

「やめなさいラスト、はしたないだろう?」

「えー、ダームはそういうの嫌いなの?」

「そういう話は今していないだろう?」

「じゃあダームはどんな服を着た女の子が好きなの!!?」


押しの強いラストちゃんにじりじりと後ろに下がらざるを得ないダームさん。後ろにまだお客様が並んでいるから早くしてほしいという気持ちはあるが、この光景の先に何が待っているか見てみたい気持ちもある。

私は結局何をするでもなく、先に注文が入った男を悩殺するほどセクシーな服を探し始めた。

といっても、そういうジャンルの服はそれほど作っているわけではない。

理由としては魔族プレイヤーは全裸で活動している人が結構いて露出が何のエロさも生まない場合が多いからだ。

みんなも考えてみてほしい、もし仮にサハギン(メス)がビキニをつけていたとして、果たしてそれに興奮する男はいるんだろうか?

私はいないと思いたい。


それと、小さな子供もやる可能性のあるゲームであんまり刺激的な服を作り続けるのに気が引けたというのも大きな理由だ。

そんな理由で少ない選択肢からラストちゃんに似合いそうなものを見繕う。

彼女は彼岸に行く前の禍々しい姿と違い今はれっきとした美少女だ。


長く柔らかいクリーム色の髪、ぱっちりと開かれた水色の瞳、腰から生える2対の翼。


総合すると天使のような姿の彼女に似合いそうな衣装といえばーーーーーーーーー


まぁ、白い布の腰巻と胸当てかな?

これ確か天使の衣装をモチーフとして作ったものだし、何か出せと言われたらこれを出すことにしよう。

私はそう決めて二人のやり取りに焦点を当てる。


「だーかーらー、ラストにはまだそういう服は早いって!」

「むううううううう、ダームはこの祭りの時なら好きなもの好きなだけ買っていいって言ったのに!!嘘つき!!」

「確かにそう言ったがでもそれは……」

「ダームだって女の子が肌を出しているのを見たいんでしょ!!? ならいいじゃない! 今日くらい羽目を外してもいいじゃない!!」

「今日くらい羽目を外すってんなら露出より浴衣だろうがよ! どうしてそこまで肌を見せたがる!!  まさかラスト、お前痴女か!? 痴女なのか!? 僕はお前をそんな風に育てた覚えはないぞ!?」


ううむ、ちょっと修羅場り始めた?

そう思っていた時、ラストちゃんがそのかわいらしい顔を精一杯悪く見せるような笑みを見せて言った。


「ダームったら、浴衣を着てほしいからそんなにムキになってたのね? わかったわ、メーフラさん、浴衣ってあるかな?」

「ええ、今日は夏祭りですからね。それなりに準備はありますよ」

「じゃあ私に一番似合いそうなのをお願い! 今日でダームをしとめるつもりなの!」

「それを堂々と本人の前で言うかなー」

「では、こちらなんかいかがでしょうか?」


ラストちゃん自身が派手派手しい女の子なのでそれの特徴を強調させるように私が提案したのは少し抑えめの印象の一着。

ラストちゃんは私の選択を信じてくれたのかそのまま購入まで一直線だった。

まぁ、あの浴衣の代金を払ったのはダームさんなんだけどね。

ダームさんは受け取った浴衣をすぐにラストちゃんに着せてあげていた。そして私に一言残して隣の一つ目さんの屋台へ。

ダームさんたちの接客を終えた私は次の客に、そしてダームさんたちの姿を見た男性客が次の客になるわけだが、そのカエルのような見た目をした種族の男は--------


「おいらでもあんなリア充になれる服を頼む」


といった。

皆さん、今更ですが私の店を願いが叶う服を売ってくれる魔法の服屋さんだとでも思っているのですか?

本気でそう問いかけたくなった。

「リア充になれる服」というのはよくわからなかったので、私はとりあえず成金趣味のような服を薦めておいた。

お金大好きの女の子ならその服で近づいてくるかもしれないから、何とかそのチャンスをものにしてほしいものだ。




それから少ししてから現れたのは禍々しい紫色の流動体と人形、そして半透明の筋肉の組み合わせだ。


「おーっすボスの嬢ちゃん、もうかってるか?」

「メーフラさん、お久ー!」

「うむ、吾輩の肉体をさらに美しいものにする服はあるかね?」


エターシャ、ドゲザのコンビ+教官だ。

私はみんなに軽くあいさつしながら教官が冗談交じりに口にしていた肉体をさらに美しくするという条件にあった服ーーーーーーーーー「ネイキッドオウサマント」を売ってみた。

彼は何の疑いもなく買ってくれた。

正直、これを買う人がいると思わなかったからありがたい。

なにせこのマント、装備欄のどこを埋めるかと問われれば上半身なのだ。

そのせいでこの服を装備してしまうと上半身が裸になってしまうという欠陥品だった。しかし捨てるのは忍びなかったので持ってきていたが、まさか買ってくれる人がいるとは……

世の中何が売れるかわからないものである。


というか、よくよく考えれば魔族は裸とかあんまり気にしない種族が多いからいつかは売れたのかもね。


「ドゲザさんも何か買っていかれますか?」

「俺に服が必要に見えるか?」

「いいえ、見えませんが………」

「だよなぁ、俺にとっての服は毒だからな。その点、俺に取っちゃここよりレーナ嬢ちゃんの店のほうがオサレな店だったぜ」

「………レーナちゃんのお店って、どんなものが置いてありました?」

「まっ、素材集めに付き合ったボスの嬢ちゃんなら大体わかってると思うが、大体がやべえ毒薬だったな。本人はそんなこと気づいていないみたいに笑顔で売りさばくんだから俺、あの嬢ちゃんの将来が怖えよ」

「それは同感です」

「ねぇねぇメーフラさん、そんなことよりこっちに並べてあるぬいぐるみとかも売り物なんだよね!?」

「ええ、というかむしろそちらがメインの商品なんですけどね」

「じゃあ私これが欲しい!!」

「きゅぅん!!」


残念、それだけは売り物じゃないんだエターシャさん。

彼女はわかっていてやったのか、それともただの偶然だったのかはわからないがぬいぐるみ置き場の真ん中にちょこんと座っていたヒメカを抱き上げて購入しようとした。

しかしそれは非売品だ。いくら積まれても売るつもりはないし、そもそも従魔の売却方法とか知らない。

エターシャさんは手の中で暴れ始めたヒメカを笑いながら元置いてあった場所に戻して別のぬいぐるみを手に取った。

それはイルカのぬいぐるみで、今度は何も問題なかったため普通に売却する。


「いやー、メーフラさんのぬいぐるみってプレミアついているから手に入れるのに苦労するんだよね」

「えっ、どういうことですか?」

「そのままの意味だよー。なんでも愛好家が一定数いるとかなんとか」

「知りませんでした………」


知らない間に有名人になっていたことといい、ちょっと本気で私が周りにどう思われているか調査したほうがいい気がしてきた。

エターシャさん、ドゲザさん、教官の三人はある程度買い物をした後はまたも流れるように一つ目さんの店へ。

あっちはこっちと違って客の回転率がかなり高いから儲かってそうだなとか想いながら去り行く三人を見ていた。


それからも服の販売は続く。

途中からぬいぐるみを買ってくれる人も結構増えて作り手としてはうれしいばかりだ。

でもヒメカをお買い上げしようとする人が後を絶たない。

だから私は接客の合間をぬってヒメカの首に『このクマ、非売品』と書かれたプレートを作って下げさせた。


そのプレートを下げてからはヒメカの購入希望は止まった。しかしゼロになったわけではなかった。

どうしても欲しい、とせがまれて大金を見せつけられたりもした。

だが、先ほども言ったがいくら積まれても売るつもりはないからね。丁重に、平和的に解決させてもらった。

そうやって接客を続けていた時、彼女はやってきた。


初めはただの客かと思った。

だが、彼女は「ですわ」「ですわ」と言いながら店のぬいぐるみすべてを要求してきたのだ。

これが私のぬいぐるみ愛好家というやつかと思った。しかし、まだこれから来る人も買いたいといってくれるかもしれないし、商品が全部なくなれば私の楽しみもなくなってしまう。

しかし客相手に売らないということは難しい。

私は苦肉の策として屋台の陳列台においてあるぬいぐるみをすべて売りさばいた後、その幽霊女が見えなくなってから新しいものを並べることにしたのだ。


こうして、私の店は守られた。


そんな安堵もつかの間、次に現れたのは銀色の騎士だった。


「………」

「何か言うか買うかしてくださいよ」

「………今日も……いや、何でもない。俺に似合いそうな服を一式頼む」

「かしこまりました」


アスタリスクさんはこちらをじっと見ながらそう言って、私が服を手渡すと何を言うでもなく立ち去った。

いつものような強引な一面は今日は見られなく、私に対して遠慮しているような感じさえした。

だが、私はここで気を緩めるわけにはいかなかった。

なぜならアスタリスクさんの後ろに並んでいた人物―――――いや人じゃないか―――――は、ここにいるはずのない人だったからだ。


「やっほー、メーフラちゃん、遊びに来たよ」

「………神様、どうしてここにいるのですか?」

「神様なんて水臭い、雪姫って呼んで」

「……雪姫さんはどうしてここにいるのですか? 神殿はいいので?」

「どうせたどり着く人いないよ」

「私はたどり着きましたけど?」

「あー、ほら、君は特別だからさ」

「私は自分が特別だとは思っていませんが?」

「うわっ、それはさすがに嫌味だよ、ってことで、これちょうだいな」


雪姫がいうと同時に私の目の前に購入を確定するかというウィンドウが開かれた。

屋台UIからものを購入しようとするとこういうものが店主に届くのだ。なぜか私のところは並んで買うという客が多いのであまり表示される機会はないが……

私は購入を確定させて代金を受け取る。

雪姫が購入したのは白を基調とした服を数着、やっぱり白い服が好きなのだろうか?そう思っていると本人から注釈が入る。


「あ、私はイメージを守るためにっていうのもあるけど普通にこの色は好きよ」

「やはりそうなのですね。では、後ろがつっかえているので……」

「そうね。私は神様だけど、メーフラちゃんにとってはお客様である彼らも、神様だもんね」


雪姫はそう言って列を外れ―――――そして屋台の中に侵入してきた。

ってえ!? 

私は困惑する。なぜならこの屋台、借りるためにお金を払ったプレイヤーを店主として店主以外がこの中に入るには店主の許可がいるというシステムがあるからだ

だというのに、雪姫はまったく気にすることなく勝手に入ってきた。

今、店の前では「あの美少女はメーフラのお友達か?」みたいな議論が起こっている。

店に入れた時点で私と親しい間柄なのは確定しているからいろいろ勘ぐっているのだろう。


「どういうことですか?」

「ほら、私ある程度なら自由にできるって言ったわよね?」

「答えになっていませんよ!!」

「まぁまぁ、私も一度やってみたかったし手伝わせてよ」


雪姫神様はそう言って私の隣にならんで客に笑顔を振りまき始めた。

その光景を見て私は暴れだしたりしないなら何でもいいかとあきらめて接待を再開したのだった。






そして―――――今日はもう終ろうかと思ったころ、ガトとフセンが現れた。

アスタリスクさんもだったけどここは魔族の街。

人族は入場だけでお金を払わされるのだが、彼らにとってはそんなはした金よりイベントを楽しみつくすほうが大切なのだろう。

しかし謎だ。

この二人が来ているのにリンさんの姿が見えない。

確か弟から聞いた話では三人一緒に来ると言っていたのだけど、リンさんに何か予定ができたのかな?


私はリンさんを探すようにきょろきょろと視線を向けてみた。


あ、リンさんいた。

なぜか路地裏の隅っこからこっちをめちゃくちゃ恨みがましい目で見てくる。いや、よくよく見たらその視線は私というより隣の雪姫に向けられている?

しかしなぜ?リンさんが雪姫を恨むことがあるのだろう?

私は謎に思ったが、とりあえずは目の前にいるガトとフセンの対応だ。


「いらっしゃいませ、何かお求めですか?」

「あー……夏祭りイベントはプレイヤー間の戦闘もあるから挑みに来たつもりだったんだけど、結構混んでいるから買うだけにしようかなと」

「あぁ、挑みに来たのですか……いいですよ。ちょうど、私の代わりに店員を務めてくださるお方もいることですし、一戦だけなら」

「本当!? 今回はメーフラちゃんに一泡吹かせるための手を考えてきたから、覚悟してよね!!」



フセンちゃんが今度こそと意気込んでいる。

彼女は手元で自分のUIを操作して私に対してイベント専用の決闘を申し込んだ。

今回の夏祭りの戦闘部門のイベントはいわゆるレート戦、勝利で上昇して敗北で減少するポイントを賭けて戦うポイント制マッチだ。

一応、パーティ単位とソロプレイのどちらも選べる。

私みたいなボスキャラがソロに括られるのかは知らないけどね。


そして、イベント終了時にこのポイントによっていろいろ特典があるらしい。

しかしこれだけだといろいろ不便だろうと運営が用意したのが相手を指名できる代わりにポイントの変動がないマッチだ。

今回はこの指名制を使って勝負しようということだった。


私のもとにフセン、ガトのパーティから戦いを申し込まれる。

私がその申し出を受けるとほどなくしてほとんど何もない草原に放り出される。


「これが夏休みの集大成、というやつですね」

「うん。今回でメーフラちゃんには参ったといってもらうよ!」

「それは楽しみです」


小さな言葉のやり取り、それを見計らったかのように決闘開始のカウントダウンが始まる。

































「行ってガトくん!!」

「行きます!」


決闘開始と同時にガトの背中をフセンが思いっきり蹴り押して加速、ガトが大盾を構えて突撃してくる。

対する私は向こうから近づいてくるからこちらから近づく必要もないかと考えて剣を悠長に構えた。

私のアイテム欄にはいつ戦いになってもいいようにとこの前製作依頼して届いた無数の武器が所狭しと入っている。

今、私の手に収まっているのはその中の一つ、一番の正統派の武器である「ダマスカスの黒剣」だ。

ミスリルと違い魔法的な効果はないから霊体を攻撃することはできないが、その分物理的な数値はミスリルより大幅に上だ。

耐久値もかなり高く、これから長くお世話になるだろうと予想される武器だった。


対するガトの盾は以前、彼岸までの付き添いの報酬に手に入れていた「不死者の大盾」だ。

どんな能力があるのかはわからないから不気味ではあるが、私のやることは変わらない。私はガトが私の剣の間合いに入るのを待っていた。

ガトはがしゃがしゃと体全体を覆う金属の音を鳴らしながらこちらに走っている。


その後ろではフセンちゃんが詠唱を―――――していない?

いや、あの感じ、もう終わっている?


私はフセンちゃんが後はタイミングを合わせるだけ、そんな顔でガトを見ているのに気が付いた。

だが、何を狙っているのかまでは読み取れない。


「何を狙っているのかは知りませんが、すべて踏み越えていくだけです」


もう少しで私とガトの距離が剣の間合いになる。そうなれば、ガトはきっと10秒経たずに処理できる。そうなればフセンちゃんに近づいて叩き切るだけだ。

以前戦った時は素手だったのと、ゲーム的な動きにあまり慣れていなかったのもあって必要以上の苦戦を強いられた。

だが、今回は優秀な武器とこれまでこの世界で戦った経験がある。


ちょっとやそっとじゃ私を止められるに至らない。ガトが何も秘策を持っていなければ、間合いに入った瞬間に盾をはじくなり隙間を縫ってダメージを与えるなり何でもできる。


どうか、期待外れではありませんように


そんなことを考えながら、私はその時を待った。






彼は大きな盾に体を隠しながらまっすぐこちらに近づいてきて、そして私の手の届く位置に来た。

彼はそれでもなおこちらに近づいてくる。このまま体当たりをかますつもりだろう。


私は構わずガトを大盾もろとも切ろうと考える。

盾を無視して足を狙おうとも考えたが、詠唱を完了させて待っているフセンちゃんが不気味だ。できれば対応力の高いスタンディングの体勢を崩したくなかった。


「ガトくん、今だよ!!」


私の剣がガトの大盾を叩きその衝撃で後退させながら盾に大きな傷をつけるくらいはできるだろう。そう思っていたのだが―――――そこで、二つの予想外のことが起こった。


私の剣が大盾に触れる瞬間、盾が目の前から消えうせたのだ。

そして同時にガトの鎧もその場から消えうせ、うるさかった金属音を鳴らさなくなった。

これが一つ目の予想外。私の常識では物体は一瞬でその場から消えてなくなることはない。鎧が一瞬で脱ぎされるわけがない。

その常識が邪魔してこうなることを予想できなかったのだ。


ガトは、この一瞬の攻防のために大盾で体を隠しこっそりUIから装備欄を開き、そして私に盾を叩かれるタイミングで装備をすべて取っ払い攻撃を体で受けた。

そして私の攻撃はもともと盾を切ることを想定したタイミングで放っている。そのため、攻撃のタイミングが最善ではなかった。

それでも一応、ガトに直撃はする。


吸い込まれるようにガトの体は私の剣に突き刺さる。だが、VITを重点的に鍛えてきたガトは何とかその一撃を受け切った。

ガトの口元に笑みが浮かぶ。

ガトはその両手でがっしりと私の剣をつかんで捕まえた。



そして、二つ目の予想外。


ガトが装備解除をした瞬間、フセンちゃんは火の玉を私たちに向けて発射していた。

これは何とか見えていたし、これ自体をよけろと言われれば目を瞑っていてもできる、が、今回の問題はそこではない。


今、私が一番問題にしているのはガトの鎧の装備解除とともに彼の周りに飛び散った赤茶色の粉末にあった。

【鑑定】はかけていないが、見ればわかる。

フセンちゃんが火の魔法を私に向けて放ったこともそれの証明になっている。


あれは、爆薬だ。

ガトは私の動きを止めるために注力している。私に回避させないように必死だった。

彼らは、最初からこの一撃を与えることに全力を注いでいたのだ。

これだけで私が倒されるとは思えないが、これを受けて無事である保証もない。


私がそう認識して、程なくして火の玉は私たちの足元に着弾した。





それは、地面の爆薬に引火して大爆発を起こす。引き起こされた爆発は地面をえぐり、草土を巻き上げ私たちの視界を奪う。


「やった!?」

「お見事です」

「え……?」


そしてその土煙が晴れた後、そこに立っている者は一人もいなかった。

ガトは私による斬撃のダメージと爆発のダメージでHPが全損し倒れ、私はというととっさに行った【慈悲なき宣告】と【神出鬼没の殺戮者】のコンボによってフセンちゃんの後ろに転移していた。

そして油断しきったフセンちゃんを背中から剣で突き刺したのだ。


フセンちゃんは信じられないといった風に私のほうへと振り返る。


「今回は、惜しかったですね。でも今回も私の勝ちです」

「………ずるいよ」

「そちらが強くなって私に挑むように、私も私で常日頃強くなる努力をしているのです」

「……ちぇ、これじゃ届かないか」

「ええ、これでは届きません。ですが、面白い作戦でしたね」

「うん、ありがと。リンねぇからヒントをもらったんだ」

「そうでしたか。では、今回は私の勝利ということで」

「今回は、私たちの負けってことで…」


私はダメ押しとばかりに刺していた剣を横に動かしフセンちゃんへのダメージを加速させる。

HPもVITも高くないフセンちゃんのHPはゆっくり剣を刺しただけで風前の灯火であったが、追加でダメージが入ったことで0になってしまう。


死亡したプレイヤーはほどなくして消えてしまう。

私は空に表示されたYOU WIN の文字を見ながらこれでこの夏が終わるのだということをしみじみと感じ、それと同時に少しだけ進展し、進歩した身内と友人のことを思い出し少しだけ好ましいなと感じた。


「きっと、次はもっと面白いものを見せてくれる、そうですよね?」



私はだれもいなくなった無人の野原で一人、そう呟いたのだった。

平成最後にギリギリ間に合った?


Q ,タグとあらすじについて

A 、恋愛タグをつけるというのはずっと前から検討しています。それと、指摘していただいているガールズラブというタグは確認したところ見当たりませんでした。

加えて、あらすじの見直しについては主人公が男とくっつこうがそれはメインにはなりえないからね。というか、メインはずっと言ってるけど弟の成長の話だから申し訳ないけど変更はしません。

決して、タグ詐欺、あらすじ詐欺をしているわけではないということを了承ください。


Q,GW企画の提案

A、とりあえずこれを投稿するまでにもらった「雪姫のメーフラ観察日記」と「ダームとラスト」の休日は執筆させていただきます


Q、お菓子おいしそうだな!ちょっとくれ!!

A,1お菓子=1創華の新しい情報



Q、メーフラさんがもっといろんない技術学んで強くなれば白神さんに勝てる?

A 、ごめん、たぶん無理。現状いくら技術磨いてもステータス差だけで圧倒されるから……


Q アスタリスクさんの年齢の記述ってあったっけ?

A 、本編では明確に記述はしていませんでしたが確か26~28くらいに設定しているよ。

ちなみにテルさんは46、ライスさんは35前後だよ。


Q,まず山を掘りぬいてみようぜ!

A 、HXHのGI編はドッヂボールとボマーしか覚えてない……


感想欄でこの作品が好きって言われるとすごい嬉しいです!皆さん暖かいお言葉ありがとうございます。

令和でも更新は続けていきますので、これからも何卒よろしくお願いします。


ぶっくまーく、pt評価をよろしくお願いします。

感想も待っています。

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