閑話 ひかれたもの
デート前の小話
今まで俺は休日というものは鍛錬の日としか考えていなかった。
メーフラに少しでも近づくために日々の研鑽は怠っているつもりはないが俺も社会人だ。
平日の昼間から剣を振ることはできない。だから休日は遅れを取り戻すべく多くの剣を振る日として考えていた。
だが、最近俺の中での「休日」というものの意味は多少違ってきている。
今の俺にとって休日は『鍛錬の日』ではなく『メーフラと話すことができるかもしれない日』と変わっていた。
もちろん、鍛錬もするがもしかしたら、以前一緒に(他の奴らもいたが)でかい埴輪を倒しにいった時のように声がかかるかもしれない。
俺は休日になるたびに心の中でそれを期待していた。
今までならこんな気持ちになることはなかっただろう。
今でも他の女性に対してこんな期待を寄せることはない。
だが、
俺はメーフラのことが好きだ。
最近、本当に最近自覚したことだ。
初めは彼女のまっすぐな剣に憧れていただけだったはずなのだ。
俺を完膚なきまでに叩きのめすその剣が、目に焼き付いて離れないだけだった。
今思い返せばその時はまだ、彼女を見ていなかったのだろう。
だが、あれは確か8度目の勝負を挑んだ時だった。
いつもは出会えば斬り合い、そしてそのまま俺が倒れるだけの関係だったのだが何がきっかけだったか、彼女が俺に話しかけてきたのだ。
ほんの30秒程度の会話だった。
その時、俺は初めてメーフラを見たのだと思う。
それから俺はことあるごとに彼女に挑んで負け続けたのだが、戦いの前には少しだけ会話をするようになった。
メーフラと会話をしているとどこか懐かしい、優しく暖かいものを見ている気がした。
その時はそこまで深く考えていなかったが、彼女と会話をするのが心地よいと感じてはいたと思う。
これも彼女を好きだと自覚したからわかることであった。
俺の母親は俺が小さい頃に交通事故で死んでしまった。
母に過失はなかった。近くのスーパーに歩いて買い物に行った帰り、突っ込んできたトラックの下敷きになった。
すぐに病院に搬送されたが結局事故が起きてから30分も経たないうちに母は息を引き取った。
俺は男手一つで育てられた。
父は強い人だ。母が死んだ後も父は弱音一つ吐くことなく俺を育て上げてくれた。
俺が5歳の時だった。
母を失ってそれほど時間の経っていない頃、酒に酔っ払った父は言った。
「やっぱりなぁ、俺が弱くて守ってやれないから母さんは死んじまったのかなぁ……」
泣きそうな声だった。聞いているこっちが無力感に打ちひしがれている父と同じ気持ちになれるほど、弱々しい声だった。
だが、父は涙を流すことなく淡々とした様子で言う。
「お前はなぁ、ダメな父さんと違って守れるように強くなってほしいなぁ……そしたら、俺みたい
に大切なものを失わずに済むだろうから………」
その言葉を吐いた後父さんは「すまねえなぁ」と言って眠りについた。
次の日の朝、目を覚ました父さんはいつも通り強い父さんだった。
そんな父さんに俺は「強くなりたい、どうすれば強くなれるか」と聞いたら、父さんは困った顔をして「帰ったら教えてやるから今日はゆっくりしとけや」と会社に出かけた。
そして帰ってきた父さんが持っていたのは見慣れない紙袋。
曰く、同僚に譲り受けたと言うもの。
だが、父さんは嘘が下手だった。
「とりあえず、これを使って強くなれ」
と言われて渡された紙袋の中にはビニールさえ破っていない箱に入ったゲームソフトが入っていた。
それが俺と『THE・剣豪』との出会いだった。
初めはゲームで強くなるなんて半信半疑だった。俺の認識ではゲームは遊ぶものだ。
だが、そのゲームを始めてすぐに俺はその認識を改めさせられた。
あれは、決して楽しむためのものではなかった。
今でもあのゲームに入ってすぐに感じた土臭い匂いは忘れられない。
後で聞いた話だが、このゲームは父さんが同僚に聞いて薦められたゲームソフトだったらしい。
その同僚曰く、心身ともに最強を目指す人間におススメ、らしかった。
その言葉に嘘はなかった。
体が強くなければ戦えすらしない。
心が強くなければ戦うと思う気にすらならない。
あの場所は、強くなるためには最適な場所だった。
俺はただがむしゃらに剣を振り続けた。
いざという時、大切なものを、父さんを守れるようになるほど強くなるために。
結果、俺は確かに強くなった。
だが、強くなった頃には初めの情熱が薄れ始めていた。
強い自分に酔い始めていた。
それをぶち壊したのがメーフラだった。
自分より明らかに年下の少女に負けた俺は何をやっているんだと冷静になれた。
ただ、まっすぐに俺の胸に吸い込まれたあの時の剣は、まるで俺の心の歪みを糾弾しているようであった。
初めは自分もああだったではないかと、思い出させてくれた。
俺はあのまっすぐな剣に憧れ、なんども挑んだ。
そして8回目の戦いの時、こう言われたのだ。
「案外、子供っぽいんですね」
多分であるが、メーフラに対して『堕ちた』のはこの瞬間だろう。
それは負けまくってムキになって挑み続けるように見えた俺に対する皮肉の言葉だったのだと思う。
ちょっとだけ目元を細めて言われたその言葉はいい大人が言われたら腹をたてるだろうものだ。
しかし、俺にはそれがずっと求めてきていたものだと感じられていたのだと思う。
悪戯っぽく、それでも暖かいその言葉を聞いて俺は母が生きていた頃のことを少しだけ思い出していた。
…
……
………
…………
『母さん、もう一回、もう一回だけ勝負して!!』
『ふふっ、負けず嫌いなのは私そっくりだわ。本当に可愛い子』
『そう言うのいいから!早く準備して!!』
『はいはい、お母さんもうそろそろご飯を作らないといけないから後一回だけよ?』
…………
………
……
…
母さんのことは今思い出しても胸が熱くなる。
何故、自分を残してさっさと逝ってしまったのかと不満を言いたくなる。
俺はきっと、母の愛というものを満足に得られていなかったのだろう。
だからこそ、どこか『母性』というものを感じられるメーフラに安らぎを覚えているのだ。
それはやっぱり歪んだ愛。母と他人、それも自分より年下の少女を並べて欲する異形の恋だと思う。
しかし、それをわかっているからと言って抑えられる気持ちでもない。
だが俺の気持ちを彼女に押し付けるのは、母のように振舞ってもらうのは身勝手で迷惑になるだろう。
俺が亡き母とメーフラを重ねているのは本人だけには知られていけない。
彼女は優しいからきっと応えようとしてくれるだろう。
それはきっと酷なことだ。
だからこの心の内だけはあの時のように漏れ出させないように、心の奥底に押し込めて墓場まで持っていくことにしよう。
今はただ、彼女が近くで元気でいてくれればそれでいい。
そう願うからこそ、俺はもうメーフラに戦っては欲しくなかった。
あの日、俺の心の内が溢れ出てしまった日、メーフラは咳き込みながら姿を消した。
あの現象は自分にも覚えがあった。
まだ未熟な、王級になりたての頃によく起きていた事象だ。
技術でカバーできない程の力を出した時に起こる現象だ。
あの時、現実の彼女の体は………
きっと、メーフラは全力で戦うと壊れてしまう。
彼女は誰よりも強いが、誰よりも脆いのだと思う。
だからこそ、俺は彼女を守ってやりたいと考えていた。
もう、彼女自身が戦うことが必要ないように俺が前に立ちたいと思う。
そのために、大切なものの前に立って守れるようになるために強くなったのだから。
だからまずは、メーフラを超えよう。
彼女の前に立つために、彼女よりも強くなろう。
俺はそう心に誓ったのだ。
今日は休日、メーフラに呼び出されでもしていなければ鍛錬の時間は十分にあるのだ。
俺は覚悟を持ってMOHの世界に降り立つ。
それと同時に何やらメッセージが届いたと通知が来た。
送り主は例の彼女からだった。
そしてメッセージは日時と場所と
『デートをしませんか?』
という一言。
………俺の思考は1分余り停止して、その後指定された場所に全力で走り始めた。
普段は多少走ったくらいでは息切れすら起こさない俺の心臓はいつかの日のように高鳴っていた。
普段はあまり表情が動かないと言われていた俺だが、その時は口元が少し歪んでいるのが自分でもわかった。
ちなみに作者は最近恋愛ものをよく読みます。
だから書きたくなって唐突にデート回を入れている……という面がないわけでもないです
Q、服選びは神様に頼むのが良かったのでは?
A、………はっ!!
「まぁ、そんなことで世界のトップを呼び出すのは気が引けますからね。……それに、真っ白で無地の服とか普通に選びそうですし」(メーフラ)
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