彼岸の入り口 前
大穴に飛び込むとそこは幻想的かつどこか残虐さを覚える風景が待っていた。
目につくもの全てが少し赤みがかっている。それは空気ですら例外ではないのかもしれない。
私の視界は薄い赤のフィルムを通したようなものを映し出していた。
そんな赤い世界は私が予想していたものとは少し違う風景があった。
私がここに飛び降りる前、ダンジョン名の『彼岸の入口』というものを聞いた時は洞窟のようなものを想定していた。
しかし私の予想は裏切られ、穴の底には空があった。
地下墓地のさらに下、つまりここは地下であるはずなのだが、だとするとあの空はなんなのだろうか?
謎は尽きない。
さらに辺りを見渡すとここは花畑のようであった。しかし、花は全て枯れており茎がうな垂れるようにして下を向いている。
少し遠くに木のようなものも見えるがそれらも例外なく葉や花をつけているということはない。
枯れきった木が元気なく突っ立っているだけのようだった。
「皆さんちゃんときてます?」
声のした方向に目をやるとそこにはダームさんの姿。
彼はもうすでに相棒であるラストを呼び出し周りを警戒していた。そうだ。
ここはレイドダンジョン、どこから敵が湧いてきてもおかしくはない。
ただ一つ、私の感覚で言えることがあるとするならまだこの周囲には敵はいないよダームさん。
「ああ、ちゃんと全員いるみたいだぜ。はぁ、ここにくるのは昨日ぶりだがあんまりいい雰囲気とは言えねえよな」
ドゲザさんが答える。彼の姿はこの空気のせいか先ほどより毒々しく見えた。
「大丈夫みたいだね。じゃあ早速警戒しながら進もう。これまでの調査で奥までの道は知っている」
ダームさんがラストを先行させた。
さっきの地下墓地では自分が先頭を歩いていた彼ではあるが、ここでは警戒しているのか集団の中に入り使い魔的な存在である死霊を盾に歩くつもりなのだろう。
ダームさん的には先ほどまでのマップは警戒すら必要なかったが、ここはそうでもないということだ。
私たちはダームさんの操るラストを追いかけるように進む。
「………メーフラ、敵だ」
「みたいですね」
その途中、アスタリスクさんが敵の気配を察知した。まぁ、気配も何もここはひらけた場所だからすぐ目視できたんだけどね。
私たちの前に現れたのは牛の頭を持ち、二足歩行する化け物だった。
「え〜っと、ああいうのなんていうのでしたっけ?」
「確か牛頭だよ姉ちゃん」
「ああそうでした。ということはそのうち馬頭とかも出てきたり?」
「するかもしれないね」
「ふむ、奴も素晴らしい筋肉の持ち主だ。どれ、我輩が行くとしよう」
出てきた魔物に対して何かで見たことがあるからガトと問答をしていたら我先にと教官が近づいていった。
「あぁっ、教官さんちょっと!!」
ダームさんがすぐに止めようとするが教官は止まる様子はない。
牛頭に近づきギリギリお互いの攻撃が届かないところまで来たと思うといきなり拳を握りしめ殴りかかった。
それに対して牛頭はカウンター。
勝負は一瞬でついた。
二つの拳はお互いの顔面に突き刺さっている。だが、牛頭の拳の方が心なしか強く当たっているように見えた。
その姿はまるで河原で殴り合った男たちの最後の姿。
クロスカウンターを華麗に決めた牛頭は満足したように拳を引いた。
するとそれによって支えられていた教官の体がどさりと崩れ落ちる。
「ぐふっ、良き、筋肉かな」
何故か悔いがなさそうなのは気のせいだろう。
私は剣を抜き抱いていたヒメカを頭の上に移動させて飛び出した。
「救出に行きます」
「ボスの嬢ちゃんはあの牛野郎を押さえておいてくれ!俺とエターシャが倒れている教官を回収する!」
「わかりました。そちらは任せます!」
倒れた教官にとどめを刺そうとする牛頭。
奴は背負っていた巨大な槌を抜くと両手で頭の上まで持ち上げた。
そして少し溜めて振り下ろす。
そこに私が入り込む。
本来ならこんな大振りで軌道がわかりやすい攻撃は避けるんだけど、今回は私が攻撃を喰らわない+下にいる教官にも攻撃がいかない必要がある。
巨大な金属の塊が私たちの体を押しつぶさんと振り下ろされる。
私は持っていた魔族の長剣の柄の部分で槌の持ち手を受けてそこから回転させる。
牛頭はSTRが高いのだろう。結構な力が込められていたみたいだが、そんな力、逸らして仕舞えば何の問題もない。
ハンマーヘッドを受けるのは危険だが、持ち手を受けるのはそれほど危険ではない。
私は剣を回転させながら牛頭の体をこちら側に引き込んだ。
槌は見事に教官の上を通り過ぎて振り下ろされる。
そして私の剣の方は勢いのまま刃先を牛頭の方に向けて牛頭の鳩尾に突き入れられた。
苦悶の声がその場にいたものの耳に届けられる。
だがそれだけでは倒れなかった。
すぐに私を敵として襲いかかってくる。
私は剣を引き抜き懐に入り込む。
槌は持ち手の長い両手用のものであり小回りがきかないものだった。
こうして接近すればその攻撃力はないも同然だ。
だが、牛頭はそれでもこだわりがあるのか槌を手放さない。
「正直、こうなったら素手で応戦されたほうが怖いんですけどね」
接近し過ぎれば剣も使いづらくなるものだが、槌よりはましだ。
それに、こういう時の剣の使い方も心得ている。
まずは手始めに足。
最接近しているときは両者足元はよく見えない。牛頭の大きな体では防ぎにくいはずだ。
牛頭は一瞬嫌そうな顔をするが、動きに支障はないっぽい。
私を引き剥がそうと槌を強引に横にぶん回す。
だが、私にあたる予定の部分はその内側の部分、つまり力がほとんど乗っていない部分だ。
その程度なら力を流す必要もない。私は剣を振るのに足りない横の距離を縦方向の距離を使い補いながら剣を振り切り牛頭の槌を吹き飛ばした。
弾かれた牛頭の体が開ける。
その姿はどうぞ調理してくださいと言っているようなものだ。
私は人体の急所の固まっている体の中央を股下から頭まで切り上げた。
そして念のために返しで首を横一閃だ。
それで牛頭の体力は尽きたのだろう。倒れて動かなくなった後アイテムを残して消え去った。
「終わりましたよ」
「メーフラ様、やっぱり素敵……」
「………見事だ」
私はみんなの方に戻る。
そこではダームさんとドゲザさんが教官を説教していた。
「あのな教官、ここはレイドダンジョンなんだよ。そこらへんにいるMOBだからって1人でやれるわけねえだろうが!」
「だ、だが今しがた彼女が一人であの見事なマッソーを倒したばかりではないか」
「メーフラさん、アスタリスクさん、リリンベルさんの3人を一人と数えてはいけません。これ、僕たちの世界での常識です」
………いや、一人と数えてくださいよ。
そんな常識があったら「二人組作ってくださいね〜」とか指示が出たとき「あ、高嶺さんは一人でも問題ないよね?」とか言われるじゃないですか……
はぁ……
その後、数分の説教の後教官は許してもらえたみたいだ。
以前と変わらない堂々とした歩きを見せてくれる。だが、それを見るエターシャさんの目は厳しい。
「エターシャさん、そんなに睨んでどうかしたのですか?」
「だってなんでもないところで回復させられたんだよ!あの傷は自業自得の戒めとしてそのままにしておきたかったよ!!」
回復役的に無意味な傷を作る人はあんまり回復したくないらしい。
う〜ん………働かざるもの食うべからず?
ちょっと違うかな?
そんなことを思いながら進行が再開した。先頭は変わることなくラストがやってくれている。
ダームさんは後ろからラストに指示を出して道を歩いてもらう。
こんなひらけた場所なのに道案内が必要なんだろうか?方向さえ合っていればちゃんとたどり着けそうだけど……
そう思った私は近くを歩いていたダームさんに聞いてみた。
「え?道案内の必要性? あ〜……このマップ、正規の道から離れすぎると最初の場所にワープさせられるからね。でもそれも後少しで終わるよ。もう少しで次のエリアだ」
ほえ〜そんなギミックがあったんだね。
となると、ダームさんは今日のために正規の道を覚えてきたことになる。
苦労してるんだなと私はダームさんの方を見た。
骨の顔だからか表情は読み取れない。
そこからはひたすら歩く。
たまに魔物が現れる。出てくるのは牛頭だけではなかった。
馬頭ももちろん出たしよくわからない黒い鬼も出た。
それらの魔物は私たちが力を合わせれば苦労する相手ではない。私たちの進行はかなりスムーズなものだった。
第一エリアを抜けたっぽい。
枯れた花畑を魔物を倒しながら歩き続けて結構経ったところで大きな山とその内部にはいれそうな洞窟が現れた。
ラストは迷いなく洞窟の中に入る。
私たちも後を追いかける。
その中は入り口に比べてかなり広大なものだった。
おそらく、108人の同時攻略ができるように設定されたからだろう。
私たちの人数なら横に並んでも歩くことができる。
「なんか静かですね。でも魔物がいないってわけじゃないんですよね?」
「えっと、ここから先はまた別のパターンの敵が出てくるんだったよな?」
「だったはず……ラスト、何かいるかい?」
「ごごに゛ば、い゛な゛い゛。も゛ゔずごじ、ざぎ、い゛る゛」
「ありがとうラスト」
どうやらこのラスト、索敵がうまいらしく敵の場所を的確に教えてくれる。
ラストの言葉通り、洞窟を少し進むと赤い犬が襲いかかってきた。
その赤い犬は群れみたいでラストのガードをかいくぐってこちらまで走ってくる。
「わわっ、ワンちゃんがいっぱい!!ドゲザさんガード!」
「おいエターシャ、逆に守り辛えから手を離しやがれ!」
「ガトくん!」
「了解です!左から落としてください!」
「任せといて!!」
おー、ドゲザさんとエターシャさん、ガトとフセンの2組は連携が取れているようだ。
特に我が弟はすっかりフセンちゃんの信頼を勝ち得ているようにも見える。
これは………目標達成の日は近い?
それに比べて……
「あ。ラストそれはあの教官の方に投げていいよ」
「ふぅん、吾輩のマッソーに魅了されて飛び込んでくるファンがまた一人……」
あっちは連携がとれて。。。る?
ダームさんが教官に処理を押し付けているようにしか見えない。
しかし連携のことについては私たちあんまり人のことは言えないんだよね。
「アスタリスクさん、そちらは?」
「………終わった」
「メーフラ様、こっちに流れてきたやつらには思い知らせておいたぞ」
私たちは特に連携なんてものはなかった。
それぞれが襲いかかってきたやつを自分で処理する。それだけだが守るものがないからその分速い。
私たちの場所だけ処理スピードが違うため戦場の空白地帯ができやすいのだ。
「あ、じゃあ私はガトたちの手助けに」
「………それなら俺は………」
「ドゲザさんたち……スライムさんたちの方へ行ってください」
「………了解した」
「なら私は不本意だがガリガリとムキムキの方へ行くとしよう」
ここまで戦ってきて気づいたことはレイドダンジョンの魔物はステータスは高いがそれ以外に大きく特別なことはないということだ。
スキルも使うがそれは他の場所でも見られるものばっかりだったりする。
そのことに気づいて安心した。
なにせ多少のステータスは立ち回り、技量、その他でカバーできるからね。
私はガトの盾に張り付いている赤い犬を横から切り裂いた。
「そういえばガトくんは盾なのに攻撃誘導とかはしないの?」
「それやると守りきれなくなりますから」
「でも、メーフラちゃんきたよ?」
「あ、それならやりましょうか」
次の瞬間、ガトの方へ他の人を襲っていた奴らも一斉に視線を向けて飛びかかってきた。
ガトの隣の私には一切目もくれず………
「私を無視するとは余裕ですね」
私の可愛い弟に飛びかかる犬どもにさせてなるものかと私は必死になってそれらを処理した。
どうやら、平原では大きいやつが数体、とかだったけど洞窟内には細々としたやつがいっぱい出てくるみたいだね。
戦いが終わった私たちは再びラストの先導の下歩き出した。
襲いくる多くの魔物たち。
途中からガトが集めてそこに戦力を集中させるほうが効率がいいことに気づいてガトがラストのすぐ後ろを歩くようになった。
そんなこんなでダンジョン攻略は進む。
そしてついにーーーーーーーーー
「とりあえず、ここがボス前に設けられたこのダンジョン唯一のセーフティエリアだから、一度ここで休もうか」
両脇に松明が掲げられた巨大な扉。
ダームさん曰くこのダンジョンの終着点と思われる場所にたどり着いた。
前……ということで次は後です。
二つ一緒にすると長くなりそうだったのでな。
微妙に中途半端だから次回は明日くらいに更新するよ。
……と予定てしていたのですが出来が悪すぎたのでもう少し時間をください……
Q、彼岸の入口って、どこかの作品にもあったような?
A、あ、マジで?一応注釈しとくとそれとは関係ありません。ダームさんのラストのキャラストーリーで一回あの世に行く話書きたいなー、何かないかなーって思ってた時に某カードゲームの彼岸を見てたからこういうタイトルになってるだけで……
Q、戦いは数だよ!
A、最近の戦争ではその理屈って当てはまるんだろうか?
Q、このメンバーで苦戦したら一般プレイヤーは勝てるの?
A、ギミックでの苦戦ならあるんじゃないかな?
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