金の星と力の代償
ーーーーーえええええええええええええぇぇぇ!!
その叫び声はその場にいた各々の心のうちには響いていたものの、実際に音になることはなかった。
アスタリスクの告白はそれだけインパクトのあるものだった。
その場で全く心を揺らさなかったのは発した本人だけだ。
そして彼の言葉を聞いて一番初めに動いたのは意外にもフセンだった。
彼女はこの先の展開を予想して自らの姉に飛びかかった。
「な、何をする!これではあの男を殺せんだろうが!!」
「しー!リンねぇちょっと黙ってて!今からがいいところなんだから!」
姉の敬愛するメーフラに手を出そうとする者がいてリンが動かないわけがない。
長年の経験から知っていたフセンは一瞬の隙をついてリンを羽交い締めにして動きを封じる。
フセンとしてはこの先の展開は非常に楽しみなものだった。
(さてさて、創華ちゃんは今回はなんて言って振るのかな?)
フセンはアスタリスクの気持ちは届かないと確信している。
彼女はメーフラの付き合いたい男性のタイプを過去に聞いていた。
それは『自分より強く、誠実で、守ってくれる人間』だ。
これを満たしていない人は例外なく振られてきたし、逆にこの条件を満たしている状態だと女性ですら恋愛対象に見られるのだ。
フセン的には結果は見えていたが、でも、もしかしたらいいところまで行くんじゃないかとも思っていた。
彼女は野暮なことはせずにここで静かに見守るべきだと考えた。
ちなみに、その姉はというと、
(くっ、メーフラ様をこんな男に渡してたまるか!!)
と必死に暴れていた。
その拍子に地面に落とされたヒメカが心配そうに主人を見つめる。
そしてアスタリスクは何も言わないメーフラに不安を抱いていた。
とても不快な思いをさせたのではないか?
そう思い申し訳ない気持ちになり、振られるのではないかと心底怯えていた。
「………」
「どうしようかなぁ……」
思ったよりも長い沈黙の後、メーフラがぽつぽつと話し始めた。
「………」
「いやね、別に意地悪しようって思ってるんじゃなくて、私たちあんまりお互いのこと知らないし……」
「………そうだな。すまん」
「謝んなくたっていいって」
「………わかった」
「………」
「………」
「私ね、自分より強い人に護られたいと思ってるの」
「………」
アスタリスクの気が落ち始めた。
メーフラが求めるのは自分より強い男。
アスタリスクは今しがた負けたばかりであり、その条件から漏れていた。
「………それだと、一生相手が見つかりそうにないな」
それは彼の最後の抵抗だったのかもしれない。
脱力したまま放たれたその言葉には一切の力がない。
「むっ、酷い。……私ね、怖いものがあるの」
「………お前ほどの強さがあって何を恐れる?」
「斬れないもの。剣を使って強さを求めてそれなりまで登った私は、自分の剣で斬れないものが怖い。だってそうでしょ?今まで積み上げてきたものが全部無駄だったって思えてじゃああの努力は?ってなっちゃう」
「………そうだな」
「でね、自分より強い人って斬れないってことでしょ?そんな人と隣にいたらとっても不安になる」
「………なら、どうして」
「でもさ、そんな人が私の剣を認めてくれて、前に立ってくれたら素敵じゃない?私はさ、子供っぽいと笑われるかもしれないけど物語の騎士様っていうのに憧れてるんだ。私を好きに斬れるほどの力を、私を守るために使ってくれるんだよ」
「………意外とロマンチストなんだな」
「ふふっ、乙女はそうでなくっちゃね」
仰向けになりながらメーフラは笑った。
彼女が見るのはいつか叶って欲しい夢。自分だけの騎士様。
メーフラは昔読んだとある絵本を思い出していた。
それはドラゴンにさらわれたお姫様が姫を想う騎士に助けられるという、どこにでもあるようなありふれた話。
悪く言えば凡庸、よく言えば王道の物語。
彼女はそれに憧れた。いつか自分にも、こんな人が来てくれたらなと考えた。
メーフラが自分を高めるようになったのはそれからだった。
いつか現れる騎士様のため、少しでも自分を磨いて魅力的になっておこうとした。
その結果剣にはまってこんなことになってしまったのだが………
「………お前は、真っ直ぐだな。俺とは大違いだ」
「あれ?そうかな?あなたも大概まっすぐじゃない?さっきの告白、私が今までされてきた中で一番気持ちがこもってたよ」
「………いいや、俺はひねくれ者だ。剣の筋に、それがでている。目的のために己を曲げる弱い剣だ」
「私はそうは思わない。あなたの剣は目的地に一番早くたどり着くための剣。ある意味では、誰よりも真っ直ぐな剣、私はそう思う。少なくとも、弱い剣ではない」
「………ありがとう」
「どういたしまして」
穏やかに言葉を交わし合う2人の男女。
その光景はどこか甘酸っぱい、そう思えるようなものであった。
フセンは姉を抑えながらそれを見て、本当にもしかするかもしれないと心躍らせた。
フセンが今まで見てきた限りでは一切の気がないと言わんばかりにバッサリ切り落とすものが多かった。
だが、今回の男を切るのにメーフラはかなり苦戦しているように見えたのだ。
「………なら、最短ルートということで先の答え、聞いてもいいか?」
「えぇ、『結婚を前提に付き合ってください』だったよね?」
「………あぁ」
アスタリスクの心臓は人生でこれ以上ないというほど高鳴っていた。
肉体のリミッターを外して心臓を意図的にフルスロットルした時よりも胸がうるさく音を鳴らす。
彼は『最率』の他に戦闘中、音が鳴らないことから『無音の剣』と呼ばれたこともあった。
彼はそのことを思い出し、そして今の自分の音を聴きその異名は不適切だなと内心でこぼした。
ドクンーーーードクンーーー
メーフラに答えを聞いてから
ドクンーードクン
ほんの数秒
ドク、ドク、ドク、ドク
たったそれだけの時間なのに、いつまでもそのときがこないんじゃないかと思えるくらい長く感じていた。
ドドドドドドドド………
そしてメーフラの口からその言葉が紡がれる。
「う〜ん……結論言うと、首を縦には振れないね」
「………そうか」
「え?」
アスタリスクを切ったはずのメーフラは相手の返答に目を見開き、そして心臓を少し高く鳴らした。
(………今、創華って……わかってる。彼は納得してくれて、そう言っただけだってわかってる。けど、、、びっくりしたなぁ)
現にそれは本人からしたら意識してでた言葉ではなかった。
だが、話し手の考えと聞き手の受け取り方が必ずしも一致するわけではない。
アスタリスクのただ己を納得させるために口に出したその言葉は、
メーフラにとっては本名の方の名前を呼ばれたように感じてしまったのだ。
そして不覚にも少しだけ意識してしまった。
だから、彼女に気の迷いが生まれたのだろうか?
次にはこんなことを言っていた。
「………そもそも、私たちはお互いの本名すら知らないでしょ?好きな食べ物嫌いな食べ物、好きな物語のジャンル、好きな異性のタイプ、何にも知らないんだよ。だからさ、そういうのはもっとお互いを知ってからね」
「………すまない」
「謝らない!」
「………なら、ありがとう?」
「どうして疑問形なのかな?」
「………わからない。でも、少しだけ救われた気がして」
「そう。まぁ、さっきの言葉を聞いてからさ、あなたの気持ちが変わらないっていうなら、」
ピロン
アスタリスクの前に1つのシステムウィンドウが開いた。
そこに記されていたのはメーフラの意思。
ここから先の言葉を簡単に予想ができるようになる文字の羅列だった。
『フレンド申請:メーフラ』
「お友達くらいから始めるのはどうかな?」
倒れ伏している男の想い人は、屈託のない笑顔でそう言い切った。
アスタリスクは震える手をゆっくりと伸ばし、YESの文字を強く押した。
それを見たメーフラはやっぱり、微笑んでいた。
「いつか私より強くなって、迎えに来るのを待ってますよ」
「………やってみせるさ」
「おおおおおおおおおお!!そこの人、大金星だよ!!」
話がひと段落ついたところで姉を押さえつけていたフセンが歓声をあげた。
いいところまで行くとは思っていたがまさかここまで行くとは思っていなかったのだ。
惜しくも異性の付き合いまでは持ち込めなかったが可能性が途絶えていない上に「友人」まで昇格したのだ。
フセンは素直にアスタリスクを称賛した。
対するリンは途中から暴れるのをやめて地面に突っ伏していた。
「う、嘘だ。メーフラ様が、そんな何処の馬の骨ともわからない男なんかに……何故だ?なぜ私ではダメなんだ?」
「あの、失礼ながら姉ちゃんは女性を愛する趣味はなかったと………あっても小さな女子を愛でるくらいですよ??」
「甘いよガトくん!メーフラちゃんはね、君の知らないところでそこに突っ伏している私の姉に向かってムラムラしてたことがあるんだよ!!」
「ほらそこ、聞こえてるよ」
「………メーフラ、お前実はそういう趣味が?」
「ないから、私はいたってノーマルだからね」
あたりには賑やかな笑い声がこだました。
しかしそれも長く続かなかった。
「ごほっ、ごほっ……」
「………メーフラ?大丈夫なのか?」
「ええ、ちょっとむせただけ」
「むせるってメーフラちゃん、ここVR内だから」
「フセンちゃん!……流石に今日はちょっと疲れたから、先に落ちてるね。ガト、フセンちゃんのことちゃんと守るんだよ」
「お、おう!」
先ほどまで普通に話していたメーフラが急に咳き込み始めたのだ。
VR世界であるMOHはかなり現実に似せた作りになっているが、人体の中身、臓器までは精密に再現はしていなかった。
こちらの世界での呼吸などの生理的な現象は全て現実世界でのものなのだ。
つまり先ほどの咳は現実で横たわるメーフラが機械につながれたまま発したもの。
向こうの体に不調が起こっている証拠であった。
それをわかっていたフセンは止めることなくメーフラをログアウトさせた。
主役がいなくなったこの場所は途端に静かになった。
◆
私は自分の寝室で目を覚ましVR装置を頭から外し体を起き上がらせる。
「ごほっ、ごほっ、けほっ」
直後、私の喉に何かつっかえるような感覚があり私は咳き込んだ。
口元を両手で抑えて口の中のものが少しでも拡散しないようにする。
何度か咳を出した後、私は自分の掌を確認した。
私の手は真っ赤に染まっていた。
何で、というのはいう必要はないだろう。
それは空気と触れたことにより少しずつ黒ずんだ色になり始める。
私は枕元にあるティッシュ箱からティッシュを数枚取り出し溜まったそれを拭き取った。
しかしそれだけでは手についた赤いそれは全て拭い去れない。
私はこういう時のために用意しておいたタオルを取り顔を押えた。
これで赤いのが床などに落ちたりすることはない。
白いタオルは赤くなっちゃうけど、それは致し方ない出費だ。
「はぁ、酷い顔……これはみんなには見せられないね」
私はドレッサーのところにある鏡で軽く自分の顔を確認した。
それは年頃の女性とは思えない顔をしていた。
戦いの最中に目や鼻からもこぼれていたのだろう。
もうすでに乾いたそれがパリパリになって顔に張り付いていた。
口元のものは先ほど吐き出したためか湿っている。
「あはは、アスタリスクさん、これを見たら流石に引いてさっきの発言を撤回するかもしれないね………」
小言を言いながら私は自分の脳を休ませるように動かした。
脳は少しでも情報が多いとエネルギーを消耗する。私はその少しでもを惜しんで目を閉じた。
「さて、堅護が戻って来る前に後片付けをしないとね」
私は目を閉じて何も見えない状態のまま部屋を出て洗面所まで向かった。
今日は疲れた。
ちょっと出費になるけど、夕飯は何か頼んだ方が良さそうだ。
これで第2章は大体終わったかな?
前話を投稿したらいつもより多く感想が来てびっくりした。
内容はアスタリスクさんがリンさんに射抜かれるのを危惧したものだったけど………
流石にその展開は空気的にどうなのと思ったから押えてもらったけど……
そういえば、最初の予定では全力戦闘でメーフラが動けなくなったところに漁夫の利に来た奴らからアスタリスクがHP1で守りきるって展開にしようと思ってたんですよね。
………案外悪くないかなと思ったけど解説役としてリンを配置したらそいつら近づけなくなったから没になったけど。
あぁ、メーフラを担いで逃げるアスっちも描きたかったぜ
Q、肉体の限界突破はVR内だとそこまで作用しなさそうな?
A、すまない、ここら辺の設定はこの作品がVRものと決定する前に作ったものなんだ……ということでそういうものだとして無理にでも納得してください。
Q、アスタリスクの原型は白騎士?
A、多分想像されているものとは違うものだと思います。ヒントは名前と決着時のセリフです。
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