番外編4 休日のラスト
読者に募集したところ提案されたGW企画その2です
大型連休、それは蠱惑の調
人は大型連休前になると騒ぎだし、そして連休中の予定を立てて胸を躍らせる。
しかし、実際にその予定はどのくらい達成されているだろうか?
もし仮に10連休あってその中で部屋の大掃除をするという予定を立てていた場合、それは果たして本当に果たされる予定なのだろうか?
実際はベッドの上で携帯を触ったりしながらぐーたらしていたら連休が後三日になっている、そんなことはないだろうか?
もう少しでいつもの日常に戻るということを思って憂鬱になったりしていないだろうか?
人は、大型連休の前には浮足立つが終ったあとはこういうだろう。
あぁ、あれをしておけばよかった。
―----これは、そんな大型連休の過ごし方を強要された男の話。
「ねえダーム、明日は朝から夜まで一緒にいてくれるんだよね?」
ラストはそう言いながらダームスタチスーーー通称ダーム――――を期待したような目で見た。
質問の体で聞いているように聞こえるがダームにはその言葉はどちらかというと脅迫じみたものに感じられた。
「え゛? なんで?」
「だってエターシャって人が言ってたよ。明日から大型連休だからずっとこっちにいられるって」
「くっ、あの人は余計なことを……」
ダームはその場にはいないもののことを全力で恨んだ。
確かにその日は平日ではあったが明日から五月にある大型連休に入るという時期であるのも確かであった。
ダームとしては連休中にいろいろ溜まっていた家のことをやったり、余った時間で観光にでも行こうかな、里帰りもいいなと考えていた。
しかし、ラストのこの発言でその予定にひびが入る。
もう一押しで崩れてしまいそうだった。
ダームは目の前にいる少女に目を落とす。
ラストは天使のような見た目をしている。そしてかなりの美少女だ。
そしてダームは今は骨の体であるが現実世界ではれっきとした男だ。
現在、伴侶となるものどころか彼女もいない男のダームは美少女の期待したような目を簡単には裏切れない。
しかし、彼にも立てていた予定があることもまた事実。
ダームは何とかラストを納得させられないかその頭脳を発揮させんと口を動かし始めた。
「聞いてくれラスト。確かに明日から連休であってこっちに来れるには来れるだろう。でもね、僕にも僕の予定というものがあるんだ」
「ふーん、予定って何?」
「うん、僕の家は今大変なことになっていてね。それを何とかしたいんだ」
ダームは戦いにおいては別ではあるが基本的には嘘をつかない人間だ。
それは彼が嘘を嫌いとする気質なのもあるが、彼の経験上、嘘はそれで得られるメリットよりバレたときのデメリットのほうが大きいことが多いからだ。
この場合、テキトーに嘘をついて切り抜けても大したリスクはないだろう。
なにせラストはゲーム内のNPCだ。
そこにいるように見えるが、実際ラスト・アインリーンという生き物は存在しない。
例え嘘がばれたとして、相手をNPCと割り切ってしまえば何のリスクもない。
しかしそれでもダームは嘘をつきたくなかった。しかし、嘘は言わなくても相手の認識を違うところに送ることはできる。
後でばれてもこれなら「嘘は言っていない」と胸を張って言えると思いダームはそのセリフを悲壮感を出しながら口にした。
しかしラストにはそんなものは通用しなかった。
「じゃあ、お休みの間ダームは会いに来てくれないの?」
ラストの瞳を潤ませての上目遣い攻撃
「ゔっ……いや、会いに来るよ。でも連休だからっていつもよりいっぱいはいられないって言いたかっただけで」
「でも、大変なんだよね? 大丈夫、私、我慢するから。ダームに迷惑はかけられないから………だからダームは私のことを気にせず問題を解決してきて……」
「う、、、い、いや。ちょっとだけ、そう、ちょっとだけならこっちにいる時間増えそうかな~?」
「ホント!!?」
ダームには効果が抜群だった。4倍弱点だ。
ダームは妥協した。多少の予定を完遂できなくてもいいやと考えて行動することにした。
(あー、これは旅行には行けないかもしれないな。まっ、その場合金銭的にかなり余裕ができるからそれはそれでいいのか?)
ダームはラストのことを悲しませた自分への戒めとして明日は朝からログインしようと思った。
そして翌日、ダームは予定通り朝っぱらからのログインを果たす。
ゲーム内的にもこの時間は明るく、アンデッド的にはうれしくないんだろうなと思いながらラストを呼び出した。
ダームのラストは従魔というわけではないため常に外に出ている必要はない。
システム的にはラストはダームの配下という設定になっているため、【闇の帳】という作成した配下を呼び出す穴を作るスキルで呼び出したり引っ込めたりすることができる。
ちなみに、この【闇の帳】で呼び出せる配下の量には制限があって強いものを呼び出すほど、同時に呼び出せる量は少なくなる。
ラストはある意味規格外な能力をしているため今のダームではラスト一人を呼び出せばあとは下級のグール程度しか呼び出せない。
今現在、彼にとってこのスキルを筆頭とした【アンデッド作成】系のスキルは半分死にスキルになっていた。
「お待たせ、今日は早く来てくれて嬉しい!」
「うん、予定を前倒しにしてね。それで今日は何をしようかな?」
「あ、じゃあさ、デートしよう! デート!!」
「デートねぇ……どっかに行こうってことでいいかな?」
「そそ、どう? 確かこの街の南側、私たちの出会った地下墓地とかどう? それかもっと南、つり橋があるよ」
「つり橋って見て楽しいの?」
「一緒にわたるときっと楽しいよ?」
「いや、多分だけどラストつり橋効果とかいうやつ狙ってるよね?」
「そんなことないと思うなー」
「じゃあ地下墓地行こうか。正直あそこに行く意味はもうないけど……」
「うん!」
ダームはインベントリから馬車を取り出した。
当然のごとく馬はついていない。
ダームは馬車の御者台に腰掛ける。そしてラストは本来馬をつなぐ器具を自分の体に巻き付けてにっこりと笑顔を見せる。
正直、見る人が見ればこの小さな女の子に馬車を引かせる骸骨顔という一幕は虐待しているようにしか見えないのだが、馬車を引く当人は幸せそうだ。
だが、いくら当人が幸せでもそれを看過できないものがいる。
それも、馬車は街の門を出てすぐのところで取り出したのでかなりの人がそれを見ていた。
中途半端に正義感に溢れる若者プレイヤーがダームの行動を看過できないと突っかかってくる。
「ちょっとそこの君、そんな幼気な少女にそんなに重い馬車を引かせるなんて鬼か何かか!」
「鬼は君のほうだろう? そして、君には関係ないことだ」
ダームの対応は冷めたものだった。
なにせラストに馬車を引かせているとこんなことは日常茶飯事。
いちいち全力で相手するのが面倒になってきていたころだったからだ。ダームは突っかかってきたオーガのプレイヤーにため息交じりに返す。
しかしその態度がその鬼のプレイヤーの琴線に触れる。
「関係ないだって!? いや、この場を見てしまった俺には彼女を助ける義務がある!」
「よく考えろよ。この世界はゲームで、そこの子はNPCだ。その意味が分かるか?」
「この世界は確かに作り物かもしれない。だが、そこにいる命は本物だ! 彼らにはちゃんとした意思がある!!」
「なら、その意思とやらを確認してみれば? ラスト、君が僕の乗る馬車を引くことに不満を抱いている人がいるみたいなんだ」
「ん? またぁ? あのね、私は好きでやっているの! 関係ない人は黙ってて!!」
「そうか、その男に無理やり言わされているんだね? 今助けてあげるから待っててね」
「はぁ……君のほうがNPCの意思とやつを無視しているじゃないか……君は自分の信じるいいことをして自己満足に走るだけだね」
「ねぇダームぅ、早く行きたいからこの人、私がやっていい? ダームがやると時間がかかるでしょ? 『ミた』感じ、私だけでも余裕だからね」
「ん、ならいいよ。僕たちプレイヤーは死んでもそこの街の中で生き返るから容赦も必要ない」
「ありがと、じゃあ、やるね」
ラストが自分にまきついているものを一度取り払い鬼の男に向かって歩き始める。
鬼の男はそれすらも面白くないといった風にダームをにらみつける。
曰く、「お前は自分で戦わずに見ているだけか、まだこの子に働かせるのか」といったところだろう。
男の怒りが少しずつ蓄積されていく。
だが、ダームからすればそれは「いらない正義感」だ。
彼はたとえ道具のように扱われていても、本人がそう望んでいるならそれは幸せなことを身をもって知っている。
だからこそ、彼はラストのしたいように馬車を引かせているのだ。
彼とて、一度は馬を購入しようかと悩んでいた時期があるのだ。しかしそれはラスト本人に止められたので今のスタイルを貫いているに過ぎない。
ラストは男とダームのちょうど間に入るように動いた。
万が一にもダームのほうに攻撃が届かないように、その身を挺して戦うつもりなのだ。
ラストは首に巻かれてる眼球でできた首飾りを軽くなでる。
かつてはただのなすりつけられた罪の証だったそれは、今は彼女の最大の武器であり、防具である。
ラストがそれに触ったことで男が初めてその首飾りの存在に気づいて顔を引きつらせる。
そしてそこで初めて思い至る「もしかしてあれはただの少女ではない」という可能性。だが、もう遅かった。
ラストは想い人とのデートの出発を言いがかりで遅らせた男を許さなかった。
「一気に行くよ。【二つ目:沼】」
「な、なんだこれ!?」
ラストの首飾りから眼球が二つ消える。そしてその代わりといわんばかりに鬼の足元に赤い沼のようなものが現れる。
それは二つの沼が二本の足をそれぞれからめとるような配置だった。
現れた沼は赤く、そしてドロドロとした性質で男の足を止める。
「【五つ目:誅殺】」
動揺してできた隙を見逃してあげるほどラストは甘い女ではなかった。いや、むしろ獲物が目の前で無防備な姿をさらしてくれたので嬉々として狩りに行くくらいには残虐な女だった。
ラストの首飾りから眼球が五つ消失する。
そして今度はラストの周りに失われたと思われた眼球が浮遊していた。
それは次の瞬間に赤い飛沫になるとそれらがラストの頭上で一つに固まり一振りの槍を形成する。
鬼の男はこれから何が起こるのかすぐに理解して足を沼から強引に引っこ抜いて己の武器である鋼鉄の槌を構えた。
だが、「【六つ目:訃】、終わりだよ」とラストのかわいい声が響くと6つの眼球と引き換えに男の動きが1秒間、完全に止まった。
【六つ目:訃】の瞬間に【五つ目:誅殺】で作り出された槍は射出されており、男が動けるようになった時にはもう手遅れになっていた。
男の体に深々と赤い槍が突き刺さる。
だが、オーガは物理面ではかなりの強靭さを誇る。
槍が一本突き刺さった程度では絶命はしなかった。だが、それを見越していたラストはもうすでに飛んでいる。
背中の翼はためかせ、【一つ目:器】にて生み出した真っ赤な大鎌を振り子のように振りかぶっていた。
【一つ目:器】による武器は消費している「目」の数に比例して威力が高くなる。
消費した「目」は15秒で回復する。
ここまでラストが使った「目」は初めに相手の能力を見通した3、相手の動きを鈍らせた2、相手を突き刺した5、相手の動きを完全に止めた6、そして器を作り出した1だ。
このうち戦闘開始前に使った3はもうすでに回復しているが、次の2が回復するまでにはまだ3秒はかかる。
つまり次に男を切り裂くだろうラストの一撃は「目」の消費量14の状態で放たれることになる。
全体で21しかないので全開の66%の威力が出ている計算になる。
男は飛んでくるラストを見ながら小さくこぼした。
「死の……天使……」
ラストの一撃は振り子のように振り回され、そして雑に男の体を横にぶった切った。
ラストにはスキル【馬鹿力】が備わっているためその威力は折り紙付きだ。
息もつかせぬ連続攻撃はいかにオーガといえど耐えるのに易くない。ラストの鎌が数回左右したところで男のHPが全損する。
それを見て満足したラストは嗤う
「さっ、デートに行こっか」
鬼の男は最後まで間違えていた。
ラストは死の天使ではなく、死者の天使。その屈託のない笑みは同じく死者であるダームにささげられた。
そして地下墓地
「思ったんだけど何が楽しくてここに来たんだっけ?」
「うー、ダームがここがいいって言ったんだよ」
「あ、思い出した。僕に選択肢がなかったんだ。ねぇラスト」
「なあに?」
「明日は一緒に街をあるかない?」
「うん!!」
地下墓地で襲い掛かってくるタイプの死者には死者の天使の笑みは向けられなかった。
またまた次の日、ダームはやはり朝早くからログインを果たす。
前日のログアウトの際、ゲーム内と現実の時間の流れが違うことに気づいてしまって自分の言う明日がラストの明日ではないことに気が付いたからだ。
彼はせめてもの償いとしてできるだけ早くログインしてあげることにした。
ちなみに、家のことはほっぽりだした。
「また明日やればいいや」と開き直ったのだ。
「ラストー出ておいでー」
「やだ!」
「えー、そんなこと言うなよー」
ダームはログインするや否や【闇の帳】でラストを呼び出そうとしたが、ラストは半分だけ体を出してそれ以上出てくる気配はない。
かなり不貞腐れているみたいだった。
ダームは何とか機嫌を直してくれないかと考える。
「ダームがデートの約束したのに呼んでくれないのが悪いんだもん!」
「ごめんって、忘れてたんだよ」
ダームのこの発言は時間差があることを忘れていたというものだったが、ラストにはデートの約束を忘れていたという風にしか聞こえない。
「私とのデートはダームにとってその程度のものだったってことでしょ!!?」
「そういうわけじゃ……あ、そうだラスト、ほら、プレゼントがあるから出ておいでー」
「ふん! 私がそんなものにつられるような安い女に見える!?」
「うん、出てきながら言っても説得力ないからね?」
「うっ、それで、プレゼントは?」
ダームの物で釣る作戦は簡単に成功した。とっさの作戦だったので実際に何か用意してきたわけではないが、ダームの手持ちのアイテムは割と充実している。
何とかなるだろうとアイテムを確認してその中からラストが喜びそうなものを選ぶ。
一番喜びそうな指輪はなかった。
ラストは宝石はそこまで喜ばない。
薬品をあげても喜ばないだろう。
そう考えた後ダームはなぜか入っていたケープをプレゼントした。
ラストは嬉しそうに受け取ってすぐに身に着けて「似合う似合うー?」とほほ笑みかける。
ダームは小さく「似合うよ」と返して街へ向かう。
ラストは馬車を引く際、もらったばかりのものを汚せないとケープは一度ダームに預けて馬車を引く。
ダームとラストは魔族の街の中でケイオールの次の次に大きな街に到着する。
ラストはケープを再び受け取りそれを肩にかける。彼女は満ち足りていた。
二人は手をつないで街中を見て回った。
主にラストがあれが見たい、これが見たいといってダームを連れまわす。
ダームはラストの過去を知っていてる。だから存分に好きなことをさせてあげる。
それは幸せな時間だった。
だが、それもダームがログアウトするまでの時間。
彼が「もうそろそろ帰らないといけない」というとラストは少し寂しそうな顔を一瞬見せた後それを悟られないように無理に笑顔を作って「また来てね」と言う。
ダームがその本心に気づかないわけがない。
彼は人の感情の機微には敏感だった。たとえそれが本当の生命ではないNPC、ただの電子データであろうとも、人の様相を呈しているならダームに読み取れないわけがなかった。
(確か、NPCにも意思があるだったっけか? あれ? 誰の言葉だ?)
ダームは現実の時間で夜遅くまでラストと一緒に遊んで、そしてログアウトした。
現実世界に戻った彼は冷蔵庫の中からすぐに食べられるものを食べてすっかり夜風にあたって冷たくなってしまった洗濯物を取り込んでシャワーを浴びる。
その後、寝る支度をしてすぐに眠った。
そして、また朝がやってくる。
彼はラストをあんまり待たせないように、あまり悲しませないようにと素早く朝やるべきことを済ませてVRマシンのほうへ向かう。
MOHにログインしてすぐにラストを呼び出す。
彼女は思ったよりも早い呼びだしに笑顔で応える。
彼は楽しそうなラストを見て安心した。そして、この笑顔を損なわせることがあってはいけないなと自分に言い聞かせた。
こうして、彼の大型連休はほぼすべてラストに捧げられた。
明日はもう平日、いつもの日常に戻らないといけない。
彼はそのことに憂鬱になりながら夕飯を食べる。そして気づく。
「あ、やろうとしていた部屋掃除……結局やってないや」
休日前に立てた休日の予定が、まるっきりその通りに行くことは案外珍しいことなのかもしれない。
彼は乱雑に積まれた本を見ながら休みの終わりにそう呟いた。
そろそろGWも終わりますね。
みなさんは存分に楽しめましたか?
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