弓神の弱点
ジャングルを歩いていた俺たちは1つの大穴を見つけた。
上からのぞいても底は見えない。
多分、木々に遮られて光が十分に入っていないのだろう。
それかこの大穴がかなり深くまで続いているかだな。
さて、なぜいきなりこんなどうでも良さそうな穴ぼこのことに触れたかというとこの穴がどうでもいいものではないからだ。
ライスのやつはそれをただの穴だとしか思っていない。
テルは何にでも興味を示すからいつも通りだ。
俺は特に理由もなくこういうものに意識を向けたりはしないのだが、今回はこの穴に集中していた。
「………メーフラは多分この中にいる」
「おっ、アスっちのメーフラサーチャーが反応したってことだね」
「ってことはなにか?俺たちもそこにかけてあるロープをつたって降りていくか?」
「………いや、待とう。ロープを下ろしてから降りたということはここから出てくるつもりだということだ。中で入れ違いになる可能性もあるから出てくるまで待った方が確実だ」
「へいへい了解。ってかアスっち迷いなくここにきたけど何?これが職人の勘ってやつかな?」
「いやいや、こいつ職人は職人でも菓子職人じゃねえか。これはどっちかでいうと漁師的な俺の方が勘が冴えるはずだから……単純にこいつの愛がやばいだけだよ」
「…………愛?」
「あれ?違うのか?」
「………わからん」
「そっか。そろそろ気づけよ」
「………頑張る」
ライスのやつの言葉を反芻しながら俺は待つ。
穴に変化はない。
「そういえば2人は仕事は大丈夫なのか?俺っち教職だからこの時期割と暇だけど、2人はそうじゃないんだよね」
「あぁ?最近海が荒れてんだよ!それにまだ俺が出るべき時ではない」
「………休暇はとってある」
「そっか」
雑談をしながら俺は待つ。
穴に変化はない。
多少手持ち無沙汰になった俺たちが特に何をするでもなくただただだべりながら穴の前で待っていると突然、視線を感じた。
この感じ、あっちの世界で幾度となくあった今から殺しにくるという視線だ。
俺は静かに剣に手をかけていつでも対応できるようにしておいた。
すると直後、俺めがけて1本の矢が飛んでくる。
腰を下ろしていた俺はゆっくりと立ち上がりながら体を傾けて矢を避けた。
すると今度は3本同時に飛んでくる。
狙いは俺の眉間、喉元、心臓だ。
それぞれの矢は狙いたがわず俺の急所を狙う。
俺はため息をつきながら体捌きでそれらを回避した。
それにしても、こちらで襲われるのは久しぶりだな。ライスとテルを示すアイコンが赤くなったあたりから俺たちを襲うやつはほとんどいなくなってきていたが、まだいたのか。
俺と同じ感想を2人も抱いたのだろう。
次々と飛んでくる矢を回避しながらもライスの顔は笑っている。
「ははっ、こっちの世界にも容赦ねえ攻撃する奴あいるもんだなぁ」
「だねぇ、………ってかこの攻撃、どこかで見覚えがあるような?」
初めは俺だけに飛んできていた矢だったが気付けば2人もその脅威にさらされている。
しかしライスはそれを槍で叩き落とし、テルは巨大な斧を地面に突き立て壁として防御をしていた。
俺がそれを見ている間にも攻撃は続く。
今度は体の中央を狙うたった一本の矢だ。
ど真ん中だから剣で叩き落とすのが一番効率が良く防御できそうだがーーーーーーーーーー何か嫌な予感がする。
まっすぐ飛来するそれを認識した俺は少し大きめに横に飛んで避ける。
俺の体の中央を狙っていたその矢が俺の右隣を通過する。
だがそれは不思議なことに膝あたりの高さを通過していた。
「………確定だ」
俺は飛んできた矢とは別に地面に垂直に突き刺さっている矢を見ながら呟いた。
「くはっ、流石にあんなことできる奴、あいつしかいねえよなぁ」
「まさか、こっちにきてたなんてね」
2人も今ので気づいたみたいだ。
俺たち3人は矢が飛んできている方向に視線を送った。
この先にいるのは弓神と呼ばれた女、凛だろう。
俺たちはそのことを確信していた。
先の攻撃、なぜ体の中央に向けて飛んでいた矢が急に落ちたのか。
それは時間差で上空に向けて放った矢がまっすぐ飛ぶ矢の鏃を叩いて無理矢理軌道を変更させただけに過ぎない。
言うのは簡単だが、それができる人間は俺たちが知りうる限りこの世界に1人しかいない。
そもそもこの木の枝の屋根の隙間を縫って矢を落とすなんて真似自体普通の人間にはできない。
ましてや後発の矢にぶち当てるなど……
それができるのはーーーーーーーー弓道の世界一位の人間?
あれはそんな可愛らしいものではない。
あれはまさしく弓の世界の神。
よって先ほどの神業とも呼べる技を当然のように使ってくる。
神業は文字通り神の使う技なのだからあれが使わない道理がないのだ。
「………弓神、何しにきた?」
「………」
ヒュン
視線の後方から飛来した矢を体をずらして回避する。
弓神はいつの間に立ち位置を変えたのか今はそちらにいるらしく後方から大量の矢が降り注いだ。
そちらからの攻撃に対応すれば、今度は横合いから射られた。
なんとか対応はできているが、弓神はいつ移動しているのだろうか?
何かが動いているという感じはしない。
もしかしてやつは瞬間移動でも習得したのだろうか?
それだったら納得がいくのだが………
果たして
俺は小さくライスの方に視線を送る。
あいつは分析能力が俺たちの中でも一番高い。
きっともう答えを出しているだろう。
やつは俺の期待を裏切らずこの現象の答えを教えてくれた。
「ふむ、これは弓神のやつゲームシステムを味方につけているらしい。多分これは影だな」
「………影?」
「影をつたって音もなく移動してるんじゃないか?」
「で、今は木々たちのせいで相手の足場はいっぱいってことかな?」
「ってことだな。テル、俺たちの周りだけでいい、木々を全て粉砕してくれ。5秒待つ」
「ピエロ遣いが荒いなぁ……」
テルが地面に突き刺していた斧の柄を両手で持ち地面から引き抜くとその勢いを利用し全力でフルスイングした。
やつは俺たちの中で一撃の威力が一番高い。
テルの斧に壊せないものはない。
……っと、思っていたのだが
「あれぇ?」
「破壊不能オブジェクト………チッ、あいつの足場はゲーム的に守られてるってことかよ」
弓神はこの世界の法則を完全に味方につけているな。
これでは俺たちには手出しはできずに向こうからは好き放題ってことか?
いや、どこかに突破方法があるはずだ。
確かライスがこの世界に来てから3日目くらいに言っていたセリフがある。
確かあいつは「どんなに強くとも倒されることを想定されていない敵は基本的にいない。理不尽な能力持ちでも弱点は絶対にある」と言っていた。
それならばこの弓神にも弱点はあるはずだ。
「………ライス、敵の弱点はわかるか?」
「残念ながら、今のところ強い光を受けるとステータスが大幅に落ちる影系の魔物ってことくらいしかわかってねえよ」
「ま、俺っちたちはそれすらもわかんなかったけどな」
俺たちはどう対抗するか考えながら次々と飛び交う矢を避け続ける。
一応だが戦っている最中にいつ敵の立ち位置が変わるのかが分かってきている。
どうやら弓神は俺たちに見つからずに移動はできるらしいが一瞬で移動しているわけではないらしい。
確かライスは影を伝って移動していると言っていたな。
弓神は時間差攻撃で誤魔化してはいるが移動の際にはどうしても攻撃密度が薄くなる。
「おいアスタリスク!! お前の出番だ!情報はそれなりに出てんだから作戦をくれ!」
ライスは槍の切っ先を鏃の先端に当てるという神業を披露しながら俺の指示を仰ぐ。
別に俺はこのパーティの指揮官というわけではないが、俺があいつの観察眼をあてにしたように向こうも俺の立てる作戦をあてにしているのだろう。
「………取れる手は2つだ」
「おっ、あんのか。まだ何もねえのかと思ってたわ」
「さすがアスっち!冴えてるぅ!」
まだ何も言っていないのに冴えていると言われても、、、困る。
「それで?その作戦とやらは?」
「………まず、一番早いのは弓神を倒すことだ」
「アスっち、それって作戦なの?」
「………ああ、詳しい方法は後で話す。そして2つ目、こっちは逆に倒さないことだ」
「kwsk頼む」
「………まず第1案。相手の移動のタイミングに合わせて俺たちが三方向に散り一番近くのやつが直接攻撃を仕掛ける。これは早いがそこまでうまくいくとも思えない。向こうは弓神だ。おそらく逃げられるだろう」
「それもそうだな。向こうもこっちの移動を見てから動けるんだからそれがハマる確率は低いだろう」
「それで2つ目は?」
「………第2案は特に何もせずにここで待っていることだ。俺たちの目的はメーフラであって弓神ではない。あれを無理に倒す必要はないしこちらが無理をしない限りこの攻撃はさばき続けられる」
「でもそれ、つかれない?」
「………だがこれが一番確実で効率がいい。お前たちも苦労しているだろうがこの世界の武器は有限だ。特に向こうは矢という消耗品を使っている。もうかなりの本数使っているんだ。そのうち攻撃は止むだろう」
「あー、まだこっちには無限の矢的なのは見つかってないしな。それでもいいかもしれねえな」
「………さて、どうする?」
「第2案かな?」
「そうするか。ところで、攻撃されている最中に今回のターゲットが出たらどうする?」
「………あいつなら話せば待ってくれるさ」
「倒しにきた敵を待ってくれるかねぇ?」
ということで俺たちは弓神のことは極力相手にしないことにした。
所詮、四方八方から矢が飛んでくるだけだ。
3人が固まって防御に専念していればもらうことはない。
それに、俺たちが今いるのは曲がりなりにも木々の中だ。
弓神にはほとんど関係ないとはいえ周りの木は盾にもなる。
アイテム欄は36枠。
1つの欄に仮に100本の矢が入るとして、弓神は1秒に少なくとも2本は消費する。
多い時は6本は使う。
それを踏まえて計算すれば長くても30分程度で矢は在庫切れになるのではないだろうか?
もし仮にアイテム欄1つに999本の矢が入るようだとするとその10倍の時間がかかるから気の長い作業になるだろうが………
「………ライス、矢は1枠に何本はいるんだ?」
「確か64本じゃなかったか?だが弓使いはスキルによって矢の消費速度が減っているだろうからもっとあるだろうな」
「………そうか」
5時間も耐えなければならないわけではないのか。
もしそうだとしたら別の案を施行する必要があった。
流石に俺たちはそこまで構っているほど暇ではないのだ。
ライスの言葉を聞いた俺は少しだけ安心して矢の回避に努めた。
次々と容赦なく飛来する矢の数々。
本来、弓矢とは一度放たれれば後はまっすぐ飛ぶだけの武器だというのに弓神の矢はその常識にとらわれない。
わざと障害物にかすらせたりしておかしな軌道を描くことなんかザラだ。
単純な作業ではあるが気をぬくことはできない。
こうして俺たちは穴の前で待つだけだという暇な時間を潰す手段を得た。
俺たちの戦いは長きにわたって続いていたが、それをぶち壊すものが現れる。
「はぁっ、ロープってよじ登るの地味にきついな。ってうわっ矢が頭の上かすめてったんだけど?!」
俺たちの近くにあった大穴からそいつが頭を出したのだ。
俺はとっさにそいつの顔を見る………が、メーフラではなかった。
なんだ。ハズレか。
俺はそう思い回避行動に戻ろうとしたのだが、突然、弓神の攻撃が緩やかになった。
先ほどまでは周りへの被害御構いなしの攻撃だったのだが、明らかに頭を出した男に当たらないような攻撃になっているのだ。
男は頭だけ出した状態で止まっていたかと思うと一度下を向き困ったような顔を浮かべた。
そして少ししておっかなびっくりといった様子で盾を取り出し矢が飛んでくる方向に構えながら穴から体を出した。
やはり男に矢は飛んでいかない。
弓神が関係のないやつには攻撃しないようにしている?
いや、奴は街から出てくるやつ全員に分け隔てなく矢の雨を降らしていた人間だ。
たとえこの戦いに一般人が紛れ込んでいたとしても関係なしにぶっ放すだろう。
と、考えるとこいつは弓神にとって特別な人間なのか?
そうやって俺は少しだけ不思議に思っていたがその答えは割りとすぐに穴から現れた。
「よいしょっと、やっと陽の光にありつけ………ませんね。木々の影が微妙に邪魔です」
「くぅ〜ん」
穴から神が顔を出した。
なるほど、あれはメーフラの知人か。
弓神はメーフラにえらく執心している。その仲間に攻撃して印象を悪くしたくなかった、そんなところだろう。
穴からメーフラが顔を出した瞬間、先ほどまで雨あられと降り注いでいた矢の攻撃はピタリと止まり弓神が姿を現した。
やつは俺たちに目もくれずメーフラの前に現れ一言
「き、奇遇だなメーフラ様」
と言った。
メーフラはニッコリと微笑みと言葉を返す。
「リンさんじゃないですか。どうしたのですか?先ほど弟が矢の雨が降ってると言っていましたが……」
弟?あの男はメーフラの弟なのか?
あいつには弟がいたのだな。俺は先ほど穴から出てきて穴から出てくる3人目の女に手を貸している男を見る。
似て……なくもない?
いや、似ていないな。
メーフラとは似ても似つかない強さしかない。
「それはメーフラ様を待ち伏せしようなんて考えている不届きものがいたのでな。排除しようと思ったのだ」
「あ、そうなんですね。………っておや?あなたは……」
メーフラが俺の方を見て少しだけ目を細めた。
そのまっすぐな視線を受けた俺の鼓動が少しだけ早くなる。
これから起こる戦いに備えているのか?
どうでもいい
「………俺のこと、わかるか?」
俺は短く問いかけた。
こっちの世界で会うのは初めてだ。俺が誰だかわからないかもしれない。
そう思ったからだ。
「ええ、あなた、『最率』のアスタリスクさん、ですよね?」
「………ああ」
「やっぱりそうなんですね」
どうやらわかってくれたか。というか、俺のことを覚えていてくれているのか。
少しだけ、嬉しいな。
「………メーフラ」
「はい」
「………俺がここにきた理由は1つだ」
「はい」
「………俺と、勝負してくれるか?」
「はい、喜んで」
頼み込むように言っているが今までメーフラがこの申し出を断ったことはない。
彼女は剣を取り出す。
今から戦いが始まるのだ、、、、、が
「ちょっと待ってくれ。その戦い、俺たちも混ぜてくれるんだろうな?」
「俺っちたち、ここまできて楽しめないんじゃプンプンだよ」
「………メーフラ、こいつらもいるが、大丈夫か?」
神級が3人、普通なら勝ち目のない戦いだが、目の前のこいつなら大丈夫だろうと思い聞いてみた。
俺を魅せたあの剣なら、きっと問題にならないだろう。
俺はそう確信していた。
そもそも、こいつらはあれをもう一度見るために連れてきたのだ。
一緒に戦ってほしい。
「ええ、どんな強大な敵でも立ち向かえ、ってことですよね?私、負けませんよ?なにせ、ボスですからね」
「………そうか、ありがとう」
「ひゅー、そうこなくっちゃな。アスタリスクが盲信する神の力、一度体験してみたかったんだよ!」
「本当、ログイン時間の関係上今まで戦えなかったからね」
2人もどうやらやる気みたいだ。
今からいつ戦いが始まってもおかしくはない。そんな空気が作られた。
しかしその空気は一度ぶち壊される。
「あ、ごめんなさい。少し待ってもらえますか?」
「………わかった」
「ありがとうございます。ヒメカ、ちょっと危ないので避難しててくださいね。リンさん、お願いできますか?」
「む、わかった。メーフラ様のペットは私がお守りしよう」
「ありがとうございます」
…………そういえば、どうしてメーフラはクマなんか連れているのだろう?
メーフラから凛に預けられたクマはメーフラのことを応援するように手を振っていた。
遅れてすみません。
それとは関係ないのですがこれから気が向いたときにこの作品の活動報告………と言う名の小話を入れていくかも?
Q、星龍さん、復活した時記憶はどうなるの?
A、当然リセット
Q、MOH内のバランスやら違和感についての諸々のコメント
A、結論言うと作者があんまりバランス取る気ないので気にしすぎるのは良くないですよ。そこらへんの話はまた今度気が向いたときにでもするかも?
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