化け物の巣窟
過去最長
あれから2週間ほど経過した。
堅護や創華たちの期末テストも終わりいよいよ夏休みが、そしてMOH第1回目のイベントが近づいてきていた。
そんな状況ではあるが堅護は今日もガトとして『THE・刺客』の世界にて戦い続けているのであった。
ここ2週間、彼はMOHで最低限のレベル上げを済ませてからはずっとこちらでPSの向上を図っている。
そしてこの世界で戦い続けて彼が感じたことはこの世界の人間はどこかおかしいということだった。
もちろんそれは強さの面での話だ。
堅護はMOHではβテスターでありその上β版随一のタンク役として活躍していた。
そのため自分のPSにそれなりに自信を持っていたし、どんな相手だろうと少しの間なら時間稼ぎぐらいはできるだろうという確証もあった。
事実、一般的なMOHプレイヤー相手ならそれなりに優位に戦えたはずだ。
だが、この世界ではそんな彼の技なんて児戯も同然のごとくあしらわれ続けていた。
この2週間の堅護の戦績は2キル108デスだ。
彼に自信というものはもはや残っていなかった。
そして今、そのデス数が109へと変わった。
堅護はもはや見慣れた街の広場で大きく深呼吸をした。
「え〜っと、さっき死んだのがここだから……おっ!! 今日は2キロも進むことができたのか」
彼はフセンから手渡された一つの地図 (名は復讐者の地図といい自分の最後に死んだ場所を赤点で示してくれる)にて自分の死亡位置を確認して進歩を確認する。
これが2週間前ならあの手この手で進もうとしても500メートルも進めなかった。
それが今や2キロも進めるようになったのだ。大きな進歩であるだろう。
堅護は自分の進歩を確認しながら顔を上げる 。
まだ隣街まで4分の1程度しか進めていない。あと半分もイベントまで時間が残っていないから必死にやらないと目標は達成できないように思えた。
「はぁ、フセンさんは一体どうやって一人で街と街の間を歩いているんだろうな」
いつもよりどこか賑やかな広場を見ながら堅護はそう呟く。
栞は一応街と街の間を一人で行き来できるタイプの人間だ。だがそこには堅護が想像しているような超技能は存在しない。
彼女はただただ見つからないように立ち回り見つかっても数々のアイテムを使って巻いているだけだった。
その為モグラこと必殺大地人みたいな発見=戦闘開始+戦闘終了みたいな人種相手にやられることも多々あった。
ちなみに、必殺大地人というのはある意味この世界の名物となっているプレイヤーだ。
彼のプレイヤー名は「ゲリラ濃霧」といい非常に我慢強いプレイヤーである。そして相手が完全に油断している時に一瞬でキルを奪う男でもあった。
そして彼の得意とする戦法が地面に自分が埋まって相手が上を通るのをひたすら待ち続けるモグラ戦法。
それも人通りの多い場所ではなく本当に何もない平原のど真ん中とかに埋まっていたりして予測できないのだ。
しかも彼、そんな効率の悪い狩方をしているためレートはそれほどでもなくランカーを示す地図のサーチには引っかからないのもまたたちが悪い。
油断しているランカーなどを地面から一刺しすることから弱者も強者も上を通ろうとするものを分け隔てなく殺す必殺大地人なんて呼ばれていたりするのだ。
閑話休題
堅護はいつもより騒がしい広場にさらに人が集まってきていることを感じ取った。
「何かイベントでもあるんだろうか?」
今までこんなことがなかったので少し彼は不思議がる。
彼は少しの間集まり続けるプレイヤーたちを見ていたがある時好奇心が抑えきれなくて近くにいたプレイヤーに話しかけることにした。
「あの、すみません。人がいっぱい集まっているみたいなんですけど今から何かあるんですか?」
「ん? あぁこれか? 戦鎚帝が街の外で暴れているからいつも通り討伐隊を組んでてな」
「戦鎚帝?」
「知らねえのか? ってお前さん見ない顔だな。もしかして新規の人?」
「あ、はい。2週間前ほどに始めました」
「そうか。ならお前さんも参加するといい。なんたってこういうことはこの世界で戦う以上頻繁にあることだからな。ところで、お前さん何級?」
なんのことだかわからないが堅護はとりあえず頷きながら話を聞いていた。
そして聞かれる何級かの質問。彼は一瞬なんのことかはわからなかったが以前彼が栞の家に行った時の帰り、無事にMOHを手に入れることができて嬉しそうな凛に言われた言葉を思い出した。
『ああ弟君。君が今日から潜ることになる世界では時たま何級かと聞いてくるものがいる。その意味はTHEシリーズの敵をどこまで倒せるか、という意味なのだがそうだな。君は見たところ騎士級だ。刺客的には下の下だな。覚えておくといい』
堅護はそれを思い出してなるほどこういうことかと少しだけ納得する。
「えっと、騎士級です」
「そうか。なら尚更参加しておいた方がいいぞ。なにせ高みを知るってことが精神に肉体の成長を阻害させない最もいい方法だからな!! あ、ちなみに俺は聖級だ」
「聖級って言うと………上から4番目?」
「ちげえよ。下から4番目だ。そこんところ間違えると成長できねえぞ」
THEシリーズで聖級に上り詰めた人間は大きく2通りに分けられる。
それが今彼らが言っている上から4番目か下から4番目かとどちらから数えるかという2つだ。
本能的に上から数えようとする人間は聖級と王級の間の壁を絶対に突破できない。
だが下から数える人間は戦い続けていればそのうち王級に到達できることになるだろう。
遥か高みを知り、己の立場を明確に分かっている人間こそが王の名を手にすることができるのだ。
THEシリーズにおいて、聖と王は見た目1つの段差でしかないが、その段差はそれより下の段差と比べられないほど大きい。
これを越えられるかどうかがこの世界で生きる者たちの1つの壁となっていた。
それを示すかのように『THE・刺客』で日々戦うプレイヤーの技量の内訳は
兵士級 1%未満
騎士級 2%
騎士団長級 18%
聖級 66%
王級 11%
帝級 2%
神級 1%未満
と、このようになっている。
この世界はそのほとんどが聖級プレイヤーでできているのだ。
つまりここに集まってきている者たちも大体聖級。ばか騒ぎを始める前ではあるが、その一人一人は堅護がどうやっても勝てない相手であった。
「ところで戦鎚帝の討伐とは?」
「あぁ、言ってなかったな。戦鎚帝ってのはこの世界でも少ない帝級の1人だ。普通帝級には手を出さないのが常道だが………こいつは違う。戦鎚帝は数で圧殺すればそのうち倒せる数少ない帝級なんだ。あ、でも間違っても他の帝級より弱いわけじゃないぞ? 武器が大振りのものだから囲んで全員で飛びかかれば1人くらい攻撃を当てられるって話だ」
堅護は逆にこの世界の猛者が囲んで叩いて1人だけしか攻撃が届かないのかと戦慄する。
彼らは堅護からしたら手も足も出ない強者なのだ。ごく稀に彼と同等レベルがいたが、それは本当に例外だった。
堅護が正面から戦える相手はこの世界に3%未満。数字の上でいえば帝級より少ない。
堅護は今から行くことになった戦場で自分はなんの役にも立たないだろうことをはっきりと分かっていた。
突っ込んでいってみっともなく叩き潰されるだろう未来をもう既に幻視していた。
「さぁて! それなりに集まったしそろそろあのゴリラ野郎を叩き潰しにいってやろうぜ!!」
「「「うおおおおおおおおおおお!!!」」」
そしてその時が来る。出陣の合図だ。
集まったプレイヤー達は次々と東門に向かって走り出した。
「おしっ、そこの初心者も一緒に行くぞ!!」
「あ、はい!」
堅護の質問に親切に答えてくれた男が堅護の肩を優しく叩いて先導する。
彼の背中には大きな槍が背負われていた。
自分より圧倒的に強いものの背中。今は絶対に届かない背中。
そして………今から死地に向かうものの背中。
堅護にはその男の背中がとても強いもののように思えた。
これから通常なら倒せない敵に数の力で立ち向かう。
この中の大半は死んで帰って来ることになるだろう。
だが、やると決まったからやり切るしかないのだ。THEシリーズで成長していく者たちに妥協は許されない。
妥協したらその時点で成長は止まってしまうのだ。
いくら負けてもいい。
何度踏みにじられてもいい。
全てを出し切って、それでも全く足りなくて。
また溜め込んで。
吐き出して。
そしてまた負けて。
泣きそうになって、でもたった一度でいいから勝ちたくて。
だから涙は呑み込んで、前を向く。
これを繰り返すことで彼らは少しずつ強くなり続けるのだなと、堅護はその背中を見ながら感じ取った。
堅護はこの世界でたった2週間戦っただけだが気づいたことがある。
それはこの世界で戦うプレイヤーは皆まっすぐな目をしているということだった。
自分はこの世界では雑魚もいいところだった。だが彼らは自分を一度でもバカにしながらキルしたことはなかった。
誰もが堅護を獲物ではなく「敵」として処理をしていた。
一見傲慢に殺すだけに見えるプレイヤー達はその心に向上心を持ち続けていた。
今回の戦鎚帝討伐イベントは別に公式が用意したものでもなんでもない。
ただプレイヤー達が集まり高みで踏ん反り返っているやつに一泡吹かせたい。その気持ちだけを持って立ち向かうのだ。
先ほど、槍の彼はああ言ったが実はこのイベント、勝てる保証などなかった。
彼は「1人くらいは」と言ったのだ。
最悪「1人も」があり得る。
だが聖級の彼らが帝級に勝てるかもしれないビッグウェーブ。
乗るしかねえこの波に。
「いたぞー!! いたぞーー!!!」
「接敵、対象戦鎚帝アマルガン!!」
「みんな! 囲め!! そして各々の最高の業を見せつけてやれ!!」
「待て! 今回あいつ鎧を着てやがる! 見た感じ聖鎧アイギスだあれ!! みんな! 突破手段は持っているか!!?」
「ぐわはははははは!! 鎧はファッションではないということを思い出させてやるわ!!」
「やべえ! 長い間鎧着ているやつを相手にしてなかったから鎧殺しが1つしかねえ! これ壊されたら終わるぞ!!」
「1つでもありゃいいじゃねえか! こちとらゼロだぞ!! まぁでも見とけ、あの鎧の隙間に俺の剣を差し込んでやるぜ!!」
「聖鎧アイギスって何か特殊能力付いてたっけ!!?」
「んなもんあれだよ。ただただ硬いんだよ!!」
「おもちゃじゃねえか!!」
「でも俺たち今それで若干困ってない? 結局鎧の突破手段持ってないやつ何人いるの!!?」
「ざっと見た限り見学の初心者入れて6人だな!! どうせ攻撃が当たるのは数人なんだ! 気にするんじゃねえぞ!!」
「よし、了解!! では、総員かかれー!!」
「「「いけええええ!!」」」
「はっ、今回は前回みたくいかねえぞ!! 全力でぶっ潰してやる!!」
戦いがついに始まった。
集められた聖級プレイヤーの数、実に84人。残りは王級が2人に騎士団長級6人、騎士級1人だ。
帝級の人間は王級を10人同時に相手どれることが基準値だ。
そして王級は聖級10人。それを考えて計算すると聖84と王2なら帝1に勝ててもおかしくはない。
だが、それはあくまで数字の上での話だ。
帝級は王級を10人「同時に」相手どれるのだ。
聖級を仮に100人集めても帝級を倒せないのはこれが原因だ。
人間、体積というものが存在する以上どうしても同時にかかれる人数に限界があるのだ。
この戦い、数少ない王級がどれだけ仕事ができるかにかかっている。
堅護は集団の最後列、少し引いたところでその戦いを見守っていた。
賢明な判断だ。彼が行っても役に立たないどころかスペースをとるから邪魔にしかならない
「押せ押せ!! 戦鎚なんて重量武器持っている関係上どうしても隙ができやすいはずだ!!」
「はっ、その隙によってできる小さな隙くらいならこの鎧が全部守ってくれるぜ!!」
「抜かせ!! すぐにでもその金属の塊に穴開けてやるからな!!」
「うおっ、鎧殺しシリーズはやめろぉ!!」
「あっ、こいつ鎧殺し持ちを的確に狙い始めたぞ! 気をつけろ!!」
度々出てくる「鎧殺しシリーズ」と呼ばれるアイテムはヒヒイロカネという金属にて作られた武器のことを言う。
その特徴は単純にして最強。
相手の防御力や軽減効果を完全に無視してダメージを与えるというものだ。
どんな鎧を着ていようが鎧殺しシリーズの前にはカセにしかならない。
強いて言うなら鎧の分体を大きく見せるくらいの役割しかなさなくなるのだ。
戦鎚帝の着用している聖鎧アイギスという鎧はあらゆる攻撃のダメージを軽減、そしてそれが一定値以下のダメージだった場合無効化するという鎧だ。
だがその能力も防御力を無視されたら意味がない。
だからこそ戦鎚帝はそれを持つ敵を的確に狙い始めた。
彼の持つ武器は当然のように戦鎚。
重量級の一撃が避けることができなかったプレイヤーを空中に吹き飛ばす。
攻撃の後を狙って1人の男が死角から矢を放つ。
だが戦鎚帝はまるで後ろに目でもあるかのようにギリギリで回避した。
するとギリギリまで戦鎚帝の体で隠されていたがために反応が遅れた槍師が飛んできた矢をなんとか左手で掴み取る。
だが目の前には戦鎚帝だ。
味方の矢によってやられることは避けられても、そこにいまだ健在の化け物の脅威は避けられない。
戦鎚帝のかかとによる蹴り上げが槍師の股の間に直撃する。
通常の刺客プレイヤーは身を守るものはほとんど身につけていない。そのため男の股間にかかとが直撃した。
しかもそのかかと、聖鎧のグリーヴのせいでめちゃくちゃ鋭い。
「うぎゃあああああ!!」
「え、えげつねえ!! おい、お前に人の心はないのか!! お前も男ならアレがどれだけダメージを受けるかわかるだろう!!」
「はっ、俺の前に立った以上このくらいの事は覚悟していたはずだぜ!」
「くっ、総員! かかれぇ! 奴をなんとしてでも打ち取って広場で待つ彼らの下に送り届けてやろうぞ!!」
「「おぉ!! あいつの息子の仇!! 」」
次々と飛びかかるプレイヤー達。だが無情にも戦鎚帝は油断なく一人一人処理をしていく。
戦鎚は振れば確実に敵を屠ることができるだろう。だがそれをすれば小さいが隙ができることは本人が一番よく知っていた。だからこそ彼はメイン武器をなるべく防御にのみ回して攻撃はその鎧の硬さを利用した挌闘技を選択していた。
「こいつ、鎧は鎧じゃねえ!! アレは武器だ!!」
「クッソ! ファッションかと思いきや若干弱点補填してきやがって」
「おいっ、例のやつ、実はこの近くに埋まってたりしないか!!? 」
「ダメだ! モグラ野郎は今日は砂漠で張ってるって情報だ!! 誘導しようにも遠すぎる」
「はっ、そもそも二度もアレをふまされるなんてアホやらかすわけねえだろうが!! おらぁ、お前も寝てろぉ!!」
「ぎゃああああああ!!」
「AIBOOOOOOO!! おのれぇ! さっき出会ったばかりだけど……AIBOの仇!!」
「ほぼ初対面じゃねえかおめえら。ツーかさっきからお前ら連携あんまり取ってなかっただろうが!」
「いや、だってあいつの戦い方とか知らねえし………AIBOって呼んでたのもプレイヤーネームが「機械犬」だったからだし………」
「お前も飛んどけ!」
「うぎゃああああ!!」
「うわぁ………地獄絵図……」
堅護は1人戦いを見守りながらそう呟いた。
初めは100人近くいたプレイヤーパーティはもう既に半分以下になっている。
聖なる金属の拳が次々とクロスレンジの敵を叩き落とし、少し距離がひらけば戦鎚が薙ぐ。
対鎧の最強武器である鎧殺しを持っているものはもうほとんど残っていなかった。
すると今度は鎧の突破が難しくなる。
ほとんどのプレイヤーが戦闘前に鎧の対処法は持っていると豪語した。
だがその実態は鎧の隙間を通せるタイプの武器だとか、相手を浮かせられる重量級の武器だとかが多く混ざっていた。
「くっ、このままではまずい。誰か、何か状況を変えられるものはないか!!?」
「このままじゃジリ貧ね。99番、行きます!!」
「みんな、道を開けろぉ!! 「カジキマグロ」の奴が通るぞおおお!!」
「ほらほらほらほら、あそこの鎧と一緒に串刺しにされたくないならどいたどいたー!」
「ちょっ、あぶねえ!! ちょっとは仲間のことも考えろ!!」
「はっ、ランカーが混ざってたか。でも90番台じゃあ相手にならねえぜ!」
一本槍王のラランカ、通称「カジキマグロ」の突撃は戦鎚の振り上げによって真正面からたたき返される。
彼女の持っていた鎧殺しの槍はその衝撃に耐えきれずに穂先から折れてしまう。
持っている槍を大きな力で叩き上げられたラランカは体を上方向に伸ばす羽目になる。
そこに戦鎚帝の回し蹴りが炸裂する……かのように思われたがそこはたった2人の王級。
1人はAIBOとともに散ってしまったが彼女はそこから全身の力を一度抜いてわざと吹き飛ばされることで致死ダメージを回避する。
「ぐはっ」
「むっ、浮いてたからか飛ばしちまったな」
「いまだ! カジキマグロが作った隙を逃すな!!」
戦鎚帝の蹴りは見た目よりは繊細だ。普通なら先ほどラランカがやったような回避方法は彼らには通用しない。
なにせ一定レベル以上のものの放つ蹴りはその衝撃が全て体に叩き込まれるようになっているからだ。
だが彼女に取って運が良かったのは体が少しだけだが浮いていたこと。
それにより支えがなくなり飛ぶことになったのだ
しかしそれでも戦鎚帝の蹴りによるダメージは大きい。
100%は入らなかったが、少なくとも半分以下にはできていないだろうというダメージがラランカに入った。
実質王級の全滅だ。
その後も次々と命の花を散らしていくプレイヤーたち。
彼らは最後の1人まで諦めるつもりはないが、その強い想いも虚しくただただ数を減らすだけだった。
「くそぅ、まさかファッションにこれほど悩まされるなんて……」
「はっ、これからは鎧の対策も忘れんなよ。まぁ、お前らが対策してきても勝つのは俺だけどなぁ!!」
そして勝手に指揮官になっていた男の体が巨大な槌によって潰される。
途中から戦鎚帝はその名に恥じぬように挌闘技を控えて戦鎚による攻撃をしていた。
そうするようになっった理由は単純明快、敵の数が減って余裕ができたのだ。
問答無用で鎧を壊してくる相手ももういない。
帝級の隙をギリギリまで減らした小さなスイングの隙をつくことができる敵ももういない。
状況は絶望的だった。
「あれだけの人たちが……もうすぐ全滅する……だって?」
堅護はもうすぐ終わるだろう戦いを見ながら帝級の恐ろしさをその目に焼き付けた。
そして大盾を握る手に力を込める。
そろそろ、、自分の番だ。
彼は意を決して死地に飛び込む覚悟を決めた。
と、その時
「今回は戦鎚帝の勝ちみたいだな弟君」
「あれ? 凛さん?」
聞き覚えのある声に堅護は振り返るとそこには栞の姉である凛の姿があった。
彼女の姿は現実のものと相違ないものであった。
「ふむ、これでプレイヤー連合と帝級との戦績は133対311か。最近は結構連合側が勝っていたと思うのだが、なるほど鎧か。面白いな」
「元々分の悪い戦いだったということですか?」
「そうだな」
「ところで凛さんはどうしてここに?」
「そうだ弟君、ちょっと聞きたいことがあるのだが………め、めめ、メーフラ様…というかなんというか、君のお姉さんは何か欲しがってなかったかな?」
「姉ちゃんが欲しがっているもの? 特に何か欲しいとか言ってるとこ見たことないなぁ?っていうかなんで今その話なんですか?」
「いや、それならいいんだ。時に彼女は何か好きなものとかあったりするのだろうか? 」
「う〜ん。多分……」
「はっはぁ!! 後はおめえらだけだぜ! 見学だけして自分は生きて帰るなんて腑抜けたこと言わねえだろうなぁ!!? さぁかかってこいよ!!」
以前栞と凛が交わした約束に創華の家に遊びに行くのに連れていくというものがあった。
その為凛は創華に対して何か好印象を持ってもらえるようなものを贈ろうとしていた。
しかし何を贈ったらいいか決めかねた彼女は創華の弟である堅護にそれとなく聞きにきたのだが… ……その途中で邪魔が入ってしまった。
凛はギロリと鋭い目を戦鎚帝に向ける。
相手は凛が先ほどまでと同じ聖級だと一瞬判断した。
だが堅護を広場に送ってやろうと近づいた結果凛にも近づくことになる。
そして気づいた。
――――あの女はやべえ
と。
しかしもう遅い。そこは凛の間合い。
否。半径10キロ程度までなら凛の掌の上だ。
「弟君。少し待っていてくれ。あれを処理する」
「えっ、あっはい。待ってます」
凛はいつの間に取り出したのか左手に弓を、そしていつの間に番ったのかわからないが既に右手に矢を4本持って引き絞っていた。
次の瞬間にはそれらは放たれ正面に立っていた戦鎚帝の両膝と両肘に向かって飛んでいく。
その全ての矢は鎧殺しの輝きを放っていた。
「くっ、いきなりかよ。だが直線で飛んでくるなら避けるのも弾くのも楽だぜ!! ぐっ、、ぁ」
四肢を同時に狙う矢を全て弾くよりは避けた方が楽だし確実だと判断した彼は鎧を着ているとは思えない見事な体運びでそれを回避した。
だが、次の瞬間には彼の目の前には次の矢が迫ってきていた。
もはや引き絞っている瞬間すら見えない。
しかもその矢は特別なものではなくただの鉄のものであったが、このままいけば兜のスリットに入るコースの矢を無視できなかった。
戦鎚帝は咄嗟に戦鎚の首で矢を受ける。
だが凛の攻撃は終わらない。次は再び四肢を狙う4本の矢。
今度は発射が見えたがもはやそれに対した意味はないように思えた。
腕を狙う2本を槌で、脚の2本は避けきれずにかすらせることになる。
そして次、いつの間に放たれたのか上空から垂直に落ちてくる矢の数々。
「がぁっ、これ全部鎧殺しかよ!!」
足にダメージが入った彼は大きな回避ができない。その為大きく戦鎚を振り回し全ての矢を吹き飛ばすしかなかった。
ここまで彼は必死に凛の攻撃を耐えてきた。だが、それもここで終わりだった。
次の瞬間、戦鎚帝は後頭部から矢に貫かれて死に戻る結果になった。
それを見届けた凛は満足した顔をする。
「よしっ、正面切って戦うのは苦手だったが帝級1人なら問題ないな。だが10人集まるときついかもしれんな。さて、待たせてしまったな弟君。君の姉の話をしよう」
「えっ、今最後何が?」
「手品のタネを教えてしまったら弓術士失格だろう? そんなことより君の姉は何が好きなのだ?」
「あ、えっと……」
今日、高嶺 堅護は帝級と呼ばれる怪物の恐ろしさを知った。
彼らは人間の形をしているがおおよそ人間とは思えない強さを有していた。
だが、それでは終わらなかった。
彼の前に神級と呼ばれる更なる化け物が現れた。
帝は神に手も足も出なかった。
最後は側から見ていた自分にすらわけのわからない、正面から背中を撃つという常軌を逸した攻撃に帝は敗れた。
自分が倒そうとしている姉も同じようなことができるのだろうか?
自分のやっていることは無謀なのではないのだろうか?
そう考えはしたが、とりあえずそれは置いておいて目の前の若干目が血走っている女性に何か答えをあげないといけないなと思った。
Q かなり幕末だよこれ!!
A 幕末……って言うとあれですよね?天誅のやつ。
作者も半分くらい書いて気づいていましたよ。ただまぁ、こちらはログイン→即死亡とかはないのであれよりマシなのではなかろうか?
Qやっぱり溶解液は異常攻撃だよ。だってスリップダメージでしょ?
A なんと言おうとあれは物理攻撃だからね。毒沼というよりはバリア床だ。
QTHEシリーズは人外育成ソフト?
Aまぁ、そうなりますね。
Q人外プレイヤー多くで笑う
A聖級はまだ人って言っていいから
Q 剣王級で妥協した
A おう、人間は卒業したんだな
Q弟がうざくない?共感する人いる?
A感じ方は人それぞれですからねぇ。作者としては弟はどこにでもいる思春期男子を想像して書いていますよ〜
Q刺客プレイヤーメーフラに気づいていそう
A例の動画を見て気づいている人はいます。ただ彼ら、基本的にあの水槽から出てこない人が多いのでまだ少数です。
Q THEシリーズのトッププレイヤーのPSは人外でおk?
A OK!! ズドン!!
更新が微妙に遅かった理由ですが伝説対決にはまったり他の方の小説読んでたりしたら思ったより日が経っていました………OTL
これからもブックマーク、pt評価をよろしくお願いします。
次回から視点は戻ります。





