番外編その1 ちょっぴり熱い姉の愛
この話はクリスマスに投稿した話の場所を変えるために再投稿したものになります。
◇12月23日
この日は学校も冬休みに入っているため登校する必要はない。
もし学校に行く人間がいるならそれはクラブ活動などをやっている人だけだが、高嶺家のものにはそんなものは無縁の存在だ。
創華は時折堅護に「何かやったら?」と問いかけることがあるのだが、自分の食事などの用意のせいで部活をするのを断念している姉の存在があるので却下している。
つまりこの日、彼らはいつも通り家にいた。
堅護は何の目的があるわけでもなくリビングにくつろいでいた。
そんな彼を創華は暇と見て買い物に付き合ってくれと頼む。
堅護は躊躇いはしたが普段色々世話になっている姉の頼みだった。
荷物持ちくらいはやってやろうと少しやる気を出して同行することにした。
その日はそろそろクリスマスだということでチキンを購入したのが普段と違うところだろうか?
「はぁ〜助かります堅護。今日は色々なものを切らしていたので大荷物なんですよ」
「そっか、役に立てているなら良かったよ」
堅護はパンパンになった姉お手製のエコバッグを両手に担いで苦笑した。
街の中は完全にクリスマスムードであった。
いたるところに赤と白の服を着たおじいさんのオブジェクトがあったり、クリスマス限定のケーキが売っていたりする。
そして恋人のいない人間には厳しい光を放つイルミネーションのための電球が木々に付けられていたりした。
それに加えて人も普段とは変わっていた。
街中を歩く人の中に男女のペア、つまりカップルが多く見られたのだ。
(ケッ、まだクリスマスどころかクリスマスイブですらねえってのに気の早いやつらだぜ)
堅護は噴水広場でいちゃついているカップルを見ながら顔をしかめた。
その男女はそんな若干嫉妬のこもった彼の視線には気付かず2人だけの世界に入っているみたいだった。
「もぅ、たっくんったら愛してるなんて恥ずかしいことを堂々と………」
女性の方はそう言いながら男性の方に体を預け始める。
男性の方はすると少し照れたように一瞬だけ顔を背けたりなんかしていた。
「おいおいみあちゃん、クリスマスイブは明日だぞ」
「じゃあ〜今日はクリスマスイブイブってことで甘えてもいいかな?」
「そっか〜なら仕方ないね。おいで」
糖尿病になりそうなほど甘ったるい雰囲気を出して2人がけのベンチでくっつき始めるカップルを見て堅護は小さく悪態をついた。
「はっ、クリスマスイブイブってなんだよ馬鹿らしい………明日がクリスマスイブなら今日はクリスマスアダムだろ……」
………堅護という青年の頭も脳がとろけている状態のカップル並みに悪かった。
「あのですね堅護、イブというのは前夜という意味であって別にアダムは関係ないのですよ?」
「わっ、聞いてたのかよ」
冷静な姉のツッコミに堅護は自分の間違いを認識してとたんに恥ずかしくなった。
真冬だというのに体が少し熱くなる。
(なるほど。堅護はクリスマスに一緒に過ごす可愛い彼女がいる彼のことが羨ましいのですね)
そんな恥ずかしいことを言ってしまった弟の気持ちを姉は完璧に読み取った。
だから彼女はそんなかわいそうな弟に少しでも彼女がいるということを体験してあげようと考えた。
「そうだ堅護。明日は食べに出かけましょう」
「はぁっ!? なんでまた急に……」
「美味しいと噂のお店をこの前知ったのです。それの調査に行かなければいけません。……ついてきてくれますか?」
「なんだよそれ、1人で勝手に行ってこいよ」
「ちなみに、今冷蔵庫に作り置きしているものはありませんし明日は朝ごはん以外作るつもりはありません」
「ちょっ、卑怯だぞ!!」
「いいから、明日は2人で美味しいものを食べに行きましょう。そうですねぇ、そこの噴水広場に午後5時に待ち合わせということで!」
「えっと……出発地点が一緒だから別に待ち合わせとか必要なくない?」
「お姉ちゃんは少し遅れていきます」
「最初から遅刻宣言!!?」
こうして12月24日の予定は決まった。
◇12月24日 午後5時00分
堅護は件の噴水広場にて人を待っていた。
待っているのは言わずもがな彼の姉なのだが、自分でこの時間を指定しておきながら来ない。
宣言通り遅れるのだ。
(おっかしいなぁ……俺より20分早く家を出たはずなんだけどなぁ…)
堅護は首をひねる。
だが遅刻するというのは昨日の時点でわかっていたことだし、彼の姉が時たまおかしなことをし始めるのも割とよくあることだったので彼はその状況をただただ受け入れた。
創華が現れたのはそれから5分経ったところだった。
彼女は少しだけ汗ばんだ状態で普段の彼女より遅い速度でこちらにかけてくる。
まるで見栄えでも気にしているかのような走り方だと堅護は感じた。
「はぁ、はぁ、ごめんなさい。待ちましたか?」
「うん、5分くらい待った」
「はい、そこ不合格です!」
「え?」
「そこは「いいや、今来たところ」でしょう!!」
「えぇ〜どういうことか説明が欲しいんだけど姉ちゃん?」
「あ、今から私をお姉ちゃんと呼ぶのは禁止します。創華って名前で呼んでください」
「なんで?」
「だって私は堅護の彼女なのですから、姉なわけがないでしょう?」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「まぁ、そういう役をやるのでノってくださいということです」
「じゃあさっき遅れて来たのは?」
「彼氏彼女はデートの時こういうシチュエーションをやると聞いたことがあったので実践してみました。普通は女性は身だしなみを気にして遅れるらしいのですが、そこを再現する必要性を感じなかったので私は先に出てランニングをしていました」
「お、おう?」
「じゃあ、行きましょうか」
創華は堅護の手を取った。
寒空の下にただ立っていた彼の手は冷えており、逆に体を動かしていた創華の手は温かく感じた。
彼はその手を反射的に振り払ってしまった。
実の姉と手をつなぐ行為に思春期男子としてはかなりの抵抗があったからだ。
「ちょっ、いきなり何すんだよ姉ちゃん」
「はいアウトー、やり直しです!」
「そういうことじゃなくて」
「やり直しです」
「ちょっ、いきなり何すんだよ!」
「む、創華とは呼んでくれないのですね。残念です。それで、どうしたのです?」
「どうしたもこうしたもあるか!」
「あ、そうでしたね」
創華は何かを思いつき再び堅護の手を取った。
ただし今度はただ手を握っただけではなく、指の一本一本を絡ませて握り込んだのだ。
温かく柔らかい手の感触に堅護の鼓動が少しだけ早くなる。
だが彼は頭を振って煩悩を振り払った。
その手の主は自身の姉。
変な感情を抱く相手ではない。
親愛はあっても恋愛はないと自分に言い聞かせた。
「では改めて行きましょうか」
「お、おう」
創華は堅護の腕に抱きつくように体を寄せて歩き始める。
目的地は昨日話された通り美味しい料理が食べられる店だ。
そこは厚切りのステーキ肉を焼いてくれる店だった。
創華と堅護はそれぞれ肉を350gと230gずつ頼んだ。
すると店員さんが彼らの目の前でグラム数を測りながら肉を切り分けて焼き始める。
「そんなに少なくていいのですか?」
「いや、ね、………お前が食べすぎなだけだから」
焼きあがった肉を前に2人は「いただきます」と挨拶をして食べ始める。
「ん〜美味しいですね」
「うん。美味しい」
「ところで堅護、こういう感じに複数人で外食に行った時、他の人の皿の食べ物は美味しく見えたりしませんか?」
「ん? まぁ、そういう時もあるよな」
「ならこれを見てください」
創華は堅護に自分のステーキが乗せられた皿を見せた。
その意図は「一切れちょうだい」と言わせることなのだろうが、いかんせんグラム数が違うだけで皿に乗っているもの自体は2人のものに差はなかった。
故に堅護は答える。
「いいや別に変わらないからな」
「そうですか。一口欲しくなりましたか。もう、堅護は仕方ありませんね。ほら、口を開けてください」
創華はフォークで切り離した肉を1つ持ち上げて堅護の前に差し出した。
「えっと? いらないんだけど」
「ほら、あ〜ん」
「………」
「あ〜ん」
「………」
「あ〜「わかったよ!!」」
根負けした堅護は口を開いて創華の方を向いた。
するとそこに素早く肉が突っ込まれる。
「むぐっ!!?」
「美味しいですか? もっとありますからね〜」
「ぐっ」
剣の達人による素早い突きは一般人に耐えられるものではなかった。
超高速で口の中に飛び込んでくる肉が喉の奥にあたり堅護はむせた。
「ごほっ、ごほっ」
「あらあら、緊張しすぎて変なとこに入っちゃったのですかね。ほーら、背中をさすってあげます」
「ちょっ、本当にやめて。普通に食べさせてくれればいいから」
創華はーーーーー色々と不器用だった。
そもそも堅護に彼女がいないことをたまに嘆いたりしている創華ではあるが、彼女自身一度も彼氏ができたことがない。
モテないわけではないし告白を受けることも割とあるのだが、彼女が恋愛感情的な意味でときめくための条件のうちとある1つが満たせないためフってしまうのだ。
高嶺 創華は彼氏いない歴イコール年齢の女性であった。
だからこそ、『彼女』という存在がどのような行動をするのかというある程度のそして上辺だけの知識しかなく、加減がわからないのだ。
先ほどもむせた堅護の背中を摩擦で熱が出るほど素早くさすっていた。
そんなこんなで食事が終わった。
創華にとって350gはぺろりなのだ。
しかし食事自体はゆっくり行ったので時間を見ればもう6時半、つい先日冬至が過ぎたばっかりなので空はもう真っ黒になっていた。
だが地上は人工の光に照らされてキラキラと輝いている。
「イルミネーション、綺麗ですね。一応女性と一緒に見ているわけですが、今までと何か変わりがありますか?」
「………どうかな。わからない。多分同じだと思う」
「そうですか。なら私は彼女としては失格だったということですか………」
「だって、姉ちゃんは姉ちゃんだろ?」
「あはは……言いますね。というかまだ姉ちゃん禁止です。家に帰るまでは私のことは創華と呼ぶように!」
「えー、もうよくないか?」
「だーめーでーす。なんでも徹底してやらないと上達しないのですよ」
「上達って……何? これまたやったりする機会があるの?」
「さて、どうでしょう? もしかしたらやるかもしれませんね」
「そっか………。あ、ちょっとここで待っててくれるかな。トイレに行ってくるよ」
「わかりました。では私はここを動かずずっと待っているので早く戻ってきてくださいね」
堅護はそう行ってその場を立ち去った。
創華は言った通りにその場から一歩も動かず立っていた。
彼女の目にはイルミネーションの光。
それを見る創華は先ほどの堅護との会話を思い出して少しだけ落ち込んでいた。
(むぅ、そうですか。私と一緒じゃ楽しめませんでしたか………まぁ、当然ですよね)
そうやって落ち込んだ彼女の視線は少しだけ下に向いた。
しょぼくれた顔といいそこから動かないことといい今の創華は見方によっては傷ついた女性の姿そのもののようにも見えた。
そして弱っている女性がいればそこに付け込もうとする男性もいる。
それが12月24日だというのならなおさらだった。
「お、姉ちゃん1人かい?」
「………」
「おいおい無視とはひでえな。あんただよ」
「あ、私のことですか?」
「他に誰がいるんだよ。姉ちゃん、どうせ1人でここに突っ立ってるくらいなら俺と一緒に来ねえか?」
「嫌です」
男の誘いを創華はきっぱりと断った。
そもそも彼女のツレは今は席を外しているだけで1人ではない。
「そう言うなよ。ちゃんと楽しませてやるからよ」
「何度も言いますが私はあなたと行きません。そもそも私、ツレがいますし」
「あ? ツレなんていねえじゃねえか。嘘言うなよ」
「今はトイレに行っているだけです」
「そうかぁ? でも男のトイレにしちゃあ長くねえか? 姉ちゃん10分はそこに立ってたろ?それとも、ツレは女か?」
「きっとお腹を壊しているのでしょう。あなたが気にすることじゃありません」
「そう強がるなって。お前さんはその男に逃げられたんだよ。ほら、いいから俺と一緒に来いよ」
「お断りしますと何度も行っています。彼はちゃんと帰ってきます」
「いいから来いって!!」
男は強引に創華の手を掴んだ。
そして彼女を引っ張り始める。対する創華はしっかりと両足を地面に噛ませて踏ん張ってるためビクともしなかった。
男はそのことに少しだけ腹を立てて全力で引っ張り始めた。
だが、ただ上体の筋力だけでどうにかしようとする男では体の力を最高の効率で使って踏ん張る創華を動かすことができなかった。
少しの間綱引きのようなことが繰り広げられると思われたが、それは意外にも早く終わることになった。
創華の体が男とは逆側から引っ張られたのだ。
「あ、堅護。というわけでツレが戻ってきたのでどっかに行ってください。あなたはお呼びじゃないです。1人寂しいクリスマスをどうぞ」
「ああ? こんなよわっちそうなのがお前の男かよ。そんな男捨ててこっち来ねえか? そんなのより断然満足させられるぜ?」
「はぁ、はぁ、俺の…そ、ぅ、か………は、お前なんかには、渡さない……」
堅護は急いで来たのか呼吸を乱して言葉が途切れ途切れになりながらもそう言い切った。
その行動に創華の胸が高鳴る。
この擬似デート中、一度も「創華」と呼んでくれなかった堅護がこの土壇場で勇気を振り絞って呼んでくれたのだ。
創華は男の手を適当に振りほどいて堅護を抱きしめた。
しかしこうなると面白くないのは創華を連れて帰ろうとした男だ。
男は創華の指摘通り現在女がいない状態の人間だった。
そこで見つけた見た目のよくて弱っていそうな女性。どうしてもお持ち帰りしたかったのだ。
「チッ、おいそこの小僧! お前はこの女を置いてどっかいけよ」
「………」
「あ? なんだその目は、痛い目見たいってのか?」
男が指の骨をパキパキと鳴らした。
堅護はまだ中学生だ。成人男性と正面切って戦える強さは持ち合わせていない。
だが、彼は引かなかった。
明らかに嫌がっている創華を強引に引っ張ってどこかに連れていこうとする男を前に創華を置いてどこかに行くことはできなかった。
堅護は創華の前に立ち男を睨みつけたままの姿勢で止まる。
「あぁ、一度痛い目見ないとわからないみたいだな」
そして堅護の方に男の手が伸ばされる。
堅護は避けない。
後ろには守るべき彼女がいるから……
そして男の手が堅護に到達するーーーーーーーーーと思われた瞬間、男の視界が上下逆転した。
そして次のシーンではその男の意識は失われていた。
「ふふっ、守ってくれるのは嬉しいですがこのくらいの相手なら私だけでも十分ですよ」
「ぁっ…………」
男は手を伸ばした際、後ろにいた創華にその手首を掴まれて投げ落とされたのだ。
後頭部から垂直に落とされた男の意識は一瞬で刈り取られた。
「というかもっと考えてください。このご時世、暴力を振るったら犯罪なんですから呼びかければ誰かは助けてくれますよ」
「う、うん。でもそれだと言い逃れとか……」
「証拠ならここに押さえているので言い逃れできませんけどね」
創華は自分の手首にくっきりとついた男の手の跡を見せつける。
男は最後の方はかなりの力で引っ張っていたため軽く痣になっている。
さすがにこれならじゃれあいでしたなどの言い訳は許さないだろう。
「でもまぁ、自分で守ろうって私の前に出てくれたことは嬉しかったですよ。ありがとうございます」
「ごめん。俺、何もできなかった」
「おや? 私はありがとうございますって言ったのですよ?」
「それでも…………」
「どちらも無事だった。それでいいじゃないですか」
「………そうだね」
「さて、そろそろ家に戻りましょうか。ごめんなさいね、こんなことに付き合わせてしまって」
創華は堅護から顔を背けてそう言った。その言葉を発する時の彼女の顔は少しだけ寂しそうだった。
堅護にその顔が見えたわけではない。
だが、長年の経験から創華が落ち込んでいるくらいのことは読み取れていた。
「姉ちゃん、これ、あげる」
そう言って堅護が取り出したのは1つの紙袋だった。
ここに来る前、否、トイレに行くと立ち去る前には持っていなかったものだ。
「これは?」
「えっと、クリスマスプレゼントかな? いつもありがとうっていう感謝の気持ちだ」
振り返ってそれを受け取った創華に対して今度は逆に堅護が顔を背けてそう言った。
普段の感謝を言うのは難しい。
それが当たり前になっていればいるほどなおさらだ。
だが、感謝していることは確かだ。
その気持ちを伝える場として堅護は今日のこの場を選んだのだ。
創華は恥ずかしさに耐えるようにそっぽを向く堅護を見てくすりと笑った。
そしてちらりと紙袋の中を見る。
そこに入っていたのは白いマフラー。
冬のプレゼントとしてはオーソドックスだが、だからこそ外れが少ないのがマフラーだ。
創華は堅護用のクリスマスプレゼントとして用意しておいた手編みのマフラーとちょっとネタ被りしてることを面白く思いながらもタグが付いたままのそのマフラーを首に巻いた。
そして微笑みながら一言
「どういたしまして」
と言って堅護の頰に顔を近づけ、そのままくっつけた。
堅護の頰に小さく濡れた感覚が走る。
「えっ?」
突然のことにあっけにとられた彼は創華の方に顔を向けた。
しかしそこには恥じらいもなくただ微笑む彼女の姿。
「来年は彼女さんに、そしてお口にやってもらうといいですよ。お姉ちゃんとしてできるのはここまでです」
「えっ………え?」
「さて、帰りましょうか堅護」
創華は堅護の手を握り家の方向に引っ張り始めた。
半ば意識が飛びかかっている堅護はその手に導かれるがままに歩く。
混乱した意識の中で堅護の脳裏にこんな考えがよぎった。
ーーーーーーーーーこんな姉と2人で過ごすクリスマスイブがあってもいいかもな
それは恋人と過ごすにしては冷めていたが、家族と過ごすにしては熱すぎるクリスマスイブのことであった。
ちなみに、周りで見ていた人の通報のお陰で創華をお持ち帰りしようとしていた男はクリスマスに警察に厄介になったらしい。
番外編の為感想返しは無しです。
本編の投稿は明日の0時過ぎてから皆さんが起床する頃にはやっておきます。