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あなたを想うだけで(中)

「それでは次は、市街地の方へ行きましょうか」

「うんうん」

「メグ、モール行きたいなぁ」

「良いですね。あそこは休憩するにも丁度良いですし」


 モールかぁ。


「うん、じゃあそうしようか」


 今度はわたしの同級生とぶつかる可能性がある場所だから、避けたいんだけど・・・。

 休憩するのに丁度いいと言われたら、外すことはできない。クラスメートとぶつかったら、説明めんどくさいだろうなぁ。


(お願い、誰とも会いませんよーに・・・!)


 手を組んで、形だけお祈りするような格好で、何も言わずに目だけ瞑る。もうこれ以上の厄介ごとを抱え込むのはごめんだ。

 小学校から歩いて十分程度。

 田舎特有の途轍もなく大きな駐車場の横に、その施設はあった。スーパーとその他なんやかんやの複合施設。否応なく学生のたまり場となる、田舎の数少ない娯楽施設である。


(田舎田舎連呼してるけど、この御崎市はそこまで田舎じゃないんだけどね)


 地方都市レベルの機能はあるし。

 確かに駅前はシャッター街だけど、こうして市街地や国道に近いところまで来れば、それなりに栄えている。


「あ、歌子さん。モールに入る前に一つだけ、注意しておくことがあります」

「何?」

「あっちです」


 彩夢が指差した、その先は。

 国道を挟んだ、向かい側。


「あっちは不良が行く場所がいっぱいあるので、近寄っちゃダメです!」


 彩夢にしては珍しく、眉を怒り眉にしながら、強い口調で言う。


「不良の行く場所って」


 金髪に髪染めてるわたしは『不良』じゃないんだ。

 彩夢がどういう選定をしているかは分からないけれど、とりあえず不良に分類されてなくてホッとする。


「メグ知ってるー。あっちって、変なお店があるんだよねー」


 心臓に何かが突き刺さる音がした。


「変なお店・・・、ですか? 例えばどういう」

「ああ、うん。それは良いから、とりあえず中入らない? わたし、暑くなっちゃってさー」


 変な汗が出てきたのは本当。

 暑いって言うのも、半分本当。


「こすぷれ? っていうの? そういう変な服でセッタイするお店なのよ」

「めぐは物知りだねー。中入ってから聞かせてよー」

「こすぷれ、ですか・・・?」


 言葉の意味を二人共分かってないのがせめてもの救いだった。これならいくらでも話を逸らすことができる。


(っていうか、どこが変なお店じゃ!)


 コスプレ喫茶だから。別に年齢制限もないし、変な接待も一切しないから。ただ変な服着て接客したり、口調や語尾が一部変だったり、メニュー名が奇抜だったり・・・。

 やっぱり変なお店じゃないか! いや違うけど!


「いい? 世の中には色々なお金の稼ぎ方があるの」

「えー、むずかしい話ぃ?」

「ううん。リアルの話だよ」

「リアル・・・、ですか?」

「まだ彩夢もめぐも、知らなくて良いことだからね」

「「??」」


 二人とも、頭の上にハテナマークを浮かべて、こいつ何言ってんだろうというような表情をしている。

 しめしめ。かかったな。無理矢理難しい風な話にしてけむに巻く作戦に、上手く引っかかってくれた。

 あとは。


「わ、わたし、アイスクリーム食べたいなー」


 アイスを売っているフードコートを指差す。


「え、でもお金は」

「お金はわたしが出すから! 勿論めぐの分も」

「ほ、ほんと?」

「大丈夫。わたしお姉さんだからお金は持ってるからね」


 『変なお店』で稼いだお金が、わたしにはたっぷりある!


「「すごーい・・・」」


 ある種の尊敬のまなざしを一身に浴びて、少しだけ気持ちよくなる。

 今までツンケンしていためぐですら、キラキラとした視線を向けてくれた。


(ませているとはいえ、子供は子供)


 かわいいところもあるじゃないか、と気分よくアイスを買う。コーンの上に乗せられた半円球のアイスクリーム。彩夢がチョコ、めぐがストロベリー、わたしはバニラ。それぞれがそれぞれのものをぺろりと舐めると。


「美味しいです」

「ふ、ふん。なかなかやるじゃない・・・」


 うわ、めぐチョロい。すげえチョロい。


(胃袋を掴むのは基本とはよく言ったもんだわ)


 確かに、わたしも彩夢の料理にコロリとやられちゃったから、その通説は信じられない程正しいことになる。

 口いっぱいに広がるバニラの甘い香りと、冷たさ。この何もないようなプレーンな味が良いんだよね、バニラって。まだ何にも染まっていない味っていうか。地味さの中にもちゃんと主張するものがあって、それがしっかりとしてるから良いんだよ。


(ハッ)


 しまった。

 地味さに心地よさを感じてしまっている。


(ダメだダメだ)


 バニラなんてダメだ。

 次、もし友達とここに来ることになったら、二人みたいにチョコとかストロベリーとか、バナナとかブルーベリーとか、奇をてらってネタになるようなチョコミントとか、そういうのにしよう。

 心の中の地味愛が全然まだ消えていないことに、少しだけ愕然とする。


「アンタ、一人で何やってるのよ」


 気づくと、めぐが隣に座っていた。


「彩夢は?」

「片付けと、水を取りに行ったわ」


 ふと見ると、ここからもしっかり彩夢の姿が確認できる。これなら安心だ。


「ねえ、」


 その話はおもむろに、なんの気もないような感じで始まった。


「アンタ、あーちゃんの何なの?」

「え?」


 どういう意図の質問か、回答に困る。

 その中から、わたしが選んだものは。


「彩夢も行ったでしょ? あの子が寮母さんしてる寮の寮生で」


 最も無難で、普通で、つまらない回答だった。


「そんなこと聞いてるんじゃないの」


 めぐは彩夢の方―――もしかしたら、それよりもっと遠く―――をじとっと見つめながら、唇を尖らせ。


「あーちゃんの何なのって聞いてるの」

「何って、」


 そんなの・・・・。


「・・・」


 そこから先の言葉を、紡げないわたし。


「答えられないんだ。あんなにあーちゃんの心の深くにまで踏み入っておいて・・・!」

「めぐ?」

「メグは! あーちゃんのこと、好きなんだもんっ」

「それは、分かるけど・・・」

「分かってない!」


 めぐはぎゅっと拳を握りしめると、目を伏せて言葉を続ける。


「好きなんだよ。ラブなの。あーちゃんのこと考えると、ドキドキして・・・。キスとかも、してみたくて・・・。去年、初めて同じクラスになれた時から、ずっとあーちゃんの隣に居たのはあたしだったのに!」


 それは、小学生とは思えないほどの覚悟が滲んだ告白だった。

 彩夢本人に直接伝えるのは、めぐ本人も決心がついていないのだろう。

 でも、それにしたって、今日出会ったばかりの人間にするには重すぎる話だ。


「どうして・・・」


 だから、わたしは知りたい。


「どうして、その話を、わたしなんかに」


 貴女の『何故(どうして)』の正体を。


 めぐは、ぐずっと一度、何かをすするような音をさせた後。ごしごしと目を擦って、バッとわたしの方を見ると、その視線をまっすぐわたしに向けて、離さない。

 その瞳には、"覚悟"が滲んでいた。今のめぐの表情には、迷いや戸惑いは一切ない。


「あーちゃん、最近アンタの話ばっかりするから」


 怒り? 嫉妬? それとも憎しみの類?

 今、彼女を突き立てているものは何なのだろう。十一歳の小学五年生が、十七歳の女子高生にここまで食って下がることの恐怖や畏怖は、どれほどのものだろう。


「休み時間も、一緒に帰る時も、アンタの話ばっか。歌子さんが歌子さんがって」

「・・・」

「ねえ、教えてよ。そんなにあーちゃんの心を掴んだアンタは、あーちゃんのこと、どう思ってるの・・・!?」


 この質問には、絶対に本心を伝えなければならないと直感した。そうすることが、この子がここまで真っ直ぐに自分の思いを伝えてくれたことに対する、精一杯のお返しだと。ここではぐらかして適当なことを言うほど、わたしは無責任な人間ではないと思っている。

 思えば休日、偶然出会ったとはいえ、その後の行動も一緒にするというのはやはり友達同士だとしてもやりすぎだ。

 だったらこの子の本当に知りたいことは、きっとわたしの口からしか伝えることが出来ないのだと思う。

 それを知りたくて、彼女はきっと―――


(友達? 同居人? それとも・・・それ以上の想いが、わたしの中には・・・)


 それ以上の想い。

 それはめぐの言う通り、『恋人』に該当するものなのだろうか。

 わたしが彩夢に抱いている気持ちが、そこまで大きなものなのか、わたしにも測りかねていた。

 彩夢に対して、強い想いを抱いていることは自分でも分かる。彼女は普通の知り合いではもちろんないし、友人でも同居人でもない。そういう風に認識したことは一度もなかった。


 だけど、この気持ちは『恋』なのか―――?

 それを胸の奥で自分自身に問いただすと、明確な答えが返ってこない。はぐらかすだとか、曖昧にしているとか、そういうことでは決してない。

 わたしもまだ、この気持ちをなんと読んだらいいのか、理解できていないのだ。


「おか・・・あ、さん」


 だから。


「おかあさん、だと・・・思ってる」


 わたしは、思ったことをそのまま言葉にした。

 めぐに対し、嘘やごまかしだけは絶対にしたくない。

 そして言葉にしないという選択肢も無かったわたしが口にしたのは、その単語だった。


 『母』


 それが寮母の愛称としての「おかーさん」なのか、それとも―――

 少なくとも、口にしたことによって。


「は、はあ!?」


 わたしのこの名づけられない気持ちは、迷走の様相を呈することになったことだけは、間違いが無かった。





 彩夢って、おかあさんだ。

 それを口にしてから、何日が経っただろう。


(おかあさん・・・)


 あれからたびたび、そんな事をぼんやりと考えてみたりするのだが、これがまた答えの出ない問答に突入してしまう。


 ―――おかあさんって何だ


 "寮母さん"の事じゃないってことだけはハッキリしている。わたしはそういうことが言いたいんじゃない。

 だけど、考えても考えても、答えなんて出なかった。確かにわたしはあの場で彩夢はおかあさんだと答えたけれど、それが本心だったのかも分からないのだ。めぐの質問から逃げようとして、その答えを捻りだした可能性も、否定はできない。


「おかあさん」

「はい?」

「あ、ごめん。今のは違くて・・・」


 そうだ。

 生活する部屋が一緒なんだから、こんな事を呟いていたら返事されるのは当たり前のことだった。

 だって、寝る時もお風呂入る時も、隣には彩夢が居るんだよ?


(考える暇も無い・・・)


 お風呂でぷくぷくと口で湯船に泡を吹かせながら、誰にも言えない愚痴を心の中で零す。

 もちろん、こんなこと学校じゃ考えられない。学校で考えるのはもっと別の事だ。これとは違う現実がそこにはあって―――でも。





「おかあさん」

「お、とうとう歌子さんもおかーさんって呼ぶようになったんでスね」

「違うんですよ。歌子さん、最近それが独り言なんです」

「そうなの?」


 有紗と明日香がぽかんとこちらを見上げる。


「なーんだ。つまんないでスね~。歌子さん、寝言は寝て言えでスよ」


 そんなこと、アンタに言われなくても分かってる。





「おかあさん」

「はあ? どうしたんだよ藤堂ちゃん」


 バイト先のロッカーでそれをつぶやくと、ドン引きされた。


「あたしは藤堂ちゃんの母親になってやるつもりはねえぞ。あ、金とかも一切貸さねえから」

「悠希さんからお金借りるようになったら、いよいよオシマイですよ」

「なんだとこのやろー」


 そりゃそうだよね。

 誰だって、よっぽどの覚悟が無きゃ、おかあさんなんかになってくれるはずがない。

 彩夢も同じだ。わたしなんかのおかあさんになんて、なってくれるわけがない。

 だって、まず大前提として。


(あの子、六つも年下の女子小学生だよ・・・?)


 それをおかあさんって。

 わたしはどうかしちゃったんだろうか―――


(慣れない土地で一人、寂しくて・・・。でも、それだけじゃない気がする)


 わたしの中の何かが、決定的に彩夢に母を求めたんだ。

 何だろう。

 何なんだろう。

 考えても考えても、結果は出なかった。

 どうしよう、わたし。

 こんな状態で、まともに彩夢と一緒に暮らせるのかなぁ―――





「歌子さん」


 ある日、改まって彩夢に呼び出され、部屋の机の前で迎え合わせになる。


「な、なんでしょう」

「そこに座ってください」


 どうしよう。

 わたし、何も悪いことはしてないよ。

 やましいことは考えてたかもしれないけど、実行には移していない。

 そもそもやましいかどうかも、自分の中では判断できていない事項なのだ。断罪のされようがない。


「こほん」


 彩夢は小さく咳払いをして。


「あの、」


 一つ、思い切ったように言葉を出したが。


「あの・・・ですね」


 もじもじと、言いづらそうに視線を泳がす。


「何かな? 食事当番のこと? あ、わたしいつも一緒に管理人室で二人になること、全然イヤじゃないよ? むしろ彩夢といろんなお話できて嬉しいなーって」

「そうじゃ、なくてですね・・・」


 彩夢はおずおずと、机の下に置いてあったプリントを差し出し。


「授業参観! 来てください!」


 簡潔に、キッパリと。言い切った。


「授業・・・参観・・・?」


 最初はその単語の意味すら上手く理解できなかったが。


「今までしばらく、私の家は誰も参加していなかったのですが、その・・・」


 彩夢はもじもじと手元で指をくねくねさせ、色々弄りながら、上目遣いでちろちろとわたしの方を見て。


「歌子さんになら、来ていただきたいな・・・と」


 瞬間。

 胸をピストルで撃ち抜かれたような音が頭の中で鳴り響いた。


「かはっ」

「う、歌子さん!?」

「あ、大丈夫だから・・・」


 やばい。

 なんだ今のかわいい仕草。

 死ぬかと思った。萌え死に・・・、これが噂に聞く萌え死にか!

 女子小学生の上目遣いからの恥ずかしそうにお願い・・・堪らなかった。

 やばい。幼女やばい。


「わたしみたいな高校生が行っても良いものなの?」

「父兄というくらいですから、お姉さんや兄さんも結構来ますよ。おじさんやおばさんが来る子も居ます」

「へぇ~」


 今の授業参観って変わってんだねー、と、自分の頃のものを思い出しながらプリントを眺める。


(お母さん方に交じって、わたしが教室の後ろの方から彩夢の様子を見るのか・・・)


 それはそれで、なんか変な感じがしないでもないけれども。


「うん、いいよ。行く行く。次の土曜日だっけ? 空けとくよ」


 その日は遊びの誘いも全部断ろう。

 かわいい彩夢のためだ。彩夢が喜んでくれるなら、わたしは全力で授業を参観する。


「ありがとうございます」


 笑顔の彩夢は、これもまたとてもかわいくて。


「私、授業参観って今まで少し寂しかったから・・・。歌子さんが来てくださるなら、本当に嬉しいです」

「ふふ。彩夢にしては珍しいね。そんな風に喜ぶの」

「だって、嬉しいんですもん」


 そして、ぽんと膝に飛び乗って、わたしの肩を掴むと。


「当日は、私、頑張ります!」


 目を星型に輝かせて、フンスと鼻息を荒くした。

 そして顔を目と鼻の先に近づけ。


「歌子さんに恥じない授業の受けっぷりをしてみせます!」


 謎の宣言を行った。

 こういうところを見てると、まだまだ子供なんだなぁって、思ったりもするんだ。

 だけどまあ、わたし的に言うと。


(おかあさんの授業を、参観することになるんだけれど・・・)


 そこまで考えるともう意味が分からなくなってくるので、考えるのをやめた。

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