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あなたを想うだけで(上)

「今日は歌子さんに我が御崎(みさき)市を案内します」


 夏休み明け、数週間。

 その土曜の日に、妙に張りきった彩夢がそのまだ真っ平らな胸を張っていた。


「案内・・・?」

「以前、私が帰ってくるのが遅くて小学校まで迎えに行こうとしたものの場所が分からなくて断念した、とおっしゃってましたよね」

「ああ」


 そんな事もあったなあ、とふけてみる。


「でも確かに、街案内はしてもらえるとありがたいかな」


 学校とバイト先と寮の三点をまるで三角形をなぞるかのように行き来する日々に、潤いが欲しいと思っていたところだ。面白いスポットやオススメの場所があるのなら、知ってみたいし行ってみたい。


「それじゃあ行きましょう。すぐに行きましょう。テキパキ行きましょう」

「ん。待って。支度するから」


 今日の彩夢は妙に乗り気だなあ、と思うと同時に少しだけ微笑ましくなる。

 わたしの為に張り切ってくれるのは嬉しいし、あくせく動いている彩夢は小動物がぴこぴこと動き回っているようでかわいい。

 外出の準備を整え、寮の戸締りを確認すると、最後に玄関前に来て。


「土曜日ですので、ここは締めなくても大丈夫です」

「ゆみりちゃん辺り、休日をフル活用してまだ寝てるだろうなぁ」


 分からないでもない。分からないでもないよ。

 ただ、休日を午後まで寝て使うのは勿体無いよ。だって気づいたらもう午後なんだよ。そこから先、一日消化するまで凄まじいスピードなんだから。

 仲の良い幼女と一緒に街探訪に出かける方が、何百倍も有意義なのをわたしは知っていた。


「それでは、行きましょう」


 すっと、彩夢が手を指し伸ばす。


「?」

「?」


 二人同時に訳が分からず、揃って首を傾げる。


「手、繋いでください」

「え。マジで?」

「イヤなんですか?」


 上目遣いで見つめられると、勿論。


「イヤ・・・、じゃないけど」


 そんなこと言えるわけないじゃない。


(手、繋ぎたいんだ)


 意外と子供なところもあるんだなぁ、と少しだけ納得して。


「ん・・・」


 手を差し伸ばし、ゆっくりと繋ぐ。


「えへへ。楽しいですね」

「そりゃよかった」


 おてて繋いで街のオモシロスポットを巡るなんて、素晴らしいじゃないか。

 友達・・・? 友達じゃないな、なんだろ。知り合い・・・? 友人・・・は一緒か。と一緒に手繋いで街を回るなんて、久しぶりどころか下手したら初めてかもしれない。

 はじめての相手が小学生でした・・・と。


(彩夢と一緒に居ると、はじめてが多いなぁ)


 そんな驚きと発見を、彩夢と一緒に居るとたくさん体験できる。今まで気づかなかったことや、見落としてきたこと。見てこなかったことも含めて全部、経験できているような気がした。彩夢がそうさせてくれているというか。

 手・・・繋ぐのも。

 悪くない。悪くないんだ。


「彩夢ちゃん、お姉さんとお散歩かい」

「今日はこの歌子さんに街を案内してあげるんです!」


 近所のおばあさんの言葉に、目を輝かせて鼻息を荒くさせる。

 すると、おばあさんはわたしの方に目を遣って。


「そうかい。楽しんでおいでよ」


 ゆっくりと、そう言ってくれた。

 わたしは返事も出来ず、ただ黙ってこくんと頷いただけ。それでも、おばあさんは機嫌良さそうに去っていく。


「あの方は先々代からお世話になってる近所のおばあさんです」

「先々代・・・って、彩夢のおばあちゃん?」

「ふふ。どうでしょうね」


 肝心なところははぐらかされてしまった。

 別にそんなに気になることでもないから良いんだけどさ。

 まずは寮から市街地へ行くため、坂を下る。

 当たり前だけど、転ばないように一歩一歩、着実に。数歩先を彩夢が歩いて、手を引っ張って行ってくれるから結構楽。


(彩夢の手、ちっちゃい)


 こうして握っていると改めて思う。

 ちっちゃくて、指の一本一本が細くて・・・。本気でぎゅっと握ったら、壊れちゃうんじゃないかってくらい繊細な彩夢の手。

 きっと、彼女自身、この手と一緒なんだろう。身体も、心も・・・。わたしなんかが強く力を加えたら、簡単に壊れてしまうほど柔らかい。だからこそ、誰かが傍に居て守ってあげなきゃ。十一歳って、まだそんな年齢だと思うから。


「歌子さん?」

「ああ、うん。公園だっけ?」

「あの時はビックリしましたよ。駅前で猫を撫でてた人とここで再会するなんて」

「あはは・・・」


 乾いた笑いを浮かべ、目を泳がせる。


(あの時のことはあんまり思い出したくない・・・)


 パッと顔を上げると、そこにあったのは小さな公園。公園というより、空き地の一角を公園化したもの、と言った方が正しいようなせまぜましい空間だ。


「ほら、もう少し行けば小学校です」

「こんな方に小学校あったんだ」


 そうだ。

 何故、こんなにわたしが不思議がっているかというと。


「高校に併設されてる小学校もあるよね」


 学校から道路を挟んで向こう側に、もう一つ、小学校があるのだ。


「あっちは私立の小学校ですね」

「へえ、こっちは市立なの?」

「はい。やはり私立の方が立地の良い場所に学校を建てられるようで・・・」


 確かに高校に併設されてるのは何かと勝手が良いだろう。

 不審者監視にも役立つし、高校が隣にあれば兄弟姉妹のついでで迎えにきたり出来るだろうし。


「でも、この学校は私の誇りなんです」

「誇り?」

「お母さんも、この学校の卒業生ですから。お母さんと同じ学校で学べるなんて、嬉しいです」


 そう言ってくしゃっとした笑顔を見せる彩夢は、珍しく年相応に幼く見えた。

 母のことを語るとき―――彩夢は決まって、こういう笑顔を見せるのだ。


(母・・・か)


 彩夢は多くを語らない。

 だけど、さすがに何となく察することができる。


(もう、居ないんだろうな)


 そしてきっと、彩夢と過ごした短い時間の中で、彼女にとって掛け替えのない存在として彩夢という少女を形作った、素晴らしい母親だったのだろうということも。

 彩夢の言葉の節々から感じられる、母親を重んじ尊んで、大切に想う気持ち。


(良い、お母さんだったんだ・・・)


 ウチの母親とは―――

 そこまで言いかけて、やめようと思った。

 他人と比べるものでもないとも思ったからだ。


「歌子さん?」

「ああ。なんだっけ」

「今日、何か考えてることが多いですよね」

「この街のこととか、彩夢のこととか、いろいろ考えちゃって・・・。ごめん、イヤだよね、一緒に居るのにこんなの」

「いいえ、歌子さんが全然関係ないこと考えてるのでしたら、怒りますけど」


 そこで、彩夢はまたくしゃっと笑って。


「そうじゃないでしょう?」


 首を傾ける。


「―――っ!」


 やばい。

 今の笑顔はやばかった。

 わたしは思わず顔を背け、腕の裾で口元を隠して。


「う、うん・・・」


 なんとか平常心を保とうとする。

 なんだ、今の感覚。心のど真ん中を撃ち抜かれたような衝撃。痛みとも違う、だけど痛みよりもっと痛い感覚。ドキンと心臓が高鳴って、今まで感じたことのない鼓動を刻み始めたかのような―――


(落ち着け、落ち着くんだ。相手は十一歳の幼女だよ?)


 でも。

 『だから何だって言うんだ』って。

 わたしの中の何かが、その言葉を囁きはじめたのを、明確に感じた。

 幼女だから?

 歳の差があるから?

 そんなの、何かの免罪符になるとでも―――?


(違う違う。そんなんじゃあああ)


 あああ、と頭の中が思考でパンクしそうになる。

 頭を抱えそうになった、その瞬間。


「あーちゃん?」


 謎の声が、わたしの後ろから飛んできた。


「やっぱりあーちゃんだ」

「めぐさん」

「お休みの日に会うなんて、めずらしーねー」


 少女はすっと駆け寄ってきて、わたしと繋いでいた彩夢の手を取ると、恋人繋ぎをするんじゃないかという勢いでパーと開いた両掌と掌を、彩夢のものと合わせる。


「やっぱ、あたしとあーちゃんくらい仲が良いと、『運命』で巡り会っちゃうのかなー?」


 その女の子はピンクの髪にちょこんと結んだ長いツインテールが印象的な子だった。

 彩夢が大人しめな印象を放つタイプの女の子なら、この子は活発で、元気。

 その性格の真反対さから、凸凹コンビで学校では仲が良いんだろうな・・・などと考えてしまうほどには、2人の間に流れる雰囲気は自然なものだった。


(参ったな、同級生と会っちゃうなんて)


 わたし、お邪魔になっちゃうかな・・・。

 そんな風に考えながら後頭部をかいて、ふとその『めぐさん』の方に目を遣ると。


「・・・」


 にやり。

 彼女はわたしと目が合った事を確認すると、見せつけるように口角を上げて。


「っていうかさー。あーちゃん、このオバサンだれー?」


 爆弾を投げ込んできた!


「オバ、オバサン!?」


 わたしまだ十七ですけど!?

 この歳でオバサン呼ばわりされるとは、まさか思わなかった。


「オバサンじゃありません。この人は歌子さんと言って、ウチの寮の寮生で・・・」

「歌子って名前も古くさーい。やっぱオバサンじゃん!」


 ぐっ・・・。


(なんだこのクソガキ)


 と言いたい気持ちを全力で抑え込む。

 喉まで出かかった罵倒の言葉を必死で呑みこんで、平静を装う。さっきとは全然違う意味で、表情に感情を出さないことが必要になってくる時だ。


「ねぇあーちゃん、この人と何やってるのぉ? メグとあそぼーよー」


 めぐはそう言って、口元を手で隠すと、笑うようにこちらを挑発してきた。

 彩夢には見えないように、彩夢の頭越しにこちらを見て、『どうだ』と言わんばかりの表情をしている。


(こんの・・・調子に乗るなよ)


 そうだ。

 そうだ思い出した。

 小学生ってこんな感じだ。こういうクソ生意気で、神経逆なでしてくる感じが『小学生』だった。


「今は歌子さんにこの御崎市を案内してるんです」

「へえー、なにそれ面白そう! メグも一緒に行きたいなー」

「良いですよ、一緒に行きましょう」


 そう朗らかに答える彩夢の、クラスメイトと休日に会えて嬉しい感を充満させたオーラを見ていると、ここで「二人だけで行きたい」なんてワガママ、とても言えなかった。だって彩夢、メチャクチャ楽しそうで、嬉しそうで・・・。

 なんか、わたしと二人の時より、ずっと―――


「わーい、うれしー。メグ、丁度暇してたんだぁ」

「そうなんですか? 奇遇ですねっ」


 彩夢を見ていて、全部忘れていたのだ。

 みんながみんな、彩夢みたいにかわいくないし、礼儀正しくないし、思慮深くないし、それでいてちっちゃくて、髪の毛サラサラで、こっちのこと察してくれて、それなのに全然接しやすくて優しくて・・・。

 それが普通だと思ってしまっていたんだ。

 だから、遠慮はいらない。


「あらー? 彩夢のクラスメイトかなー? ごめんなさい、彩夢ったらわたしのこと大好きだから、休日も放してくれなくって」


 なるべく朗らかに、明るく。

 お前なんて眼中にないんだくらいの勢いで言う。

 すると。


「ぐぬぬ・・・」


 今の言葉に、めぐが動揺した様子が確かに見えた!


「何よオバサン。彩夢は普段、ずっとあたしと一緒に居るんだから。休日くらい、貸してあげないこともないんだから」

「そーお? 平日も学校から帰ってきてからはずーっと一緒に居るけどね、わたしと。お風呂とかも一緒に入るし、寝るのも一緒じゃなかったっけなぁ?」

「はうっ!」


 よし、効いてる効いてる。

 食らえ必殺仲良しエピソードを。

 まだまだある。

 わたしと彩夢の仲良しエピソードは108まであるぞ!


「やるわね、オバサン・・・」

「めぐちゃんこそ、結構、彩夢と仲良いみたいだね」

「そうよ。あたしは、」


 めぐがそこから先を言おうとした瞬間。


「すとーーーっぷ!!」


 ストップが、かかった。


「お二人ともやめてください! 私、帰りますよ!?」


 え!?


「ま、待って、なんであーちゃんが帰るの?」

「そうだよ、どうして彩夢が」


 初めてめぐと意見が合致した瞬間だった。


「おふたりが仲良く出来ないなら、帰ります!」


 ぷんすこ、と彩夢は怒った様子で、そう言い切る。


(どうしよう・・・)


 彩夢を帰すわけには勿論、いかない。だけどこのいけ好かない幼女と仲良くするのも気が乗らない。

 二律背反、二つに一つだった。

 だから、わたしが選んだのは―――


「や、やだなあ。彩夢、わたし、高校生だよ? 仲良く出来るよー。ね、めぐちゃん?」

「そ、そうよ。年上を敬えないなんてレディーとして失格だわ。そうですよね歌子さん?」


 こういう時だけれど、いやこういう時だからこそ、意見が合致した。

 お互い、考えることは同じということだ。彩夢と一緒に居られなくなるくらいなら、敵との共闘を結ぶ―――と。


「本当ですか?」

「「本当だよ!」」


 声が重なる。

 懐疑的な視線を寄せていた彩夢も、わたし達が仲良さげにくっついて互いを抱き寄せるようにしているのを見て。


「なら、よかったです」


 ホッと胸をなでおろす。

 その姿を見て、わたし達もホッとする。


(分かってるよね、めぐ。あくまでこれは見せかけだけの同盟だから)

(言われなくても。あーちゃんを悲しませたら許さないんだから、オバサン)


 目線だけで会話をして、何とかこの場をやり過ごす。


 ・・・二人だけの街探訪のつもりが、厄介なお邪魔虫がくっつてきちゃったなあ、とため息の一つでも吐きたい気分だったのだが。

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