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エピローグ 君が好きだと叫びたい!

「失礼しました」


 一言、帰りの言葉を残してバイト先のロッカールームから出ようとすると。


「わっ」


 ちっちゃな影と、ぶつかりそうになりギリギリのところでかわす。


「あたた・・・、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「いえ、わたしは・・・って」


 よくよく姿を見てみると。


「店長じゃないですか」


 恐らく歳不相応の大きなリボンを付けた、深い赤色の髪が特徴の、低身長の女の人。女の子にしか見えないのだが、このコスプレ喫茶を経営しているという点から、確実に大人であることは間違いない。


「ああ、藤堂さん。お帰りですか?」


 店長はわたしの姿を上から下まで見ながら、ぽんと手を叩く。


「シフト多く入れてたの、今日までですもんね」

「はい」

「お疲れ様です。ちなみに私はこれからまだ居残りです。店長って意外とやること多くてヤになっちゃいますね」

「はあ」


 いや、聞いてないですけど。


「そう言えば今月のお給料、ちゃんと振り込まれてましたか?」

「あ、それは大丈夫です。もう使っちゃったんで」

「えーっ。結構な金額でしたよ!? 全部使っちゃったんですかぁ?」

「全部ってわけじゃないんですけど、ほとんど・・・」

「はえー。まあ、藤堂さんのお金ですから何に使おうと自由ですが・・・。近頃の子は羽振りが良いんですねぇ。貯金とかしとかないと、将来苦労しますよ?」


 ご忠告ありがとうございます、と頭を下げて。


「それじゃ、わたし行きますね」


 露骨に話を切り上げて手を振る。

 意外というか姿に似合わずというか、この人、話長いんだよな・・・。


「あ、はい。気を付けて帰ってください」


 では、と店長に別れを告げ、もうしっかり暗くなってしまった街の中を歩く。


(早く・・・)


 早く、彩夢の下に帰りたい。

 あの笑顔に、柔らかく温かい雰囲気に、彩夢と一緒に居たい。


(ああ、なんか)


 やっぱりこの気持ちが、『好き』って事なんだろうな。

 わたし、こんなにたくさん、彩夢のこと考えちゃってる。もう彩夢抜きの生活なんて考えられないし、こんなにも彩夢中心に物事を考えてしまっている。

 会いたい。早く、会いたいよ。

 いつも通りに待つ信号の赤が長く感じる。

赤から青に切り替わった瞬間、すぐに横断歩道を渡って、街を突っ切り、外套しか灯りがなくなった郊外を抜け、坂を上り。

 ―――寮の前で、立ちすくむ


(入れば、彩夢が待ってくれている)


 まだ寮の門限前だ。彩夢は管理人室に居るはず。この玄関をくぐれば、絶対に出会うようになっている。

 何か、今はそのことがとても尊いようなものに感じられた。

 わたしが中に入れば、彩夢に会える。


「おかえりなさい。歌子さん」

「・・・ただいま」


 その当たり前さえも、今は愛おしい。

 その当たり前が、何よりも大切で、温かい。





 門限が過ぎ、戸締りを確認するために寮を回り、わたし達は管理人室の隣部屋に帰ってくる。


「ふう」

「とりあえず、一服しましょうか」


 彩夢はその場を立ち上がり、長しに行って何かを用意すると、すぐに帰って来てくれた。


「ココアです。寝る前ですから、お茶系は避けてみました」

「わー、暖かい」

「お好みで砂糖を入れてみてください」


 お盆に乗せてある、細長い紙に入ったカップシュガーを机の上に置く彩夢。


「それじゃ、一つ入れようかな」

「私も・・・」


 二人で砂糖を一袋ずつ入れ、スプーンでカチャカチャと音を立てながらカップをかきまぜ、ふうふうと息でココアを冷ましながら、一口。ココアを飲んでみる。


「「美味しい」」


 思わず声が重なった。


「いいですね、こういうの」

「うん、最高だ」


 ココアを飲んでいる間、辺りは音が全くしてないんじゃないかってくらい静かだった。静寂の中、暖かいココアを二人で飲む。その『何もないところ』でゆっくりしている感じが、とてつもなく良いもので、言葉じゃ形容できない温かな気持ちと雰囲気が、わたし達の周りを包み込んでくれる。


「あの、さ」


 ココアを飲み終わり、ひとしきり休憩した後。


「彩夢に、渡したいものがあるんだ」


 本題を切り出すことにした。


 ―――もの自体は、バイト前に受け取って来てある


 バイトのシフトを増やしていたのは、お金を稼いでいたのは、この為。

 足元の鞄から紙袋を取り出し、それを彩夢に差し出した。


「え・・・」


 彩夢はしばらくきょとんとしていたが、事態を飲み込めると、すぐにハッとして。


「最近、よくバイトに行ってたり、バイト先から帰ってくるの遅かったりしたのってまさか、このため・・・ですか?」

「当たり」

「でもっ。今日、別に私の誕生日でも何でもないですよ? 歌子さんからプレゼントをいただく理由が」

「いいんだ。わたしが彩夢にあげたかったって、ただそれだけのことだから・・・でも」


 うん、ちゃんと考えてある。


「あえて言うなら、出会って一ヶ月記念・・・かな」


 わたしがこの寮に引っ越してきたのが、八月の下旬。

 今はもう、少しだけ風が涼しくなっている九月の下旬。


「二人が出会って一ヶ月の記念日にってことじゃ、ダメかな」

「いえ、ダメなんてそんなっ」


 必死に言うと、手渡された紙袋に目を落とし。


「開けて、いいですか・・・?」


 と、上目遣いでわたしの方をちろちろと見て、確認を促す。


「いいよ。それはもう彩夢のものなんだから」

「は、はい・・・。それでは」


 紙袋を一つ一つ、決して破らないように、慎重に。かけられたリボンを外していく。

 こういう繊細なところも、ああ彩夢っぽいなって思うのだ。


「わぁ」


 そして彼女は、感嘆の声を漏らす。


「金色の」


 紙からプレゼントを摘み上げ、それを目線の高さまで持ってくると。


「髪留め・・・っ」


 嬉しそうに、きゅうっと抱き込むようにプレゼントを両手で包み込んだ。


「あのね、彩夢」


 そして、わたしは話し始める。

 この『続き』を。


「じゃーん」


 制服の胸ポケットから、それを取り出し、彩夢に見せる。

 それは銀色に光る髪留め―――そう。

 ちょうど、彩夢に渡したものと対になるような色をした、同じ形の髪留めだった。


「これ、色違いですか・・・?」

「細かい差はあるんだけどね。こっちの髪留めは流線型だけど、彩夢のは真っ直ぐでしょ?」

「ほんとです」


 少しぽやっとした、熱っぽい表情でそれを確認する彩夢。


「それでさ」


 何故、これをここで取り出したのかと言うと。


「一緒に着けてみようか」


 それが目的だったからだ。

 わたしもこの髪留めはまだ一度も使ってない。初めては二人一緒に・・・、と、そう思っていたから。

 二人一緒に同じ髪留めを付けるなんて、なんかこそばゆくなるくらい嬉しいじゃん。綿ぼうしに包まれる感覚、とでも言うのだろうか。


「そ、それじゃあっ!」


 そこで彩夢はぐいっとわたしの目と鼻の先まで顔を近づけ。


「付けさせあいっこ、したいです・・・!」


 なんと。


「その発想は無かった」


 すごい。


「彩夢、天才じゃない!?」


 さすがわたしが見込んだ、誰よりも愛おしい特別な女の子だ。


「そこまで言うほどじゃないですっ」

「あ、照れてる」

「照れてませんっ」

「ふふ。かわいいなぁ」


 そうやって真っ赤になった顔を背けるところも、全部かわいいよ。

 だって彩夢だもん。彩夢はかわいい。これは宇宙絶対の法則だ。


「そ、それじゃあ。髪留め、渡しますね」

「うん。じゃあわたしも」


 付けさせあいっこするために、互いの髪留めを相手に手渡す。

 手渡した時、ちょこんと触った彩夢の指先が、びくんと震えていたのはどういうことだったんだろう。


(緊張、してるのかな・・・)


 なんかわたしまで緊張してきた。ただ、相手に髪留めを付けさせてあげるだけなのに。

 なんだろう、この妙な緊張感・・・。何かに似ているような。


(結婚式の・・・指輪交換?)


 あ、しまった。

 変なことを考えてしまった。

 もうそれでしか無くなってしまったのだ。

 これは結婚式の指輪交換だ。それ以外に何ものでもない。

 そう思うと、確かに緊張して手が震えてきた。だが。


(気合いを入れろ、藤堂歌子!)


 かわいいかわいい彩夢に、髪留めをつけてあげるんだろ。

 わたしがド緊張しててどうする。

 緊張はきっと彩夢にも伝わる。それはよくない。ただでさえ、彩夢は震えていたのに―――震えるほど、大切に思ってくれているのに。

 彩夢の前髪をすっとかき分ける。

 あらわになったおでこが、また無防備で。沸き立つ何かに押しつぶされそうになったけれど、今は我慢。

 耳にかからないように慎重に、髪留めで前髪を留めてあげる。

 それと同時に、うんと伸ばした手が、わたしの前髪をかき分ける。

 震えがこっちまで伝わってくるように緊張した指先が、一つ一つの動作を確かめるように慎重に―――だけど、失敗することなく。

 髪留めが、わたしの前髪を留めてくれた。


「ど、どうですか・・・?」


 髪留めを付けた彩夢が、恐る恐ると言った感じでこちらの様子をうかがってくる。

 銀色の髪に、アクセントとなるような金色に輝く髪留め。少し派手に見えるかもしれないけれど、他にかざりっけがない彩夢だからこそ、その髪留めの存在が引き立たされている感じがして。


「すごく似合ってるよ」


 わたしのプレゼント選球眼に、狂いはなかった。誇っていいと思う。

 それから。


「歌子さんも、すごく似合ってます」


 わたしの方を見上げながら、にへらって笑う顔が、途轍もなくかわいくて。

 思わずぎゅーって抱きしめてしまった。


「歌子さんっ!?」

「あーもう。好き。大好き。愛してるよおかあさんっ」


 ここまで来たんだ。

 もう、日和ってる場合じゃない。

 わたしは今日、やるんだ。


「彩夢」


 彼女の名前を呼ぶと。


「大好きだよ」


 そう告げ、彼女の唇に、自らの唇を重ねる。


「―――っ」


 ただ、ふれ合うだけのフレンチキス。

 でも、それだけでよかった。

 唇と唇を合わせ、ぷにぷにとすり合わせる。こうしていると、気持ちが通じ合って、そのまま一つになるんじゃないか。そんな気さえ、してくる。


「ぷはっ」


 名残惜しさを必死に堪えつつ、彩夢の唇を離した。


「・・・まったく」


 彼女は顔を赤くして、それでも照れを最小限に抑えながら、わたしからの視線から逃れるように少しだけ視線を泳がせて。


「仕方がない子ですね」


 そう言って、少しだけ笑った。

 人生で初のキス。

 彩夢の初めてを、もらった。そして、初めてをあげた。

 だけど彼女の反応はいつも通りで、ある意味安心したのだ。

 だって、特別に感じてくれてるってことは・・・、分かるから。

 突然のキスだったのに、彩夢は怒ったり、動揺したり、しなかった。それはきっと、受け入れてくれたからなんだって、わたしには分かる。


「甘えたい。もっと甘えたい。ばぶー」


 彩夢はわたしの、お母さんだから。


「赤ちゃんですか」

「赤ちゃんだもーん」


 こんなわたしでも、彩夢は受け止めてくれる。全て許して、それでいいんだと言ってくれる。そんな彼女のことが大好きで、もっと頼りたくて、そして、ずっと一緒にいたい。このプレゼントはその気持ちがカタチになったものだ。

 理由なんて、後付け。

 結局、わたしが彩夢の事がこれくらい好きなんだっていう、その具現化みたいなことだから。


「ほら」


 部屋の姿見の前まで行って、彩夢の後ろに回り、彼女の肩に手を置き。


「わたし達、めちゃくちゃ良くない?」


 鏡の中で幸せそうに笑う二人を、恥ずかしそうに頬を赤らめる自分たちを覗き込む。


「まあ・・・。はい。そうですね」


 金色の髪の中に一つ輝く銀。

 銀髪の髪の中に一つ輝く金。

 これを想像して、プレゼントを選んだ。その通りのものが、その予想以上のものが、わたしの目の前には広がっている。


(二人、お揃いのものが欲しかった)


 でも、まったく同じものっていうのも少し芸が無いかなって思って。

 じゃあどうしようって考えた結果―――髪の色へ考えが行き着いた。

 金と銀、二人並ぶと正反対で綺麗なんじゃないか。だったら、それに合わせた色と形の髪留めなんか、いいんじゃないか。

 そう思ったのだ。


(ずっと、この髪の色に対して、後ろめたいところがあった)


 結局、髪の色だけ変えて中身は何も変わってないんじゃないかとか。不良みたいとか。印象良くないとか。金髪じゃなくても自分を表現する方法なんていくらでもあるんじゃないかとか。

 だけど、今日からは。

 胸を張って、わたしの髪の色は金髪で良いんだと、鏡の中のわたしと彩夢を見ていたら、そう言える気がした。


「ありがとね、彩夢」

「歌子さん?」

「わたし、彩夢と出会えて本当に良かった」

「どうしたんですか、急に」


 ぐっと、鼻の奥に込み上げるものがあったけれど。

 湿っぽくしたくないから、必死で我慢。


「なんでもないっ」


 そして、彩夢に向かってニッと笑いかける。

 次の瞬間。部屋の中に電子音が流れてきた。


「あ、お風呂が沸いたみたいです」

「そう言えばまだ入ってなかったね」


 ちょうどいい区切りだ。


「入りましょう」

「彩夢・・・」

「はい?」

「またお風呂で、胸に抱き付いても良い?」


 右手と左手の人差し指をつんつんと突っつき合いながら、おずおずと言うと。


「もうっ」


 彩夢は呆れたように零す。


「しょうがないですね、歌子さんは」


 そして次の言葉では、了承してくれたのだ。


「彩夢の真っ平らな胸に抱かれてると、すっごく癒されるんだよ~」

「・・・。絶対成長して、歌子さんより大きくなりますっ」

「えー。彩夢はそのまんまでいいよ。そのままの彩夢がかわいいよ」

「歌子さんが言うと、何かいやらしい言葉に聞こえてきます・・・」

「ウソっ?」


 わたしがショックを受けていると、彼女は引っ張るようにわたしの手を取り。


「でも、私が好きな歌子さんは、困った人ですから」


 天使のような笑顔で―――


「どんな歌子さんでも、いいんですよ」


 小さく、首を傾けた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

女の子たちのきらきらな日常と、その一歩先の恋愛。いかがでしたでしょうか。

おねロリって素敵ですよね。

皆さんの心に残るお話になったなら、これ以上の喜びはありません。それでは、また。

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