第7節:ディアーナ(空隙)
同刻。
そこは教会というよりむしろ葬儀場のようにも見えた。とても暗く、湿っぽく、死のかおりが緩慢に漂っているところだった。
冷たい石の床にはひとつの人型が倒れていた。確かに血は通っていたが、生きているという訳でもなかった。端的に言えば死んでいた。しかし俺にとってその光景は恐ろしい殺人事件現場よりも、貧しい老人の孤独死現場に近かった。『彼』は誰にも気づかれることなく、ずっと前から死んでいたのだった。もちろん怖くはなかったし、悲しみさえも感じられなかった。
「あ? 神は死んだ、と? どこの馬鹿がそんな事を言った!」
神父のような格好の中年男性が登場した。太っていた。
「ニーチェ――フリードリヒ・ニーチェと申すもの――の、一部です。何者かによって喚ばれたのかと。」
そして、黒服の長身男性も登場した。当然、痩せていた。このシーンの役者が揃った。
「喚ばれた! ニーチェが! ではどこの馬鹿がニーチェの亡霊など呼び出した!」
「ダーウィン――チャールズ・ダーウィンと申すものです。彼に関しては、恐らくその大部分が召喚されているように観測されます。」
「ダーウィン! あの人語を解す猿が何故ここに現れる!?」
「わかりません。――ただ彼は確かにこの宙界に現れ、そして畏れ多くも神を『進化』させようと試みたのです。しかし神は如何なる進化論的『自然選択』も受容しませんでした――いや、出来ませんでした。だからニーチェの欠片が召喚され、神は殺されました。我々によって殺されたのではありません。彼がただ一人で殺したのです。」
「――何故そう言い切れる」
「――ン、私は、言い切ったわけではありません。ただそう推測するのが妥当かと。」
人型は動かない。死んでいるように見える。
でも、仮にそれが神なのだったら、やはり生きていると言わざるを得ないだろう。いや、しかし――
――Exactly.――
――私がたった一人の哲学者によって殺されることなどは無い――
――そして無論、神には進化論は適用できない――
――進化出来なかったのはこれ以上進化のしようが無かったからだ――
――株価で言うとストップ高――
――神は絶対であり、その存在は不変である――
――読者諸君はそう、学校とかで習わなかったのかね?――
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ソファラ市は港町だ。まず初めに港が出来て、それから市街が出来た。敢えてヘシオドス風に言うと港は混沌であり、市街は大地である。詳しくは神統記で検索。
「思っていたより大きく活気のある町だなあ」
と主人公は思ったそうだが、正直こんな田舎町は横浜市にすら劣るEランク都市である。地下鉄すら通っていない。無論アニ〇イトもない。無である。
「街につく頃には大分馬にも乗れるようになったじゃねえか?」
「……ここまでに4回は落馬したけどな」
受験生にとってこれは4浪を意味する――読者はこの小説が大学入試センター試験で確実に高得点を取る方法を教授するものであることを一時たりとも忘れてはならない。
「ま、まあそうだけど。でも一回一回ちゃんと治療してやっただろ? こういう事があるだろうから私は魔力を独り占めさせてもらったんだ。一応私の方が魔術の腕はあるだろうからな。別に、失礼な事は承知していたつもりだ……。」
「そこまで言われると何も言えないけど」
彼はヤクザフェイスを反省した(第6節を参照すること)。しかし彼にはヤクザフェイスのみならずギャングステップ及びマフィアビームを所持しているので当分職質のネタに困ることはない。彼の行くところにはポリス有りである(但しこれは十分条件ではない)。
「ところで、今晩はどこに泊まるつもりだ? この街の宿屋は優しい所が多いから一晩くらいはタダで泊めさせてもらえるぞ?」
「ええ……ツカサさんのご自宅に泊まるルートは無いんですか?」
「…………」
変な間が開く。
「やっべ、いきなり攻めすぎた」
と主人公は焦っているそうだ。しかしそこはツカサの寛容さ。たった一度の言動で好感度が大幅に下がるタイプの女性ではない。
「……ま、まあウチは狭いけれど、駄目では、ない。――ただどうなっても知らねえけどな」
「ぃやったあーーー」
主人公は大人げなく喜んだ。下心丸見えである。それにしても「どうなっても知らない」んだって。主人公君はちゃんと責任とれるのかな?
同刻。
――やりにくい、やりにくい――
――そもそも何で俺がここにいる? どうしてダッシュに挟まれる?――
――そして何故俺は、ひとつひとつの感情を言葉に出さねばならぬのだろう?――
唐突な下ネタはどうかと思う