第6節:異界の自然選択説
ヒャーヒャー鳥、それは大変危険な動物だ。危険すぎてダーウィンも来ない。
「ヒャー」
「ヒャー」
「ヒャー」
草原一帯にヒャーヒャー鳥の鳴き声がこだまする。全長3メートルの巨大な鳥から発せられるとは思えない澄んだ声。だが澄んだ声ほど危険であるということは、俺の長い航海の経験が物語っている。あの類の声はヒトを誑かし、魅了し、最後には完膚なきまでに叩き壊してしまうのだ。(作者注:理由は不明だが、このシーンに限って主人公にオデュッセウスの魂が憑依している。おそらくオデュッセウスの魂は細部に囚われない抽象的思考に基づきヒャーヒャー鳥とセイレーンの『声がやばい』という共通性を見出したのだろう。)
それにしてもツカサの動向が気になる。俺の眼球を直したホワイト呪術師とはいえど戦闘能力についてはよくわからない。食われてたりしないだろうか。気になって仕方がないので落馬に注意しながら恐る恐る振り返ってみた。
前方、約200メートル。かの妖鳥は、空中でもがいていた。あれっ意外と戦況が有利では? 時折鳥の身体全体がビクンと大きく痙攣し、その度に
「ヒャー」
と悲痛に呻いている。悲痛なのだ。そしてツカサは、鳥には指一本触れてすらいない。これはすなわち――
「すっげ……異能力バトルじゃん……!」
俺の目の前にあったのは、物理や化学の法則などを超越した、理系泣かせの異能世界だったのだ。なお、俺は文系だったので泣かなかった。文系はつよい。
「ヒャー……ヒャー……ヒャ……ヒャ……ヒャ……」
Actually(実のところ)大して長くもない戦いだった。あの恐ろしいヒャーヒャー鳥は恨みがましい断末魔を残して爆発四散した。サヨナラ!(挨拶)そして爆発四散したあたりに生成された白く光るオーラ的なものがツカサの身体に吸い込まれていった。多分経験値だろう。俺にもよこせ。俺は少しだけヤクザフェイスした(余談だが俺のヤクザフェイスは一級品で、一目見ただけで全国ポリスの血を沸き立たせると評判だ)。そしてようやく安全になった野原には再びダーウィンがやって来たのだった。
そう、ダーウィンが――
ガガガ、ピガーゴーガガガ、ゴガーー……
その歌声を聞いたものは魂を奪われ、海に自ら飛び込んでしまうと言われているセイレーン。古来より数多くの人々の関心を集めてきましたが、その生態は近年まで謎に包まれていました。しかし近年、イギリスBBCの協力の元、4名のスタッフがセイレーンの餌食となり帰らぬ人となる中ようやく貴重な生殖シーンの撮影に成功! 世界初公開シーンも満載です。 次回! ダーウィ〇が来た! 禁断の歌姫セイレーン、放送お楽しみに!
同刻。
――畜生! ダーウィン! 来やがったな! 貴様に用はない!――
――何!? 進化論に基づき君は消えてもらう、だと!? たわけたことを言うな!――
――ふざけるな、私は三人称視点、即ち神だ。私は進化論の対象になどならぬ、なら……――
――やめろ、何だ、何だ! 何故私がここまで増えるっ!? これが自然選択説だとでも言うつもりかっ!?――
――戦う!? 私同士増やした挙句戦わせるのかっ!? 貴様、貴様!――
――おい今度は誰だ、まさか貴様は……フ、フ、フリードリヒ・ニーチェ……!――
――やめろ、その言葉を言うな! 私に向かって、口を開くな! やめろ! やめろ!――
「Gott ist tot.」
環境は厳しく、神さまの入り込む余裕などなかったのだ。