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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

マジョリティコントローラー

 渋谷スクランブル交差点でアイドルの、江角里佳子が殺される事件が発生した。

 スクランブル交差点のライブ映像や、目撃者の証言を基に可能な限りの関係者が警察署に連れてこられた――が、事件当時、現場はパニック状態であったため、全ての関係者が集められているのかは疑わしかった。




 ~ 以下 山上が得た証言 ~


「みんながやるって言うから、祭りだと思って……。同じファン仲間にも会いたかったし」


「俺のはゴムですよ。こんなんじゃ虫殺すのも無理ですよ」


「ファンサイトの書き込みで、臼田Bとかいうやつが言い出して、そんで集まったんよ」


「私も行きましたけど、よく見えなかったですよ。気づいたら悲鳴上がってて、祭り乗り遅れです」


「集まったメンバーで誰ともなしに『一番最初いくからみんなついてこい』みたいになって、誰ともなしですよ? 僕じゃないです。なんか流れ? みたいな」


「指定の場所にいったら、なんかおもちゃのナイフがたくさん置いてあって、そこに『一つとったら渋谷行け』『行けばわかる』みたいな事かいてあって」


「えぇ?! 里佳子公認のイベントじゃないの?!」


「同じファンでもラインとかで連絡とってる奴らもいるし、そいつらじゃねぇの? おれら目くらましに使ってさ」


「最初に里佳子ちゃん見つけた人はディナーご招待って、あれ嘘なん?!」


「アタシは逆、あの子嫌いだから参加したし、直接触れ合えるって話しだったし、出来れば髪でも引っ張ってやりたかったんだケド、近づけもしなかったし」


「ナイフは……確かに彼女に当てましたけど……でもあれ切れないやつで……ちょっと怖がらせてやろうと思って……それだけです……」


「まぁ、恋愛自体禁止なのに熱愛スクープとか、いつかこういう事になると思ってたよ」


「『早い物がち』とか誰か言い出して、みんな目をギラギラさせて里佳子探してたんだけど」


「すみません、これ会社に連絡いきます? 出来れば内緒にしてほしいんですけど、隠れファンなので」


「俺が行った時、ナイフなんてなかったぜ? 箱はあったけどさ、誰か捨てたんじゃね?」


「何でわからんけど、毎週レギュラー出演してるラジオの生放送のあと、帰ってくるルート知ってるゆうてたで、GPSでわかるとかなんとか。オレやないで、オレそないファンちゃうし、本命マナミちゃんやし」


「私は彼女を守りに行ったんですよ! おもちゃとはいえ物騒だから全部捨てました!」


「里佳子を生で見たかっただけ。凶器ったって――おもちゃのナイフだよ。これ犯罪になんの?」


「えぇ?! 死んじゃったの?! マジで?!」


「『いたー』とか『発見!』とか声が上がってすぐ、悲鳴も上がってたよ」


「すげぇ入れ込んでる奴いたし、裏切られたと思ったんだろうね。まぁ俺もヒドイと思ったけどさ。去年まで処女とか吹いてたから、余計そう思うよ」


「臼田っしょ、なんかプレゼント受け取ってくれたとか、すげぇ喜んでたよ。サイトのログ見たら? まだ残ってっから」


「あたしがやるわけないし、今でも好きだし、つーか、いつ帰れんの?」


「おれじゃないっすよ。悲鳴あがってすぐ逃げたし、いや、やったから逃げたわけじゃないっす。なんか尋常じゃない感じしたんで」


「あぁ、臼田B? 確かにサイトの常連だけど、本名じゃないと思うよぉ? たぶんだけどぉ」

「ぼ、ぼぼぼくが殺すわけないじゃないかぁ!」


「熱烈なファンいたからなぁ、マジになって本物のナイフもって参加したのかもね。え? オレじゃねぇよ~」


「僕ですよ、僕がやりました。裏切ったあいつが悪いんですよ。ちゃんと死んだんですよね? ――だとしたら簡単に死ぬんだなぁ、人って」


 ~ 以上 証言 その一部 ~



 一通りの聴取を終えた山上警部と、その部下である山下は、休憩室で一服していた。今も代わりの警官が他の関係者の聴取を続けている。


 ガラス張りの部屋の中央に灰皿が置かれている。灰皿の上は既にタバコのピラミッドが建設されていた。タバコの煙が、天井付近に人工の雲を形成している。


 コーヒーを一口飲むと、山上警部が口を開く。

「最後の奴以外、みんな似たりよったりの証言だな」

「そうですね、この中に犯人はいないんですかね?」

 部下の山下が、眉間に皺を寄せ言った。長時間の聴取で疲れたのだろう、顔に疲労が浮かんでいる。


 山上は、首元を押さえほぐす様に回す。凝り固まった首回りが、コキコキと鳴った。

「血が出た瞬間、蜘蛛の子散らすみたいに四方八方に逃げたらしいからな、そうかもしれん」

「やっぱ最後のあいつですかね、一人だけ本物のナイフ持ってた」

「でも、あいつは薄く切り付けただけで、死因じゃないんだろ?」

「えぇ、頸動脈から大量出血したのが原因みたいです」


 山上は上方に煙を吐くと、タバコを持った指で無精ひげをなでる。

「俺は、あいつだと思うがな、ほら居ただろ、やけに落ち着いた奴」

「いましたね、あんなに血だらけなのに、まるで気にしていない風でしたね。むしろ幸せそうな……正直ちょっと不気味なくらいでしたよ」

 ゴクリと喉を鳴らし、山下は凍えたように腕を組む。


「警官が駆けつけるまで、一番近くにいたっていうし決まりだろうな」

「根拠は?」

「無い――、勘だ」

 山上は背筋を伸ばすと、腰を叩く。そして気だるげに言い放った。

「ガミさん……真面目にやって下さいよ……」

「俺は何時だって真面目だよ」

 山下は肩を落とし、『もうちょっとで定年なんですから……』と、大げさにため息を吐く。


 山上は、自分の勘が犯人だと言っている人物の証言を思い出していた。

『ぼくはゴムのナイフすら持ってないですよ、いくら裏切られたからって、殺すほどじゃないですから』

『返り血は、倒れかけた彼女を支えようとして、付いてしまいました。あの時は彼女の出血を止めるのに必死だったから気にする余裕なかったけど、今みたらすごい量の血、浴びてますね』

『あぁ、この爪ですか? 昔からのクセなんです。伸びてると噛んでしまうんですよ。たぶんストレスが原因だと思うんですよね』

『トイレ行ってきていいですか? 今日は朝からお腹の調子が悪くて……』




 数日後、山上は住宅街を車で走っていた。夕暮れの町並みは赤くどこか不気味に見える。目的の家が見えた山上は、タバコを消し、車を路肩に寄せた。

 中流家庭のごく普通の一軒家、壁は新築のように綺麗で、二階の窓から明かりが漏れていた。ガレージに車は無く、自転車が1台置いてある。

 山上はエンジンを切ると車内から、玄関のドアが開くの待った。


 数分後、注視していたドアが開く。

 山上は運転席側の窓を開けると、

「よぉ、近藤君」

 玄関から出てきた、学生服の少年に声をかける。

「あ、刑事さん。こないだはお世話になりました」

 近藤と呼ばれた少年は、山上に向き直り挨拶した。


「どこか行くのかい?」

「はい、これから塾です」

 少年は背負った鞄を見せ、軽く叩く。

「乗んな送ってくよ、話したいこともあるしな」

「いえ、悪いですよ。それで行くので」

 少年は首を振ると、ガレージに置かれたマウンテンバイクを指さして言った。そして自転車に近づいていく。

 カギを外し、自転車を押し出そうとした時、少年は何かに掴まれたように立ち止まった。後方を振り向いた後、しゃがみ込む。左手で自転車の後輪を握ると、

「あれ、パンクしちゃってる。困ったなぁ」

 少年は笑みを浮かべながら、肩を落とす。


「そりゃ大変だ」

「ママに送ってもらわないと……」

「車で出かけてるみたいだけど、すぐに帰ってくるのかい?」

 山上はガレージを顎で指し言った。


 少年は少しうなって考えると、申し訳なさそうに、

「うーん、やっぱり乗せて行ってもらっていいですか?」

「もちろん」

『すみませんこれ、いいですか?』と言って、少年は背負っていた通塾用のカバンを差し出す。受け取った山上は、後部座席にカバンを置く。

 山上は少年を助手席に乗せると、エンジンに火を入れ車を発進させた。



 車は細い山道へ入っていく。あたりに民家は無く、ガードレールと山の斜面に挟まれていた。くねくねと曲がる、先の見えない傾斜を登っていく。

「あの、塾と方向が違うんですけど」

「あぁ、こっちじゃなかったか、すまんな」

「わかってるクセに――って、戻る気ないじゃないですか」

「道が細いからな、ちょっと行ったらUターンするよ」


 少年は俯くと、笑いを堪えらえないとばかりに肩を震わせる。そして、

「刑事さん、気づいてますよね」

「まぁな――、だが、確証が欲しくてな」

「やっぱダメかぁ、ま、いいですけどね。捕まるなら捕まるで。未成年だから、そんなに長くは入らないですよね」

「そうかもな」

 少年は安心したようにホッと息を吐く。途端、顔を輝かせ饒舌になる。


「このまま発覚しなかったら、また一人殺そうかと考えてた所なんですよ。何人連続で殺せるか、試すのもいいかなって、面白くないですか? 記録に挑戦ですよ!」

「……話してくれるかい?」

 

 少年はその経緯を話し始めた。

 時に興奮して。時に楽しそうに。時に嬉しそうに。時に優し気に。時に誇らしげに。

 ターゲットの家を突き止めた事。行動を調べた事。計画の準備。凶器を食べた事、などを。

 まるで、『話せる時をまっていました』とばかりに、ダムが決壊でもしたように、話した。


「まぁ、一応ファンではあったんですけど、本当は誰でも良かったんですよ、でも殺す相手がアイドルだと、後々も忘れられないで歴史に残れるかなぁって」

「そうか……、もうわかった」

 そう言った山上の目は、光沢を失ったように虚ろだった。怒りも悲しみも、通り越したように暗く冷たい。

「そうですか」

 少年はスイッチが切られたように、トーンを下げる。興味を失ったように静かになった。ただ前を向き、感情のない顔に戻る。


「歌ってくれてありがとうよ」

「うたって?」

「あぁ、自白の事だよ」

「へぇ~、そうなんだ。じゃぁ警察に行きますか」

 少年はそう言うと、目をキラキラさせた。『早く他の人にも話したい』『聞いてほしい』とでもいうように。


「いや、その前に俺の話を聞いてくれないか。――あぁ、未成年がいるのに悪いんだが、タバコいいかい?」

「どうぞ」

 すまんな、と言って山上は胸ポケットから煙草を取り出し、車のシガーライターで火をつけた。そして、

「もう20年くらい前になるか、俺は昔、離婚してるんだよ。まぁこんな仕事だからな。よくある事かもしれん。子供もいたんだが、母親の方に親権を譲ったんだ。育て上げる自信が無かったんだよ」


 タバコを吸い、肺に一旦留め吐き出す。山上は煙草から立ち上る煙を避けるように目を細めた。

「子供は俺が父親だとは知らないんだ、まだ小さかったし、母方の性を名乗ってるしな」

 

 タバコを一口、先端がパチパチと火花を散らす。

「お前が殺した子はな、俺の娘だよ」

「へ~、すごい偶然ですね。――そうだ、自由になったらお墓参りに行きますね」

「…………そうだな――――、だが俺は迷ってる。お前をこのまま警察に連れていくか、それが正しいのか」

 山上の眉間に深い皺が刻まれる。歯を食いしばり、ただただ苦しむ。それを誤魔化すように煙を肺に取り込む。


「こういう仕事してるとな、いろいろ伝手も出来るんだよ。葬祭業者とか、ヤクザとかな。自然と処理の方法とかも詳しくなっちまうんだ。殺さないように痛めつける方法とかもな」

 山上は最後の煙を吐きながら、短くなったタバコをもみ消す。


「だから余計に、わかるよ。人を殺したくなる気持ちが。『罪から免れる方法があるなら』『罪を軽減する方法があるなら』ってな。――実際同僚にも居るんだ『こいつ、やった事あるんじゃないか?』『その事実をもみ消して、平然と生きてるんじゃないか?』『自らが殺人者でありながら、正義を執行し続けてるんじゃないか?』って奴がな」

 怒りをぶつけるように、山上はハンドルをギュッと握りこむ。憤怒を抑え込むように手のひらに爪を食い込ませる。


「俺もな、この際発覚したっていいと思ってるんだ。お前を乗せるところも見られてるだろうしな。――どうせこの先、定年を迎えたって、俺は一人だ。――生きていれば一度だけでもいい、直接、娘に会いたいと思っていた。一度だけでもいい、この手に抱きしめたい、そう願っていた。……だが――、もうその希望もない。失うものがもう無いんだよ。この気持ち、お前なら理解できるよな?」


「お前なんかを歴史に残すかよ。俺が始末してやる」


「逮捕は――してくれないんですね」

 少年は小さく呟き、心底がっかりしたように息を吐く。


 少年の雰囲気が微妙に変わったのを山上は察知する。明らかに空気が変わったのを、長年培った勘が警告する。山上は運転を続けながら、警戒を強める。


 少年はゆっくりとポケットに手を入れる。すぐに抜けるように有尖(ドラ)無刃器(イバー)をポケットから少し出す。ドライバーの柄を逆手に握ると、チャンスを待った。


 車が大きな砂利に乗り上げる。山上の上体が崩れ、バランスを崩したように前傾姿勢になった。

 その時――、

 少年は山上に向き直ると、歯を剥いて襲い掛かる。勢いをつけて山上の首に振り下ろした。


 少年を横目で注視していた山上は、左腕を上げガードする。上体を崩しながらも受け止める。ドライバーの先端が、山上のこめかみに傷つける。直後、急ブレーキをかけた。

 体勢を崩した少年の後頭部を掴むと、思いっきりダッシュボードに叩きつける。激怒の一撃に、少年が完全に脱力する。抵抗する力が無いのを確認し、少年の頭から手を離す。山上の左手から、髪の毛が数本はらりと落ちた。

 脳震盪を起こしたのだろう、少年の視点は虚ろで、視点が定まっていない。頭を揺らし、低くうめき声をあげる。


「しゃがんだ時に工具箱から持ってきたのか? それとも――普段から持ち歩いてるなら物騒な奴だな」

少年の手から落ちた、先の尖った凶器(ドライバー)を拾うと、ダッシュボードを開けその中にドライバーを放り込む。

 山上はダッシュボードから結束バンドを取り出すと、少年の両手親指をきつく締めあげた。それからアクセルを踏み、再び車を発進させる。


「お前、腹痛いって下向いて苦しんでるフリしてた時、笑ってたよな。わかるんだよ、長年こんな仕事してるからよ」

 少年はただゆらゆらと車に揺られながら、山上の話を聞いている。


「覚悟しとけ、簡単にゃ殺さねぇからな」

 車はただただ続く一本の、細い山道を進んでいく。夕暮れの日差しも木々に阻まれ届かない。暗く緩やかな傾斜を登っていく。


 山上の運転する車は光の射さない闇の中へ消えていった。


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