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賢狼と呼ばれた男  作者: 天然パーマ
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始まりの森の中

目を覚ますと最初に入ってきたのは生い茂る自然。

湿った土と豊かな草花に囲まれて、木々が視界の先を多い尽くしていた。


「…ここはどこだ?」


森の中にどうやら俺は倒れていたようだ。

見覚えのない景色に戸惑いつつも、状況確認をするために立ち上がろうとする。


「?」


立ち上がったはずなのにやけに目線が低い。というか四足で立っている。

どういうことだと思い下を向くと


真っ白な獣の足があった。


「??!!」


獣の足である。

真っ白な美しい毛を持った。

犬の足…いや、犬にしては少し大きい。狼だろうか?

何はともあれ、それがたとえ犬の足だろうが狼の足だろうが別段驚きはしなかっただろう。


それが自分の足でさえなかったなら。


「なんだこれ…なんだこれ…」


訳がわからなくなり自分が気を失うまでのことを思い出そうとする。…いや…そもそも…


「俺は…誰だ…?」


知識や教養などのいわゆる一般常識などは覚えているのに

自分のことが思い出せない、名前も、どんな顔だったのかも、どこに住んでいたのかも、

だが少なくともわかることは


「俺は人間だったはずなんだが…」


現実から逃げるために周りを見渡しても、見えるのは見慣れない大自然。心の逃げ場はなかった。


「落ち着け…落ち着け…」


状況を整理する。

目が覚めると見慣れない森の中、自分のことが全く分からず、そして自分が獣の姿をしている。


「…とりあえず歩こう」


自分のことを直視できず、目を周りに向けることにした。


ひんやりとした森の中をしばらく歩き周りやっと落ち着きを取り戻す。

足の裏から土の冷たさを感じる、鼻で呼吸すれば土や植物、虫や猪など森の生き物の臭い、周りの臭いが分かる、四足で歩いているのに不思議なことに違和感を感じない、まるで昔から狼であったかのように。


「…記憶がないだけで俺は狼だったのか…?」


そんなことはないと思いたい…自分が獣であったなど思いたくもない…しかし、否定する材料がない。


「これからどうする…」


森の中を当てもなく歩き続け自問自答する。


狼としてこの森で自給自足で生きていくか?


「…いや…俺は人間だ…狼じゃない…そんな生き方はごめんだ」 


名前も、記憶もなく、狼の見た目をしているが、人間なのだ、人間の尊厳だけは失ってはいけない。


そう自分に言い聞かせ、この状況の打開策を考える。


「…まず、この森から出よう」


情報が足りなすぎる。

森から出て人に会いたい。



--------------------------------



「はあ…はあ…」


もう何時間歩いただろうか。

まっすぐ歩いているはずなのに、周りの景色は代わり映えしない。いつまで歩いても森、森、森。

人の気配が全くしない、大自然しか感じられなかった。


「…どうなってんだ…」


森が相当広いのか…もしくはまっすぐ歩いてるつもりが同じところをぐるぐる歩いてるのか。時間を無駄に消費してるのではないかと思われた。

辺りも暗くなりつつある。


「しょうがない…今日はもう…疲れた」


近くの木の根本に体を丸める。

幸い、気温は低くないし毛皮のお陰で寒くもない。このまま寝ることには問題ないだろう。


「狼の体も悪くないな…」


思わずそんなことを言って、そんな自分に嫌気が指した。



狼の体になってから二日目。


空腹感を感じて目が覚める。


「…」


目が覚めてもやはり自分の前足はやはり真っ白い毛皮に覆われていたことに軽く嘆く。

狼の体になったのは夢ではないようだ。


「…何はともあれ…飯だな」


そう言って俺は立ち上がり朝御飯のことを考える。


森は食料の宝庫であり、食べる物には困らないだろう。

木の実、兎、蛇、猪、きのこ類、挙げればいくらでもある。


「…問題はどう捕まえるかだな…」


兎などを簡易的なトラップで捕まえる知識はあった。

自分のことを思い出せないのにこんなサバイバル知識があるとはなんという皮肉か。

ともあれ人の知恵とは素晴らしいものだ。

トラップを作ってさっさと朝飯を食べるとしよう。



結果的に、朝飯にはありつけなかった。

そもそもこんな手足でトラップなんて作れるはずがない。


「…狼使えねえ…」


わざわざ周りからは木の枝や蔓を集めてきたのに組み立てることができず材料の目の前で頭を項垂れる。

人間の知識であるサバイバル技術は一切使うことができない。

人間の手足がどれ程器用で貴重なものだったかを再認識した。


「…いやそもそもトラップなんて使わずとも今の体なら兎ぐらい捕まえられるかもしれないな…」


知恵など使わずとも肉体の力で飯にありつけるならそれで良い。そういうことにした。


兎を捕らえるのは案外簡単だった。

臭いを追い、兎を見つけ、あとはおいかけっこをするだけだった。

狼が兎に追い付くなどわけがない。


しかし兎を口にくわえたまま俺は固まっていた。

問題は、どう食べるか。


本来であれば、兎の血抜きをして、内蔵類を取りだし、手足を解体して、皮を剥いで、あとは煮るなり焼くなり。

しかし、この手足でそんなことができるわけがない。

狼らしく兎を噛み砕き、辺りに血を撒き散らせつつ、豪快に生のまま食べるのが解決策には思えた。

しかしそれはどうなのだろう、人間として、その食べ方はしたくはなかった。


そんなことを考えている間にも兎は俺の牙から抜け出そうと必死にもがいている。この兎だって死にたくはないのだろう。


「しょうがない…」


俺は兎を口から離すと、兎は全速力で逃げていった。


人間性を捨てたくないのだからしょうがない。




森を歩きながら、生えてるきのこや木の実などを見つけては食べる。腹の足しにもならないが、食わないよりは増しだろう。



森に遭難して三日目


腹が痛い


「まずったなあ…」


どうやら昨日歩きながら食べたきのこがまずかったらしい、腹が痛すぎて動くに動けない、幸い、痛すぎて食欲すらないのが救いだろうか。



狼生活四日目


昨日歩けなかった分を取り戻すため今日は歩いた、

朝早くから起きて、まあ空腹のせいで早めに起きてしまったのだが、

それでも歩いたお陰で川を見つけることができた。


「おお!」


久しぶりに見る、キラキラと光を反射する水はとても美しいものだった。

最近は同じような景色ばかり見ていたし、ここ数日はろくに飲み物も飲むことができてなかったので俺は無我夢中で水のなかに口を突っ込んだ。


「んっんっんっ」


久しぶりに喉を気持ち一杯潤すことができて幸せを感じる。

昨日のせいできのこ類は食べられなくなってしまい、よりいっそう空腹を感じるが、水を腹一杯に飲めば少しは満足できた。

それに、この川を下っていけば森を抜けられるのではないだろうか。


「希望が見えてきたな」


食料の問題はどうしようもなかったが、希望が見えた。


五日目


熊に襲われた。

川沿いに進みつつ、空腹で動けず近くの木の根本で寝ていたときのことだ。

腹も減って頭が動かなくなってきて、ボーッとしていたらいつの間にか熊が近くに来ていた。

熊にあったら死んだ振りをするんだっけ…などと考えていたら鼻に入ってきた獣臭で我に帰った。


「!!!!」


命の危険を感じて全速力で逃げた。

川沿いから森の中に入って走った。

こんな空腹状況だ、勝てるわけがない。

死にたくない、

死にたくない、

木と木の間を縫って走り、障害物競争がごとく跳んで走って逃げまくった。

幸い気付いた頃には熊はいなかったが

方向を見失った。


六日目


腹が減った、

空腹だった、

なんで俺はこんなところにいるのか。

なんでこんな状況になったのか。

訳がわからない。

それでもまずはこの森を抜けなくてはならない。

だってそうしなければなにも解決しない。

歩け。


歩け。



七日目


久しぶりに幸せな目覚めだ。

何だろう、久しぶりに満たされたって感じだった。

気持ちよく立ち上がり、さあ今日こそ森を出るかとやる気を出したところで気が付いた。


周りから血の臭いがする。


「?!」


近くには兎の物であったであろう死骸があった。

兎の内蔵物と血が撒き散らされており、そして


俺の口から血の臭いがした。


「まさか…まさか…!」


食っていたのだろうか、寝ている間に、意識しない間に、


空腹に負けて、こんな…獣の食い方をしていたというのか!?


「違う…俺は…こんな…!」


その場から離れたくて走った。あんな現実は見たくなかった。

理解不能な現状に不安と焦りで走る早さが早くなっていく。考えれば考えるほど思考はぐるぐると同じことを考えている。


なんでだ…どうして俺はこんな目に遭う



八日目


今日は雨で身動きがとれない。


「なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ…」


木の根本で雨宿りしつつ一人ごちる。


夜になっても寝ることはできなかった。


また自分が獣と化してしまうのが怖かった。


雨が降り続けていた。



9日目


歩くことをやめた。


もういいのではないだろうか。


何のためにこんなに頑張るのだ。


頑張ったところで俺が狼な事実は変わらない。


もうなにもしたくないのだ。


このまま…




そして俺は目を閉じた。





そしてふと、この森で嗅いだことがない臭いに気付いた。


「人間の臭いだ」




--------------------------------





地面に鼻を近づけて臭いをよく嗅ぐ。

少し甘いミルクなような臭い、女の子…それもまだ子供ではないだろうか?

人間、人間の臭いだ。

その事実に泣きそうになる。

心臓が早鐘を打ち、急いで行動に移す、臭いの濃い方へ向かうことにする。





臭いの元を辿っていくと、篭を持ってきのこを採っている女の子を見つけた。

フードを被っているせいで顔はよく見えないが、背格好はずいぶんと小さい。

まだ幼い10歳くらいの子供だろうか…


その女の子に俺は気付かれないように木の陰に隠れながら見ていた。


「見つけた…やっと見つけた…!」


目が覚めてから初めて出会う人間だ。

声をかけたくてしかたがない。

声をかけない理由がない。


しかし、近付こうとして

自分の前足を見て冷静になる。

真っ白な狼の足だ。


俺は少女に声をかけるメリットとデメリットを考える。

まずメリットは情報が増える。記憶のない俺には今いる場所も、自分のことも何もわからない。現状の把握はなんとしてもしたい。


デメリットは殺されるのではないかということ、あの少女が達人級の何かでなければ、今の俺なら殺すことは可能だろう。しかしそれにより俺がターゲットにされて命を狙われるようなことはごめんだ。子供がこんな森の中をうろついているということは近くに大人、もしくは村や町があるはずだ。敵対関係になることだけは避けなくてはならない。


メリットは大きいがデメリットも大きい。

そして問題は俺が狼の姿をしているということ。

人は狼に対して良い印象はないだろう…すぐに敵と見なさるるのではないか?

いや…それこそ子供の方が有利か…?

…ん?


少女の顔を見ることができた、明かるめの茶色の髪を肩の高さで揃えた可愛らしい少女だった。


そんな少女と目があった。


いつの間にか考えに没頭するあまり隠れることを忘れていたようだ。

そして少女は全速力でその場から逃げ出した。


「くそっ!」


俺は急いで少女を追いかける。

全速力とはいえ所詮は子供、狼の体の俺が追い付けないわけはなかった。少女を追い越し回り込んで足を止めさる。


「ひっ!」


少女はこの世の終わりのような顔をしていたがすぐにこちらを睨み付け、持っていた篭を投げつけてきた。


「ぐっ!」


俺はそれを避けられず顔に食らってしまい怯んでしまう、その隙にまた少女は走り出した。


くそ…ダメなのか…!?

このままだと確実に俺は敵と認識されて後々に殺される。あの少女はもう俺にとってデメリットの存在でしかない。

殺されるくらいなら。

殺すしかない!!!


「待ってくれ!」


「!」


俺の声に少女が立ち止まりこちらを振り返る。

それを見てこちらも走らず、ゆっくり歩いて近づく。

殺すにしろ…逃げられたり、助けを呼ばれては面倒だ、最初は会話をしてコミュニケーションをとってから油断したところを殺す。


「待ってくれ…お願いだ…俺は君に危害を加える気はない」


少女は俺の言葉に驚いたようだ。


「俺はただ君と話がしたいだけなんだ…この通りだ…頼む…」


そういって俺は頭を下げる、少女はそんな俺の様子を見て困惑していた。


「あ…あなたは…なんなの…?」


少女が俺に質問してきた。意思疏通が取れる生き物だと理解されたらしい。俺はゆっくりと少女を確実に殺せる距離まで近づいていく。


「俺にも分からないんだ…目が覚めたらこの森の中にいて、気付いたら狼の姿になっていたんだ」


自分の状況を説明しつゆっくり、焦らないように歩いていく。


「ここは全く見覚えもないし、人はいないし俺のこの状況を説明してくれる人もいない、こんな森の中にもう一週間近く、一人でずっと迷っていたんだ。」


ここ最近の生活を思い出すと本当に辛かった。


「森で生活するなんて初めてでさ、もっとも、記憶がないからもしかしたらあるのかもしれないけど、こんな狼の体じゃろくなことができやしない。」


人間に早く戻りたい、こんな体は嫌だ。


「夜もろくに寝れなくてさ、熊にだって襲われたし、不安で不安でしょうがなかった…。それになんでか体は狼になってるんだ…訳がわからない…信じてくれないかもしれないけど…俺は人間なんだ…そう…人間なんだよ…」


少女は信じてはくれないだろうけど、言わずにはいられなかった。


「俺は人間だ…人間であったはずなんだ…なんでおれがこんな目に遭う…俺が何をした…何をしたって言うんだよぉ…」




「お願いだ…側に居てくれ…助けてくれ…」


いつの間にか俺は少女の前で涙を流しながら懇願していた。


最初はただ時間を稼ぐために会話をしていたはずなのに、少女に俺のことを話しているうちに、目を逸らしていた感情が濁流のように流れ出てきた。

一人でずっと抱え込んできた思い。

誰にも悩みを伝えることができなかった気持ち。


誰か聞いてくれ、教えてくれ、側に居てくれ


お願いだ…


誰か…助けてくれ…



「うっううううう」


感情が爆発し、俺は地面の方に顔を向けただただ泣いてしまった。


そんな俺の首に少女は抱きついてきた。


きつくきつく、それでも慈愛を持って、俺の首に抱きついて、彼女は泣いていた。


「…どうして…君が泣く?」


彼女が泣く理由が俺には分からなかった。

そんな俺の目を見て


「だって…あなたが悲しそうに見えたから…」


彼女の返答に俺はさらに泣いて、彼女も泣いて


しばらく、森の中の静寂に泣き声だけが包まれた。





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