プロローグ
プロローグ
「誰かのために泣ける人間になりなさい」
子供の頃、俺のことを一人で育てた母親は俺によくそう言った。
自分の為に生きるのではなく、大切な誰かの為に生きなさい。
愛情をもって、友愛をもって人と接しなさい。
疑うことよりも、まず信じることから始めなさい。
みんなそうやって優しく生きているの。
俺の母親はそんな人だった、まるで女神のごとく善性のある人。
困っている人には手を差しのべ、頭を悩ませる人にはその人よりも知恵を絞った。
俺は母を尊敬していたし、そんな母が自慢だった。
そんなある日母が死んだ
過労死だった。
母の葬式にはたくさんの人が来た。
「本当に残念でしたね」「全く惜しい人を失ったね」「あんなにいい人だったのに」「悔やみきれないわ」
多くの人がそのようなことを言っていた
それなのに母の為に泣いている人は一人もいなかった
母は困っている人に手を差しのべたのに
困っている母には誰も手を差しのべてくれなかったのだ
「うそつき…」
母は間違っていたのだ、だから死んでしまったのだ。
みんな誰だって自分の為に生きている。
自分の為だけに生きている。
自分のことだけを考えて生きている。
自分が損せず得して、苦せず楽して
自分だけを大切にしている。
世界は「誰か」のために優しくない
そんな世界の真実に俺は10才の時に気付き、生きたのだった。