幼馴染のリリーシャ13
リリーシャは幸せの中で生きてきた。
大切にされて生きてきた。
村の人達。
幼いリリーシャをまるで自分の子供の様に扱ってくれた。
優しい父とは母。
2人からはたっぷりの愛情を貰った。
産まれたばかりの妹。
彼女のお陰で生き物の在り方を知った。
大好きな幼馴染。
彼からは沢山の優しさを貰った。
齢6と半分。
まだまだ周りに及ばないものの彼女は学んだ。
人間とはかくあるべきで、世界は優しく、命というものは大切なものなのだと。
だが、今日というこの日、小一時間で、その価値は覆った。
世の中には悪者が居て、……そして……。
……。
…………。
………………。
冷たい目を見た。
今まで知っていた彼女からは想像も出来ないような冷たい目。
世界は幸せだと信じていたリリーシャからすれば考えられないほどの悍ましい目。
自分より年下の彼女はきっと、兄のためなら躊躇なく人を殺すのだろう。
リリーシャにはそんなことはできないと思った。
例え、この後自分にどんな結末が待っていようと。
例え、自分以外の大切な人達が、無残な最後を迎えようとも……。
………………。
そこまで考えて……、考えた末に、
彼女は、殺した。
今まで生きてきたリリーシャ・エルロックという人間を殺した。
世界を幸せだと信じ、悪い人間なんて居ないなんて宣う愚か者の首を絞め、息絶えさせた。
1人では出来なかったから、少しだけ手伝ってもらったけれど……。
『……何故、イメージと言えど、私が貴女の自殺を手伝わなければならないのでしょうか?』
「んっ、適材適所……」
『……そうですか……。私はあくまでも妄想ですから、現実の私が貴女を懲らしめることを期待しましょう』
幻想の彼女は、リリーシャに手を出す。
その手を取ることで、ようやく彼女は立つことが出来た。
『まぁまぁ似合ってますよ』
立ち上がったリリーシャから、水魔法で切った髪がパラパラと落ちていく。
ユークラウドに合わせて伸ばしていた髪だったが、今の自分には不要な物だ。
『早く、お兄さまの所に行って下さい……』
「ん、ユーを虐めるやつは、許さない……」
世の中には悪者が居て、……そして……、幸せを続けるためには戦うしかない。
たとえその結果、相手を……。
「殺してでも排除する」
飛んでくる蝶々を連続の水魔法で撃ち落としていく、リリーシャ。
最初の数発こそ、外したものの、数と量を使えば、それは解決した。
クリスティーナは、その様子を観察しながらきっちり詠唱を唱える。
負った火傷も水をかけられてだいぶマシになったお陰か、その思考はクリアになっていた。
何故、蝶への攻撃が外れたのか?
その答えは、ユークラウドがよく愛用する幻惑魔法からから見つけることができた。
ユークラウドは、よく、幻惑魔法を使う事で、自身の姿を誤認させていた。
それに近しい魔法、恐らく位置をずらす様な魔法が蝶にはかけられている。
それにより、クリスティーナは蝶の正式な位置を誤認させられていたのだ。
だから、クリスティーナの攻撃は外れ、相手の攻撃が一方的に通された。
「むぅ、難しい」
そして、同じ様にリリーシャの攻撃は当たったり当たらなかったりだ。
蝶が近くに飛んでくると当てる事ができるが、遠くをふわふわと飛ばれるとどうもその攻撃は外れてしまう。
「注意してください男が隠れています」
詠唱を終え、雷の塊を溜めたクリスティーナはリリーシャに忠告を行い、
「ん、向こうに居る」
「……」
その忠告に対して、遠方を指差すリリーシャ。
そこには蝶が数匹飛んでいるものの怪しいものは何もない。
何もないが、
「そういうのは早く言ってください!」
リリーシャの言葉を信じて特大の雷を放った。
空気が歪んだ気がした。
「ちっ!」
クリスティーナの放った雷は一瞬だけ男の姿を映し出す。
避けようとした男の片手を雷で持っていく。
かろうじてその姿が見えたものの蝶が集まることによって、また男の姿は消えてしまった。
「厄介ですね」
「ん、見当はつく」
男の姿を包んだ蝶を水の刃で一つずつ撃ち落としていくリリーシャ。
男を隠そうと必死に集まった蝶は幻覚魔法を纏っていようともその位置に代替の検討がつくのだ。
さらに言えばリリーシャは鼻が効く。
「併せて」
辺りの蝶を撃ち落としたリリーシャは少し溜めを入れると何もない場所に向かって、さらに威力を上げた水の刃を飛ばす。
クリスティーナもそれに合わせて、雷を飛ばす。
リリーシャは確信を持って放った水の刃。
だったが、それは男にあたりはした物の魔法で隠されていた木に大部分の威力を削がれてしまった。
続くクリスティーナの雷は、木に残った水分を伝って、男にダメージを与えた物の、詠唱時間の確保が充分にできずに致命傷には至らない。
「2回目はもう少し待ってほしかったです」
「……何故?」
クリスティーナの返答より先に、また蝶に包まれ隠れる男。
もう一度、男を排除する為、リリーシャは次々と蝶を撃ち落とす。
が、何かがおかしい。
リリーシャは男を匂いで辿っていた。
だからこそ、男がいくら幻覚で誤魔化そうとその位置に代替の検討が付いたのだ。
だが、先ほどの攻撃の後から男の匂いが少しずつ少しずつぼやけている。
そして、それと共に異臭がしてくる。
「むぅ……」
当てにしていた臭いを封じられて顔を顰めるリリーシャ。
クリスティーナはその要因に対して指を刺す。
木から煙が上がっており、その煙の根元を見ると蝶がその身を木に擦り付けるように止まっている。
「成程……」
一先ず、目に見えた蝶ごと木を消火するリリーシャ。
火力で言えばこちらが勝っている筈なのに、戦況は膠着する。
初めての戦いの奥深さに彼女はごくりと喉を鳴らした。




