長女クリスティーナ13
お久しぶりです。
「お兄様に何をしたっ!!!」
クリスティーナから一筋の雷が走る。
その威力は今日最高クラス。
もし相手がまともな防衛手段を持たないのならば、その身を焦がし、炭にしてしまうだろう。
だとしても、兄を害するこの男を生かして捉える理由はクリスティーナには無い。
「はっ!」
空気を轟かせるそれを小馬鹿にする様に笑う男。
雷は、周りの木々ごと黒焦げにしながら、男を光に包んだ。
仕留めた。
視界はそう物語っている筈が、どこか腑に落ちない。
それでも、クリスティーナが男の安否を調べるより先に、ユークラウドの安全を確保することを優先した。
幸い、男に攻撃を放った方向と、ユークラウドがいる方向は反対方向。
常に警戒を怠らなければ不意を喰らう心配はない。
兄に近づく為、後ろへと下がるクリスティーナ。
そんな彼女の瞳に、まだ生きている木々の隙間からチラリと赤い何かが写った。
男が何かしたのか、それとも全く別の何かなのか、足を止めたクリスティーナはそれが何か観察する。
クリスティーナが焦がした木の裏から、まだ無事な木へ、生きている木から死んだ木の裏へ、ふわふわと場所を移動するそれは突如として瞬間移動した様に感じられたが、その感覚はクリスティーナの錯覚。
それは1つ、2つと次第に数を増やしているのだ。
男を未だ殺せなかった事実に歯噛みしながら、試しにもう一度雷を放つ。
浮かぶ赤と隠れれそうな物影を纏めて炭に変えようとした筈が、得られた成果は木々を消しとばすのみに留まる。
それどころか、雷を受けたはずの、赤は次第に数を増やし、やがて両手両足では数えきれない程に増え、ようやく赤の正体をクリスティーナは掴むことが出来た。
炎の蝶。
空気を歪める赤赤とした光がそこにはいた。
やがて、その1頭が誘われるようにクリスティーナへと向かって飛んでくる。
幻想的な姿に罠ということを一瞬忘れそうになった彼女だったが、思い直し、雷で蝶を撃ち落とそうとして、
「なんでっ」
そして、外れた。
その隙に、蝶々は段々とその距離を近付けてくる。
「くっ!」
弱い雷撃を5発。
急いで出した威力も低いそれが何とか1発だけ蝶を捕らえる。
雷に身を貫かれた蝶々は、線香花火の様に呆気なくその姿を消した。
「やっ……」
「おめでとさん」
「なっ! ……ぐっ!!」
メキッ!
蝶を倒したと油断したクリスティーナの脇腹に1発の蹴りがめり込む。
森に隠れている筈の男は、クリスティーナの後ろにいた。
「やっぱ、身体強化か」
男は格闘系の魔法の適性を持ってなかったが、それでも、大人と男の体格差。
一撃で、クリスティーナを戦闘不能不能にできると思っていた。
だが、クリスティーナはその攻撃を受けても少し飛んだだけですぐに受け身を取り、反撃の態勢に出る。
白い閃光が男に穴を開け貫く。
顔が驚愕に染まったのはクリスティーナの方。
雷で、男に穴を開けること自体がおかしいのだ。
そのクリスティーナの予想通り、男は線香花火の様に弾けて消えた。
5頭の炎の蝶を残して。
「プレゼントだ」
「邪魔っ!」
どこからとも無く聞こえた声に、蜘蛛の巣の様な針めぐられた雷で返答するクリスティーナ。
打ち落とせたのは3頭。
残りの2頭はクリスティーナの肌へと群がり、やがて、爆ぜた。
「ぎっっ!!!」
炎で、肌を焼かれたクリスティーナ。
それでも被害は表面だけだ。
「やっぱり、雷属性は硬いか」
男の言葉に以前、ユークラウドから聞いた言葉を思い出す。
雷属性は複数の因子から成り立っている為、魔法に対する防御力に長けていると、……そして
「なら、倍だ」
10より先は数えられなかった。
火属性は攻撃力に長けているというユークラウドの教えに従い、その身体は反射的に後ろに下がった。
そうして、元いた場所から距離を取り体勢を整えようとして、
「いいのか?」
下がるクリスティーナに選択を迫る様に男は倒れたユークラウドの上に足を置いた。
この場から離れる彼女に対して、挑発とも脅しとも取れるその行為。
「お兄さまからっ!!」
クリスティーナから迷いが消える。
着地と同時に強く地面を蹴り、男に突っ込み、
「まじか」
「離れろっ!!!!」
その身を蝶の炎に焼かれながら、男へと蹴りを食らわせた。
「なぁんてな」
肌が焼けるのを気にせず男に飛びかかったクリスティーナだったが、その姿はまたも火花となって消え失せる。
残されたのは更に倍の数の蝶。
消える男から産まれでた、それはクリスティーナとユークラウドに降り掛かろうとして、
「なめるな!」
クリスティーナが全方位に放電することでそれらを全て掻き消した。
「へぇ」
魔術型ではありえない速さで放たれた魔法に驚きながらも、続けて蝶を放つ男。
またも飛来する蝶達が兄に寄り付かない様に獣の様に四足で構え、再び、辺りへと放電を行う。
詠唱破棄による連続放電。
「詰みだな」
だが、詠唱破棄なそれはクリスティーナの体力、魔力を大きく奪う。
そんな彼女を誘う様に何度も炎の蝶を出す男。
それらを全て薙ぎ払えたのは3度が限界だった。
「ぐっぅっっつつつ!」
連続の詠唱破棄に精度も魔力も持っていかれたクリスティーナの放電をすり抜け、1頭、2頭とその肌を焼いていく。
いっそのこと、魔力防ぐ力の薄い身体強化魔法を解除するか迷うクリスティーナ。
そうすれば、放電を行いながら、別の魔法を構築することができる。
だが、その考えを読んだかの様に何処からともなく石の礫が飛んでくる。
魔法ではないそれは身体強化のお陰でダメージこそ無いが、反撃の為に魔法を解除することを躊躇させる。
追い詰められたクリスティーナ。
このままではジリ貧。
残された作戦、石礫を諦めて身体強化の解除か、蝶を撃ち落とすのを諦めて放電を止めるか。
どちらにしろ傷を負うのは避けられない。
自分の小さな体を信じるか、雷への耐性を信じるか……。
クリスティーナが決断を下そうとしたところで、それはおこった。
クリスティーナへと群がる赤赤を押し流す、大量の質量。
それは彼女をお構いなしに飲み込み、辺りに飛んでいた幻想はぷしゅうと音を立てて消えた。
……。
ぽたりとぽたりと身体から滴る滴に、ようやく自分がびしょ濡れにされなことに気付いた。
「さっきのお返し……」
「……それでは今度は私からお返ししなければなりませんね……」
ふふふと、先程助けた筈の相手に今度は助けられたことに、どこか笑えてくるクリスティーナ。
その女は生意気にもクリスティーナの前に立った。
「そんなトコを独占しないで早く立つといい」
「さっきまで怯えてた子犬は威勢がいいですね〜」
「むぅ……、それはもう遥か過去のこと、今の私は負けない」
「そうですか。なら、大いに期待しますね」
「うむ、私がきたからには大船に乗ったつもりでいていい」
「はいはい……」
軽口を叩き合いながら、ユークラウドから離れてリリーシャに並び立つクリスティーナ。
ようやく目を覚ました手のかかるお姫様の登場にもう1人のお姫様は不覚にもワクワクしてしまうのだった。
夜のウォーキング中にまた描き始めたので、3日に1回くらいのペースでまた更新できれば。




