メイドのミシェル09
クリスティーナにお使いを頼んだミシェルは、彼女が上手く二人に合流できたか考えていた。
そのためその姿を横から見ると、とてもそわそわしているように映っただろう。
事実、その様子を見ていたクリシアは、可愛らしい物を見る表情でミシェルを見ながら微笑んでいた。
想像に想いを馳せながら一喜一憂するミシェルなど、屋敷にいた頃からしたら考えられないとは、クリシア談。
こんな何でもないようなもの日々を送れることをクリシアは、神獣に感謝する。
人生に順位なんて、付けることは出来ないけれど、今が一番幸福な日々だと、彼女は、そう確信を持って思っていた。
本当にこんな何気ない日常が、六年も続くとは思わなかったのだ。
そして、こんな何気もない日々が、終わりを迎えるなどと、思ってもみなかったのだ。
その時が訪れたのは、唐突にだった。
窓の端の方で、何かが光ったと思うと、少し時間を置いて、パンパンと、小さな炸裂音が二回。
直ぐに、異変に気付いたミシェルが玄関からドアを開けて出ようと行動すると、その扉は外側では無く内側に開かれる。
開く扉に反射的に、数歩下がり距離を取るミシェル。
入ってきたのは、一人の大柄な男。
そして、残念ながら、その顔に見覚えは無かった。
「ゴルディ家の妻子が居る家はここか?」
その瞬間、警戒態勢から臨戦態勢に。
あの家のことを知っている者が訪れることなんて、怪しさしか無いのだ。
隠しポケットに手を忍ばせながら、小さく、それでもはっきりと、詠唱を刻み始める。
だが、険しい表情を見せるミシェルとは対象に明らかに、男は余裕の笑みを表す。
「当たりか……」
瞬きをしたその一瞬の間。
気付くと、男はミシェルの前に居た。
素早く、防御の体制を取ったミシェルだったが、そんな物は関係ないと男は、ガードの上から彼女を蹴り飛ばす。
その勢いは凄まじく、ミシェルは後方の壁へと、打ち付けられた。
「詠唱使いは、不憫だな」
そして、与えられるのは憐れみの言葉。
男はただそれを、事実として、告げたのだ。
偏見も多少混じってはいるが、こと戦闘において、速度で圧倒的に優位を取る魔闘型が有利だというのが世界における一般常識である。
魔術型が一つの魔法を組み上げる間に魔闘型は魔法を五個発動しているなんて、揶揄の言葉があるくらいには、魔闘型と魔術型の魔法の発動速度は違うのだ。
それが二つの魔法の差であると、生まれ持っての違いを、男は不憫だとした。
確かに、日常生活において、欠点となり得ない筈のそれは、一般人には訪れない筈の戦いという緊急事態に大きく牙を剥く。
……だが、ミシェルが一般人であるとは限らない。
ミシェルが気絶しているか確認するために、近寄ろうとした男。
だが、その足が動かない。
見ると、足元が土に覆われていた。
気付いた時には、もう遅い……。
『舞え』
男が攻撃によって途切れていたと思っていたミシェルの詠唱の最期の締め口上。
瞬間、玄関を一連とした通路だけに、強い風が吹き荒れ、男の動きを封じていた土ごと、その身をわざわざドアへと引き戻し、外へと押し出した。
「追撃にでます」
外へ出ると、誰かに向かって告げたミシェルは、そのまま、ドアの方へと駆け出す。
途中、男がその大きな体型を気にせずに足を振り回した所為で、家の壁が抉れているのが目に入り、ミシェルは静かに目を細めた。
扉を出てたミシェルは、大きく飛ばされた所為で頭を抑えていた男を視認する。
『跳べ』
そして、予め移動中に唱えておいた詠唱を完成させてた。
男の下の地面が、すごい早さで隆起し、男は勢いそのままに上空へと投げ出される。
高さにして、五〇m。
周りにクッションの代わりになるようなものが無いため、普通なら、怪我でもして戦闘不能になるかも知れない程度の高さ。
だが、男には高さなど関係ない。
男の魔法は正真正銘の強化魔法。
肉体の強度を上げることで、この程度の高さの落下は諸共しない。
当然、この短時間でミシェルの詠唱は間に合わない。
……ミシェルの詠唱は。
『』
男が落下中、突如として暴風が下から吹き荒れた。
風で上へと飛ばされた男の滞空時間は、強制的に延長されてしまう。
次の魔法発動まで猶予があると踏んでいた男は、分かりにくいものの驚きの色を含んでいる。
いくら強力な強化魔法を持っていようと空中に待機する時間を伸ばされて仕舞えば、抵抗の仕様が無い。
一体どうやって?
男の疑問にミシェルは答えをくれてやること無く、先ほどの意趣返しとばかりにとびきりの嘲りを見せる。
詠唱をしているため、声を出すことこそ、出来ないが、その表情に嫌味を込めるならこうだ。
「この状況に対する解決策を持たないなんて、魔闘師は哀れですね」
魔術師は、魔闘師に対して、その早さでこそ劣るものの、その手数に関しては比べ用の無いほどの多彩さを誇る。
片手分あるか無いかしか手数を持たない魔闘師等、恐るるに足らないのだと、ミシェルは言外に示しているのだ。
男が防御態勢に移るより速く、風の刃が四方からその身を攻め立てる。
けして浅くは無いダメージを受けて、血を流しやがら、男はそれでもミシェルから目を逸らさない。
地上に降りて仕舞えば、ゴリ押しで勝てると、男には確信があった。
加えて、ミシェルが次の魔法を唱えるより、男が先に地上に帰ることができるのだ。
今は、ミシェルが取るであろう小細工を全て確認する方が先決と言うのが男の考え。
しかし、その目論見は見事外れた。
「チッ……」
男の視界には、間に合う筈がない魔法を発動させ、土から作り出した天を突くバリスタを完成させたミシェル。
彼女が、狩人特有の笑みを笑みを見せ……。
回避不能の一撃が男の身を貫くのだった。




