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バッドエンドの転生者  作者: 避雷心
襲撃Ⅰ.v
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長女クリスティーナ09

「クリス……」

「安心してくださいお兄さま。すぐに終わらせます」


 所々傷を付けた兄の姿を見て、怒りを露わにするクリスティーナ。

 そのまま、足に力を込め、敵へと向かって行く。


「戻って! クリス!」


 ユークラウドは静止の言葉をかけたが、それよりもクリスティーナの方が早い。

 ここで完全に動けなくしてしまえば脅威は去るため、この行動は一概に間違いではない。

 兄を傷付けたのだから報いは必ず受けて貰わねばならないといった私怨が無ければだが……。


 強化された肉体を駆使して、女が吹き飛んで行った草むらの方へと向かうクリスティーナ。

 木々を蹴る様にして、空中の最短ルートを取るというのは初めての行為だったが、この動き方にどこかしっくり来ている自分もいたおいう。


 女が倒れているであろう予測地点の上を陣取る形で、予め唱えておいた雷魔法の詠唱を空中で放とうとするクリスティーナ。

 だが、そこには誰にも居なかった。


「後ろ!」


 兄の叫びが聞こえた。

 ならばと、兄の全てを信じ、振り向くより先に後ろに向かって雷の魔法をぶっ放す。


 手応えを感じた彼女は、急いで後ろを振り向くが、そこには片腕が焼けた女が反対側の手で思いっきりクリスティーナを殴ろうとしているのが見えた。


 振り抜かれる拳。

 ガードこそ間に合ったものの、超人的な力を持ったその力に、クリスティーナの軽い身体は成すすべなく飛ばされる。


 木にぶつかってもその勢いが完全に消えることはなく、耐えられなかった木は当たった場所を起点にして折れ、更に後ろへと転がる。

 二本目の木にぶつかってようやくその身体は止まった。


 幸いにも強化魔法を継続させているため、ダメージ的には無傷と言えるだろう。

 クリスティーナは、倒れた身体を起こしながら、女を探すがまたもその姿が消える。


「上!」


 またも、兄の声。

 短く端的な指示を疑うことなく、上から来る攻撃に防御を振りしながら、目線を上に。


 兄の言う通り、女は上に居て足を振り下ろそうとしていた。

 避けられないと分かると、クロスさせた両腕でその足を受ける。


 力強い蹴り。

 今度は逃げ場がない地面との間で押し潰そうとしていたのだろうが、ガードの体制に回ったクリスティーナは巌の様に硬く、その強靭な足の力を持ってしても、崩すことは出来なかった。


 恐らく、敵もクリスティーナと同じ様に強化魔法を使っているのだと、辺りをつけるクリスティーナ。

 強化魔法同士の対決なら、強化に込めることの出来る魔力量がそのまま自身を強化させる力へと繋がるのだ。


 相手は詠唱を使うそぶりがないことから、恐らく魔闘型であり、戦い方からして、他の適性は無さそうである為、この強化魔法に全力を尽くしていると予想できる。

 対して、クリスティーナは、他の属性もあり、魔力門一つしか使っていない強化魔法でありながらも、女と並ぶだけの強化魔法を発揮できていた。


 戦闘経験こそ劣るものの産まれ持った魔力量、魔力門の量に絶対的な差があると、状況から判断できる。

 魔術型の欠点である詠唱も、既に唱え終えているため、自らの意思で解除するまで強化魔法はこの状態を保ったままだ。


 これに加えて魔力門が複数あるリリーシャは攻撃魔法の雷魔法を唱えることができる。

 最早、どちらが優位な状況にあるかなど、言うまでも無い。


 相手の足を受けつつも、魔法の詠唱を唱え続けていたクリスティーナは、接触している相手の足に向かって雷魔法を放つ。


 魔法発動直前の雷のスパークを感じ取った女は慌てて距離を取ろうとするが、時すでに遅い。

 雷は女の足を捉え、決して少なく無いダメージを相手に負わせた。


 圧倒的な才能の差を活かし、徐々に優位な状況を作り出していくクリスティーナ。

 女は態勢を整えると、小さな子供にいいようにされている現状に舌打ちを見せた。


 このまま押し勝てる。

 そう確信をした彼女は雷魔法の詠唱を始め、女を追い詰めようとし、


「クリス!!!!」


 その叫び声を聞いて止まった。

 というか、全身から血の気が引いていくのを感じた。


 どれだけ離れていてもクリスティーナには分かる。

 あれは、兄であるユークラウドが珍しく本気で怒っている時の声だと。


 急いで後ろへと飛び、兄の元へと向かうクリスティーナ。

 去り際に途中まで完成しかけていた雷魔法を目眩しに使ったが、女は追ってくる様子なく拍子抜けした顔をしていた。


 ユークラウドは、リリーシャの手を引いてそこに立っていた。

 普段なら羨ましいと思うクリスティーナだったが、今はそれどころでは無い。


 彼の元へとついたクリスティーナが恐る恐るそのの顔を伺うと、そこには満面の笑みを浮かべたユークラウド。

 それを見たクリスティーナは、対照的に顔をひきつっらせてしまう。

 兄は、決して嬉しいから笑っているのでは無く、怒ると逆に笑顔になるタイプなのだと、彼女は知っていた。


 普段温厚な兄が怒ると本気で怖いのだ。

 具体的何があったとかは自分の名誉の為に伏せるが、クリスティーナの一番のトラウマになっている。


 背中から冷や汗が噴き出して止まらないクリスティーナ。

 非日常の戦闘を行っていたはずなのだが、それとは比べ物にならない程の恐怖を彼女は今味わっていた。


 さっきまで戦闘をしていたことなど忘れ、直立不動で気をつけするクリスティーナ。

 ユークラウドは、そんな彼女に、言外に「戻って、って言ったよね?」と圧をかけてくる。

 命のやり取りなど関係なく死を覚悟するクリスティーナ。


 が、今はそんなことをしている暇は無いと思い出したのか、はぁっと、ため息をつき、その怒りを鎮めた。

 そのことにクリスティーナがどれだけ安堵したかは筆舌に尽くしがたい。


 ユークラウドは怒りを鎮め少し考えると、戻ってきたクリスティーナへと頼みごとを始めた。


「クリス、リリーシャを安全なところまで」


 そして、その頼みごとは、クリスティーナにとって到底受け入れられないもの。

 兄を置いてこの場を離れるなど、出来ようはずがあろうか?


「ですが、お兄さまを一人置いていくなど!」

「クリス!」


 気持ちそのままに反論を見せるクリスティーナだったが、兄の一喝に、中断された。


 そして、彼はもう一度、


「クリス、リリーシャを安全なところまで」


 今度は、ゆっくりと同じ言葉を告げる。


 兄がこうして強く何かを言うのは珍しく、そこには、一切の反論を許さない凄みがあった。

 兄に命令されるなんて初めてであるクリスティーナ。

 彼女は、兄が正しいと思ったのなら指示に逆らえる筈も無いと、渋々と受け入れる。


 魔法で強化されれた身体能力を使い、リリーシャをお姫様抱っこの形で抱えるクリスティーナ。

 ユークラウドの言う通りにその場を去ろうとした彼女だったが、ユークラウドは言葉を残す。


「僕が止めた理由が分かったら戻ってきても良い」


 それはユークラウドの譲歩であると同時に、分からなければ足手まといであるから帰ってくるな、という言外の命令でもあった。

 分かったら帰ってきても良いと言うのなら、ここで求められているのは思考を止めないことである。


 そう理解したクリスティーナは、リリーシャを運びながら、思考を始める。

 だが、どうして怒ったのかを考えても、心当たりは増えるばかりで一向にこれという答えは出てこない。


 困り果てた妹の顔に、しょうがないなという顔で、ひとつだけアドバイスを残すユークラウド。


「あの女の人の魔法は強化魔法ではなく、肉体変化魔法だよ」


 その言葉を受けたクリスティーナは、兄を置いて、足を強化させ、村の方へと姿を消す。

 兄から与えられた課題とヒントを胸にクリスティーナはリリーシャを連れてこの場を離れるのであった。

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