長女クリスティーナ08
ランチボックスを手にリビングをうろうろと、歩くクリスティーナ。
彼女は今、考え事をしていた。
その考え事とは、森へと出かけた兄の元へ行くか行かないかである。
恐らく魔法の実技の練習を行なっているであろう兄達に、彼女も混ざりたいと思っているのだ。
勿論、座学の進行が順調な為、暫くすれば兄から誘ってくれるだろう。
だが、クリスティーナとしては、今からすぐに混ざりたいのが本音である。
実は皆んなに内緒でこっそりと魔法の練習をしているクリスティーナは、座学が途中のままでありながらも、かなりの魔法を使いこなせる様になってしまっていた。
彼女としては、兄に教わっている以上隠し続けておくのは避けたい事態なのである。
兄達のやっている場所に行けたとしたら、このことを公表するのには、これ以上無い、最適な機会と言えるだろう。
加えて、堂々とそれらを披露する機会があり、評価してもらえるなら実におあつらえ向きな場だ。
出来るのなら、一刻も早く自分も混ぜて欲しいというのがクリスティーナの本音である。
だが、いくら彼女のつけた検討が合っていたとしても、まだ言われたことすらない場に参加させて欲しいと言うのは、些か抵抗があるのもまた事実。
兄に、はしたない妹であると言う印象を与えたくない彼女としては、寧ろこちらの方が重要であったりする。
理想としては、兄に違和感を持たせることなく、かつ早期に参加させてもらうというもの。
そして彼女の編み出した作戦が、このランチボックスだ。
ランチボックスの中身はお昼ご飯である。
作り過ぎたという名目のもと、兄達の元へ届けに行き、そこで兄達のやっていること知り、誘ってもらう、もしくは、参加を希望という計画なのだ。
問題はタイミング。
今までやっていないのに、急にご飯を作ってきたとなれば、兄は兎も角、リリーシャに怪しまれることもあるだろう。
クリスティーナは悩んでいた。
今日行くべきか、それとも、明日以降に伸ばして、家で兄の帰りを待つか。
悩んだ末、彼女が出した結論は……。
「クリスティーナ様、よろしいでしょうか?」
「……何かしら? ミシェル?」
行動に移すより先に、ミシェルから話しかけられるクリスティーナ。
一体何のようかと聞くと、実は……と、ミシェルは話を続ける。
「調味料がもう少しで底を尽きそうなのです」
そう言って、調味料の入った入れ物の中身を見せるミシェル。
確かにその調味料の残りは少なくなっていた。
とは言え、こういったことをミシェルが見せることは少ない。
というより無いと言っていい。
不足品の補充はいつの間にか終わらせ、一家の誰にも不便ないように、先んじて動くのが、ミシェルのミシェルたる所以である。
つまり、この行動には、ミシェルの意図があるのだと、即座に見抜いたクリスティーナは、こう返した。
「私が買ってきます」
「ありがとうございます。クリスティーナ様。お願いします」
その返答に頭を下げてお礼を言うミシェルだったが、お礼を言いたいのはこちらの方である。
ミシェルはわざわざクリスティーナに口実も与えてくれたのだ。
「ミシェル大好き!」
「く、クリスティーナ様!?」
居ても立っても居られなくなったクリスティーナは、ミシェルの気遣いに対して、人目を憚らず抱きついて感謝を示すのであった。
「ありがとうございます」
「またおいで、クリスティーナちゃん」
あまり外へ出ることの少ないクリスティーナだったが、村人達は好意的だ。
時々話しかけられながら、目的のものを購入したクリスティーナは森へと向かっていく。
道順は、前家族でピクニックに来た時と同じだろうと当たりをつけている。
はやる気持ちは抑えられず、少し足が早まりそうになるが、あまり急ぐとランチボックスの中身が崩れてしまうのが、彼女にはもどかしかった。
そんなことを考えながら、森へ歩いて行くクリスティーナだったが、パンッ、と大きな音がした為、顔を上に向けると、そこには花火が上がっているのに気付く。
その数二つ。
その意味を想像し、幼い身体から血の気が引いて行くのを感じた。
「お兄さま!」
嫌な予感がして、手荷物を全て捨て、森へと走り出すクリスティーナ。
その身体では、その一歩が小さい為、何かあっても対処できるようにする為、走りながら詠唱を唱えるのを忘れない。
発動した魔法は強化魔法。
自らの小さな身体を強化魔法で強化し、その身体能力を大幅に上げて更に加速して行く。
森の入り口が見えてきた時、彼女の目に移ったのは、兄と一人の女が戦っている姿。
心の奥からふつふつと沸いてくる怒りに身を任せ、己が今覚えている中で一番威力の高い雷の魔法の詠唱に入った。
迷いはない。
兄に敵意を向ける者がいるのなら例え力づくにでも排除するのだ。
魔力門が複数あるクリスティーナは強化魔法を解除することなく、同時に雷魔法も操ることができる。
強化した身体で距離を詰め、相手が射程圏内に入った時、その詠唱が完了した時、彼女は自らの最大の一撃を放った。
雷の魔法は、兄を避け、女の身体へと刺さりその身を焼いと行く。
怒りに身を任せたその魔法は、クリスティーナの中で過去最高の規模であった。
その規模は、魔法を教えていた筈のユークラウドも驚く程。
それは、子供の身に宿る魔力で出来る破壊を遥かに超えていた。
この時まで、誰も知る由も無かったが、クリスティーナは規格外の天才なのである。
兄の異質さの陰に隠れてこそいたものの、産まれもった魔力が凄まじく高く、その事による成長力は人と比べてもずば抜けており、リリーシャさえ上回る程だ。
特出した魔力、充分な魔力適性、過分な知力、大人と並び立つ思考力。
子供らしい所も沢山あるもの、それら持ち合わせる彼女は、五歳という身において、間違えなく天才である。
加えて、兄の様に特出した欠陥もなく、魔法を十全以上に使うことができる為、こと戦闘においても、この場で一番の才能があるといるだろう。
先ほど見せたのはあくまでもその片鱗だ。
女を兄の元から引き剥がし、兄の横へと降り立った彼女は告げる。
「お兄さまから離れなさい」
兄を傷つけることは許さないと。
今日、この日、この場に居るもの達は、彼女の才能の片鱗を目撃する事になる。




