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バッドエンドの転生者  作者: 避雷心
襲撃Ⅰ.v
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幼馴染のリリーシャ12

遅くなりすいません。

「僕が時間を稼ぐ」


 ユークラウドは、リリーシャだけに聞こえるように小さな声で呟く。


「だから、隙を見て助けを呼んできてくれ」


 自分より先へ安全圏へと、ユークラウドは、リリーシャにそう告げて、女へと向かい駆け出す。


「待って……」


 伸ばした手は虚空を掴み、ユークラウドと女の戦闘が始まった。

 だが、リリーシャはユークラウドの指示に従うような素振りは見せない。


 ユークラウドに言われた通り、隙を伺って、森を抜け出す。

 きっと、その選択が生き残る上で一番正しい選択だ。


 この件は、二人の受け止められる許容範囲を超えている。

 自分達で解決できないなら、村に戻り、大人の人に助けを求めるのがこの場合の最善策なのだ。


 リリーシャも、その事は分かっている。

 分かっているのだが、リリーシャの足はまるで大樹が根を張ったかのようにピクリともしない。


 いや、違う。

 ここから動かないことを選んでいるのはリリーシャ自身だ。


 初めに感じたのは強いストレス。

 平和だと思っていた世界が突然反転し、自らに害を成そうとする者が現れ、それが自分と同じで人間であったということが温かな世界で生きてきたリリーシャには受け止められなかった。


 自分と同じ形でありながら、全く理解できない未知の生き物に恐怖し、心が萎縮してしまっている。

 命を狙ってくる女を前にして、リリーシャの足はすくんでいるのだ。


 だが理由がそれだけなら、リリーシャは、例え這ってでも動いて進むだろう。

 彼女が本当に恐れ、動がないことを選んでいる真の理由は、ユークラウドと離れることにあるのだ。


 この女は、二人の命を狙っている。

 ならば、ここで、ユークラウドから目を離してしまっている間にあってはいけないことが起こるかも知れない。


 もし、リリーシャが、助けを呼びに行ったとして、帰ってきた時、彼が物言わぬ姿になっていたら?

 経験したことのない外圧ストレスに晒され続けて心身が疲弊した彼女の頭に浮かんだのは最悪の結末。


 ユークラウドが負けるはずが無いと思ってはいても、少しでもその可能性があるならリリーシャはこの場から離れられない。

 普段ならユークラウドの指示を喜んで受け入れる彼女だったが、始めて明確に湧いた拒否感に戸惑うリリーシャ。


 動けない代わりに、せめてもの援護として、そして、この場に残る言い訳として、右手を構えた。

 魔法なら、動けなくても放つことができる、と。


 右手に魔力門を通して、魔力を流し込み、魔法を発動させようとするが、標的を定めたところで魔法の発動をキャンセルしてしまい不発に終わる。


 何で……と、もう一度魔法に取り掛かるが、またも放つ直前で反射的にキャンセルしてしまい不発に終わった。

 そして、リリーシャは、自分が人を撃つことが出来ないのだと、自覚した。


 魔法というのは使い方を誤れば相手を殺す。

 特に、今回の目的は、明確に相手を傷つける目的で使おうとしている。


 これを包丁に置き換えると分かりやすいかも知れない。

 包丁は便利な道具だが、人を傷つけ殺すことにも使うことができる。

 これは、魔法も包丁も同じだ。


 そして、その包丁まほうを今相手に向けているのだ。

 いくら襲われているかと言って、皆が皆、そこで相手を刺してでも自己防衛できるとは限らない。

 ましてや、こんなに酷い悪意を始めて経験したばかりのリリーシャにそれを求めるのは酷だろう。


 そして、相手もそれを分かっていて、わざと避ける気配が無い。

 先程まで、リリーシャが囮の魔法を撃てていたのは相手が避けるという確信があったから。


 当たらないと分かっているなら辛うじてリリーシャは魔法を撃つ事ができたのだ。

 だが、女は、その事に気付き、回避する素振りを全く見せなくなった。

 こうなると、当たるかも知れない、傷付けるかも知れない、殺すか知れない魔法をリリーシャは撃つことが出来なかった。


 これでは、何のために魔法を練習していたのか。

 ユークラウドの期待に応えられず、あまつさえ、足を引っ張ってしまう。


 これでは何の為にここに居るのか本当に分からない。

 リリーシャは、自分のことが嫌いになりそうだった。


 未だ、目の前には女と戦闘を繰り広げるユークラウドが居たが、リリーシャは、もう何も出来なかった。

 魔法を撃つことも、助けを呼ぶことも、動くとも、逃げることも、何も……。


 戦意を喪失したリリーシャは、その右手を下ろす。

 彼女は、ただただ、目を離したら、消えてしまうかも知れないユークラウドを追っていた。


「ユー……、戻って…………」


 ポツリと漏れた言葉……。

 それが、リリーシャの本心だった。


 確率なんて高くなくていいから、もう一度手を引いて欲しかった。

 二人で、逃げて欲しかった……。


 脳では、それがいけないことだと分かっていて、ユークラウドは死なないと知っていても、心が納得してくれないのだ。

 これが二人の最期の時だと言うのなら、せめて……、納得のいく最期を迎えたいと、自分勝手な想いが前に出てきてしまう。


 これ以上、想像したくなくても、外圧や自己嫌悪といったストレスと言う名の負荷が悪い考えばかり巡らせ、リリーシャの足に蔦のように巻きついて離れなくなってゆく。


 ユークラウドと離れてしまったら、ユークラウドともう二度と会うことが無いかもしれない。

 ユークラウドと離れたく無い。


 そんな風にリリーシャの足を埋め尽くしていくのだ。

 彼女に抗う様子はなく、寧ろその枷を甘んじて、受け入れているようにさえ感じられる。


 人は危機に陥った時、打開ではなく、現状維持を優先してしまう傾向があるという。

 現状を維持することで、ストレスに晒されることが無くなり、安心できるのがその理由である。


 人は、一時の安心に身を委ね、事の成り行きに身をまかせてしまうのだ。

 その結果死に陥るのだとしても、現状維持を打開しようとはしない。


 現状に甘え続けるのは、毒の蜜。

 例え死ぬ可能性があるのだとしても、人は、その蜜を吸い付けてしまう。


 リリーシャも、そんな蜜に溺れているのだ。

 動かないでいれば、ユークラウドと離れることがないという優しく甘い蜜に。


 それが、結果的に自らの命を貶めるのだとしても、リリーシャはユークラウドの側から、動かない。

 たとえ、足手まといになると分かっていても。


「一緒に……逃げよ?」


 ユークラウドに向かって伸ばした手は虚空を掴む。

 彼女の小さな声は、戦闘中のユークラウドには届かなかった。


 試行錯誤して、隙を作ろうとするユークラウドがここからでさえ見て取れる。

 だが、今の彼女にはそれに答えることが出来ない。


 危機感故に自らが生み出した最悪に心を占領され、離れることに対する恐怖が彼女の身体の自由を奪い、甘い蜜が彼女から抵抗する気力さえ無くしていった。

 今のリリーシャは、ユークラウドと一緒でなければ、一歩だって動くことが出来ない。


 王子様のキスが無いとお姫様は起き上がることが出来ないのだから……。


 ……。


 ………………。


 …………………………。


 本当にそうだろうか?


 彼女は、視界の端に移った影を見て、目を見開き、そんなことを思う。

 直後、稲妻が女に向かって、電撃を迸らせた。


 影は、リリーシャが出来なかったことを易々とやってのける。

 その鋭い電撃は、彼女の足元に巻きついた蔦の心象風景さえも、焼き切っていくような力強ささえ感じられた。


 お姫様を起き上がらせるのは、必ずしも王子様だけとは限らない……。


「お兄さまから離れなさい」


 もう一人のお姫様ライバルだって、その役目を果たすには十分な資質を持っているのだから…………。

書き直し何回かしても満足いかず、ちょっと難産かも知れない。

次回からはまた毎日更新に戻ります(戒め)

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