幼馴染のリリーシャ11
リリーシャが最初に感じたのは、何故という疑問。
人生で初めて、原因の分からない理不尽に襲われるという体験を得て、答え出す間も無かった。
味わった事のなかった明確な敵意に、身体が引きつっているのを感じる。
殺意とはこんなにも怖いものだったのか。
自分達が襲われている理由は分からない。
分からないが、手を引いてくれるユークラウドのお陰で、兎に角、逃げないといけないということだけは理解できる。
このままずっと、ユークラウドにすがりっていたい。
そう出来たら、どんなに楽だったろうか?
だけど、こちらを一瞥するユークラウドを見て、リリーシャは瀬戸際で踏みとどまった。
走りながら、繋いだ手に縋りながら、彼女は告げる。
「私もできる」
自分はお荷物ではなく、役に立つことができるのだと。
彼女は、そう告げる。
ユークラウドは、この状況を受けても的確に動けていた。
ならば、同い年で幼馴染の自分も、同じようにできる筈なのだと、多少的外れでもそう自分自身に言い聞かせているのだ。
本当は怖くて仕方ない。
手を繋いでなければ走る事さえ出来るか分からないほどに。
それでも僅かに残った勇気が、自分に動けと、言ってくれる。
ユークラウドの足を引っ張るな、と奮い立ってくれるのだ。
リリーシャの意思を汲み取ったユークラウドは、一瞬だけ考えるそぶり見せた後、彼女の意思を尊重することを選ぶ。
リリーシャと手を繋いでない方の手を、リリーシャの魔法のため動作の時と同じ形に握り、その手をリリーシャに見せて、魔法を撃ってほしいと伝えてきた。
改めて見て、彼がずっと魔法の詠唱をしていたことにようやく気付くリリーシャ。
自分が焦りで全く周りが見えていなかった事を自覚し、少しだけ時間を貰うことにする。
もう一度目を瞑って、今度は深く呼吸。
吸った息を吐くことで、心を整え、彼女はもう一度ユークラウドを見据える。
今度は、ユークラウドから、多くの情報を得ることができるのだ。
怯ませればいい、当てなくていい、狙いは適当でいい、相手の方からこちらに近付いてくる、できるだろリリーシャなら?
彼は何も話さなかったがが、手の動きと表情だけで、言いたいことは分かった。
分かったら、すぐに彼女は行動に移す。
いつもと違って足を踏ん張るような構えはできないが、気持ちだけ手に込めて、腕を引きしぼる。
歩みを止めることなく、その魔法を放つべき相手を見据えると、こちらへと近付いて来ているのが分かった。
足止めで良いと言われたが、当てるのがベストだろう。
そう思って手を振りかぶって発動させた水の弾を打ち出す魔法。
放つ瞬間、初めて人に向かって魔法を放つのだと気付いた。
気付いたら、弾は軌道から逸れていたが、追って来ていた女は上へと大きく飛んでくれた。
もし、跳ばなかったとしても、あの程度なら僅かな身じろぎで魔法をかわせただろう。
きっと、魔法の範囲が分からなかった為に大袈裟にかわしてくれただけだ。
魔法を撃ち終わったあとの手は震えている。
人に向かって魔法を撃つのがこんなにも怖いことなのだと、知らなかった。
思うところがあるリリーシャだったが、今は感傷に浸っている暇は無い。
必死に、走りながらどうすれば助かるかを考える。
ちらりと、後方の様子に目を向けると、ユークラウドが容赦なく空中で身動きが取れない彼女へと火の魔法で追撃するのが見えた。
ユークラウドはやれるのだ、とそんなどうしようもない、違いを見せつけられた気がした……。
火花が空へと咲く。
着地する寸前の女へと水魔法を放つが、空中でもあり得ない動きで回避を見せる。
だけど、それはリリーシャも理解していた。
当たると分かっていたら、リリーシャは撃てない。
自らが危険に晒されているから、相手が刃物を持っているから、自分も刃物を取って相手を刺す。
その覚悟は誰にでも持てるものじゃない。
今リリーシャが撃てているのは、相手の実力が遥かに上な故。
リリーシャ程度の攻撃など難なく回避してしまうからこそ、外れると分かっているからこそ、当たらない弾だからだからこそ、魔法を使うことができた。
ユークラウドのあくまでも牽制のため、という言葉が身に染みる。
リリーシャは、このままじゃいけないと分かっていても、ユークラウドならなんとかできると、その優しさに甘えいた。
女は、リリーシャの牽制を煩わしく思ったのか、迂回ルートを取っる。
地面を蹴って、右の木々へと身を隠す女。
それでも、近付いて来るのが分かったのは、木々の叫びが聞こえるから。
女の踏みしめに耐える事が出来ず、軋んで倒れる音が、否が応でも伝わってくる。
姿は見えずとも、恐怖の旋律が、すぐ近くに居るとその存在を刻み、
「来た!」
リリーシャの叫び。
自身の優れた動体視力と聴力で、女が仕掛けて来たのが分かった。
再び伸びる手で、こちらを捕まえようとしているのが分かる。
女の魔手が迫り、届く。
そう、リリーシャが覚悟した瞬間、ユークラウドに引き寄せられた。
女は手の方向を変えて追撃することはせず、その手は空を舞った。
勢いのままに身体スレスレをすれ違う女。
リリーシャの視力は、その瞬間を走馬灯の様に捕らる。
女が目を瞑っているのを。
顔に大量の砂つぶが付いているのを。
ユークラウドが何かをやったのだ。
最大のチャンス。
彼女の中に眠る野生の本能がここしかないと言っていた。
反射的に水の魔法を構え、そして、放とうとして、そして。
彼女の中の人としての理性が、それを拒んだ。
一瞬の躊躇いはすぐに現実に反映される。
女が木々の中へと消えていき、ユークラウドは、リリーシャの手を取り再び走り出した。
音が世界に戻ってきて、木に体をぶつける音が辺りに響く。
きっと、少なくないダメージを与える事が出来た。
これなら、自分が手を下すまでもなかった。
これで追っては来れないと、リリーシャは一安心して前を向くが、手を引くユークラウドの横顔は険しい色をしている。
その理由を分からぬまま、走り続け、やがて、森の出口が見えてきた。
あそこまで行けば、逃げられる。
リリーシャは、この恐怖から逃れようやく家に帰ることにができると、安心した。
その心を塗り潰すかの様に、地面を強く踏み切る音がこちらまで聞こえなければ。
その影は、今度はこちらを狙わず、リリーシャ達の前へと現れる。
ユークラウドが、足にブレーキをかけ、リリーシャを支える。
ユークラウドが立ち止まった理由を求めて、前を見ると、森の出口、あと数メートルで、森を出れるところに、女が立ち塞がっていた。
まだ、この現実は終わらない。




