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バッドエンドの転生者  作者: 避雷心
序章Ⅲ.v
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長女クリスティーナ07

 目が醒めると、兄の匂いを感じたままだと気付くクリスティーナ。


「うっかりしてました…………」


 あまり長時間利用するとバレる可能性が高くなるため、この部屋で寝るつもりは無かったのだが、どうやら、うっかり寝落ちしてしまっていたらしい。

 通りで寝つきがいい筈である、と一人でクリスティーナは納得する。


 窓からは日差しが差し込み、朝が始まろうとしていた。

 午前中の家事を済ませるため、起き上がろうとするクリスティーナだったが、左手に違和感を感じ中々状態を起こすことができない。


 何が原因だと、思い左手の方を見ると、自分の腕をクロスさせベッドに突っ伏し、その上へと倒れこんでいるユークラウドが居た。

 思わず、声を上げそうになるクリスティーナだったが、兄が寝ているため、気合いと根性で声を押し殺す。


 クリスティーナの予想以上に帰って来るのが早かったユークラウド。

 まさか、朝を迎えて、もう帰ってきているとは。


 恐らく自分の痴態も見られているため、頭を抱えたくなるが、でも今はそれ以上に、この幸福を享受する方が優先だ。

 兄が無防備な寝顔を晒すのは、かなり稀であり、その光景を脳内メモリに焼き付ける。


 ひとしきり兄の寝顔を堪能し満足したクリスティーナは、兄のベッドを占領していたことを思い出し、ベッドからどこうとする。

 のだが、兄の上半身の一部が掛け布団の上に乗っかっているため、なかなか容易では無い。


「お兄さま」


 声をかけてもみても反応はなかった。

 どうやら、疲れて、深い眠りに陥っている様だ。


 このままではいけない、とクリスティーナ。

 早く占領していたベッドを一刻も早く譲らなければという使命感の元に兄に様々なアクションをおこす。


「お兄さまぁ〜」


 優しく声をかけてもやはり反応がない。

 空いた右手で、ユークラウドの肩を少しだけ揺さぶりながら、もう一度声をかけることにするが、そちらも空振りだった。


 次にクリスティーナの目に留まったのは、ユークラウドの頭。


 考えてみれば、撫でられることはあっても撫でたことはないなと思った彼女は、兄を起こしてベッドを譲るという大義名分の元にその頭を優しく触る。

 撫でられる側も良いが、撫でる側も悪くないなと、思うクリスティーナだった。


 それでも、起きなかったため、兄のやり方を真似て、ひとしきり撫でた後は、彼の髪をすくうことにする。

 実は、前々から、この銀髪には触れて見たいと思っていたクリスティーナ。


 兄の容姿を語る上で、この鮮やかな銀髪は欠かせず、一際目につくシルバーのそれは、誰もを魅了する美しさを持っており、彼女も妖艶な魅力に魅了されていた一人なのだ。

 ユークラウドはコンプレックスに思っているのか、普段は、気軽に触らせて欲しいと言えないだけに、この機会を逃せば次は無いかも知れない。


 大義名分を横暴に使っている気もしなくも無いが、なんと言われようとこれは兄のため、と意を決して髪に触れるクリスティーナ。

 いけないことをしているような体験に、心臓の高鳴りが収まらず、兄に伝わっているのでは無いかと思う程だ。


 だが、それでも、ユークラウドは微動だにしなかったため、一度深呼吸をして、少しずつ指をスライドしていき髪をとき始めた。

 初めて触れるそれは、未知の心地だ。

 それでも、例えるなら、初雪に初めて足を付けた時の心地だろうか?


 絡まることも、捻れることも一切知らない髪に手を通すと、触り心地が最高で、まるで天の衣に袖を通すと、こんな感じなのかなと思える程。

 通した手が嘘の様に滑るため、すぐにその手は髪を離れ、もっと、触れていたいのにというもどかしさをクリスティーナに生じさせた。


 これは、永遠に飽きることがないとクリスティーナを確信させるが、何度も、何十回も髪に指を通していると、流石にユークラウドが気付かない訳がない。

 突然ムクリと立ち上がったユークラウドにびくりと、驚いてしまったクリスティーナは、彼に言い訳を始める。


「お、お兄さま、えっと、これは……」


 必死になって言葉を探すクリスティーナだったが、立ち上がったユークラウドはどこか夢現でその言葉を捉えていない。

 昨日は徹夜で、現状一時間も寝てないのだから仕方ないと言えば仕方ないと言えるだろう。


「お兄さま?」


 そのまま、彼は掛け布団をまくって、自分のベッドに入り込む。

 クリスティーナが、その場所を退く暇もなくだ。


 そのまま、幼馴染と昨夜過ごした名残で、クリスティーナを抱き枕の様にして、再びの眠りに入った。

 手足がホールドされ動けなくなったクリスティーナは、堪らず声を上げる。


「お、お兄さま! 起きぃなくてもぉ…………」


 妹の抗議の声に、兄はもう微動だにしなかった。

 途中から、抗議の声が弱くなった気もするが。


 ユークラウドが再び寝息を立て始めたのを間近で感じると、彼女は、決意を決める。

 兄の快眠を守るため、彼の抱き枕になることを享受し、受け入れると。


 動けないから、どうしようもないのだと、やけに潔く諦めるクリスティーナ。

 決して、そこに他意はないのだ。ないのだ。


 昨日以上、というか完全に兄に包まれる感覚に思わずトリップしそうになる彼女だったが、何かが邪魔をして、彼女は割と冷静であった。

 その原因は何か考えていると、ユークラウドが寝言である一言を放つ。


「……リリーシャ」


 クリスティーナの額に筋が立つ。


 自分を抱いているというのに、他の女の名前を出すユークラウド。

 自分というものがありながら、寝ている時に他の女の名前を出すとは如何なものか? とクリスティーナは怒りを隠せないのだ。


 勿論、ユークラウドに他意はない。

 寝言とは夢の延長戦で、夢とは記憶の整理であるため、昨日あった出来事を呟いてしまっただけである。

 だが、事情はどうあれ妹の前で露骨にリリーシャの名前を出してしまったことは、クリスティーナを怒らせる要因でしか無いのだ。


 加えて、ユークラウドに嫌がらせのようにリリーシャの臭いが染み付いていることも、良くない。

 先程は気分が高揚して気付かったもクリスティーナだったが、名前を呼ばれてしまったら嫌でも意識してしまう。


 リリーシャの臭いに邪魔され、兄の腕に浸るに浸れないのだ。

 兄に包まれる幸せの時間を、幻想のリリーシャが「ユーは譲らない」と水を刺してくるが如きこの状況は、嫌がらせとしか思えない。


 一体何もしたらこんなに人の臭いを付けてこれるのか、小一時間程兄に問い詰めたいクリスティーナである。

 結局、クリスティーナの幸せと怒りの混在する時間は、ユークラウドが覚醒するまで、続くのであった。




 ユークラウドが目を覚ますと、飛び込んで来たのは妹の後頭部。

 一緒にベッドに入り、妹を抱き枕代わりにしているという、まるで身に覚えの無い状況に困惑を隠せないユークラウド。


「おはようございます。お兄さま。昨夜は随分とお楽しみだったようですね?」


 だが、その困惑は妹の一言で、一気に冷め、寒気が身体を襲う。

 滲み出る怒りを隠せない様子のクリスティーナに冷や汗が止まらない。


 なんで怒っているのか、何に怒っているのか分からないが、クリスティーナは確実にお怒りモードである。

 現状といい、昨日といい、心当たりがあり過ぎるはいかにして彼女の怒りを鎮めるかに全力を注がなければならない。


 一先ず、ここの返答を間違えようものなら、詰みだ。

 彼女に聞かれた昨夜のことを、そのまま伝えるのは絶対にNGであると、考えながら、言葉を選ぶ。


「ララーシャちゃんも含めて、三人でおままごととかかな? それ以外は特に何も無かったよ」


 悩んだ末にユークラウドが捻り出した答は、本当にあったことと嘘を混ぜるというもの。

 目覚めたばかりの頭で考えた割には良くできた答であったが、それを、この状況でやるのは悪手であるとも言えるだろう。


「またまたぁ。こんなに執拗にマーキングされているんですから、何かあったのは、分かりますよ」


 寝ている間、兄の匂いの中に染み付いたリリーシャの臭いを、必要以上に浴びせられたクリスティーナには、その嘘が通用しないからだ。

 嘘がバレたことで顔が蒼白になるユークラウド。


「お話しましょうか、お・に・い・さ・ま?」


 嘘をついたことで何かあったことを確信したクリスティーナの怒りは、頂点に達している。

 甘い声音で囁かれた死刑宣告に、ユークラウドは己の未来を悟るのであった。


 余談ではあるが、クリスティーナが部屋に居た件は有耶無耶になったとか。

長かなったけど、クリスティーナ編も終わりです。

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