メイドのミシェル02
2人が辿り着いたのは、国の国境近くの辺境にある小さな村だった。
村人には、余計な詮索をする様な者が居なかったのは、きっと、同じ事をされたくなかったからだろう。
何にせよ、環境も良く住むには都合のいい村だった。
主人が結婚祝いに母から貰った宝石を売り払い、そのお金で家を買い、新しい生活が始まることとなる。
働いた事も無く子供も育てなければいけない、主人を支える為に、ミシェルは進んで仕事を探した。
村に3人で移住して、半年程経つと、生活にも慣れはじめ、ゆとりが生まれていた。
今までとの生活の違いに苦労したであろう主人も、ここでも良く笑ってくれ、ここでの生活はミシェルの中で人生最高の時間だったかも知れない。
そんな折だ。
あの男がこの家にやって来たのは。
二度と会いたく無かった出会い。
どうやって嗅ぎつけたかは、分からなかった。
もしかしたら、自分だけで努力して、探し出したのかも知れない。
だけど、それはあくまでも可能性で、その時のミシェルには、ゴルディ家が連れ戻しに来たと思い、即座に臨戦態勢を取る。
主人を1人で任される身、魔法にも格闘にも、自信があった。
何より、主人にこんな酷い思いをさせたこの男を許す事が出来なかった。
気付けば、ミシェルは、男を殺しかけていた。
「止めなさい、ミシェル」
主人の冷たい言葉を聞いたのは、後にも先にもこの一度。
「貴方は、二階にいて頂戴」
得意でも無い治癒魔法を必死に唱え続けるその姿からは、強い拒絶の意思を感じた。
「申し訳……あり……ません」
震える身体を隠す事も出来ず、逃げる様に、二階の部屋に逃げ込む。
そのまま崩れる様に、座り込み、膝を抱える。
自分がした事を自分で理解する事が出来なかった。
でもそれ以上に、主人が何故、あんな男を庇うのか分からなかった。
主人に見限られたら、ミシェルは生きていく事が出来ないだろう。
このまま消えてしまいたかった……。
「うぅ……」
「……ぁあ……?」
「えっ……?」
その声が聞こえた時、ミシェルは自分が幻聴を聞いているのかと思った。
だけど、近付いてくる影は確かに居た。
主人の子供のユークラウドだった。
ユークラウドに対するミシェルの気持ちは複雑なものがある。
大好きな主人の子供であり、ミシェルが最も嫌う男の子供。
主人と一緒にいる時は、主人と同じで、とても愛おしく思っていたが、ふとした時に、あの男の血がこの子にも流れていると考えている自分がいる。
そんな時、いつも髪の毛を撫でるのだ。
ゴルディの家とは真逆の、透き通る様な綺麗な銀の髪を見ていると、あの男とは本当に何の関係無いという錯覚に陥ってしまえる。
何て事は無い、自分もあの家の人間と同じ事をしている。
そんな自分が嫌で嫌で仕方無かった。
そんなユークラウドが目の前で、動きを止め、ずっと、ミシェルを見ている
ミシェルは咄嗟に動く事ができず、ベッドを抜け出してハイハイで与えられた部屋までやって来るという事の異常性を理解していない。
只々、じっと見つめられると、心を見透かされる様な気がして、動く事ができなかった。
動いたのは、やはり、ユークラウド。
彼は、何を思ったのか、膝を抱えるミシェルの足をよじ登ってくる。
「ぇ……?」
そして、そのまま、膝の上が定位置とでも言う様に、そこに居座った。
彼は泣く事もなく、動く事もなく、ただただそこに居座った。
初めて感じる不思議な心地。
自然と震えは治まっていた。
心が冷静さを取り戻すと、無性に、この小さな命を抱き締めたいという気持ちが湧く。
恐る恐る、下を向くと、ただ一言、「ん」と、言う声が聞こえた気がした。
そんな小さな命に寄りかかりながら、その日の夜は過ぎていった。
プラウ村
ランバルディア王国の国境近くにある小さな辺境の村。
自然が豊かで、人間至上主義のランバルディア王国では珍しく、亜人が住んでいる。