研究者エリアナ13
大遅刻
再検査から、二年弱。
エリアナは、自室で、紅茶の様な飲み物を口にしながら、先程終わった講義の余韻に浸っていた。
「二年など、あっという間でしたね」
今日は、ユークラウドの魔法の基礎講義、最終日。
検査の結果、ある事実が分かった為、当初、残り半年で終わる筈のユークラウドへの基礎授業は伸びに伸び、結果として二年弱という年月を費やすこととなった。
しかし、二年かかったと言っても、現状、ユークラウドの年は六歳。
早い子たちでも七歳から学園に通い始めるのが普通である為、同年代と比べたら頭一つ分抜けている習熟度合いであるから、問題はないだろう。
エリアナは寧ろ、現状、彼女の研究を手伝ってくれているユークラウドが、学校に行ったとして何を学ぶのだろうかと、疑問に思ってしまうほどである。
恐らく、魔力が多いからであろうが、彼は人より成長の度合いが遥かに早いのだ。
思えば、最初から彼はそうだった。
今でも彼女は鮮明に思い出すことができる。
銀色に輝く髪を持った、僅か四歳の少年が、家を訪ねてきた日の事。
そして、そこから怒涛の二年間と少しの日々を。
「懐かしいですね……」
笑った日、怒った日、困らせられた日、白熱した日、遊んだ日。
どれも濃厚で掛け替えのない思い出だ。
最初こそ大いに困惑させられたが、ユークラウドと共に過ごした日々は、エリアナの人生において、とても濃厚で、一番楽しい時だったと言えるだろう。
彼との出会いは、今では彼女の宝物なのだ。
「っと、感傷に浸ってしまいました」
エリアナは、紅茶を机へと置き、次以降の応用の講義の準備をする。
応用の講義の時間ともなると準備に時間がかかるのだ。
もし、ユークラウドがこの光景を見たら、もっと研究の時間優先で良いと言うだろう。
だが、エリアナの研究は、彼のお陰で、ノルマを大幅に越えているので、これも問題はない。
というか、基礎とは違い、ユークラウド個人に合わせて色々と考えて作る応用の講義の内容に、エリアナにとって息抜きとなる。
寧ろ、自分のジャンルとは異なる内容やアプローチなどに関しては、心踊ると言っても過言ではないだろう。
特にユークラウドは、魔法使いとしては、とても異端な体質。
魔力門が六門あるなど、彼は研究対象としても、とても興味深く、エリアナは退屈しないのだ。
他にも、あの時の適性の検査で分かった事もある。
彼は、魔力門六つと言うだけでも、常人離れしているのに、属性魔法一二属性、状態魔法一二状態、計二四の魔法全てに適性があったのだ。
これを聞いて、心踊らない魔法研究者が居るだろうか?
いや、居ない、とエリアナは断言できる。
魔法二四種全てに適性があるということは、もしその魔法の研究をしたいと思った瞬間、その魔石や魔道具を取り揃える事なく自前で研究する事ができてしまう。
研究に必要な手間、経費を考えると、ユークラウドは、喉から手が出る程欲しい存在であることは間違いない。
いや、これは何も研究に限った事ではない。
魔道具開発などの物作りに関する職種も彼を放っておかないだろうし、物珍しさでユークラウド雇いたいといった人たちが絶える事はないだろう。
一先ずの措置として、大ごとにならない様に彼にはその特性を絶対に口外しない様にと、エリアナは言いつけていたりする。
ユークラウド今や将来のことを考えると、妥当な判断だろう。
ユークラウドには是非とも研究者の道を歩んで欲しいと言うのがエリアナの本音だが、それを強要するのは良くない事を彼女は知っていた。
それに、この特性は必ずしも良い事とは言えない。
ユークラウドの魔法の発動が遅いもう一つの理由がここにあるからだ。
実は、一般にはあまり知られていないのだが、魔法の適性のが多くなると、魔法の発動速度が遅くなってしまう。
適性を多く持っていると、魔力門へと魔力を抽出する際、その工程に手間取ってしまうのだ。
当たり前といえば、当たり前なのだが、より多くの物から一つを厳選するというのは時間がかかってしまう。
中身の魔力の種類が多ければ多いほど、目的の属性の割合は減っていくため、門の大きさに関係なく、魔力を取り出すのに時間がかかってしまうのだ。
魔力門の数+魔力の適性。
この二つの才能によって、ユークラウドの魔法は病的な程迄に遅く、今後日常生活にも支障をきたす様になるかも知れないのだ。
冗談や偽りではなく、ユークラウドが世界で一番魔法の発動が遅い人間だと言っても過言ではない。
だからこそ、ユークラウドは自分の才能をあまり、肯定出来て居ないのである。
そして、その問題を少しでも解決に導くのはエリアナの役目なのだ。
彼女には、ユークラウドの問題は自分が解決するのだと、半端核心の様に思える使命感があった。
「全く、ユークラウドにはまいどまいど、驚かされます」
そう呟いて小さく微笑むエリアナ。
手のかかる弟子の顔を思い浮かべながら、自ら難題にぶつかっていく彼女は、どことなくその時間を楽しんでいる様にさえ感じられた。
次も頑張る




