お隣の旦那さん、リールイ02
「君の気持ちは、痛いほど伝わってくる」
そう言って、彼女に腕を回し、優しく抱きしめるリールイ。
彼の最初の行動はそんなある種の甘ったるさを伴った物。
そんな行動に共感する様に、彼の妻、ルルーシャは腕を返し、「貴方」と甘い声で言葉を返す。
長年の経験で、満月の夜が近付くと、彼女が求めているのは、共感であり、触れ合いであると彼は知っていたからである。
少々、大袈裟ではあるが、彼はそんな事気にしないし、躊躇したこともない。
結婚して5年ほど経つが、彼女が安心してくれるというなら、彼はその身すら捧げるだろう。
娘の事はとても大切だったが、彼はそれと同じくらい妻のことも大切なのだ。
「君が幼い頃、経験した事を思うと今でも胸が張り裂けそうだし、ましてや、それを娘にも経験させたいとは僕は思わない」
少し、大袈裟に彼女が思っているであろう事を口にするリールイ。
親として同じ気持ちを持っていると、彼は今それだけを伝えたかった。
彼女の経験した事を語ってくれた日のことを思い出すと、今でも彼は悲しくなるし、その時自分が居なかった事を本当に悔しく思っているのだが。
その気持ちに決して嘘偽りはない。
リールイの言葉を最後に場を静寂が包み込む。
彼らはお互いの温もりを感じることだけに集中していたのだ。
やがて、妻が落ち着いた頃合いを見計らって、腕を軽く解き、そのまま左手をうなじへと持っていき、親指で髪を撫でる様にするリールイ。
その仕草に自然と2人の目は絡む。
「だけど、それがリリーシャのストレスになってしまっていたのも、また、事実だ」
そうして、悲しそうな表情で彼女に事実を突きつけた。
そして、その事実からは、彼女は目を離さない、目線を切らない、視線を逃さない。
彼の語りは続いていく。
「僕も娘は自分を頼ってくれていると慢心していたよ」
彼は自分の非を悲しそうに語った。
思い返すのは満月の日々。
満月の日の娘は頭を自身の懐へと預けてくれるものの、どこか不機嫌で不安そうな顔だった。
不機嫌なのは満月のせいだと、体を預けてくれるのは信頼の証であると、思っていた、と、彼は告げる。
だけど、事実は、違った。
「だが、残念ながらそうではなかった。娘が選んだのはユークラウドくんだった」
リリーシャにとって、リールイは只の代用品でしか無かったのだ。
その事を知ったリリーシャの、父としてのショックは測りきれない。
本当にショックだったが、それでもそのショックは隠して、打開策を立てるという仕事が彼にはあった。
リリーシャという娘はは、ルルーシャという妻と同じで特別なのだ。
兄弟や幼馴染の様な、親よりも年の近い異性が居ると、娘はそちらに懐くそうだが、ユークラウドの件もそうなのだろうと諦めるしかない。
やっぱりちょっと悔しいけれど。
「実際彼と一緒にいる時の娘は驚く程調子がいい」
娘はユークラウドと居る時が一番機嫌が良く安定している。
これも、疑いようのない事実であった。
もしかしたら、家族にも話した事がない様なことを、ユークラウドになら話しているかも知れない。
そう思えるほどに、4歳であるはずの彼女達の仲は強固である。
このことは、ルルーシャも分かっているだろう。
少しだけ暗い影が刺しそうになったルルーシャをフォローする事にするリールイ。
僕と一緒にいる時の君と同じようにと、少しだけ茶化を入れると、ルルーシャの顔は面白い様に赤くなる。
満月が近付くと、彼女は表情を隠せなくなるのだ。
そして、この好機を逃すほど、リールイは男として落ちぶれてはいない。
「未来がどうなるかは分からないが、今はユークラウド君に賭けてみるのも良いんじゃないかな?」
ここぞとばかりに、話を纏めにかかるリールイ。
ユークラウドにかけてみるのも悪い選択ではないのだと、彼は甘い提案を持ちかける。
その甘い提案に、勢いに任せて、そうね、と、思わず結論を出しそうになったルルーシャだったが、それよりもリールイの方が早かった。
彼女の微妙な変化を読み取った結果、まだ彼女の決断は妥協である。
彼は、今回の決着を妥協で終わらせたくないのだ。
「もしその選択が間違いで、リリーシャが傷付きそうになったら、それを守るのは僕達の役目だ」
これは思考の放棄ではないと、託したとしても、それでも常に娘から目を離すべきでは無いと彼は、後付けする。
うっとりとしていた彼女の瞳に意思が宿ったのを確認して、彼は駄目押しの様に畳み掛けるのであった。
「これからは、娘の行動を制限するのではなく、いつでも助けに行ける場所から見守るようにしよう」
彼の熱弁を聞いて彼女は、「はい、あなた」と自分の意思で、同意するのであった。
妻が心から納得してくれた事にほっと、一安心するリールイ。
さて、口で言うのは簡単だが、大変なのはこれからである。
娘と妻に良い顔をしてしまったが問題は山積みなのだ。
まず第一にユークラウドの了承を取れるか。
取れなかった場合、娘と彼との関係が拗れる可能性があり、そのフォローがある。
第二に、親御さんの了承や、その場合の条件について。
こちらはあまり心配して居ないが、もし条件を付けられたら、それをクリアしなければいけない。
そして、最後、これが問題だ。
全てが上手くいった場合、ユークラウドが再び、満月の夜近くに泊まるようになる。
それは、つまり、満月の夜が近くなると妻の内心が穏やかじゃなくなるということに繋がる。
極端な話、彼に娘のことを見ている間、彼は、妻ともう1人の娘にかかりっきりおなり、ユークラウドのサポートが出来なくなるのだ。
そう考えると、彼は、先に不安を感じてしまう。
娘のことは信頼しているが、もし、何かあったら、只事では済まない。
そう思うと、少しだけお腹がキリキリしたが、ドアのノックの音を聞き、彼は、その不安を無理やり飲み込んだ。
きっと、リリーシャがユークラウドを連れてきたのだと理解したからである。
ひとまず、先の問題は後回しで、まず第一の問題に直面しなければいけない。
ユークラウドが頷いてくれなければそれらは全て杞憂に終わってしまう。
さて、彼は頷いてくれるだろうか?
そう思った彼は、久し振りに、この世界の神である神獣に祈りを捧げた。
隣には彼と同じように祈りを捧げる妻の姿を見て、少しだけ元気が出てくるリールイ。
これから、もし……、
もし、ユークラウドが了承してくれた時は、自身の経験を元に先祖返り時の扱いの手解きをしようと、妻の姿を見て、彼はそんな事を考えたのだった。
そんな彼はこの後、すんなりと話しが進み、今後そんな関係が続くとは知らない。
結局気苦労だけで終わる事になるこの件を経た後に彼は知る。
妻のことがあり、自分は、世界を少し疑ってかかって居たのだと。
この世界には、まだまだ捨てたものではないと思わせてくれる人達が居るのだと。
満月の日の前日談は1話でまとめる気でしたって言ったら信じてくれます?
もう少し少女漫画脳が欲しいと思う今日この頃




