メイドのミシェル07
ハッピーニューイヤー
クルーニャが産まれて、4人家族が5人家族となった8日目の事。
ミシェルがクルーニャの様子を見ている間、いつの間にかベッドを抜け出し台所で料理をしていたクリシア。
まだ産後間もないのに気軽に出歩く主人を見てミシェルは慌てる。
「いけません、クリシア様。まだお身体が」
「硬いこと言わないで、ミシェル。今日は調子が良いし問題ないわ」
クリシアはこう言うが、ミシェルは、元々身体が弱かった彼女のことが心配だった。
この村に来て、体調を崩す事は無くなったものの、産後の弱った身体では、またいつ体調を崩すか分からない。
改めて、主人を止めようとするミシェルだが、そこは主人であるクリシアの方が一枚上手だ。
「それとも、私はずっとベッドから出させて貰えないのかしら?その方が身体に良くないと思わない?」
「…………無理していると思ったら、すぐ止めますので」
主人の言葉に、ミシェルは渋々、折れるのであった。
そんな彼女に対して、もぅ、ミシェルは心配性なんだから、と頬を膨らませるクリシア。
こうなると、ミシェルはもう何も言えなくなる。
元々、ミシェルの心配性はクリシアの身体が弱かったことから来ているのだが、だからと言って部屋に押し込んだままでは、主人のストレスが溜まり体調が悪くなる事も、また、長年の付き従うことで知っていた。
今は大分落ち着いている様にも見えるが、若い頃から御転婆だった主人に対して、ミシェルはいつも振り回される側である。
が、ミシェルもミシェルで真面目にしようとし過ぎる所があり、普段は心を休めることが出来なかった為、そんな主人に救われた事は数え切れない。
「失礼します」
主人とクルーニャの様子を両方気にかける為に、リビングの椅子へと座るミシェル。
本当は、主人の手伝いをしたいミシェルだったが、そんな彼女の腕でクルーニャは寝ている為、それはできない。
元々、クルーニャがミシェルの腕で寝てしまった為、クリシアのベッドへ運ぼうと向かっている途中で朝ごはんを作るクリシアを見つけてしまったのだ。
本来なら、自分がやる筈だった家事を取られ、両手が離せない中の苦肉の策に、ミシェルは少しだけモヤモヤしている。
「最近、良い事あった?」
「私ですか?」
そんなミシェルの些細な変化を見逃さないのが、クリシア。
彼女は、ミシェルのモヤモヤを瞬時に見抜き、その矛先を変える為、ついでに久々で楽しくなってきた家事を取り上げられない為、話題を出したというのが話題の発端。
「だって、ミシェル最近楽しそうじゃない」
それに加え、ミシェルが心の底から笑顔を見せてる事が増えと、クリシアは思っており、その訳を知りたいというのもあった。
だが、ミシェルはきょとんとした表情で、心当たりが無いと言う様子を見せる。
どうやら本人には自覚がないらしい。
「やっぱり家を出たから?」
そんなミシェルに自覚を持ってもらい要因を探る為、質問を重ねるクリシア。
まず、第一に挙げられるのは、クリシアがミシェルを連れて家を出た事。
クリシアのメイドとして生きてきたミシェルは、常に従者として、周りからクリシアに相応しい者かどうか見定められてきた。
特にクリシアが結婚して、家が変わって数年間は息つく暇も無かっただろう。
ゴルディ家という名家に、付き添いという理由で、外から入った彼女にも色々と辛い思いをさせたとクリシアは思っていた。
「それについては黙秘させていただきます」
「むっ、ずるいわね」
そこら辺の苦労は、主人に聞かせるものでは無いと、黙秘を行使するミシェルに不満げなクリシア。
だが、否定ではなく黙秘と言う形で、それとなく、そう思っていたという事を匂わせてくれた事は、少しだけ進展だとも思っていた。
数年前なら、匂わせる事さえしないように気を払っていたから、やはり家を出て人の目から離れた事は、良い影響の一員であることは間違いないだろう。
「お嬢様こそ、家を出てから生き生きとしてますよ。昔のお淑やかなお嬢様が嘘の様です」
「あー!酷いわ!」
そして、そう思っていたのはクリシアだけではなく、ミシェルも同じだ。
結婚してから、深窓の令嬢として、周りの目線に晒され気が休まる暇もなかったのはクリシアもである。
今では、ぷんぷんと怒るなどして、表情を豊かに広げるクリシアを見て、ミシェルはとても良い傾向だと思っていた。
思わず気が緩みくすりと笑いが漏れるミシェルだったが、形勢が逆転され軽くからかわれてしまって、面白く無いのはクリシア。
お返しに、どうしても自分の従者の困り顔を見たいと思い、ミシェルが笑顔を見せる要因だと思う本命の質問をぶつける。
「やっぱりユークラウドかしら?」
「……っ、お嬢様、突然何を!?」
そして、それは予想通り、当たりらしい。
先程はからかう意味でわざと言っていたのだろう、お嬢様という昔の呼び名を、もう一度出して大きく驚いているのがその証拠だ。
見るからに動揺するミシェルを見て、若干満足仕掛けたクリシアだったが、今まであまり見せてくれなかった可愛らしい動揺に思わず追撃の手が伸びてしまう。
先ずは、話題を逸らされない様に、話の対象を明確にする。
「ミシェルの笑顔が増えた要因」
「べ、別にユークラウド様のお陰と言うわけでは……」
ミシェルはあくまでも否定の形を取るが、若干頬が赤くなっているのを見逃さないクリシア。
すかさず、次の追撃へと出る。
「そんな事言っていいのかしら?後でユークラウドに根掘り葉堀り聞くわよ?」
「お、お嬢様!やめて下さい」
流石に本人に聞かれては堪らないと思ったのか、ここ一番の動揺を見せるミシェル。
どうやら、ここが攻め所らしいと理解したクリシアは、話を掘り起こしていく。
「ユークラウドに聞かれたくなかったら、ミシェルの口から何があったか教えて欲しいわねー」
甘い声で脅迫してくる主人に、うぅ、と怯むミシェル。
ウズウズとした様子で目を光らせる彼女の姿を見て、やがて諦めたのか、ボソボソとその要因を話し出す。
「…………ねぇ……と」
だが、その言葉は小さくクリシアにはよく聞き取れない。
ちゃんと聞こえる様にという形で催促をされ、ミシェルは震えながら声を振り絞った。
「……おねぇちゃんと言って頂きました」
「……お姉ちゃん?」
ミシェルの言葉の意味が分からず、一瞬きょとんと聞き返してしまうクリシア。
「…………うぅ、だから嫌だったんです」
そんな彼女の表情を見て、泣きそうになるミシェル。
穴があるなら、入りたいというのが、彼女の今の心境だ。
そんな人生で一番恥ずかしそうにする彼女を見て、思わず、クリシアの心の奥底にある加虐心がくすぐられてしまう。
彼女がここまで恥ずかしがるというのは、人生で初めてだったのだ。
今まで、クリシアにだけ見せてくれていたそれを、自慢の息子に軽々と塗り替えられ、彼女を取られた様な錯覚からくる嫉妬心もあっただろう。
むぅ〜、と頬を膨らませたい気持ちを抑え、穏やかな表情で、そっか、そっか、とミシェルに理解の姿勢を見せて……、そして。
「まさか、ミシェルが弟が欲しかっただなんて知らなかったわ」
「お!お嬢様ぁ……!」
彼女を一気に突き落とす。
クリシアの意地悪に、本当に泣きだしそうなミシェルだったが、彼女はどうしても止まれなかった。
「どう?正式に私の娘になってみる?」
「お嬢様ぁ……、それ以上は……おやめくださいぃ……」
本当は、クリシアの服の端でも掴んで抗議したいのだろうが、クルーニャがその腕で気持ちよさそうに眠っている為、それも出来ない。
クリシアは主人として、恥ずかしがる彼女の貴重な姿を堪能する。
今、もう一度、彼女のの記録を更新した事も相まって二重の意味でクリシアは満足するのであった。
今年も毎日頑張ります




