少年初期04
「お兄さま、約束、覚えてますよね」
「やくそく……?」
ご飯とおやつを食べて食器を片付けた後、ノートを持って僕の元にやってくるクリスティーナ。
一見完璧に見える彼女についつい悪戯をしてしまいたくなった僕は、わざと戯けてみせる。
「お・に・い・さ・ま?」
「うそうそ、覚えてる」
「もう、意地悪しないで下さい!」
「はい、すいませんでした」
そんな僕の悪戯が気に入らなかったのか、妹は、ぷぅと、頰を膨らませて拗ねてしまう。
妹の可愛らしい一面を見て満足した僕は、ほんとに怒らせてはいけないと精一杯謝罪する。
やがて、僕の謝罪を受け入れたのか、しょうがないお兄さまです、と彼女ははにかんだ。
ちなみに、クリスティーナとした約束とは彼女に魔法を教えるというもの。
彼女は僕と同じ魔術型である為、まだ魔法にあまり触れれていない。
それで、魔法に興味を持った彼女は、既に魔法を使える僕に魔法についてレクチャーをして欲しいと頼みこんできたのだ。
可愛い妹の頼みを直ぐにも受けたかったが、あの時は、僕も僕で師匠との基礎講義を終えて居らず、知識が足りないまま教えるという事をするのは拒否感があった。
結果として、基礎授業の全日程が終了した後で、クリスティーナに魔法を教えるという約束を指切りで交わしたのが事の顛末である。
しかし、いざ教鞭を取るとなると僕じゃ役不足じゃないかな?
この場合は、本当に実力が不足してるって意味でである。
母さんやミシェルだっているし、まだ子供であり、未熟者である僕が教えるのに抵抗がない訳じゃない。
一応、予め師匠に教えて良いか聞いたのだけれど、
「予め聞いてくれたのは大正解と言えるでしょう」
「本来なら止めるべきかも知れませんが、私はユークラウドを評価していますし、信頼しています。貴方の判断を全面的に肯定しますよ」
とお墨付きを貰ってしまったりした。
ちなみに母とは危ない事をしないと誓えるなら良いとのニュアンスの注意を貰ったが、別に反対されたりはしてない。
ミシェルも似た様な感じだが、少し寂しそうだった事は記述しておく。
それでも、やっぱり最後に確認しなければいけないだろうと、クリスティーナにも訪ねることにする。
「本当に僕でいいの?」
「お兄さまが良いんです!」
返ってきたのは強い肯定の言葉。
先ほどの件の余韻が残っているのか、またも彼女は少し拗ねた様子を見せる。
「私は私が一番尊敬するお兄さまに教わりたいんです!」
機嫌はそのままに、それでも僕に教わりたいと言ってくれるクリスティーナ。
その瞳は強く意思を訴えかけてくる。
「お兄さまは、もっと自分に自信を持つべきです……」
そう告げるクリスティーナは少し悲しそうな表情だった。
そんな彼女を悲しいままにするのはきっと兄として失格だろう。
「ごめん、力の限り頑張るよ」
クリスティーナの手を取り、やれるだけやる事を宣言してみせた。
それを聞いた彼女は、天啓を受けたかのようにパァーッと表情を輝かせ始める。
「はい!私にご教授下さい、お兄さま」
そう言って彼女は朗らかに笑うのだった。
「最初は魔法適正を調べるところから始めようか」
「よろしくお願いします、お兄さま」
元子供部屋の一室、今は大分様変わりして僕の部屋となったここで、クリスティーナへと個人レッスンが始まる。
やはりこういう時、最初に調べるのは適正魔法からだろう。
自分が何が出来るのか出来ないのか知る事は大事だし、今後の方針も決めることができる。
魔術型の適正を調べる際、本来は適正は遺伝が殆どな為、両親やその親が使える魔法の適性だけを調べるとは師匠談。
全ての詠唱を覚えるとなると相当な量があり、大抵の場合自分の適性以外の詠唱は忘れてしまうらしい。
その結果、ごく稀に抜けてる属性があっても、学校に通えば全詠唱習い調べる為、そこで知らなかった自分の属性を知る事になるのだとか。
ちなみに学校で一度は習った筈の適正を調べる詠唱を忘れてしまうのが多いのは、習ったはずの歴史や都道府県の県庁所在地を思い出す事が出来ない感覚とでも思ってくれれば良い。
詠唱は以外と難解で、自分に関係無い物は割と忘れてしまう事の方が多いそうだ。
全部師匠の受け売りだけど。
…………。
全然関係ないのだけれど、今や県庁所在地どころか県名も少し危ういかも知れないと思ってしまう今日この頃。
転生して6年と少し。
前世の自分が一体どういう人間だったかという個人に関する記憶は一切思い出せていないのが今の現状だ。
それどころか自分が転生をしたのだという自覚さえ消えかけている。
個人を形作る記憶、エピソード記憶をが無いと言うのはとても深刻で、前世なんて半端僕の妄想の様に思える節さえ感じていた。
「お兄さま?」
ぼうっと、1人で考え事をしている僕の事を心配し顔を覗き込んでくるクリスティーナ。
いけない、今は自分の世界に浸っている時間などではなく、妹の為に時間を割く時だった。
「何でもないよ、クリス」
妹であり、最愛の家族でもあるクリスティーナを愛称で呼ぶことで、自らの意識を示す。
彼女は、心ここに非ずと言った感じでしたよと、僕を心配してくれる。
ごめん、ちょっと考え事しちゃってたなんて、言い訳をすると妹は頰を膨らませて、心配していましたのに、と抗議の姿勢を見せる。
「もう!お兄さまったら、今日は私の為に時間を咲いてくれるので無かったんですか!」
今度は意図的では無いにせよ、又も妹を怒らせてしまった。
何時もはしっかりしている様に見える妹だが、そのギャップというか、2人の時は本当に甘えん坊で、こんな風におざなりにしてしまうと拗ねてしまう。
「ごめんって、今からはクリスの事だけ考えるから」
「……なら、許します。絶対ですからね!破ったりしたら、泣いちゃいますよ!」
謝罪して、その小さな、頭をなでてやると、こ、こんな事で機嫌を戻すと思わないで下さい!お兄さま!なんて言いつつも頰が緩む妹。
どうやら、妹は機嫌を直してくれたらしい。
僕は、自分の中で逸れた思考を元に戻しらもう一度、妹の教育プランを練ることにする。
するとどうだろう?
成る程、前世の事なんかより、今ある妹や家族の事だけで一杯一杯で、今の自分は満ち足りている事に気付く。
なんて事はない。
今の僕は、クリスティーナの兄にして、フェイディ家の長男のユークラウドなのである。
決して、それ以上でもそれ以下でも無い。
そんな簡単な事に気付かず無いとは、妹を拗ねさせてしまう訳である。
他の人より成長が早いなんて事を言われようが、限りない今の幸せな日々こそが、僕が僕たりえる今の象徴なのだ。




