少年初期01
季節はもう少し待てば街路の雪が溶け暖かくなったと感じられる冬の終わり頃。
母やミシェルに作って貰った服に着替え、玄関の扉に手をかける。
「いってらっしゃいませ!お兄さま!」
僕には何かを言う前に、先に声をかけてくれたのは大きくなった妹。
ここ数年で見違えるくらいに育った彼女は、こうして、毎朝僕の見送りに来てくれている。
その仕草はミシェルに鍛えられて洗礼されたどこかのお嬢様の様であった。
これで、この間、5歳になったばかりというのだから驚きである。
まぁ、そんな彼女も、年相応に甘えん坊ではあるのだが……。
何かを期待する様な妹の姿に、彼女の頭を軽くポンポンと抑える。
「えへへ」
彼女の様子を見るにどうやらご満悦頂けたらしい。
可愛い妹に喜んでもらえるなら兄冥利に尽きるというものだ。
ちなみに、何もせずに勝手に家を出ると、彼女は拗ねてしまい、それが帰宅してからも続いて、気不味い思いをする羽目になってしまう。
彼女が毎朝、見送りに来てくれるのは、こういった小さな我儘を見せる為なのかも知れないなんて考えるが、流石にこれには僕の願望が入っていそうだ。
もう少し兄らしくしたいと思う今日この頃。
「行ってきます」
「はい、お帰りをお待ちしてます!」
妹の声を後に家を出て師匠の元へ向かう。
扉を少し強めにノックすると、2分程のインターバルの後に扉が開かれ、師匠が出迎えてくれた。
「おはようございます師匠」
「おはようユート」
まだ眠気眼のまま、扉を開けた師匠の姿を見るのは最早朝の恒例と化している。
僕の扉を叩く音で起きたらしい彼女は、寝起きそのままの姿で僕を迎えているのだ。
「では、いつも通り火をお借りしますね」
「お願いします……」
そう言って彼女は寝室から持ってきた布団を被りながら、リビングの上のソファーへと体育座りで座る。
起きた様だが、まだ目が覚めていないといった風だろうか?
それに冬のの寒さも相待って、まだダラダラしていたそうな雰囲気も見て取れる。
エルフがと言うわけでは無いが彼女は寒いのが苦手なのだ。
そんな彼女を見兼ねて火の魔石をセットし、暖炉を点火する。
これで少しはマシになるだろう。
そのまま付けた火を使い水を温めながら、師匠の家の食材を使っていいか許可を取る。
うつろな目のまま、首を軽く上下さて、承諾を示す師匠。
承諾を得た僕は、台所をお借りし、簡単なスープを作るために野菜を切り始めるのだった。
場を調理音だけが支配する。
静寂を破ったのは、調理が3分の1ほど進んだ時だろうか。
「まだ寒いと言うのにユートは勤勉ですね……」
「師匠が朝に弱いだけですよ」
師匠のふと思い付いた時に等間隔で出てくる様な言葉に相槌を打つ様に返答を返していく。
これもある種の日常とかしたたわいの無い雑談の始まりだ。
別にお話しながら料理をするのは師匠の為だけと言うわけではない。
こうする事で師匠はいつもより2時間ほど早く目が覚めてくれるのだ。
あくまでも健康的に緩やかに起きてもらう為、無理をさせる気は特に無いのだが、この寒い季節に師匠を放置すると、平気で4、5時間ぐらいゴロゴロしていたりするのだ。
平時でも、3時間くらい。
別にそれが悪い事と言うわけでは無いが、まだ子供である僕が師匠の研究を手伝える時間には門限と言う限りがある。
出来れば、早く起きて早めに終わらせてくれた方がありがたいのだ。
それに、この時間に起こしているのは、師匠から頼まれた事でもある。
また怠惰に過ごしてしまいましたと、目が覚めた後、若干落ち込むのは師匠本人。
師匠の健康的で文化的な生活な生活を守るのは弟子の務めである。
後は、家での不完全燃焼もあるかも知れない。
ミシェルを始め、母や妹も家事をやりたがる為、僕は台所には触れさせてすら貰ってないのだ。
「出来ましたよ師匠」
「ありがとうございます。いただきます」
そうこうしている内に出来上がったスープを器に注ぎ師匠に手渡す。
師匠は貰ったスープを飲みながら、はふぅ、とほっこりした様子だ。
スープをチビチビと飲み始めたから、後20分もすれば師匠は目覚めるだろう。
それまでに、師匠が放置しているであろう他の家事に取り掛かりはじめる。
これが今の僕の日常。
あれから、2年と少しの時が経ち、後半年も経たずに、7歳になる所まで成長していた。




