研究者と幼馴染05
「以上の特性から、魔闘型と魔術型では、魔法の成長の方式が全く違います」
「よく分かった」
パチパチパチと、純粋な拍手をリリーシャから送られる。
最初は渋々始めた筈のエリアナだったが、その拍手に全く悪い気はしない。
あれから、更に詳しい説明を付け加えたりしながら短くと済ませようと思っていた筈の講義はの時間は大幅に増えに増え気付けば、講義は2時間にも及んでいた。
リリーシャもリリーシャでユークラウドとは違ったタイプの生徒で、エリアナにはその新鮮味を楽しんでいた節がある。
いつも文句こそあるものの、彼女は教えると言う行為が好きで、教師に向いているのかもしれない。
ユークラウドも、実はそう考えているのだが、本人にそんな事を言おうものなら、凄い勢いでで否定され、拗ねる事間違い無しな為、口が裂けても言わないようにしているのだが……。
何となく良い雰囲気で纏まりかける講義。
その雰囲気乗らないリリーシャでは無かった。
「面白かった、明日も来る」
「はい、また明日…………って、違います。危うく流されるところでした」
流れで約束をつけ損ねて、内心舌打ちするリリーシャ。
あえて早急に話を切り上げ、講義を常習化させようとする作戦に危うく乗ってしまいそうになるエリアナ。
「むぅ、どうしても?」
「どうしてもです」
不満げなリリーシャの顔を見て、やれやれといった形で再び教壇に立つ。
「講義を続けましょうか」
渋々といった形で再び席に着くリリーシャ。
しかし、その顔は真剣そのものだ。
「2つの型の魔法特性については十分理解いただけたと思います。しかし、今までのはあくまでも魔法を使える前提の話です。魔法習得過程中のお二人だと、話は変わってきます」
そう話ながら、魔道具のボードに絵を描いていくエリアナ。
そこに書かれたのは、デフォルメされた、リリーシャとユークラウドの2人の絵だった。
可愛らしい絵に内心リリーシャはおおっと、驚いていたが、それを表には出すことはない。
「まず、魔闘型、リリーシャさん貴方、魔法を始めて使った時の事は覚えていますか?」
絵に気を取られて反応が遅れたが、コクリと頷くリリーシャ。
「魔闘型の魔法の目覚めに関しては、主に感覚という場合が多いです」
リリーシャの場合も親に水魔法のやり方を教えて貰って、真似しようと思ったら出来た。
「魔闘型の魔法を記録できる特性の前段階とでも言えば良いでしょうか?最初の魔法発動に必要なプロセスが産まれつき魔力門に刻まれている為、特に苦も無く魔法を発動させることが出来ます」
そう説明するエリアナはどこかやさぐれているような気がしたがリリーシャは特に何も言わなかった。
「偶に魔力通……失礼、最初の魔法が苦手な子も居ますが、その場合は、一度、詠唱で補助して一度発動させてあげれば、魔法を記録する特性故に、以後特に問題なく魔法を使う事ができます」
ちなみに、一度魔法を使うと魔法が記録されてしまう為、一番最初の魔法はその一族に伝わる詠唱を使って一族相伝の魔法を魔力門に無理やり記録させる場合もあります。
と余談を付け加えるエリアナの口は饒舌だ。
一族相伝の魔法と聞いて、リリーシャは少し興味が沸かないでも無かったが、自分の家では少なくともそんな事は無かったので、自分には関係ないとすぐに切り捨てる。
リリーシャが自分に目線を合わせたのを気に話を次へと移すエリアナ。
「対して、私やユークラウド等の魔術型は、魔法の組み立てに、サポートなんて無く、1から知識なしで魔法を組み立てるのは困難で、とても子供に出来る事では…………ないです」
話に間が空いた気がしてリリーシャはエリアナを見ながら首を傾げる。
言葉に詰まったエリアナは、最近、その出来ないをやってしまった少年の事を思い出していたのだが、いやあれは例外だとすぐに話を再開した。
「なので、基本的に魔術型の魔法の習得は詠唱の記憶、勉強から始まります」
言ってしまえば、詠唱を真似するだけで、魔法を発動する事は可能ではある。
実際、魔術型の人間が一番最初に使う詠唱は親に教えてもらう5行程度の簡単な魔法だろう。
しかし、真似するだけでは、複雑な魔法を行使する事は出来ないし、もし失敗でもしようものなら、何故失敗したかすら分からない。
付け加えるなら、個人の資質や魔力量によって最適な詠唱は変わるのだ。
詠唱のどの部分に詠唱にどの効果があり、どういう組み合わせで魔法が発動するのかを理解する事で、全ての文を記憶せずとも順序立てて魔法を発動する事ができ、自分なりにアレンジする事もできる。
それこそが、魔術型にとって重要であり、必要な事なのだ。
2つの魔法の違いを述べた上で、リリーシャは話を今回の講義の本質へと移す。
「実技から入れる魔闘型と座学からしか入れない魔術型では、習得の仕方にに天と地ほどの差があります」
魔闘型の魔法は、いわば、スポーツやゲームをプレイする様に感覚的に行うものと言えるだろう。
試合の様子を見て、ルールを知り、実際にやってみて、感覚を掴み、得手不得手を理解する。
対して、魔術型の魔法は、プログラミングの様に予め知識が必要な物と言える。
一度、とても簡単な構文を言われた通りに実行して、次第にルールや新しい用語を覚えて、また新しい構文に挑戦する。
「魔闘型が魔法を何度も実際に発動して成長していくのに対して、魔術型は詠唱と性質とその組み合わせを覚える所から始めないといけません」
ちょっと、残念そうな表情をするリリーシャを見て、彼女の理解を読み取るエリアナ。
頃合いを見て、彼女は話をまとめにかかる。
「そもそも根本的に、ユート……、ユークラウドとリリーシャさんでは、魔法の習得過程が違う為、一緒に教えることはできないのです」
魔術型の私は魔術型として育ってきた為、魔闘型について知識でしか知りませんしね、と付け加えた。
もし仮に彼女が魔法を向上させたいというのなら、エリアナではダメなのである。
無論、出来ないと言うわけでは無いが、それは余りにも非効率である。
そうなってしまうと、エリアナはユークラウドより勝手が分からないリリーシャに時間を取られざる負えない。
「ユークラウドの魔法の勉強の為にも、私は貴方に時間を割く事は出来ないのです」
この短い間に、リリーシャの扱い方を学んだエリアナは駄目押しにかかり、
「分かった……」
リリーシャはそれを受け入れた。
「お世話になった」
「いえ……」
あれからリリーシャは大分おとなしくなってしまった。
今回の講義を受けた後、「勉強になった」「もう来ない様にする」「迷惑をかけた」と最早別人の様な様子だ。
ここまで改められると、逆に申し訳ない気分になってしまう。
やはりあの後の余談が不味かったかと、エリアナは自らの言葉を呪う。
あの後、魔法の習熟度の違いから、魔術型は幼い頃にコンプレックスを抱きがちですので、余りユークラウドには魔法の事で何か言わない様にしてあげて下さいね、とついつい首を突っ込んでしまったのだ。
そして、どうやら心当たりのあったらしいリリーシャのこの世の終わりの様な顔をエリアナは忘れる事が出来ないだろう。
子供ながらの残酷な言葉の意味を、理解してしまった時の子供にかける言葉と関係性を、エリアナは残念ながら持ち合わせて居なかった。
後で、ユークラウドに謝罪しフォローをしてもらう事を決意するエリアナ。
こう言う事は、当人同士で解決してもらう方が後々遺恨が残らない。
それに、ユークラウドなら、気にすることは無いとリリーシャに笑いかけてくれるとエリアナには確信があった。
まぁ、未来はともかく、現状のこの惨状はどうしようもないのだが。
リリーシャのトボトボとした背中を見ていられなくなったエリアナは送っていきます、と、無理やり彼女の手を取り歩き出す。
遠慮する気力も無さそうなリリーシャは黙って言われるに付いてくるだけだった。
「魔法の事については、私なんかより同じ魔闘型の親に聞くといいでしょう」
俯いてばかりのリリーシャが醸し出す雰囲気と沈黙に耐えられなくなったエリアナが精一杯にひねり出し言葉。
その言葉を聞いてリリーシャは俯いていた顔を少しだけ彼女の方に向ける。
「それと、私が分かる範囲で、一つだけアドバイスしておきます。魔闘型の魔法の記憶のリソースには、限界があります。遊び感覚で覚えた魔法さえ、魔闘型は魔法容量を使ってしまうのです」
講義の時より小声だが、絶対にリリーシャに聞こえるくらいの音量で言葉を紡ぐエリアナ。
今、エリアナがどんな表情をしているのか、少しだけ気になったリリーシャだったが、残念ながら彼女はこちらに一瞥もくれない。
「幼い頃から、成長した先の魔法のイメージを持ち、余計な魔法は使わず、少数の魔法だけを極めるのが、魔闘型で大成する為の近道です」
リリーシャには教えないと宣言した筈のエリアナのアドバイスは、ユークラウドの家に着くまで続くのだった。




