研究者と幼馴染04
「まず、基本的な魔闘型と魔術型の違いから始めましょうか」
リリーシャの為の特別講義が始まった。
エリアナは魔道具を起動させ、空中に魔法で図を描きながら授業を進めていく。
「基本的に魔闘型と魔術型は、男性と女性の様に、産まれついた時からどちらかが決定しています。成長の過程でそれが変質する事はありません」
なるべく簡潔に伝わりやすいように内容を工夫するエリアナ。
本当は、優性遺伝や劣性遺伝の話を交え、魔術型の人間の方が少ない理由の話もしたかったが、分かりやすさを重視した結果省略する事となった。
「貴方は魔闘型で、ユークラウドや私は魔術型ですね」
仲間外れにされだと思ったのか、少し不満げな様子を見せる仮の生徒。
説明の為に書いたデフォルメされた3人の絵がよく特徴を捉えて書くことができていた為満足げな様子のエリアナはその事に気付かない。
「魔闘型の特徴は何と言っても魔法の発動速度です」
今何か簡単な魔法を発動できますか?と言われ、水魔法で小さな球体をつくるリリーシャ。
その速度を見て、結構です、と講義が再開される。
「何故そんなに早く魔法を出せるか考えたことはありますか?」
その問いかけにリリーシャは答える事ができない。
早くも何も発動しようとしているから発動しているという答えしか持ち合わせていないからだ。
こんなもの指を弾くと音がなるのと何が違うのか。
幼心にそんなことを考えるリリーシャに正しい知識を教えていくエリアナ。
「魔闘型の特性を持つ人達は、魔法発動までの簡単な工程を体内に記録することができるのです」
魔法の工程の中で最も時間がかかるのは魔法を構築していく工程。
この工程があるため、本来ならば、全ての魔法は完成までに時間を要することになる。
しかし、実際には魔闘型の人間は即座に魔法を作り出す事ができる。
その理由は、魔闘型の体内に魔法の工程を記録するという特性故。
「この特性を利用する事で、魔法を瞬時に構成する事ができ、魔法を即座に発動できます」
魔法を組み上げる工程が魔力門に記録され、その記録に魔力を通す事で、同じ魔法を即座に発動できる。
それが、魔闘型の魔法を早く発動する事のできる所以。
「これが魔闘型の魔法発動までの速度が速い理由です」
魔闘型とは、魔法を魔力門に記録することの出来る特性を持っている側を指す言葉なのだ。
エリアナの話を受けてなんとなく、手を開いたり閉じたりするリリーシャ。
自分が持つと言われた特性を言葉でなく直感で理解しようとしての行動だったが、掌の開け閉めでは何もわからなかった。
今までに無意識でやっていた事を急に意識し、と言われても勝手がつかめない。
いっそのこと、軽く魔法を発動してみて確かめるか、なんて事を考え始めた彼女を止めたのは、エリアナのどこか心のこもった、「一方で」という前置きだった。
「魔術型の人間にはこの特性がありません」
魔術型の人間は魔闘型の人間と違い、魔法を記録する事が出来ない。
「体内に魔法の工程を記録することができない為、魔法を発動する度に、術式を1から起こさないといけません」
魔闘型の要する魔法を記録するという特性を魔術型の人間はは持っていないのだ。
その為、たとえそれが何度も使ったことのある同じ魔法であろうと魔術型は、1から魔法を構築しなければならない。
「これが、魔術型の魔法の発動が遅い理由です」
それ故に魔術型の人間は、魔法発動までに時間がかかってしまう。
エリアナはあえて省略したが、魔闘型には、魔法を使えば使うほど魔法の練度が上がり、魔法発動までの速度が目に見えて上がっていく。
両者の魔法発動までの速度は開いていくばかりなのだ。
「ここまで来れば分かりますね。私が貴女に教える事が出来ない理由」
エリアナはリリーシャに伝える。
魔闘型と魔術型、両者の使う魔法は別物であると。
一通りの説明が終わり、ふぅと息を吐くエリアナ。
今の説明でわからない所はあったか聞こうと、リリーシャを見るが、リリーシャは俯いてしまっていた。
流石に顔を覗き込む訳にはいかない為、どうしたものかと悩むエリアナ。
そんなエリアナに次のアクションを起こさせたのは、リリーシャの一言。
「魔術型の利点は……?」
そう小さく呟いた彼女の声は震えていた。
その言葉を聞き、自分が大人気ない事をしてしまっている事にリリーシャは気付く。
幾ら説得の為とは言え、魔闘型を大きく語り過ぎ、自身の使う魔術型の説明を省いてしまっていた。
これでは、あたかも自分達、魔術型が恵まれて居ないかの様に伝わってしまう。
今の説明では、自分が出来る事を当たり前の様に出来ない人が居て、それは産まれつきでありどうしようも無いと捉えられてもしょうがない。
それは、自分達が普通に生活している中で、今世界では貧困に喘ぐ子供達がいると、何の力もない子供に叩き付けるのと何が違うというのだろう。
焦ったエリアナは、どうにか誤解を解こうと、思いつく範囲で講義を無理やり繋げる事にする。
「も、勿論、魔術型には、この特性がない故の利点があります」
エリアナの声に反応を示したリリーシャを、見て内心でガッツポーズをとった。
何とかいい着地点を探す為、今までと違い即興で何を話すかを考え講義を続行する。
実の所、リリーシャが考えて居たのは、自分の何気ない言葉でユークラウドが傷付いて居たのではないかと言う事。
今回の講義で、魔闘型の特性をさも実力の様に語って居た過去に気付き、暗い顔をして居たのだが、エリアナにはその事が分からなかった。
「それは、複雑な魔法を構築する事ができるという事です……」
「…………?」
複雑なと言われてピンとこない様子のリリーシャ。
複雑な魔法を説明しようとするも、即興のプレゼンで、どう説明したものかと困ったエリアナは、次の言葉が出てこない。
何とか場をつなぐ為に机にある教材に手を出す。
「じ、実践して見せましょう」
そう言ってエリアナが強調させたのは、それぞれロウソクと植木鉢と花瓶。
ふぅ、っと息を吐き、魔法の詠唱を始めるエリアナ。
最初の詠唱が終わった時、開花したのはロウソクに灯る火から開花した造花だった。
「綺麗」
ロウソクの先の火は、花の形を見せながら燃えるというおおよそ、現実的にはありえない灯火を宿している。
続けて、エリアナは、植木鉢から砂の花を、花瓶から水の花を咲かせ、3種の造花が咲き乱れた。
「凄い」
風に揺れる風車のようにクルクルと花弁を回す、造花達は、その鮮やかな様子を各々に主張する。
その光景に目を輝かせるリリーシャ。
リリーシャの機嫌が直って一安心したエリアナは、こっそりと安堵の息を吐いた。
魔法を使う事で、彼女の頭も冷え、次に紡ぐ言葉も思い浮かんだ為、話を続けることにする。
「この様に時間こそかかりますが、魔術型は詠唱を弄ることで、複雑な魔法をいくらでも発動する事ができます」
説明口調のエリアナにリリーシャは注目する。
得意げに指を立てて、あまり無い胸を主張するエリアナ。
エリアナの説明通り、魔術型は、詠唱を行う事で複雑な魔法を行使できるという特徴を持つのだ。
「魔闘型ではこうはいきません」
そして、魔闘型は、あまり複雑な魔法を扱う事が出来ない。
それは何故か?
「魔闘型は、その速さという特性ゆえに、複雑な魔法を発動しようにも、体に記録された魔法の工程が邪魔をするからです」
それは、己が特性によって起きる弊害の様な物。
「魔力が複雑な魔法を形作る前に、記録された工程に沿ってしまい、変な魔法か簡素な魔法が完成してしまうのです」
魔闘型は他の魔法を発動させるより早く、身体に慣れ親しんだ使い慣れた魔法の発動を優先してしまうのだ。
自身の覚えた魔法から大きく離れた魔法や無駄に複雑な使うのは、魔闘型にとって至難の技と言える。
「記録がない故に、魔法を使う度に1から作る。これが魔術型の特性です」
これこそが、魔術型に与えられた利点なのだ。




